サブシナリオはブッフェ形式でしなくてもメインシナリオに支障は来しませんが、そこでしか語られない話もあるので結局は全部することになるんですよね
服に着替え、いよいよ西の封印の方向へと進む。
大道芸人一座という触れ込みで、ときどき踊りや剣舞の練習を行う。なにぶんこの格好で大江山に登らないといけないんだから、この格好で戦う術を覚えないとなにかとまずい。
お祭りのために剣舞を舞っている鈴鹿や、元々踊り子である利仁は様になるものだ。鈴鹿が剣舞を舞った途端に、りん。と鳴ってもいない鈴の音が響くような気がする。利仁もいつものように舞うと、ただでさえいろんなものが曖昧な彼の踊りに魅了される。
意外なことに、頼光がふたりの舞に合わせて横笛を吹くと、その澄んだ音に時すら忘れる。
「すごいね、頼光。私、こんな笛の音初めて聴いた」
鈴鹿の感嘆の声に、私は大きく頷いた。
鬼無里がいくら辺境の里とはいえども、こんな綺麗な笛の音、前世ですら聴いた覚えがない。
「本当にすごいですわ。天は何物でも与えますのねえ……」
「いやいや、そこまですごくはないよ。何分私も、笛と歌は武芸と同等に必要なものだったからね」
そういやそうか。
いくら頼光が武官とはいえども、貴族の出世コースには楽器と歌の才は必須だ。芸達者なんだな、本当に。
頼光に感心しつつも、残りの面子はと言うと。
意外なことに、田村丸は普段から鈴鹿の護衛として付き合っているせいか、剣舞は得意だった。でもこの剣舞は鈴鹿のものよりも大味で荒々しい。
これをふたりで舞うと、風に揺れる柳のようで、変化に富んだ剣舞となる。すごいな。
保昌もまた、笛はある程度吹けるけれど、頼光の笛の音を聴いたあとだとどうしても華やかさが欠けてしまうのが難点だ。
維茂は太鼓が得意で、曲のたびに太鼓を叩くと、剣舞にもハリが出て美しい。太鼓って叩けばなんでもいいと思っていたけれど、叩き方でこんなにリズムやテンポが変わるんだなあと、ついつい感心してしまう。
ちなみに私はと言うと。紅葉は元々頭領の娘として嫁入り修行として、弦楽器は習っていた。本当は一番得意なのは琴だけれど、さすがに琴を担いで大江山を登る訳にもいかない。結局古道具屋に足を運んで、胡弓を買った。これくらいだったらどうにか弾けそう。
しかし。気付いたら白虎がいなくなっていた。
「あのう……黒虎は?」
「うん。大江山に偵察だって。あと黒虎も四神だから、契約している私と一緒だと力が大きくなり過ぎて大江山を根城にしている鬼たちを警戒させてしまうから、分散させたいって言ってた。大丈夫。彼と私は繋がっているから」
そう言って彼女は、黒虎との契約の証である、鬼ごろしの剣の鞘を弾いてみせた。なるほど。契約している鈴鹿は、黒虎の居場所がわかるらしい。
追加攻略対象が一緒についてきて、いったいどうなるんだと心配していたけれど。今のところは特に大きく変わったところもないから、あんまりガリガリしなくっても大丈夫なのかな。
私はそう納得し、皆で舞と楽器の練習をし、ときおり西の封印近くで芸を披露しながら、大江山の情報を集めはじめた。
「魑魅魍魎が出ただけでも困っているというのに、鬼がたびたび出て、おそろしくて大江山を越えることができなくなったんですよ」
「女子供がかどわかされるということで、侍を雇って護衛にしているんですが……」
「四神の巫女が魑魅魍魎退治をして回っていると聞くけれど、早く大江山のほうに来てくれないものか……」
話を聞くと、どれもこれも物々しいことこの上ない。
さらに厄介な話も耳に入った。
「酒呑童子は、日頃は右腕の茨木童子以外は連れ回してないみたいだけど、他にも鬼がいるみたいだね……」
「それって……さらわれて鬼の眷属にされた人たち……でしょうか?」
「それだけじゃなくって、彼らと同じ正真正銘鬼も、混ざっているね」
大江山も麓の村では、鬼におそれをなして夜逃げが発生しているらしく、私たちが到着したときにはすっかりと閑散としてしまっていた。
