そろそろラスボスまでのルートも見えてきましたが、誰のルートに入ったのかがわからないためになにひとつ安心できません
『黄昏の刻』は恋愛ファンタジーRPGとして、四神との契約をどういう順番でクリアするかによって、ラスボスが変わり、出てくる攻略対象のシナリオが変わるようになっている。時計回りは王道乙女ゲームのシナリオであり、逆時計回りは攻略対象たちの裏の顔のシナリオ、という形を取っていた。リメイク版では、ただでさえ軽いジョブからいろいろとシナリオの内容やキャラ設定が変更されていて、かなり濃口シナリオになってしまっているから、この傾向がそのまんまなのかは定かではない。
話を戻す。
本来であったら、どの四神をラストに残すかで、ラスボスが変わるようになっていた。
東の青龍がラストであったら、大嶽丸。
北の玄武がラストであったら、悪路王。
南の朱雀がラストであったら、八瀬童子。
そして、私たちが今回いよいよ向かう西の白虎がラストであったら、酒呑童子がラスボスになる予定であった。
なにが困るかというと、今回は何故か酒呑童子と茨木童子が攻略対象に昇格してしまっているために、いったいどんな罠が待っているのか、こちらにも読めないというところだ。
そもそも、黒虎が指摘する田村丸に呪いを仕込んだ犯人はラスボスの中にいるのかな。
これは本編スタート直前に起こったことなんだから、共通ルートで彼は呪いをかけられ、どのルートにおいても彼の呪いをかけた犯人は変わらないはずなんだけれど。
「うーん……」
私は頭を痛めながら、ごろんと転がる。焼いた石を布でくるんで御座の中に入れてないと、とてもじゃないけれど寒くて眠れたものじゃない。
北の封印で泊まることになったのはいいけれど、いくら雪が止んだとはいえど、他よりも寒いものは寒いのだから。
薄く目を開いて辺りを覗うと、保昌は田村丸の解呪を行っていたためにすっかりとくたびれて眠ってしまい、解呪されていた田村丸も眠っている。その横で鈴鹿はぐったりと眠り、寝ずの番以外の維茂と頼光もまた寝だめで横になっている。
黒虎は見えないけれどどこに行ったんだろう。視線をきょろきょろとしていると、私が起きたことに気付いたのか、利仁がじぃーっとこちらを見てきた。それでもなにも言わないのは、あまり大声を出すと寝ている他の皆を起こしてしまうからだろう。
私は御座を被ったまま、のそりと起き上がると、弓矢をつがえたままの利仁がちらりとこちらを見てきた。
「なんじゃ紅葉。そちは眠らなくてどうする」
「いえ……いよいよ因縁浅からぬ大江山の鬼たちと戦うのかと思うと……その」
「あれはなにかしらとこちらにちょっかいをかけてきたからのう……他の鬼共は静かにしておったというのに」
利仁は腕を組んで石段の向こうを仰ぐ。試練中は小憎たらしいほどに星が見えなかったというのに、今はすっかり星詠み日和となっているのが悔しい。
私は頷きながら、小首を傾げた。
「あの鬼たちをどうにかしたら、少しは魑魅魍魎の被害も治まるでしょうか?」
「さてな。巫女が四神と全て契約せねば、治まるものも治まらぬだろうよ。鬼たちがちょっかいをかけてきたとしても、それは些末なこと。本筋とは大きく異なる」
「そう……ですね」
「して、そちは?」
私はきょとんとして、この意味のわからない踊り子を眺めた。このところは踊りの披露をする場所もなく、彼の踊りをとんと見た覚えはない。
利仁は端正ながらもなにを考えているのかさっぱり読めない顔で、口を開いた。
「大筋ではないから放っておいたが。そちは巫女に関わり、なにかそこまで変わったかや?」
その言葉に、私は内心ギクリとした。
利仁……彼の正体が正体だから、まさかとは思うが、私が本来は守護者ですらないこと、知っているのか? それこそ、私の場合は鈴鹿の邪魔を全くしてないし、むしろ手伝っているからこそ放っておかれただけで……。
ダラダラと冷や汗を掻きつつ、考え込む。
本当だったら私だって、維茂と紅葉がカップルとして成立しているのを見守りたいっていうのが第一目的だったはずなんだけれど、実際はなんかよくわかんないまんま一緒にいる。紅葉のまんまだったらいざ知らず、前世の私の記憶がインストールされてしまって残念さが加速してしまい、維茂といい感じになったことがない……いや、なんとかいい雰囲気になっても、ことごとくどうにもなっていないというか。
