リメイク版だから本家本元をベースにアレンジ加えないと駄目なんでしょうが、一番の売りを殺す必要がどこにあるんですか
ひとまず私たちは、それぞれに別れて休むこととなった。
私は鈴鹿が使っている蔵で寝泊まりすることになったけれど。鈴鹿は呆然とした顔で座り込んでしまい、なかなか横にならない。
「鈴鹿。鈴鹿。今は混乱しているでしょうが、一度寝ましょう?」
「うん……ごめん、紅葉」
「そりゃ混乱するのも当然ですわ。でも今晩は保昌も力を使い果たしてしまって休まなければなりませんし、星詠みの応援も呼ばなかったら、田村丸の呪いの解呪もできませんでしょう? それに、あなたにもしものことがありましたら、本当なら田村丸が一番自分を罰したいはずですわ」
「……うん、そうかなあ。田村丸、いつも掴み所がなくって、わからないから……」
ああ、鈴鹿。本当に混乱している。
どう見たって田村丸の第一優先は鈴鹿だ。それこそ、私が鈴鹿に会いに行って彼女を混乱させるのを止めろと怒るくらいには。でも鈴鹿は巫女としての修行が原因で、人間の感情の機微がいまいちわかっていない。混乱だってしちゃうよね、そりゃあね。
私は無理矢理鈴鹿を横に寝かせると、御座を被せる。
「田村丸がどうして紅葉のことだけを忘れたのか、今はわかりません。ですけど、あなたが落ち込んでしまったと知ったら、記憶を取り戻した彼が絶対に自分のことを許しませんわ」
「それは……それは、すごく困るよ。だって、彼はなにも悪くないじゃないか」
「そう。誰もなにも悪くありませんの。ですから、あなたも自分を責めては駄目よ?」
「……うん、ごめん。紅葉」
なんとかグズる鈴鹿を寝かしつけて、私も眠った。
クソプロデューサーへの怒りはさておいて、呪いのことについて考えないといけない。つくづく補助詠唱しか使えないのがいまいましい。もしもっとちゃんとした星詠みだったら、田村丸にかけられた呪いだってきちんと解呪できたかもしれないのに。
これはリメイク版のシナリオではわかりきっていることなんだろうか。それとも、これはリメイク版のシナリオに私が介入してしまったから変わってしまったんだろうか。……わからないけれど、このままじゃよくないってことだけは、私にだってわかっている。
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次の日、宮司さんに許可を取って、星見台から何人もの星詠みを派遣してもらった。そして田村丸を診てもらう。
もっとも。田村丸は鈴鹿を忘れてしまっている。その一点を除けば私たちのよく知っている田村丸そのもので、言われなかったら彼に呪いがかかっているなんてわからないようなものだった。
魑魅魍魎のせいの黒いもやの気配だってない、黒い痣だってもう彼の胸にはない。だとしたら、まだなにがあるっていうんだろう。
しばらく診てもらってから、ようやく星詠みたちが診察を終えた。
「……これはものすごく面倒な呪いがかかっていますね。これは以前に現れた鬼のせいなのか、この里に紛れ込んでいるはずの潜入者のせいなのかは、判断が付きませんが」
「判断って……俺はいったい、どんな呪いがかかっているというんだ?」
田村丸は、自分自身が魑魅魍魎にやられた記憶はあれども、鈴鹿のことを忘れてしまっている一点がわからないものだから、イライラが募っているようだ。ごめん。
私は「保昌」と聞いてみると、保昌は昨晩にも見せた険しい顔をしてみせた。
「呪いですが、田村丸さんには縁を切る呪いがかかっています。一緒にいた期間が長い人から順番に、その呪いが発動します。ですから、生まれた頃から一緒の鈴鹿様の記憶を最初に失ったのだと思います」
「そんな……」
おい、おい。
よりによって、乙女ゲームで一番かかっちゃいけない呪いにかかってるじゃあないか。
幼馴染から順番にって、次は宮司さんだし、その次は私や維茂だよ。どんどん縁が切れようとするなんて、あまりにも厄介だ。
誰だよ、「両片思いの片方が記憶喪失はイケる」とか言い出して、シナリオに組み込んだ馬鹿たれは。少なくともそれは、フラグを立てて好感度を稼いでいく乙女ゲームでは禁じ手だろうが。立てたフラグから順番に忘れられたんじゃ世話ないし。
私がイラァ……としている中、維茂は深刻な顔をして尋ねた。
「だが、だとしたら田村丸は、鈴鹿の守護者をやっていけるのか? どんどん記憶を失う上に、肝心の守護対象のことを忘れてしまうなんて」
あ、そうだ。そもそもこれだったら、田村丸を四神契約の旅に連れて行けないじゃん。いくら田村丸が心配だからって、鈴鹿だって置いていくよ。そんなことしたら、鈴鹿と田村丸のフラグだって立ちようがないじゃん。
私がダラダラと冷や汗をかいていると、保昌が「ですが」と続ける。
「田村丸の呪いは、それぞれの星の元に辿り着けば解ける可能性が高いです」
「それぞれの星……?」
維茂はわからないという顔をし、利仁もまた同じような顔をした。
張本人の田村丸もまた、同じような顔だ。
でも……私はわかる。
それって、もしかして、天命のこと?
だとしたら、星詠みが下手に解呪することができないのは、天命で無理矢理呪いをくくりつけられちゃったのだったらわかる。
四神はそれぞれ東西南北に別れて存在し、それぞれと契約したら解けると、こういうことか。
今まで保昌から習ってきたことがようやく手に取るようにわかるぞと、私は少しだけ気分が上がる。
「つまり、全ての四神と契約してしまえば、田村丸の呪いが解けるということですね?」
「はい。そうなります……ただ、旅立ちはあと半年はかかります。それまでどれだけ呪いが進行してしまうかが、僕たちにも読めません」
「……大丈夫」
昨日はさんざん不安そうな声を上げていた鈴鹿だったけれど、ひと晩ぐっすりと寝たら食欲も戻って、いつもの凜とした眼差しに戻っていた。
「都の使いが来たら、すぐに出発すれば間に合うんでしょう? なら、問題ない」
「だとしたら……田村丸も守護者に?」
「彼は私と同じなんだから、連れて行くに決まっているでしょう? 大丈夫」
鈴鹿はにこりと田村丸に微笑んだ。思い出せない田村丸だけは、怪訝な顔をしただけだったが。
「……私が、必ず彼を助け出すから」
ヒロイン。ヒロイン強い。
私は思わずうんうんと頷いていた。私は、鈴鹿のそういうところが好きだから。




