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レベルデザインが滅茶苦茶でも楽しむユーザーはいますが、それは多分乙女ゲームユーザーではありません

 こうして一夜が明け、私たちはいよいよ鬼無里を出立することになった。

 父様は気遣わしげに私と維茂を見る。


「維茂……くれぐれも紅葉を頼む」


 私はちらりと維茂を見た。ここでなにを言うんだろうと思って彼を眺めていた。維茂はしばらく沈黙したあと、父様に向かって頭を下げた。


「……任されました、自分は頭領のご息女を、必ずや守り抜きます」


 ……知ってた。ここでもうちょっとこう、胸キュンするようなこと言う場面でも、維茂にそれを求めるのは無理ゲーだって。でもすっかりそれで慣らされてしまった自分もいるんだから、いい加減なのだ。

 鈴鹿は星詠みたちに囲まれているようだ。


「鈴鹿様、どうか……あなたの星を信じてください」

「うん、わかった。私も自分の天命っていうものはよくわからないけれど、一応信じてみるよ」


 まただ。また、天命って言葉が出た。

 リメイク版はいったい、この天命って言葉をこれみよがしに使ってきて、なにをさせたいんだろう。

 ……まあ、もう。私の前世の記憶が全くもって役に立たないということだけはわかっているし、やらなきゃいけないことが多過ぎるんだから、そっち優先にすればいいか。

 皿科さらしなの魑魅魍魎を全て討伐するためには、四神と巫女が契約をし、鬼たちを調伏しないといけない。四神全部と契約し、契約した順番でラスボスが変わるんだけれど、この辺りのシステムをリメイク版も採用しているのかはわからないから、全部契約してから考える。

 一応RPGのシステムに則っていて、戦闘パーティーに入れていた人とヒロインの好感度が上がるシステムになっている。つまりは、鈴鹿が戦闘する際に指名したメンバーが、彼女に対する好感度を上げていくんだね。

 今回は私が加わったことで、どう科学反応が起こるのかわからないけれど、この辺りも本編に進まないことには私も判断しかねるから、パス。

 私たちは鬼無里の皆からもらった食料を馬に括り付けて、歩きはじめた。


「皆、行ってくる。必ず皿科に平和を取り戻してみせるから……!」


 鈴鹿の声に、歓声が飛ぶ。

 これが巫女の声の力なんだなと、私は感心しながらそれを見守っていた。

 北まではずいぶんかかるはずだから、そこまでにどれだけの魑魅魍魎と戦うことになるのかな。そのことだけは、ほんの少しだけ気が重い。


****


 って、いくらなんでもおかしいだろうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?

 私はツッコミを入れたくて入れたくてたまらなかったけれど、どうにか食いしばって、塩を撒いて浄化させた。

 本来、巫女と守護者のレベルに応じて、少しずつ本当に少しずつ魑魅魍魎も強くなるはずだったのに。


「こっこっこっこ……あきまへんなあ……こぉんなとこにかあいいおなごをふたりも連れてきては。食べてしまうかもしれまへんえ」


 独特の口調で、胸元をはだかせた女性の豊かな黒髪からは狐の尖った耳が見え、派手な袿の下からはふかふかの尻尾が見える。

 玉藻たまもまえ。本来だったら中ボスとして立ち塞がるはずの彼女が、北へ向かう道中でいきなり牙を剥いてきたのだ。

 まだ北の封印の近くですらないんですけどぉぉぉぉぉぉ!?

 そもそもまだ鬼無里を出て一時間も経ってないんですけどぉぉぉぉぉぉ!?

 クソプロデューサー!! だからレベルデザインはしっかりしろよ! いきなり全滅の危機なんですけれど!? 本当にリメイク版はクソゲーにも程があるでしょ!!

 切り込み隊長の鈴鹿、田村丸、維茂が刀を抜いて玉藻の前を凪いでも、彼女のふさふさの尻尾で軽く弾かれてしまう。後方支援で弓矢を打ち込む利仁と頼光だけれど、それも玉藻の前の尻尾で叩き落とされてしまう。すぐにダメージが入ってしまうものだから、保昌も回復詠唱ばかりしていて、攻撃詠唱に専念できない。

 私もどうにか必死に詠唱をしたくても、すぐに玉藻の前の尻尾で地面に叩き付けられてしまい、肝心の詠唱を完成させてくれない。

 うーわーあー、ほんっとうにムカつくな!!

