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本編開始の共通シナリオは一周目以降飛ばし勝ちですが、案外馬鹿にできないフラグが隠れ潜んでいることがあるので困ります

 その夜、私たちは神社の社務所に泊めてもらうこととなった。明日から旅立ちのため、里の人たちから道中の食べ物や馬などを分けてもらい、それで最初の封印へと向かう。

 正直、不安しかない。逆時計回りは、たしか鬼門だよなあ。『黄昏の刻』を何度も周回して、その際に覚えた細々とした豆知識を振り返って、溜息が漏れる。

 ただでさえ、リメイク版は不安でかつ不穏な要素しかないのだ。

 戦闘のレベルがガタガタだからええ加減にせえよと突っ込んだかと思ったら、シナリオの隙間時間が無駄に長い、攻略対象たちに余計なオプションを付けたがる、追加攻略対象までバンバン出てくる……なんとか鈴鹿に会わせなかったから、ここで余計なフラグが立たなかったと信じたい……私を見る茨木童子が嫌過ぎるというのは、この際置いておいて。

 これで本筋の四神契約の旅に、いったいなにを突っ込んでくるのか、こちらも検討が付かないのだ。ひとつわかるのは、リメイク版のクソプロデューサーは、『黄昏の刻』のよかった部分、十年もの間ファンが逃げなかった部分というものをちっとも理解せず「とりあえずリメイクなんだから、ブラックサレナテイストの足りない部分を補っておこう」と考えていることだけは間違いないようだ。

 ……本当に、私はあのとき事故死しなかったら、もっと抗議メールをブラックサレナ宛に送っていたほうがよかったんじゃないか。どうして思い出の作品にクソ要素を大量に付けられて、秀作をツッコミどころ満載の地雷作に改悪されないとならんのじゃ。

 私は何度目かの溜息を付いたところで「紅葉」と声をかけられた。

 とりあえず男女で敷居で分けて、私と鈴鹿は一緒に寝ることになったのだ。


「……私は、まさか紅葉まで付いてきてくれるなんて思わなかったな」

「あら。鈴鹿は私が四神契約の旅に同行するの、ようやく同意してくれたのかと思っていましたけど、まだ反対していましたの?」

「ううん、もうそんなこと思ってない。むしろ、今は本当に紅葉がついてきてくれることになってよかったなあと思うよ」


 隣で横になっている鈴鹿は、にこにこと無邪気に笑っている。それが虚勢だろうなとは、私の中の紅葉も、私も既に知っている。

 ……彼女自身、四神契約の旅のために育てられてきたから、旅に出ること自体は怖がっていないはずなんだ。どちらかというと。

 幼馴染に忘れられてしまい、思い出してもらえないまま旅に出ることのほうが、不安で不安でしょうがないんだと思う。


「……鈴鹿は、田村丸が好き?」


 これって、まだルートは固定してなさそうなのに、聞いてしまってもいいのかなと、聞いてから今更ながら思う。

 鈴鹿はしばらく沈黙したあと、すぐに口を開いた。


「好き。ずっと育った大切な幼馴染だもの。私、忘れられてしまうことが、こんなに怖いことだなんて、思ってもみなかったんだ」

「そう……ですか」


 多分それは、色恋とか子供が友達に言うようなものじゃない。もっと純粋な信愛っていう好意だ。彼女は未だに恋を知らず、四神契約の旅に必要なこと以外は、紅葉すら一切教えることはできなかった。

 彼女に変わって欲しくないって思うのは、きっと酷なことだ。

 人間、変わる生き物なのだから、彼女も旅の道中に醜いものや歪んだものに出会い、変わる。私はそういうシナリオを読んできた以上、間違いなくそうなるのは知っている。

 ……だからこそ、彼女が折れたりしないように、壊れたりしないように、気持ちを軟着陸させたいと、そう思ったんだ。

 ふと、外を見たくなった。


「……ごめんなさい、ちょっとだけ雪隠に出ますね」

「え? うん。気を付けて」

「ありがとう」


 私は袿を肩に被って、そのまま帳の向こうへと出ていった。


****


 皆が寝ているのを起こさないよう、ぼんやりと月を眺められる場所まで出て、私はそこにペタンと座った。

 私のプレイ記録は役に立たない。私の星詠みとしての修行成果もどこまで出るかわからない。それでも、置いて行かれたくはなかった。


「紅葉様?」


 その声に、私は振り返った。そこに立っていたのは、維茂だった。やっとふたりっきりになれたと、少しだけほっとする。


「月が綺麗ですね」


 私はそう言ってみる。皿科の人は、多分この言葉の意味がわからないから、本当にただの月見の誘いになってしまうけれど。隣に手招いたら、維茂が少しだけ観念したように、私の隣に座った。

 中途半端に空いた距離が、今の私と維茂の関係だ。


「緊張して、眠れませんか?」


 維茂に尋ねられ、私は首を振る。


「いいえ。ただ本当にいろいろ考えるので落ち着かなくって、月を愛でたくなっただけ……昼間のことだけれど、ありがとうございます。私のお見合いを中断させてくれて」

「いえ。自分はあちらの意図を飲んだだけです」


 いけず。そう思ったけれど、この人はこういう人だしなあと、少しだけ諦め気味になってしまっている。ただ、お礼を言えたから、もうそれでいいかなあとだけ思った。


「ですけど」


 私が勝手に諦観の念を覚えようとしていたら、維茂が言葉を続ける。


「あなたが俺の知らないところで祝言を挙げるのは、我慢がなりませんでした。俺はどのみち、鈴鹿様と共に旅立っていたでしょうから」

「……維茂、それってどういう意味?」


 これは。まだ諦めなくっても大丈夫なんだろうか。私は恐る恐る聞いてみたけれど、肝心の維茂はそれに答えてくれることはなく、すっと立ち上がった。


「……明日は早いので、もうそろそろ休みましょう」

「……はい、そうですね」

「紅葉様。どうぞ」


 彼の手を取って立ち上がると、そのまま部屋まで送られた。


「おやすみなさいませ」

「おやすみなさい」


 そうやって別れたけれど、ただ先程触れられた手から、体全域に熱が回るのを感じる。

 ……相変わらず維茂のガードが硬過ぎて、どこまで汲み取ればいいのかさっぱりわからないけれど。まだ私は、あの人を好きのままでいいらしい。

 紅葉の恋が叶うのかどうかはわからないけれど、まだ猶予があるということだけはわかったので、明日からの旅路のことを思いながら、スコンと眠りについたのだった。

 夢すら見ない、夜だった。

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