恐ろしいほどの殺人鬼なのです!?
周りを見渡すとたしかに、川瀬見紀良の演説をつまんなそうに聞いている奴らが多く居た。
その光景によって、川瀬見紀良はあからさまに不機嫌そうな様子になった。
川瀬見紀良は明らかに話を聞かないやつは殺してやると言わんばかりの表情を保ちながら黙する。
そうして生まれた音の空白はかなり不気味だ。
それでも眠そうにうとうとしている奴がいた。そいつもここに居るってことは魔法少女なんだろうが、そんなオーラは全くしなかった。
普通の女子中学生、というような感じなのだ。
ゴールデンウィークの休みたい時に、普通の女子中学生がこんなところに強制的に連れられてきたのだという事実を考えれば、こんな胡散臭いおっさんの話なんて聞く耳も持てない、というのも無理もないように思えた。
場の独特の重々しい雰囲気が、女子中学生にとっては更に眠気を誘うのだろう。
「あんまり私を侮った態度をとってくれるな!」
川瀬見紀良は両手を大きく広げた。
そうすると、シャンデリアがぐらぐらと揺れて下に勢いよく落下した。
周りを見渡すと会場全体がざわついていた。
皆が皆、この状況は危険であると悟ったのだ。
それでも一人、この状況の中で明らかに眠そうな顔をしている女子中学生くらいの奴がいた。
川瀬見紀良の眼光はその少女を完全に捉えていた。
ふわり。
次の瞬間にはさっき俺が見ていた、うとうとしていた女子中学生くらいの奴が宙に浮いていたのだ。
川瀬見紀良の両手は大きく上に挙げられていた。それは少女の身体と連動しているようだった。
そうか、これが魔法なのだ。
俺は身体が女になるという異常現象が起きているというのに、ここに来て初めて魔法というものの存在を自分の肉体感覚を持ってして実感した気がする。
遠くの人を浮かす、それこそが魔法であるのだ。
自分で空を飛んだときには気づかなかった。
俺と川瀬見紀良とでは、明らかに魔力が違いすぎるからであろう。
「わ、わわわ……! 私をどうするつもりですか?」
突然宙に浮かされ、眠気も吹っ飛ばされた少女は今にも泣きそうな声でそう問う。
「お前、私の話を聞いていなかっただろう?」
「いや……聞いていました……」
「嘘をつくな!!!!!!!!」
川瀬見紀良は空に広げていた手を勢いよく握りこぶしに変えた。
その刹那――ぷしゃり――という奇怪な音が少女の身体の内側から――聞こえた――ような気がした。
少女はそのまま落下し、倒れ込んでいた。
否、どこからどう見ても、見ても見ても死んでいた。完全に心臓を潰されてるのが外側からでもわかる。
「すまないがね、君たちがここに来た以上は法律も何も無いんだ。私の気に食わない奴は殺してしまうかも知れない。全滅してしまったら、せっかくのマギアゲームプロジェクトが台無しになるからな、せいぜい私の気に障ることはしないでくれたまえ」
さっき話していた、一号との会話が思い起こされる。
――「俺は魔法も使わない生身のままで、この二百人と闘えと?」
「いえ、それは違います。本番前にごっそり人数が減りますから安心してください」
「ごっそり?」
「少し経てばわかることです」――
少し経てばわかる、と彼女は言った。
そして実際にこの会話から少しが経った。
俺はわかってはいけないことがわかってしまったのだ。
本番前にごっそり人数が減りますから安心してください。
本番前にごっそり人数が減りますから安心してください。
本番前にごっそり人数が減りますから安心してください。
本番前にごっそり人数が減りますから安心してください。
本番前にごっそり人数が減りますから安心してください。
言葉が繰り返し俺の脳内に反響し、止め処なく鳴ってしまっていた。
死ぬ理由なんて一つも見当たらない少女が唐突に殺されたんだ。
死体は回収されずに転がっている。
周囲の奴等はパニックなんてレベルではない。発狂を越えて泣き喚く。
俺は指輪をはめてしまったがためにとんでもないところに巻き込まれてしまったようだが、どうしようもない。
一人の勇気のある少女が、その混乱の中で川瀬見紀良に質問をした。
「私たちはこの世界で死んだら、元の世界には戻れないんですか?」
「あ? 元の世界だあ? ここは第二非幻想世界。非幻想世界の原則は夢ではないことだ。お前さんは自分の頬を一回つねってみると良い。それで痛ければこの世界は現実そのものなんだから、当然ここで死ねば死ぬのさ」
その言葉を聞いて二百人のほとんどが自分の頬をつねりだした。シュールな光景だった。
俺も周りの人間に合わせて頬を思いっきり強くつねった。
「痛ってえぇぇぇぇええええぇぇぇぇぇえええええぇぇぇぇえええええ!!!」
自分の指力が非情にも自分の頬を痛めつけた瞬間に俺は顔をしかめ、喉から出る精一杯の声で叫んでいた。
そしてそれほどの痛みが意味することに気づいた瞬間、世界が急激に青ざめた。
俺のすぐそばには、魔法によって心臓を握りつぶされて死んでいる、ごく平凡そうな少女がいるのだ。
現実とは到底思えないような凄惨な光景だ。
それなのに俺の頬は確かに痛い、即ち現実なのだ。
勇敢なとある少女は川瀬見紀良を睨みつけた。
勇敢な少女の立っている場所には巨大な魔法陣が出来上がり、臨戦態勢はばっちりと言わんばかりだ。魔法が放出するスパークがバチバチと光り、彼女の髪の毛を逆立たせる。
彼女は、このマギアゲームの主催者である川瀬見紀良は、頭の狂っている人間だと完璧に理解し、彼こそが自分の闘うべき人間だと思ったんだろう。
周囲には彼女の賛同者として多くの魔法少女たちが一斉に魔法陣を引き出した。
魔法陣は丁度川瀬見紀良を囲むかのように集中し、その魔力が解き放たれた時には強大な爆発エネルギーとなって彼を包み込むようだった。
「なるほど、私を貴様ら如きが倒そうってわけか。なかなか面白いじゃないか。大会のスケジュールも二百人なんて元々捌けないわけだからな。かえって都合がいいではないか。ここらでどれだけ人数を減らしておこうかな!」