星空夜話・二 鈴鹿と田村丸
紅葉を部屋から追い出したあと、私は膝を抱えてうずくまっていた。
どうしたらよかったんだろう。どうするのが最善だったんだろう。
私は巫女として、魑魅魍魎全てを祓って皿科を平和にする使命があるのに。……今まで、魑魅魍魎はさんざん斬ってきた。鬼とだってやり合ってきたけれど。
……無理矢理鬼の眷属にされてしまった、人を斬ったことはなかった。
「……私は、巫女としてなにもかもが足りないよ」
彼女を斬らずに瘴気だけ斬る術があったら、和泉だって……。
私がそう思って膝の中に顔を埋めていたときだった。
「鈴鹿、いるかい?」
その声に、私は思わず顔を上げる。
今は私のことをまだ思い出していないはずなのに、あまりにもいつも通りの田村丸の声で、少しだけ泣きたくなった。
「……いるよ」
「紅葉は?」
「今は席を外してる」
「そうか。なら入ってもいいかい?」
少しだけ考えてから「どうぞ」と答える。
田村丸は簾を押し上げて入ってきた。そして私と目を合わせるとやんわりと言う。
「なんだ、泣いていたのか?」
「……泣きたかった訳じゃないんだけど……でも、納得できなかったから」
「昼間の和泉の件か。あれは残念だったな」
「……うん。私に力があったら……あの人を祓って元に戻せたのに」
「でも今回は間に合わなかった」
そう言われると、こちらもなにも言えない。
本当に間に合わなかったのは事実だから。
「俺はなあ……お前さんがそこまで責任を持つ必要はどこにあるのかねと思ったんだ」
「どこにって……私は巫女として使命を負っているのに……北の封印にだってまだ到着できていないし、まだ一柱しか四神と契約できていないのに……もっと頑張らないといけないのに」
「そこだよ。お前さん、いったいどれだけ自分を犠牲にしてきた? これ、紅葉が聞いても怒るだろうし、維茂、保昌も同じ反応するだろうさ」
「え……?」
なにを行っているのだろう、田村丸は。
……でも。田村丸が忘れているのは私のことだけで、幼馴染のことは全員覚えている。私、幼馴染の皆に、そこまで心配をかけていたのかな。自分だとよくわからないんだけれど。
田村丸は淡々と言う。
「巫女が四神と契約して魑魅魍魎を祓う。四神と契約できるよう、ありとあらゆることから制約を受けて生活してきたというのに。それ以上のことを背負う必要はどこにあるのかね?」
「で、でも……私は」
「とりあえず、お前さんは。泣け」
その言葉に、私は意味がわからなくってただ、彼と目を合わせていた。
何故か両手を広げている。
「……紅葉が戻ってきたら、お前さんまた泣けなくなるだろ。中途半端に泣いたら、余計に夜中まで泣いて引きずる。今の内に全部涙が流しておけ」
「……いいのかな、そんなことで」
「和泉を死なせたのは俺たちの責任だ。全員で背負うもんをどうしてお前さんひとりに背負わせなきゃならないんだ。なんのための守護者だ……そもそもお前さんが泣かなかったら、一番泣きたい奴だって泣けないだろうさ」
その言葉で、私は保昌のことを思った。
……遊学中に知り合った和泉と、なにも知らずに文のやり取りを続けていた保昌。ひとりにならなかったら泣けないのは、彼も同じだ。
そう考えたら、私はボスンと田村丸の胸に飛び込んで、そのまま嗚咽を漏らして泣いていた。
……今の田村丸は覚えていなくても、私が一番泣きたいときに、なにも聞かずに背中や胸を貸してくれたのは彼だった。
巫女の修行が厳しいとき、太刀を振り回して体中が痛くてたまらなくなったとき、里の子たちが親子で仲睦まじそうにしているとき、他の子たちが遊んでいるとき。
どうして自分がという気持ちが浮上してきたときほど、田村丸はやって来て、体を貸してくれた。
巫女が泣いたら皆が心配するから。巫女が悲しくしていたら皆が不安になるから。そんなときはいつも田村丸にもたれて泣いていた。
あの頃より私も背丈が伸び、田村丸も私よりも頭ふたつ分は大きくなってしまったけれど、優しいところだけは変わらない。
……私が私でいられるのは、田村丸のおかげだから。
私のことを未だに全部は思い出せない彼に、私のことを思い出して欲しい。でもそのことを口にすることはできない。だって。
私の気持ちは、重いから。
皿科ひとつを背負わないといけない責任感よりもずっと重い気持ちを、そのまま彼に注ぎ込むことは、私にはできない。
きっとそれはしてはいけないことだから。




