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センスがあるロボット

 ある大学の大教室で記者発表が行われていた。

「みなさん、お待たせしました。我々ロボット工学研究室は、第四テクノロジー社の協力の下、ある画期的なロボットの開発に成功しました」

 すぐにせっかちな質問が飛んだ。

「どんなロボットなのです」

 教授は咳払いをひとつして、答えた。

「センスがあるロボットです」

 記者たちの間からざわめきが起きた。教授はざわめきが静まるのを待って、続けた。

「これまでロボットは、正確さやスピードを求められてきました。一方で人間にしかない方面の研究はなおざりにされてきました。我々はそこに風穴を開けようとしたわけです」

「人間らしい、鉄腕アトムみたいなロボットができたのですか」

 その質問に教授は軽く笑って答えた。

「いえ、人間のようなロボットが誕生したわけではありません。今回は人間独自の能力のうちセンスだけをロボットに持たせたわけです。ところでセンスとは何でしょうか。あの人はセンスがある、という言葉は、この方面に向いているとか、あの分野の才能がある、などの意味を持っているでしょう。では、我々は何を持って向いている、才能がある、と判断するのでしょうか」

 記者席は静まりかえった。誰もそんなことを考えたことなどなかったのだろう。

「例えば、野球をまったく知らない未開地の人に、メジャーリーグの試合と草野球とを観せて、どちらが上手だったかと問うても、答えられないでしょう。つまり、センスの判断にはその分野の知識が必要ということです。また、野球を知っていても、レベルが異なる試合を複数回観たり、実際にプレイした経験がないと、上手い下手の区別はつかないでしょう。それはつまり……」

「野球のレベルの物差し、ということですね」

 察しの良い記者が言葉尻を捕らえて言った。

「そう言うことです。そして経験が増せば増すほど、物差しの目盛りは細かくなって行くわけです。この物差しこそセンスなのではないでしょうか」

 痺れを切らした様子で、ひとりの記者が発言した。

「センスの定義はそれぐらいにして、先生たちが造ったロボットが何のセンスを持っているのか教えてください」

 一呼吸置いて、教授は言った。

「絵画のセンスです。絵は誰だって描いた経験があるし、分かり易いと考えたためです」

「しかし、すべての人が絵画を分かるわけではないですよ。もしこのロボットが素晴らしい現代絵画を描いたとしても、我々にはその良さがわからないでしょうから」

 教授は制すようにして答えた。

「その点は大丈夫です。我々はロボットが持つセンスに、さらにひとつの要素を加えたのです。それは、現代のニーズに応える、ということです。どんなにセンスの良い仕事をしても、多くの人に分かってもらえなければ意味がありません。我々はロボット版ゴッホを造るつもりはありませんから。そのためにロボットに基本的な常識を入力しました。常識とは何かで少々議論しましたが、今回は高校生程度の学力としました」 

 確認するかのような質問が上がった。

「つまり、このロボットが描く絵は、誰でも素晴らしいと思えるものになる、と言うわけですか」

「そうなるはずです。我々はロボットに古今東西の出来うる限りの絵を覚えさせました。有名な画家の絵だけではありません。マンガや挿絵、ストリート・アートまで、ありとあらゆる絵をインプットしました。その上で、すべての絵の共通点および平均値を割り出し、それを常識の範囲内で描くようにプログラミングしたのです」

 飲み込みの悪い記者が質問した。

「なぜ共通点と平均値なのですか」

「なるべく多くの人に理解してもらうためです。ロボットにはすべての絵画的技法も学ばせていますから、平均だからといって誰にでも描けるような平凡な絵にはなりませんよ」

 記者席から笑いが起きた。

「で、その絵はいつ見せてもらえるのですか」

「もちろん、今ここで実演するつもりです」

 記者たちは歓声を上げた。

 教授はコンピューターの前に座り、第四テクノロジーの社員がロボットの電源を入れた。ロボットはキャンバスの前に立つとやおら筆を取り、ある文字をささっと書いた。その間わずか五秒足らず。それきりロボットは動かなくなってしまった。記者たちは戸惑いの声を上げた。「故障か?」「何を描いたんだ。ここからじゃ見えないぞ」

 教授たちも慌てていた。

「おかしいな、ハードに問題はないし、プログラム・ミスかな……」

 そんな教授たちに、当然出るべき質問が出た。

「先生。ロボットをどけて、描いたものを見せてください」

 教授と第四テクノロジーの社員たちは、しぶしぶといった感じでロボットを脇によけた。キャンバスがあらわになり、書かれた文字が読めた。そこにはこうあった。

 ax+by+cz+d=0

「先生、こりゃ、いったい、何です」

「いや、どこかで見たことがあるような気がするのだが、それが何なのか……」

 何とも頼りない返事だった。

 その時、記者席の後でのんびりと見物していた初老の男性が、「ん、これは……」と言いながら前の方に出てきた。記者が訊いた。

「あなたはこれが分かるのですか」

「ええ。私はこの大学で数学を教えている者ですが、これは数学をやる人間なら誰でも知っている、基礎的な方程式です」

「何の方程式なのですか」

 数学科の教授は皆を見渡して、言った。

「平面を表す方程式ですよ……」

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