わたしと迷子
暗く、深く、ゆっくりと闇に落ちていく感覚がします。
そうでした、私はさきほど光に貫かれて死んだのでした。もっと生きたかったなぁ。結婚して、家族を作って、普通の幸せをもっと楽しみたかったです。
“ふむふむ、まぁい―――――外なこ―――って―――いだな”
なにか奇妙な声がします。
“とり―――、―に入っ――――従え、だな”
他の死者さんの声でしょうか。それにしてはなにか違和感が。
ん?そうです!この声、私の中から聞こえます。
“この体はもう用済みだな”
ぱっと目を開けると天井がありました。えっと、そうリヌおばあちゃんの家の天井です。
「まだ安静にしてなくちゃだめだよ」
起き上がろうとする私を制したのは私の家の隣に住んでいるリヌおばあちゃんでした。
「私のことわかるかい?あんたリンゴ畑で倒れていたんだ。ワカがそれを見つけてここまで運んでくれたんだよ」
おばあちゃんによると、リンゴを取ろうとして足を滑らせた私は頭を打って倒れていたそうです。それを見つけた村人のワカが私を負ぶって運んだそうです。
ちなみにワカというのは私と同い年の姉弟のようなもので、この村の男の子です。私のほうが生まれたのは早いので私が姉ですよ。早くに両親を亡くした私をワカのお家で引き取ってもらい大きくなるまで一緒に育てていただきました。
私がリヌおばあちゃんに事の顛末を話すと、とても不思議そうな顔をし“酷く頭をぶつけたんだね”と言って信じてもらえませんでした。
しかし私は覚えています!あの光が私を貫いた光景を、痛みを、衝撃を。死すら体験したのに、貫かれた胸には傷跡もなく、今はもう痛みもありません。本当に何だったのでしょう。
リヌおばあちゃんは止めましたが、特に体に異常もなくこれ以上おばあちゃんのお世話になるわけにもいかないので、お家へ帰ることにしました。
家を出ると辺りはすでに暗く、今日一日を無駄にしてしまったことを痛感しました。
ふと明かりに気付き、そちらを見ると広場の方角でした。
村の広場は集会や祭りのときにみんなが集まり賑わいます。しかし今日は集会の予定もありませんし、収穫祭などのお祭りは時期ではありません。どうしたのでしょう。
様子が気になり広場へ向かうと人だかりができていました。
「よお、ハニ。もう平気なのか?」
「うん、お世話かけちゃったみたいだね。ありがとワカ」
私に気づき声をかけた男の子こそワカです。小さい頃は泣き虫で世話の焼ける弟でしたが今ではもう立派な村男です。
「で、これは何があったの?」
「ああ、なんかこの村に迷い込んできた子どもがいるんだよ。それで村長が集会場で話を聞いてんだ」
この村に迷い込む?この村の周囲は魔族の生息地です。ここに迷い込むということはそこから来たということであり、みんなが警戒しているのも納得です。
「お、村長が出てきたぜ」
ざわつきは消え、みんなの視線が村長へ集まります。
「聞いてくれ。この子は魔族の支配する村から命からがら逃げてきたそうだ。家族とは道すがらで離れ離れとなってしまったそうでな、儂としてはこの子をこの村で保護したいと思う。異論はないか」
村のみんなは互いに顔を合わせ、こくりとうなずきます。“異論なんてあるわけねぇ!”“困ったらお互い様だ!”“両親と離れ離れなんてかわいそうに、きっと見つかるはずよ”と様々な声が飛び交います。
やっぱり私はこの村が大好きです。
「ありがとう、みな」
すると村長は辺りをキョロキョロと見渡し、私と目が合ったところで止まりました。私に何か用事でもあるのでしょうか。村長はこちらに向かってきます。
「やあハニ、木から落ちたそうだが大丈夫だったかい?」
「あ、はい!今は全然平気です!」
私はクルっと回って元気なところをアピールしました。まぁ実際に起きたことと伝わっている話の食い違いはこの際置いておきましょう。
「それはよかった。ところで、相談なんだが、ハニの家でこの子を預かってはくれないかい?」
「私の家でですか?」
「ああ、ハニになら安心して預けられる。本当は儂の家で預かりたいのだが、噂ではそろそろ勇者様が到着されるそうだしなぁ」
