メイン攻略対象はメインだからこそ価値があるのであって、攻略できない対象にするのはなにかが違うと思うんです
あの収穫祭から半年ほど経ち、私の星詠みの修行もクライマックスに近付いていた。
本当ならば、私も保昌みたいに結界が張れたり回復ができたりするのが一番いいんだけれど、何故か私はその手の詠唱がちっとも発動しなかった。
「ちゃんと星を詠んでますのに、なんででしょう……?」
今日も怪我していた神社の鳩に回復を試みる修行をしていたものの、私の詠唱で出たのは謎の煙だけで、鳩は怪我しているままだった。
保昌は鳩の怪我を詠唱で治しながら「おそらくですけど」と言う。
「紅葉様にはその才能がないのだと思います」
「こ、これだけ修行してもですか!?」
「そこなんですけれど」
保昌もまた、どう教えたものかと迷っていた。
結界を張ったら全然壁にも薄膜にもならない煙しか出ないし、回復はちっともできないし。これじゃ守護者として鈴鹿についていっても足手まといだ。私は頭を抱えそうになったものの、保昌は続ける。
「紅葉様は僕よりも補助詠唱が得意なんですよね。星を詠む力は、僕よりもあるせいなんでしょうか。星の力を引き出すよりも、素直に詠むもののほうが力が強いんです」
「ええっと……どういうことでしょうか?」
たしかに、魑魅魍魎が里に出たときにも気付いたけれど。敵の力を半減させる。敵の弱点を探り出す。ゲームでは敵を直接倒せなかったら経験値にならないけれど、実際はそうじゃない。相手を弱体化さえできれば、後方支援が足りなくっても接近戦ができるメンバーで充分戦えるんだ……それこそ、神通力を使ってくる鬼にだって、勝てなくっても負けることはない。
保昌は私を困った顔で見ながら、ゆっくりと教えてくれた。
「たとえば怪我を治す、結界を張るというのは、星見で見た預言を応用したものです。どうしたら力を早く治せるのか、どうしたら敵の技を防げるのかというのを、先読みして実行するものなんですけれど、補助詠唱はそうじゃありません。刻々と変わる現状に応じて星を詠む力なんです」
「そう……なんですか?」
「ええ、もしかしたら、紅葉様だったら運命だけでなく、天命もまた詠むことができるようになるのかもしれません……いえ。多分詠めないほうが幸せなんでしょうね……」
「んん……?」
また出た。固定されていて動かせない未来予知だって言われている天命。
これはリメイク版特有のキーワードだと思うんだけど、いったいなんなんだ、この天命って。これを絶対に詠むなと言われたり、詠めたらいいと言われたり。
私がわからない、という顔をしているのが表に出ていたのだろう、すぐに保昌は取り繕った笑みを浮かべた。
「な、なんでもありませんよ! とにかく、これだけ補助詠唱を極めていれば、鈴鹿様も納得して守護者と選んでくださるかと思います」
その太鼓判に、私はひしっと保昌の手を掴んだ。
「本当に……本当に今までありがとうございます。これで、皆さんのお役に立てますし、鈴鹿をひとりにさせずに済みます」
「……本当に、紅葉様は鈴鹿様がお好きですね」
「当たり前ですわ。私は彼女が大事ですし、彼女もまた私が大切なんですから」
「本当に、素晴らしい友情ですね。お役に立てたなら幸いです」
保昌もにっこりと笑ったところで。
「魑魅魍魎が出たぞ! 女子供はすぐに家の中に!」
「家が潰れたものは神社に走れ! 結界に飛び込むんだ!」
「すぐに星詠みが向かうから、それまで持ちこたえるんだ!!」
里のあちこちから悲鳴が上がった。
……酒呑童子と茨木童子が去って以降、里には急激に魑魅魍魎が発生する確率が上がっている。
そもそも父様が調べたものの、結局あのふたりの鬼を里に引き入れた犯人はわからず終いだったし、星詠みの出番もどうしても増えている。
私と保昌は顔を見合わせると、塩を持って出ていった。紅葉は目がいいから、一番被害の多い場所から順番に星詠みを派遣できる。
「広場前は既に利仁が討伐に当たっていますから、問題ありません。里の裏門の方角が、一番黒いもやが増えています」
「ではすぐにもやを祓いましょう」
「はいっ」
皆で急いで里内をぐるっと回って祓い清めていく。
だんだんと里の中の人たちが黒いもやに取り憑かれて、魑魅魍魎と化してしまうケースも増えているから、お清めが最優先事項だ。
星詠みたちで次から次へとお清めを済ませ、最後に鈴鹿や田村丸、維茂や利仁が抗戦している場所へとお清めに走る。
「維茂、利仁……! 魑魅魍魎は!?」
「既に倒し終わりました」
「強くはないものの、こうもうじゃうじゃと出られると疲れるものよ」
悪態を付けるくらいだから、ふたりとも元気らしい。もし疲れているならば、保昌たちを呼んで回復してもらうものの、この分ならこの場所のお清めだけで大丈夫そうだ。私はそう結論づけてこの場に塩を撒いていると、維茂は目を細めてこちらを見ていた。
