78:二人のお祭り3
前回のざっくりあらすじ:ニースとセラは演技力も抜群だった。
ニースとセラは、マルコムと入れ替わって舞台を降りると、すぐに仮面をつけた。手早くローブを脱いで帽子を被り、二人はそのまま広場に走り出す。仮面は舞台用のもので、目の部分しか覆っていない。しかし、舞台で歌った子どもだと気付かれないためには、充分な衣装替えだった。町の人々は皆、舞台に釘付けで、舞台裏から駆けていく小さな二人に気づく者はいなかった。
広場を一気に駆け抜けると、路地の壁に背を預けて二人は笑った。
「あはは。手品をする方も、あんなに楽しいなんて、ぼく思わなかった!」
「うん! みんなすごいビックリしていたね」
二人はひとしきり笑うと、手を繋いで屋台を回った。皇国の屋台に並ぶ品は、二人の目にはどれも物珍しかった。
「ニース、あれ何だろう?」
ニースの袖を引っ張り、セラが指差す先では、大きな水桶に小さな赤い魚が何匹も泳いでいた。興味深く魚を見つめる二人に、強面の店主が柔和な笑みを浮かべて話しかけた。
「お嬢ちゃんたち。金魚すくい、やってかないかい?」
「金魚すくい?」
「金魚すくいを知らないのか?」
セラがしゅんと肩を落としたので、ニースは苦笑いを浮かべた。
「おじさん。ぼくたち旅をしてるから、ここのお祭りは初めてなんです」
ニースの言葉に店主は、がははと笑った。
「旅人か。ちょうと今日が祭りで良かったな、坊主たち。金魚すくいは皇国では有名なんだ。この小さな魚が金魚だ。もし掬えたら、そのまま金魚を持って帰れるんだ」
セラは店主の言葉に目を輝かせた。
「このお魚さん、もらえるの⁉︎」
「そうだよ、お嬢ちゃん。だが、旅人なら連れてくのは難しいか。もし坊主たちの家族がダメだっていう時は、代わりに飴をたくさんやるよ」
「飴ですか?」
「俺の手作りなんだ。金魚すくいは難しくてな。掬えなかった客に飴を渡してるんだが、金魚を飼えない客には、その飴を多めにやるんだ。どうだ、やってくか?」
「ニース、私やってみたい! 掬えたら、ジーナさんたちにちゃんと話すから! お願い!」
真剣な眼差しで見つめるセラに、ニースは優しい笑みを返した。
「うん、やろう」
「やったー!」
ニースとセラは、モナカで作られたポイを片手に金魚を追う。袖をまくり真剣な眼差しで、セラが金魚に狙いを定めた。
「えいっ……! ああ、壊れちゃった……」
奮闘虚しく、セラのポイは金具から外れ、沈んでいった。落ち込むセラを見て、ニースは頑張ったが、やはり金魚はすくえなかった。屋台の店主が、はははと笑った。
「二人とも残念だったな。ほら、これを持って行きな」
ニースとセラは、小さな飴をもらった。二人は微笑み合いながら、飴を舐めた。
二人は、輪投げや吹き矢の射的を楽しみ、飲食店を回る。いつの間にか二人の両手は、ご馳走でいっぱいになった。広場では未だ公演が続いており、町の人々がメグと共に踊っていた。二人は歓声と楽しげな音色に耳を傾けながら、広場の中でも街灯の少ない閑散とした片隅に、腰を下ろした。肉や魚の串焼きに、揚げた芋。飴を絡めた果物や、紐を結んだような形のビスケット。たくさんの戦果を小さな屋台のように布に広げ、味見をするように分けあって食べた。
「ニース。このプレッツェルっていうの、美味しいよ」
「こっちの、りんご飴っていうのも美味しいね」
塩っぱいもの、甘いもの……様々な料理を口に運び、二人は笑みをこぼした。お腹が落ち着いた二人は、祭りの喧騒を聴きながら、空を見上げた。
「仮面をつけてると見えにくいね」
「ニース、外しちゃおうよ」
二人は、ふふっと笑いあうと、仮面を外して改めて空を見上げた。澄みきった星空には、数えきれないほど星が瞬く。そのうち、ついと一つ星が流れた。
「あ! 流れ星!」
「本当だ。綺麗だね、セラ」
また星が流れないかと、わくわくしながら見上げるセラの横顔を、ニースは見つめていた。
「なあに、ニース?」
セラが不思議そうにニースの顔を見ると、ニースはにっこり微笑んだ。
「セラが楽しそうで良かった」
セラは嬉しそうに、にへらと笑った。
「うん、すごく楽しいよ。ニースと一緒だから」
ほんのり頬を染めたセラの手を、ニースは優しく取り、手のひらを上に向けさせた。
「見せたいものがあるんだ」
ニースは、懐から小さな絹布を取り出すと、セラの手に被せた。
「ぼく、これをたくさん練習したんだ。うまく出来るかわからないけど……」
ニースの言葉に、セラは首を傾げた。ニースは、真剣な眼差しで絹布を見つめた。
「さん、に、いち……はい!」
するり、と絹布をニースが引き取ると、小さな包みが、ころりとセラの手に乗った。
「うわあ! すごい!」