勇者様。この村は魔族の領域にあるオアシスのような場所なので勇者様は何度も訪れられるのですが、その、何と言いますか、最近はとても評判が悪いです。昔の勇者様はもっと優しく、私も何度かお話する機会があったのですが、今ではろくに話もせず村にある食糧や武器、お金を探し当て持ち去っていかれます。村長の家は宿泊のために使われるので、そんなところに子どもを置いておくのは確かに危険かもしれません。
その点、私の家は村の奥地にあり勇者様がこちらまでお見えになることも少ないです。村長はそれを考慮して私に預けることを提案したのでしょう。
「わかりました。私が責任をもって面倒を見ますね!」
「おお、頼もしい。ありがとうハニ」
というわけで、その子を私の家まで連れて帰ったわけですが。
10歳ほどでしょうか。ぼろぼろのローブに身を包み、深々と被ったフードは表情さえ隠し、なんだか不気味ささえ感じます。けれどそれも命からがら逃げてきたからということなのでしょうか。
「さ、今日からここがあなたのお家ですよ。なにもないところですけど、楽にしていいですからね」
「・・・」
うーん、やはり家族と離れ離れになったのがつらいのでしょう。今はそっとしておいたほうがいいかもしれません。
「と、とりあえず今日は私のベットを使ってください。明日にはあなたの・・・、あ、そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたね。私はハニと言います。あなたの名前はなんですか?」
「・・・アレクター」
顔を上げた拍子にスルリと落ちたフードから出てきたのは、透き通るような白い肌、ふわりとした艶々の黒髪、ぷっくりと小さな唇、間違いなく美少女!ただその虚空を見つめるような瞳を除いては。
「アレクターちゃん、少し変わった名前ですね。男の子みたい」
「・・・」
「あ、私ったら、ごめんなさい!」
失敗しました!初対面の人に向かって変な名前なんて、失礼にもほどがあります。
「・・・別に、いい」
ううー、挽回しなければ。
「お、おなかすいてませんか?すぐに何か作りますね」
コクリ。
そうです、おいしい料理をふるまって元気になってもらいましょう。
「完成です!あり合わせで作ったものですが、たーんと食べてくださいね」
「・・・」
なんでしょう。じっと見つめるだけで一切食べようとしてくれません。しかも料理ではなく、なぜ私を見つめてくるのでしょう。あの瞳に見つめられるとなんだかこう、恐怖が。
いやいやいやいや、いけません。きっと警戒してるんです。私が食べて見せれば、アレクターちゃんもきっと食べてくれるはず。
「こ、これはですね、鳥と野菜のスープです。この野菜は隣のリヌおばあちゃんが丹精込めて作ったものなんですよ」
「・・・」
「え、えーっと、こっちは村でとれた麦を使って作った麦パンです。少し硬いですが、こうしてスープに浸して食べるとすごくおいしいんですよ」
「・・・」
だめです。限界です。私泣いちゃいそうです。その瞳に見つめられると。見つめられるとぉっ。
パクッ。
え?た、食べてくれました。よかった、よかったぁ!!
「つまり」
「?」
「人間というのはエネルギー補給のため他の動物や植物を食べるわけだ。それも煮たり焼いたりと、ずいぶん手間のかかることだ」
へ?今なんと?
「あ、あのぉ、アレクターちゃん?」
「アレクでよい。ハニと言ったか。君には世話になったし、それにこれからも世話になるわけだ。気軽にアレクと呼んでよいぞ」
「あーえーっと、アレクちゃん一体どうしたの?」
なになになに?急にしゃべり始めたと思ったらなんでこんなに偉そうなんですか?いえ、そこはいいとしても発言の意味が――――
なにをそんなにテンパっているのだ?
なにをって、えええ!どうして私の心の声にこの子が返してきてるんですか――!?
まぁ落ち着くがよい。あまりうるさいと不愉快だぞ。
「これが落ち着いていられますか!あ、あなた何者です?」
「騒がしいと言っているであろう」
「そんなことよ―――――」
スパン。
あれ?世界が逆さまに、落ちてゆく?
ゴトンッ。
わた、しのから、だ?くびが、な、い。
END