これは魑魅魍魎だけ退治すればいいって問題じゃなくって、大江山の鬼退治を行わなかったら、どうにもならないのかも。
庄屋屋敷にて、巫女と守護者ということは伏せ、旅芸人一座ということで宿を借りたい旨を伝えたら、ずいぶんとよろけた感じの庄屋さんが出てきた。
あまりにも青白いのは、魑魅魍魎が現れた恐怖だけでなく、心労が大きく含まれているせいだろう。
「ああ……旅の皆さん。大江山にはどうぞ入らないでくださいね。あまりにもひどいということで、修験者の皆さんも山に入ったのですが、戻ってきませんでしたから……」
その言葉に、皆で顔を見合わせた。
鬼がまたも眷属を増やしてしまっている。鬼に言いように扱われてしまった和泉のことを思い、自然と唇を噛む。
これ以上の悲劇は、食い止めないといけない。
皆であてがわれた部屋で作戦会議しようとしたところで、ひょいっと黒虎が出てきた。
「お帰りなさい。偵察はどうだった?」
鈴鹿が声をかけると、黒虎は「いやあ、ずいぶんと大変そうだ」と頭を引っ掻いた。
「四神が大変って……そりゃずいぶん大変じゃないかい?」
田村丸は少しだけむくれながら尋ねる。どうも田村丸からしてみれば、黒虎は鈴鹿と契約している関係上、繋がってしまっているから、警戒の対象らしい。この人どこまで鈴鹿のこと覚えていて忘れているんだろうなあ。
私の内心はさておき、保昌はおずおずと「大変そうとは?」と田村丸に重ねて聞く。
「できることなら今夜、どんなに遅くとも三日以内に山に攻め入らないとまずい。あそこにさらわれている女子供を贄に使う気だ」
……はあ?
私は頭の中を探る。大江山で、女子供がさらわれているから退治しようっていうサブシナリオは聞いていたけれど、生贄なんて話、今初めて聞いたぞ。
おいクソプロデューサー。なんでもかんでもダーティーにすればいいと思ってるんだったら、その趣味は今すぐ撤回したほうがいい。
ブラックサレナは忘れているかもしれないけど、これは乙女ゲームです! ダークでもファンタジーでも、乙女ゲームですから!
私が何度目かわからない心からのがなりを腹の中で溜めていたら、怪訝そうな声で「紅葉様?」と維茂に聞かれる。……失礼、今の私は紅葉だから。
鈴鹿は顔を引き締める。
「それ、どういうこと? 眷属にするのではなくて?」
「あいつら、どうもとんでもない鬼を召喚する気らしくて、眷属を増やしてかどわかしを増やしていたのも、そのつもりらしい」
「鬼が、鬼を召喚……?」
そんなの聞いてません。聞いたことがありませんとも。
いったいリメイク版になにを仕込んだんだよ、クソプロデューサー!!
私ががなっていると、利仁がせせら笑いを白虎に投げかける。
「四神様が気付かなかったとは、穏やかな話ではないの」
「利仁、そういうことを言ったら駄目だよ。でも、酒呑童子よりも強い鬼って……なに?」
「……あれは我ら四神でもなかなか手に負えん。あんなもの召喚したら、皿科が持つかわからんぞ。まだ西の白虎も契約してないと言うのに」
黒虎の苦虫を潰したような真似は、どうも相当まずいらしい。
……今までのラスボスたちよりも強い鬼って、なによ。そんなのいたかなあ。私は脳内で何度考えてみても、よくわからない。
それに頼光は腕を組んだ。彼からしてみれば、元々都からさらわれた人たちを返して欲しいというのがあったのに、このまま放っておいたら誘拐された人たちが全員死ぬんだ。
やがて、彼はすっと鈴鹿に頭を下げる。
「巫女、頼みがあるんだけれどいいかな……都の民を奪還したい。今だったらまだ間に合うのならなおさら。しかし、ひと晩で山を登るのは」
「いいよ」
鈴鹿の言葉に、私たちは全員頼光を見つめた。
大変な登山にはなると思う。なんたって酒呑童子の配下の鬼まで倒して、召喚の儀式が行われる前に奪還しないといけないんだから。
でも。和泉のことを思ったら、私も含めて全員、これじゃよくないとわかっている。
「行こう、大江山に」
休もうとして早々大江山に登るというので、当然ながら庄屋に止められたものの、こちらも時間がない。
急がないと、いけない。




