レベリングってサボり勝ちなんですけれど、しておかなかったらボス戦でヘマをするんで大切です
北の封印から東の封印に変えた途端に、私たちの逃走癖はストップした。
黒いもやを私と保昌で祓うと、次々と現れる魑魅魍魎を倒す。現れるのは猪だったり兎だったりと結構数が多いけれど、北の封印でひたすら逃げ回った中ボスレベルの軍勢と比べれば、あくびが出るくらいに楽な相手だ。
ここで充分経験値をを稼げれば……東の封印で青龍と契約してしまえば、北の封印でも充分戦えるだろう。私はそう算段を付けていた。
猪は突進してくるし、はねられればひとたまりもないけれど、今は利仁と頼光の弓に、保昌の詠唱があるから、余裕で対処ができる。
兎は逆に逃げ回るだけで、倒す必要あるのかって思うけれど、維茂はさっさとそれを仕留める。
「今は弱い魑魅魍魎ですけれど、これが数を稼げば村ひとつくらい滅ぼす軍勢になります。狐の嫁入りに、我々は対処できなかったでしょう? あれを思えばいいんです」
「なるほど……」
一見可愛すぎる魑魅魍魎だった狐の嫁入りなんて、一匹一匹だったらともかく、とにかく多過ぎてレベルひと桁の私たちでは、とてもじゃないけれど対処ができなかった。
魑魅魍魎も群れれば、下手すると対処が遅れると。なるほどなるほど。
順調に進んでいってはいるものの、だんだん険しい山に差し掛かってきた。
たしかに鬼無里も山と森を切り出した里だったけれど、それにも増して、傾斜がひどい。道なき道を、私たちは馬に乗ってどうにか渡っていった。
「この山を越えた先が、今日泊まれるはずの村になるはずなんですけど……」
馬で地図を確認する保昌だけれど、山が険し過ぎて、その歩みは遅い。あと二日で封印で青龍から試練を与えられるはずだから、本当だったらちゃんとした寝床で休みたいんだけれど。
利仁は飄々として言う。
「もう日も暮れようぞ。無理に山を越えるよりも、夜営できる場所で眠ったほうが、まだ早く封印に辿り着けよう」
「うーん……そりゃこちらはなんにも問題ないんだけどね? 巫女や紅葉さんはどうかな?」
頼光に話を向けられ、私は鈴鹿と目を合わせる。
後方支援の私はともかく、鈴鹿は魑魅魍魎との戦いでずっと太刀を振るい続けているんだから、疲労困憊のはずだ。休むなり進むなりは、彼女が決めたほうがいいと思うけれど。
「鈴鹿、大丈夫ですか? 夜営するか村に急ぐか、どうなさいますか?」
「……私は」
鈴鹿は背筋こそピンと張っていて、いつも通りに見えるけれど。彼女をよく知っている人間だったらすぐわかるだろう……彼女、落ち込んで、自信をなくしている。
どうしよう。鈴鹿はなんにも悪くないと思う。ただルートが危なっかしかっただけで。私がなんとか励まそうと口を開く前に。
「おや? 落ち込んでいるかな、巫女は」
頼光が先に声をかけてきた。
……そりゃそうか。利仁も維茂も励ますようなたまじゃないし、本来だったら一番励ませるポジションの田村丸は、ちっとも彼女のことを覚えていない。保昌は日頃から遠慮の塊みたいな性格が災いして、励ますことができないんだ。
鈴鹿は、頼光のほうに狼狽えて顔を上げると、少しだけ頷いた。
「……うん、私の采配が本当に正しいのかどうか、わからないんだ。私たちの背中に皿科の平和がかかっているのに……初っ端から私は、皆をひどい目に遭わせてしまったから」
「なるほど。だから夜に強行するか、夜を山で過ごすかで迷っているんだね?」
「うん」
思っている以上に落ち込んでいる。
そんな鈴鹿を、頼光は「うんうん」と頷いた。
「まあ、どちらも危険には変わりないさ。でもね、我らは守護者に選ばれたんだから、危険なのは承知の上さ。君の采配で散るのではなくて、単なる我らの力不足なんだから、君がそこまで落ち込む話ではないと思うけど」
そうあっさりと言ってのけたところで、ようやく鈴鹿の表情が和らいだ。
「……そう、かな」
「守護者に選ばれたのだって、ただ適当にいたから選ばれた訳でもないしね。さあ、無駄話はここまでだ。巫女。強行するか、夜営するか選びなさい」
「私は……夜営したいです」
鈴鹿のひと言により、私たちは馬を休ませて夜営の準備をすることとなったんだけれど。
……今の会話、明らかに選択肢で、好感度が上がる奴臭かったんだけれど。本家本元ではこんな会話なかったから、リメイク版からの選択肢だろうけれど。もしかして、鈴鹿のルートは頼光に傾きかけているのか?