セラはキラキラと目を輝かせて、包みを見つめた。綺麗なピンクの花模様の紙に包まれた箱のようなものに、真っ赤なリボンがしっかりと結ばれていた。
「お誕生日おめでとう、セラ」
微笑んだニースの顔を見て、セラは嬉しさで涙をにじませた。
「ありがとう、ニース……」
ぐすりと小さく鼻をすするセラに、ニースは戸惑い視線を逸らした。
「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだけど……。喜んでもらえるかなって思って……」
セラは慌てて涙を拭うと、頬を赤く染めて笑みを浮かべた。
「ううん。すっごく嬉しいよ! これは、嬉し涙だもん!」
セラの言葉に、ニースは笑った。
「あはは。それなら良かったよ。開けてみて?」
セラは、こくりと頷いて、リボンをするりと外す。丁寧に包みを開くと、中には小さな木箱が入っていた。
「うわあ! これって、羽の形?」
木箱の表面には、丁寧に羽の形が彫られていた。ところどころ歪な線もあったが、心を込めて彫られたことがセラには伝わった。
「うん……。あんまり上手じゃないけどね」
照れくさそうにニースが笑うと、セラはふるふると首を横に振った。
「ううん。上手だよ! すごいね! バードちゃんの羽みたい!」
「うん。実は、バードが羽をくれたから、それを見て彫ったんだ」
「そうなんだ……!」
セラは顔を近づけて箱を眺めたり、彫りを手でなぞったりして、感嘆の声を漏らした。ニースは嬉しくなり笑みを浮かべた。
「セラ。この箱は、ただの箱じゃないんだよ。蛇口を開けるように、左回りにひねってみて?」
セラは言われたとおりに、きゅっと箱をひねった。すると、箱が上下に分かれて、まるで二枚の木板のようになった。
「あ! これって……!」
木板の真ん中には、ハンドクリームの缶が、蓋を開いて収まっていた。
「蓋はこっちにあるんだよ」
セラが取り外した方の木板には、缶の蓋が収まっていた。
「すごい! これって、木箱じゃなくてクリームの缶なんだ!」
「うん。ハンドクリームがなくなっても、缶を外して交換出来るんだ。クリームは、足りなくなったらジーナさんが足してくれるって」
セラは、さっそくクリームをすくい、手に塗り込む。ふわりと花の香りが漂った。
「いい香り……!」
はしゃぐセラに、ニースは笑った。
「気に入ってもらえてよかったよ。……それから、これ」
ニースは、懐からセラが忘れていった小さな缶を取り出す。
「ごめんね。もっと早くに返してあげれば良かったんだけど……。ぼく、その……」
ニースは気まずさから口ごもり、目を伏せた。セラは、ニースの手から鈍く光る銀色の缶を受け取った。
「ううん。いいの。もうほとんどなくなってたし、どこかに落としちゃったと思ってたの。ありがとうね、ニース」
微笑んだセラの優しさを感じて、ニースは笑った。
「それからね、セラ。実はもうひとつプレゼントがあるんだ」
首を傾げるセラに、ニースは木箱を渡すように伝えた。セラから木箱を受け取ると、ニースは一度蓋を閉めた。
「この箱はね、ひねるとクリームが出せるんだけど……」
ニースは、箱の横にある小さな突起を押しながら、箱の上部を上に引き抜いた。すると缶の蓋の上に、小さな首飾りが乗っていた。
「はい、これ」
首飾りに付いている青い石は、ほんのり淡く光っていた。柔らかな光の美しさに、セラは瞳を輝かせた。
「うわあ……!」
「これ、蛍石って言うんだ。お日さまの光に当てておくと、夜に光るんだって」
セラは、さっそく首飾りをつけようとした。しかし、なかなかフックがかからない。ニースに手伝ってもらい、首飾りをつけると、セラはおずおずと尋ねた。
「どうかな……似合う?」
「うん。似合ってるよ、とっても」
セラは嬉しそうに、ふわりと微笑んだ。
「ありがとう、ニース。私、一生の宝物にするね!」
ニースには蛍石と同じように、セラの笑顔が光って見えた。
ニースとセラの、二人きりの小さなお祝いが終わる頃、グスタフたちの公演も幕を下ろした。まだ騒ぎ足りない町の人々は、酒場へと足を進める。ニースとセラが仮面をつけて足早にオルガン馬車へと戻ると、メグが笑みを浮かべて二人を迎えた。
「お疲れ様。二人とも楽しんだみたいね。セラ、首飾り似合ってるわよ」
グスタフは町長と話をしており、マルコムとラチェットは荷物をオルガン馬車に積み込んでいた。
「あれ? ジーナさんは?」
ニースが首を傾げると、二人の後ろから声がした。
「私はここよー」
二人が振り返ると、ジーナが屋台の料理をどっさり入れた大きな籠を持って歩いてきた。
「美味しそうなものが、たーくさんあったから、ついつい買いすぎちゃったー」
嬉しそうに笑うジーナに、メグが呆れて目を向けた。
