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酒呑四天王・一

 昼間の星から詠み取ったのは、山頂付近にいる生贄にされる人たちは、今のところは無事だということ。もっとも、これは天命であり運命だから、いつ覆されるかわからない。だから急がないといけないんだ。

 ただ鬼のことを全く詠み取れないというのは厳しい。

 ……そもそも、『黄昏の刻』でも、今まで運命と天命の違いに対しての言及がなかった。ううん、そもそも星詠みの細かい設定まで公開されていなかった。それが突然公表されたんだから、なんでなんだろうと思ってしまう。

 これが後々に尾を引く設定なのか、単純に伏せ情報にしていたものを公表しただけなのかがわからないのが、ブラックサレナのシナリオの難しいところだ……やめやめ、あとで考えよう。そのことは。

 私たち救出班は、陽動班が派手に暴れてくれているのに期待しながら、迂回ルートを進んでいく。今のところは鬼もその眷属も、魑魅魍魎すらにも出会わないで進めている。

 うん、順調順調。鈴鹿は鬼ごろしの刀からひとときでも手を離していないし、飄々としている田村丸もいつになく厳しい顔をしている。いつも通りに見えるのは頼光くらいなんだけれど……この人も内心は酒呑童子に対して思うところがいろいろあるだろうからなあ。表面上だけでいつも通りと取ってしまっていいのか、いまいち自信がない。

 だんだん日が傾いてきて、星詠みにはちょうどいいけれど、木々の影が濃くなり、足下も不安定になってきた。なによりも、明かりを付けられないところが痛い。

 それでも、真夜中までには山頂に到達しないとさらわれた人たちが生贄にされてしまうから……そう思って歩いていたところで。


 シャンッ


 鈴の音が響いた。


 シャンッシャンッシャンッシャンッシャンッシャンッ


 その音は流麗というのは物騒なリズムを刻む。視界の利かない私たちからしてみれば、この音はむしろ物騒と言ってもおかしくないリズムだ。

 全員が得物を手にし、私は梢の向こうからどうにかして空への視界を確保する。


「何者!?」

「これはこれは、お館様の陣地へ、たったこれだけの人数で来るとは……そして四神の供物まで来るとは……」


 その声は低く抑えられているとはいえども、紛れもなく女性のものだった。

 やがて木の影からそのひとは出てきた。

 長いぬばたまの髪をひとつに結い、私が今着ている狩衣によく似た、いささか袴を引きずる格好をした女性が、指に鈴を引っ掛けて舞っている。舞こそは流麗で目を見張るものだけれど、物騒な鈴の音がその舞を禍々しいものへと作り替えているように見えた。

 憂いを帯びた表情で、銀色の瞳だけが爛々と輝いている。

 でも、この気配。和泉のときは私が気付かないほどに人間の気配だったし、彼女はあくまで鬼の眷属であり、鬼そのものではなかった。でも彼女は。

 鈴鹿は彼女に対して、刀を抜いて刃を向けた。


「……あなた、鬼だね」

「左様。お館様の命を受け、貴様らを屠りに来た」


 彼女は踊りながら、鈴を引っ掛けている爪を見せた。その爪は鋭く長く、とてもじゃないが人間のものとは思えない。

 彼女は……酒呑童子の配下の酒呑四天王のひとり。もしこれが私のプレイした通りだとしたら……いくしま童子。酒呑四天王の紅一点のはずだ。彼女は彼のお抱えの白拍子だったはずだから。

