フラグというものはわかりやすいものだったらすぐに立てたり折ったりできるのですが、そんなわかりやすいフラグばかりが易々と立つ訳がありません
翌日、鈴鹿から「しばらく滞在させてもらうから、お礼に黒いもやがないよう見回りをしよう」と皆に言ったら、案外賛成してもらえた。
保昌だけは渋い顔をしていたけれど。
「申し訳ありません、僕はまだ回復してないので、参加が厳しいのですが……」
「いいえ、かまいませんよ保昌。私が保昌のぶんまで立派に働きますから」
「……申し訳ありません。僕が今、不調なばかりに紅葉様ばかりに負担をかけて」
そう言ってシュンとうな垂れてしまったのに、慌てて首を振る。
そもそも保昌がいなかったら、東の封印戦だって大変だったんだから。そんなこと、この場にいる面子は全員わかっているでしょうが。
「いえ、全然保昌は悪くありませんから! 前に何度も何度も逃げ帰るほどに強かった魑魅魍魎のことを思えば、強くなる前に駆除しておいたほうがいいんじゃないかというだけですし!」
「そうですか……」
「ええ。その間、和泉さんとお話しでもして待ってらしてくださいね」
「どなたですか……?」
保昌にキョトンとされて、私はどう言ったもんかなあと思う。
仲人プレイになるのかどうかはわからないけれど、和泉の片思いフラグが立っておいたほうが、鈴鹿の現状に噛み合うんじゃないかと思っただけだしなあ。
私が考えあぐねていたら、鈴鹿のほうから助け船が出た。
「ここの使用人の方だよ。親切な方だし、あちらからも保昌のお世話をしたいって打診があたから。私たちが見回りをしている間、少しでも精が出るもの食べて、早く回復してよ」
「鈴鹿様……そうですね、あまりここで長居をする訳にも参りませんし」
保昌が納得してくれたのに内心ガッツポーズを取りながら、私たちは町の見回りへと向かうこととなった。
どっちみち黒いもやを祓うのは私しかできないから、見つけ次第、矢文を届けるということで、私は維茂と頼光と、鈴鹿は田村丸と利仁と一緒に探索することとなった。
「それじゃあ紅葉、私たちは東のほうからぐるっと一周するから、紅葉たちは西から一周してね」
「わかりましたわ。それではどうぞよろしくお願いします」
そう言って出かけることとなった。
北は玄武が治めているせいだろうか、平和な町の中でも比較的寒い。冬になったらもっと悲惨なことになるんだろうなと思いながら、それぞれを見回る。
楽しげに見回っている頼光とは裏腹に、維茂はしっぶい顔をしている。
「あのう……維茂。もしかして探索より先に進みたかったですか?」
「いえ。この町が魑魅魍魎に落とされたら厄介でしょうから、そちらは問題ございません。ただ、紅葉様は保昌に甘過ぎます」
うん。うん……?
私は目を瞬かせた。保昌が力を使い過ぎたのは本当だし、黒いもやを祓えないんだから、私が出て祓いに行くのは当然だと思うんだけれど。なにをそこまで怒っているの。
それに頼光はからからと笑う。
「うんうん、嫉妬は見苦しいよ、維茂」
「俺は……そんなことは」
「えっ」
思わず素の声がボロッと出て、慌てて両手で口元を抑える。
待って。紅葉に対してただの主従関係ばかり強調してきた人が、いったい誰のどこら辺に嫉妬したというの。
というより、紅葉が保昌に対して甘いのに拗ねるって、そんな大人げないことする人だったっけ、あなたは。
私が目を白黒させているのに、頼光はクスクスと笑う。
そういえばこの人、往年の美声人気声優が声を当てていたな、大変耳に優しい声だ、と当たり前過ぎることを思う。
「主人が他に優しくしたり指示を出したりするのが、そんなに面白くないのかな?」
あ、なあんだ……。
少しだけどころか、かなりがっかりした。
維茂は紅葉に対して求めているのは、命令をくれる主であって、恋する相手じゃないんだなあ……。私はできる限り顔に出さないように努めながら、「申し訳ございません……」と維茂に謝った。
「私がきちんと説明をしないばかりに。町の見回りのことは、昨日鈴鹿と話し合った末に決めましたから。あなたをないがしろにした訳じゃないんですよ。そして保昌のことは、鈴鹿も心配していたことですから」
「ええ……わかっていますよ、そんなことくらい」
だから、維茂。これはどっちだ!?