鈴鹿の場合はどうなんだろう。未だに私は観察していても、鈴鹿が誰を選んだのかがわからないし、クソプロデューサーの「鈴鹿に恋愛をさせるぞー」の勢いで引いていたものの、蓋を開けてみれば鈴鹿はあまりにも私の知っている本家本元の鈴鹿のままで、いったいどこに恋愛フラグが立っているのか、こちらも首を捻っている。
さんざん考えてから、私はようやく口を開いた。
「……なにが変わったのかはわかりません。ただ、私は私の幼馴染たちが幸せなことを願います」
「ふむ、殊勝な心掛けよの」
「その。そういう利仁はどうなんですか? 私たちの旅に付き合って。守護者で弓矢ばかり番っていたら、踊れないじゃないですか」
そもそもこの人の場合も、こちらを泳がせておきながらもなにを考えているのかがいまいち読めない。鈴鹿をものすごく気に入っている訳でもなければ、守護者の使命に対して命を賭けているようにも思えない。
それこそ追加攻略対象の黒虎のほうが、まだ目的がわかりやすいくらいだ。
利仁は目を細めてから「そうさな」と言う。
「案外悪くはなかろうよ」
「……そうですか」
……彼の正体がなんであれ、腹の底が読めないのは本家本元プレイ中だろうが、転生して知り合いやっていた頃だろうがなあんにも変わらないらしい。
まあいいや。この人は最後までは味方だから。
追加攻略対象が大量発生していても、攻略対象のキャラを改悪させようというクソプロデューサーの修正ペンが働いていないのは、気楽でいいや。
私は「それでは、もう少しだけ私は寝ますから。利仁も寝ずの番お疲れ様です」と頭を下げて眠りに戻る。利仁は挨拶もなにもなしに、弓矢を構えて辺りを見ているだけであった。
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次の日。
私たちは酒で魚の干物や貝柱を炊いて鍋にし、それを皆ではふはふと食べながら作戦会議をしていた。
「ひとまず大江山に入りますが……既に我々は顔が割れていますからね。この格好で大江山に入ったら、巫女と守護者が大江山を制圧に来たと教えるばかりで、根城を変えられてしまうおそれがあります」
「うん……そうなったら、さらわれた姫君や稚児がどうなるかわからないのは困るね」
保昌の言葉に、頼光はあからさまに顔をしかめる。そりゃそうか。都の貴族がさらわれて鬼の眷属に変えられているんだから、
それに田村丸は言う。
「なら西の封印に辿り着く前に、変装でもするかい? それこそ修験者にでもなったら、さすがに鬼たちも警戒しないかとは思うが」
「どうだろう。修験者が悪名高い大江山に修行になんて来たら、ますます鬼たちが怪しむと思うよ? なによりも私と紅葉が修験者に混ざっていたら、あちらも怪しむと思う」
「男女混合で山をさまよっていても警戒しない集団……ならいっそ、旅芸人一座にでもなるかい?」
田村丸の言葉に、維茂はちらりと私と利仁を見た。
……まあ、そうだよね。利仁は元々旅の踊り子だし、鈴鹿も剣舞を嗜んでいるから問題ないだろう。私たちはそれこそ荷物持ちなり修行中なりで誤魔化せば、警戒も解けるかと思う。
利仁は「はあ……」と溜息をついた。
「我はそちらい教えられることなぞ、なにもないぞ?」
「わかっているよ。私たちは別に、大江山に侵入できればいいんだから。入ってしまえば、あとは鬼を倒すのに任せてしまえばいい」
鈴鹿も乗り気なようだ。
私は保昌と顔を見合わせた。
「ひとまず西の封印に向かう前に、服の調達をせねばなりませんね」
「はい……鬼たちも警戒しなければいいんですけれど」
それらを黙って聞いていた白虎は、快活に笑った。
「なんだ、旅芸人の格好をすることになるなんて、思ってもみなかったな!」
「あのう。私たちはかまわないんだけれど、黒虎がついてきて大丈夫なのかな? 北の封印の付近は、その……」
「それは我の眷属に守りは任せるからな。問題ない。既に魑魅魍魎も北からは去りつつあるのだから」
なるほど、なら問題ないのかな。
私たちは鍋を食べ終えると、大江山に向かう前に、大きな町へと向かうこととなった。
衣装を用意しないことには、どうにもならないのだから。