うーん。
私は『黄昏の刻』は全ルートクリアしているし、どのキャラも好きだけれど。
紅葉からしてみれば、田村丸があからさまに鈴鹿に対して甘かったのを知っているから、ぞわぞわしてしまっているんだ。
この辺りは鈴鹿に探りを入れたほうがいいのかな。それとも田村丸にもうちょっと鈴鹿に優しくしてあげろと言うべきなのか。
……紅葉は本当に、このふたり贔屓だ。私の前世の知識を活用してふたりをくっつけようとしてくるんだから、困ったもんだ。
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北の村でもらってきた饅頭を火であぶって食べ、そのあと私と保昌で星見に向かう。明日の様子を見るつもりだったけれど、保昌が「あっ……」と声を漏らしたことで、私も思わず空を仰ぐ。
「あの……私、なにか見落としていましたか?」
「一瞬だけでしたが、凶兆が出ました。早く夜営に戻りましょう!」
「あ……」
空には凶兆を告げる二点の影が、たしかに見えた。
……襲撃されるかもしれない。もし襲撃されたら、まだ旅がはじまったばかりだっていうのに、鈴鹿がまた落ち込んでしまう!
私たちは慌てて元来た道に戻ろうとしたところで、既に金属音が響きはじめていた。
「なんだ、またずいぶんと巫女も守護者も賑やかなことになっている、なあ……!」
その声に、私の喉はヒュンとなる。
酒呑童子。鈴鹿の命を狙いに来たんだ……!
ちょっと待って、この人たち追加攻略対象だからって、本来だったら西の封印の近くの大江山にいるっていうのに、東の封印までわざわざ出張してきたっつうの!?
彼が大剣を振り回し、それをなんとか受け止めているのは……鈴鹿だった。
「くう……っ!!」
「巫女、今の内にさっさと首を出してやれば、貴様の首ひとつで決着を付けてやろう。だが、もしそれを断ると言うなら、この場にいる全ての守護者を屠るぞ」
おい、おい。
今、鈴鹿は超落ち込んでいるところで、更に追い詰めるようなことをどうして言うかなあ!? 私は腹立って、せめてもと目潰しで塩をぶっかけてやろうと懐に手を突っ込もうとしたとき。
「あらあら、怖い顔。巫女とお友達だからって、その顔はいただけないわねえ?」
今度はこちらの背中から冷や汗を流す番だった。
私の背後にいつの間に回ったのか、優雅な仕草で茨木童子が立っていたのだ。
「……あなた方は! 鈴鹿を狙って、なんのつもりなんですか!?」
声を張り上げなければ、得体の知れない気持ち悪さで、身動きが取れなくなるところだった。鈴鹿と酒呑童子がやり合っている中、酒呑童子に向かって弓矢を向けようとしても、彼女の背を皆に向けるようにして斬り結んでくるような意地の悪いことをしてくるから、皆も迂闊に手助けに行けないでいる。
私の言葉に、茨木童子は艶やかに笑う……私からしてみると、その笑みには温度がない。
「前にも言ったでしょう? 私たち鬼が平穏に暮らすためよ」
「……あなた方のことは、私たちにはわかりませんが……私たちは魑魅魍魎が何度も何度も現れると困ります」
「それはそちらの都合でしょう? 私たちの都合とは噛み合わないもの」
そう言って茨木童子が指先を動かす……神通力を使われたら困る。
私はとっさに酒呑童子に使おうと思っていた塩を、茨木童子にぶっかけた。茨木童子はぎょっとした顔をして崩れる。
そこで、保昌の詠唱が間に合った。
「弓の弦たる欠けたる月よ、その身をもって禍と成せ……下弦!!」
それは下弦。茨木童子だけでなく、酒呑童子にも向かったその詠唱により、ふたりの力が半減される。
酒呑童子に押され気味だった鈴鹿も、ようやく反撃ができた。
元々彼女の持っている刀は鬼ごろしの太刀なのだから、彼女が本気になったら、酒呑童子だって手に負えないはずだ。
「……私はまだ、皆に頼らないとなにもできない巫女だけど、でも……! 私だって、私だって皆を守りたいんだ……!!」
彼女の太刀は酒呑童子の大剣を跳ね、彼の頬を切り裂く……血のにおいがほのかに飛んだ。
「……ちっ、奇襲は無理だったか。だが。次の封印の地が、貴様らの墓場だ。帰るぞ」
酒呑童子は自分の頬を撫でる。鬼ごろしの太刀は傷の治りの早い鬼の傷口もなかなか直せなくする逸物だけれど、それは使い手の気迫にもよる……落ち込み気味だった鈴鹿の気持ちが、少しだけ浮上していたらいいのだけれど。
私のほうにちょっかいをかけてきた茨木童子は「はあい」と返事をしてから、再び私のほうを見てきた。ひいっ。
「それじゃあ紅葉ちゃん。またね?」
またねされたくないです。お願いですからもう来ないでください……無理とは知っているが、そう思うくらいは自由だろ。
ふたりが退散したあと、保昌は慌てて結界を張るべく棒で地面に線を描いて、そこに神水を振りかけた。
「これでひと晩は持つはずです……鬼でしたら突破してしまうでしょうが、魑魅魍魎は入ってこられないはずです」
「ありがとう……皆、情けないこと言ってごめん」
鈴鹿がそう言って頭を下げる。でも彼女は落ち込んでいる空気が霧散した。
そのことにほっとしつつ、私たちは休むことにした。
明日のことは、明日の自分が頑張ってくれると信じながら。