「もうっ、お母さんたら。また買いすぎよ!」
「いいじゃない、お祭りの時ぐらいー」
「お母さんは、年中お祭りみたいなものでしょ!」
言い合いを始める二人に、ニースとセラは、くすくすと楽しそうに笑った。
一行は宿へ戻ると、グスタフの部屋で、セラのお祝いをした。ジーナが買い込んだ屋台の料理と、宿の食堂から運ばれた料理がテーブルに並ぶ。ジーナは、セラのお祝いのために、きちんと衣装を用意していた。
「似合うわー! すっごく可愛いー!」
セラは、白い猫耳と細長い尻尾、フリルがたくさん付いたピンクのメイド服姿で、肉球つきの大きな手袋をはめていた。
「確かに可愛いけど、ずるいわ! 私の時は鶏だったのに」
「まあまあ、お嬢。セラちゃんの可愛い姿が見れたんだから、いいじゃないか」
文句を言うメグに、ニヤニヤと笑みを浮かべるマルコム。その向かい側で、ニースとセラは、にこにこと微笑み合っていた。幸せそうな小さな二人の姿に、安心したようにラチェットが笑った。
「よかったね、セラちゃん」
グスタフは、しみじみと頷いた。
「お化けより、ずっといい」
町の祭りは終わっても、一座の祭りは終わらない。ニースたちは、心からセラの誕生日を祝った。満天の星空に、流れ星がいくつも輝いていた。
翌朝。また雨が降り出す前にと、一行はアウクリシウムの町に別れを告げた。街道を南下していくグスタフの馬車で、メグは怒っていた。
「もうっ! お母さんのせいで、ニースがこっちに乗らなかったじゃないの! セラまであっちに行っちゃうし!」
メグの怒りを受け流すように、ジーナは軽やかに笑った。
「いやだわー、メグちゃん。仕方ないでしょー。ニースくんが、可愛いんだもーん」
メグは、ぷぅと頬を膨らませた。
「何が可愛いよ! あんな恐ろしいお化けの格好の、どこが可愛かったって言うのよ!」
金切り声を上げて迫るメグに、御者台に座るグスタフが、小窓を開けて声をかけた。
「メグ。そんなにジーナを責めるな」
メグは、刺すような鋭い目をグスタフに向けた。
「お父さんだって、被害者でしょ⁉︎ お母さんに甘すぎるわ! それとも、またお化けのニースを見たいわけ⁉︎」
グスタフは、ぷるりと身を震わせた。
「そ、そんなのは、私も嫌だ……!」
メグは、味方を得たとばかりにジーナを睨んだ。
「せめてニースが、お父さんと一緒に御者台に乗ってれば、まだ良かったわよ。でも、それすら嫌がるほどなんだから、お母さんは反省してよね!」
しかし、ジーナはどこ吹く風だ。ゆったりと席に座り、呆れたように肩をすくめた。
「メグちゃんたら、なーんにもわかってないわねー」
ジーナの言葉に、メグは眉を吊り上げた。
「なにがわかってないっていうのよ……!」
憎々しげなメグの声に、グスタフが大きなため息を吐いた。
「メグ……。気持ちはわかるが、ジーナに突っかかるな。ニースを御者台に乗せるわけにはいかないんだよ」
グスタフの言葉に、メグは不思議そうに問いかけた。
「え? なんで?」
グスタフは真剣な声音で、メグに答えた。
「あと数日もすれば、皇国の国境に着く。そうすれば、次はカランド聖皇国だ。ここから先には、聖皇国の人間も増えてくる。天の導きのニースを御者台に乗せてる所を、聖皇国の人間が見たりしたら、騒ぎになりかねないんだ。実際に聖皇国でそんなことになったら、私たちはお縄につく羽目になるよ」
ぽかんと口を開くメグに、ジーナが話した。
「カランド聖皇国で尊ばれている聖女様って、天の導きだったのよー。だから、黒いニースが御者台にいたりしたら、私たちはみーんな、あっという間にこれよー」
ジーナは、首を切るように手を動かして、あははと笑った。
「ちょ、ちょっと、お母さん! それって、笑い事にならないんじゃないの⁉︎ それに、オルガン馬車の荷台にいるのも、マズいんじゃない⁉︎」
焦るメグの声に、ジーナはひらひらと手を振った。
「大丈夫よー。オルガン馬車は荷台って言っても発掘品だから、問題にはされないわー。それに何より、ニースくんがここに乗れないんだから、あっちに乗るしかないのよー」
笑うジーナにメグは、怒りで顔を赤くした。
「ここに乗れない原因を作ったのは、お母さんでしょ!」
ドタバタと取っ組み合いを始める二人に感化されたように、鳥籠でバードたちが騒ぎ出す。騒がしい車内に苦笑いを浮かべ、グスタフは空を仰いだ。二台の馬車が進む先には、抜けるような青空が、どこまでも広がっていた。
これにて、第6章終了となります。
このあと、閑話、幕間劇、人物紹介を挟みまして、第7章へと続きます。
新たな試練と、この世界でのもう一つの歌の形が、ニースを待ち受けます。
引き続きよろしくお願い致します。