 でもどうしたらいいんだろう。このままじゃ、神の一柱とも契約できずに全滅エンドになってしまう。それだけは避けたい。私が必死に考えている中、吹き飛ばされてきた維茂が「ぐうっ!」と地面に叩き付けられて私の隣に落ちた。


「維茂……!」

「……紅葉様、ご無事ですか……?」


 彼は喉を鳴らしながら訴える……私、まだなんの役にも立ってないのに、いきなりの全滅は嫌だ。

 私は維茂に大きく頷いてから、鈴鹿に声を上げた。


「鈴鹿! 逃げましょう! 私たちの戦場は、決してここじゃない!!」


 そうだ。全滅してコンティニューができるのはゲームの特権だけれど、ここはゲームの中じゃない。こんなところで全滅して、なにもかも終わってたまるか。

 鈴鹿は、太刀を構えて、玉藻の前と私を見比べた。玉藻の前はくすくすと笑っている。


「あーらぁ、逃げたければ逃げればええんどす。けどぉ、それはかあいいそちらのおなごはんが許したってくれたらやなあ……どない?」


 ここで鈴鹿を惑わせるんじゃない! 本当に性格悪いな、性悪狐。

 私がいらっとしている中、頼光が「うんうん」と頷く。


「あの狐を倒すには、私たちではまだまだ力不足だね。次はもう少し力を蓄えてから挑もうじゃないか」


 さすが頼光。勝てない戦いはしない男……!

 鈴鹿は困ったように、利仁と保昌に顔を向けた。保昌は派手に吹き飛ばされた田村丸に応急処置として、衣を裂いて縛り上げながら言う。


「僕も今は撤退に賛成です……あの狐の弱点を見つけたら、再戦しましょう」

「それがよかろうな……して、そちはどうするつもりじゃ?」


 利仁に問いかけられ、少しだけ困った顔をした鈴鹿は、太刀を鞘に収めた。


「……皆、撤退しよう。次に勝つために」

「あらあらあら……あきやしまへんえ」


 玉藻の前はぶわり……と尻尾を大きく揺らす。

 どうにも神通力の大技を使ってくる気らしいけれど、私たちはその詠唱を待つほどお人好しじゃないし、それを待てるほど強くもない。

 私は吹き飛んできた維茂に肩を貸し、利仁はさっさと田村丸に肩を貸して、その場を走り去った。

 逃げる中、鈴鹿は今にも泣きそうな顔をしながら、歯ぎしりをしていた。


「……次は絶対に負けない」


 正直、レベリングのためには出会った魑魅魍魎全てと戦ったほうがいいということはわかっている。でも。

 私たちはまだ、全ての敵と対峙できるほどの実力もない。私は最後に詠唱を唱えた。


「牛の尾を手繰り寄せ、更なる幸運を……扇星!!」


 全員の幸運を底上げして、玉藻の前の詠唱完了までに逃げることにしたのだ。

 はあ……次に当たる魑魅魍魎は、せめてもうちょっと戦える相手だといいな。レベルを全く稼がないで北の封印に行くのも怖いけれど、レベリングのつもりで戦った相手にやられて全滅なんて、全然シャレにならない。

 でも……私のイヤァ……な予感は的中した。


「ほっほっほ……我の縄張りを生きて出られるとは思うなよ?」


 鞍馬天狗!? そもそも北の封印に行くまでには出ないはずの魑魅魍魎がなんでこんなところにいるの!?


「キュキュキューン……」

 「キューン」

   「コーン」

 「コォーン」


 可愛いこぶっても駄目! 狐の嫁入りっていう狐系魑魅魍魎の団体戦は、レベル5とか6の私たちには荷が重い!

 なんなの……なんなの。

 ここ全部開始レベルガン無視した敵しかいないじゃないの。

 どうなってるのさ、クソプロデューサー…………!!

 私たちの旅の第一歩は、ひたすら馬に乗って逃げ回るだけで、一回も戦うこともなく、終わってしまったのだった……。

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