 鈴鹿はこちらに振り返ると、手短に言う。


「紅葉、頼光、援護を頼む。田村丸、行こう」


 そのまま戦いがはじまった。

 鬼を、それも女鬼ひとりだけを送り込むなんてと思っていたけれど、どうしていくしま童子を送り込んだのかという酒呑童子の考えは嫌というほどわかった。

 彼女はとにかく、自慢の爪を一切使わず、攻撃を避け続けるのだ。

 鈴鹿の流麗な太刀筋も、田村丸の豪快な太刀筋も、頼光の俊敏な弓矢の腕も……彼女は舞ながらヒラリと避けてしまう。

 ……どう考えても、時間稼ぎのために送り込まれたとしか思えない。

 私は空を見て、星を詠む……そして、星詠みの内容に変化があることに気が付いた。


「……鈴鹿、いくしま童子は捨て置いて、山頂を目指したほうがいいです」


 後方に下がった彼女にそう告げると、鈴鹿はあからさまに顔を強ばらせた。


「……さらわれた人たちは……」

「……まだ確定はしておりませんが、このまま彼女の相手をしていたら、間違いなく手遅れになります。彼女は置いておいたほうがいいです」


 鈴鹿は唇を噛みしめて、田村丸と頼光のほうに振り返る。……どう考えても彼女は足止めなのだから、相手していたらきりがない。

 ……でも、少しだけ舐められているんだなと安心したのも事実だ。酒呑童子も茨木童子も、この救出班に私がいるから、足止め要員にいくしま童子を送ったんだろう。こいつだけで充分だと。他の四天王のメンバーは、陽動班のほうに送り込まれたと思っていい。

 だとしたら、彼女さえ凌げば、まださらわれた人たちを助ける方法はあるはずなんだ。

 私たちが予定変更して、さっさといくしま童子から逃げ出そうとしているのに、彼女もようやく気付いたらしい。


「……舐められたものよ。お館様は私をただの足止めで呼んだ訳ではないというのに」


 彼女はそう言って、シャンッと音を立てながら舞う。

 ……思い出せ、いくしま童子との戦いで、いったいなにがあったか。頼光ルートのためにしか大江山のサブシナリオをしなかったのが仇になり、上手いこと思い出せない。

 そうだ。元々いくしま童子は踊り子であり、パラメーター自体は同じく踊り子の利仁と変わらなかったと思う。でも彼女の技はほとんど舞で構成されていて、利仁みたいに弓矢を使うことはなかった。

 ……ゲームだったら技名が出てくるからどんな舞なのかわかるけど、踊りだけで舞の名前なんかわかるかよ。

 でもでも。彼女の舞の中には、文字通り同士討ちを促す舞や、眠らせる舞も存在していたはず……彼女の舞を止めたほうがいい。

 私はそう結論づけて、口の中で詠唱を唱えた。

 いくしま童子はそもそも直接攻撃してこないから、下弦で攻撃力を半減させても意味がない。

 だからと言って、相手の動きをスローモーションにする斗掻き星も、舞が完成してしまうんだったら意味をなさない。

 ……動きを文字通り止めてしまうしかない。

 鈴の音がシャンッシャンッとこちらに焦りを募らせる。ええい、うるさいうるさいうるさいっ。さっさと山頂に行かないと駄目なんだってば!

 頼光は私がいくしま童子の動きを止めようとしているのを理解したのか、私の隣に立って彼女に対して牽制で弓矢を放っていく。そのたびに彼女はひらりと動きを避けるけれど。でも舞の完成は遅らせることができたと思う。


「犬の嘶き風の声、その光を持って目を射止めよ──風星かぜぼし!!」


 ようやく、あれだけ風のように動き回っていたいくしま童子の動きが止まった。風星は文字通り相手の動きを一定時間止めてしまう詠唱だ。これ自体に攻撃力はないし、一定時間が経ったら動き出してしまうけれど。

 今はこれで充分のはずだ。


「皆さん、山頂に急ぎましょう!」

「うん……まだ、儀式ははじまっていないよね?」

「まだ、のはずですわ」


 念のため空を仰いだけれど、まださっきと星の位置は変わっていない……まだ間に合うはずだ。

 私たちは動けなくなったいくしま童子を置き去りにして、力一杯走りはじめた。


「……このままここで足止めを喰らっていればよかったものを。お館様は何故巫女にご執心なのかはわからぬ」


 動きを止めたいくしま童子が、心底面白くなさそうに吐き捨てた言葉に、私は内心ギクリとした。

 ……あのう、生贄以外にまだ、なにかあるの? なんだってこんなにおっかないことになってるのさ、大江山!

 私は頭を抱えたいのを堪えて、聞かなかったことにして皆と一緒に走り出したのだった。

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