この人リメイク版は誰が相手であっても読解力テストになってないか? こんなん全然内心を読み解ける訳ないでしょ!
内心頭を抱えている中、頼光が「おや」と視線を向けた。
その先には、梅の木が生えているし、季節外れの花が咲いているけれど……黒いもやが出て厄介だ。このまま放っておいたら梅の木が魑魅魍魎になってしまうかもしれないし。私は慌てて塩を撒いて祓うと、黒いもやはたちどころに消える。
そのことにほっとひと息ついていたけれど。頼光が変な顔で私のほうを見てきた。
ん、別に変なことはしていないと思うんですけれど……?
「あまり塩を撒くと、梅の木が枯れないかい?」
……塩は植物を枯らす。そんなの小学校の理科の授業でもやることじゃん。
しーまったー! 植物の周りに纏わり付く黒いもやってどうやって祓えばいいんだっけ!? 保昌ー、保昌ヘルプー!!
今はいない保昌のことを思って、私は「キャー!!」と悲鳴を上げた。
先程まで嫉妬心を隠そうともしていなかった維茂が我に返って「いや、これくらいの塩では普通に枯れませんよ」と教えてくれた。
はあ……こんな調子で黒いもやを全部祓うことってできるのかな……?
言い出しっぺだけれど、唐突に不安になってしまうのだった。
****
紅葉は維茂や頼光と上手くやっているかな。
私は田村丸や利仁と一緒に見回っているけれど、幸い黒いもやは発生していないみたい。
「この辺りは大丈夫そうだね」
「そうみたいだな。しかし、あのお嬢さんは大丈夫なのかね」
「お嬢さんって? 紅葉のこと?」
「いやいや、あそこにいたええっと……たしか和泉とかいう使用人だったか?」
田村丸は私のことを完全に思い出した訳ではないみたいだけれど、前みたいに軽口を叩けるようになったのには、少しだけほっとしている。
でも和泉さんがなんだろう?
利仁は町の角を見ながら、田村丸を流し見る。
「あの娘が気になるか?」
「気になるというより、保昌にずいぶんと取り入ろうとしているみたいだったからなあ。庄屋を出てくるときに、やけに馳走をつくって振る舞っていた。たったひとりにだぞ?」
「私もそれを見たけれど、てっきり早く保昌に元気になって欲しいからという親切心だとばかり……」
そう言ってみたものの、なんか変だ。
……そうだ。紅葉みたいに頭領の娘だというならともかく、いち使用人がどうしてそんなにたくさん、客人のひとりだけに用意ができるんだろう?
利仁も気付いたのか「ふうむ」と顎を撫で上げる。
「あの娘、立場を偽装しているのか。なんのために?」
「普通に考えたら、訳ありの立場だからだけれど……」
「ああ~、とりあえずぐるっと回ったら走って帰るか。保昌、なんにも盛られてないだろうなあ!?」
「わかんないよ、そんなことは」
どうしよう。普通に保昌と仲良くしてくれたらくらいにしか思っていなかったのに。なんだかとんでもないところに保昌を置いてきちゃったんじゃ……!
結局私たちはぐるっと回ってみたけれど、不思議と黒いもやは発生していなかった。
紅葉のところもなにも発生していないといいんだけれど。利仁は紅葉たちの方角に矢文を引くと、そのまま私たちで庄屋さんの屋敷へと走って行くことにした。