……最近、維茂がこんな目をすることが増えて、少しだけドキリとする。だって維茂と紅葉は、未だに主従関係のまま。恋愛のれの字も出てこない関係のまま、今に至るのだから。
「紅葉様も、ずいぶんと星詠みとして成長なされましたな」
そのひと言に、私は顔がどんどんと熱くなるのがわかる。半年以上も頑張って、徒労だと言われてもおかしくなかったものが認められるのは、なんだかくすぐったい。
「……そうでしょうか。私、できないことのほうが多過ぎるのですが」
「何事も、自分の手でなさねば、できることとできないことの分別が付かぬものでしょう。俺はあなたがそうなってくださり、嬉しいです」
憎まれ口ばかり言う人の、裏表ない褒め言葉ほど嬉しいものはない。私は顔が溶けてしまわぬよう必死に堪えながら「ありがとうございます」と小首を傾げた。
一方利仁は目を半眼にしてこちらを見ていた。
「ふん。星詠みとして半人前なのをわかっているならば、それ相応の任を務めればいいだけであろう」
「……貴様は紅葉様の働きになにか不満でも?」
「特にはないがな」
これはなにか嫌みを言おうとして失敗したんだろうか。利仁もいちいちよくわからん反応をしてくるからなあ。
お清めを済ませ、皆で鈴鹿や田村丸のほうへと向かう。既に保昌も行っているから、こちらからお清めを増やすこともないだろうと、そう高をくくっていたのだけれど。
神社裏に足を踏み入れた途端に、生臭いにおいを鼻が拾った……ちょっと待って。今回の魑魅魍魎は数が多いだけで、猪に取り憑いたものもいなければ、人に取り憑いたものもいなかったはずなのに。
険しい顔で、保昌が回復していたのは……田村丸だった。
鈴鹿は今にも泣き出しそうな顔で、田村丸の横に座っている。
ちょっと待って……なんで?
「な、なんですか、これは……!?」
私が悲鳴を上げると、保昌が「紅葉様、大変お手数ですが、すぐにこの辺りのお清めをはじめてください。僕ひとりでは手が回りません!」と告げる。
たしかにこの辺りはお清めが済んでおらず、未だに黒いもやが辺りに浮かんでは消えている。私は慌てて塩を撒いている中、険しい顔で維茂が泣きそうな鈴鹿の隣に座る。
「なにがあった? 田村丸をやるなんてこと、魑魅魍魎はもちろん、常人ではできないはずだ」
「それが……前に魑魅魍魎のせいで家が潰れた子たちを神社に匿っていたんだけれど、その子たちがまた魑魅魍魎が出たせいで、混乱して境内を飛び出しちゃったんだ。だから私と田村丸でその子たちを探し出したんだけれど……その子たちを狙った魑魅魍魎の攻撃を、田村丸がかばって……。あれはそこまで強くないはずだし、私でもすぐに倒せたんだけれど、何故か田村丸が起きないんだ」
「起きない? 弱いはずなのに?」
なんだそれ。こんなこと、聞いたこともないぞ。
私はクソプロデューサーのことを思って、考え込む。
あいつはさんざん、『鈴鹿に乙女心を』『鈴鹿を誰もが好きになる』を連呼していた。本家本元でだってさんざん、鈴鹿の無垢さも強さも書き切っていたのに、それをあえて他の恋愛ルートまでへし折って連呼しまくったんだろう。
元々本家本元とリメイク版だったら、プロデューサー自体が違う。本家本元のよさを理解していないクソプロデューサーは、正統派のこのゲームシナリオに、ブラックサレナ特有の猛毒を流し込んでいる部分は、まだ本編はじまっていないにも関わらずあちこちでその片鱗を見たから確認が取れている。
つまりは……鈴鹿の心をへし折りにかかってやしないか。
本家本元では、フラグを立てようと思わなかったら、自動的に田村丸ルートに行くようになっていた。でも、今その田村丸に生命の危機が及んでいる……。
これは、まさか。
『メイン攻略対象のルートはやっぱりドラマティックにしないといけませんよね』
……メイン攻略対象のルート入りの難易度爆上げ案件。
ふっざけんな! なんで本編入る前でこんなにツッコミを入れ続けないといけないんだよ! お前お笑いコンクール上位ノミネートでも考えてんのか! ほんっとうにいい加減にしろよクソプロデューサー!!
いや、落ち着け、私。落ち着け、紅葉。
私は田村丸の容態を聞くために、保昌に近付いた。
「……田村丸は、大丈夫なんですか?」
「怪我自体は、大したことがありません。ですが」
保昌が言うとおり、血は既に彼の詠唱で塞がっている。でも何故か彼の胸板には黒い痣ができている。こんなもの、なかったはずだけれど。
保昌はその黒い痣を、険しい顔で見つめた。
「……魑魅魍魎自体も、戦う上においてはそこまで強くないんですが、黒いもや自体が呪いです。田村丸さんは、呪われてしまったんです」
そのひどく怜悧な声に、私はがなり立てることもできずに、息を飲んだ。




