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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第5章 歌い手と“調子外れ”】
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64:やりきれない想い1

前回のざっくりあらすじ:セラの瞳は、黒かった。

 晩餐会が終わると、泣き疲れて眠ってしまったセラを抱えて、一行は逃げるように迎賓館を後にした。歌の力を持つと分かったセラへの、勧誘を避けるためだ。実際、皇国貴族たちの中にはセラを手に入れようと動き出した者もいたが、侍従や女官たちがうまく一行を逃した。疲れきったニースたちは、宿へ帰り着くと泥のように眠った。


 翌朝。昇り始めた朝日に、ニースが目を覚ますと、礼服を着たままベッドの上にいた。慌ててニースは服を脱ぎ、皺を伸ばそうとしたが、どうにもならなかった。ニースは諦めて、仕方なく浴槽に湯を溜めた。

 蛇口をひねると、水ではなく湯が出てくる仕組みは、ニースにとっては幼い頃の伯爵家以来、久しぶりの体験だ。その上、湯に浸かる風呂は皇国で初めて知った入り方だ。ニースは皇都に来てから、毎日二回、朝と晩に欠かさず入浴をしており、暇があれば昼でも風呂に入っていた。


「ふうあぁ」


 湯に体を浸すと、ニースは気持ちよさそうに声を漏らした。疲れがまだ抜けきっていないニースだったが、温かな湯に表情が和らいだ。

 ニースは着替えを終えると、丁寧に畳んだ礼服を持ってジーナの部屋に向かった。


 ――ジーナさん、怒るかなぁ……。


 ニースは、ぷるりと身を震わせながら、ジーナの部屋の扉に耳を当てる。これはメグから教わったことだ。寝ているジーナを起こすのは、獅子の口に飛び込むのと同じだと、ニースは教えられていた。

 ジーナの部屋からいびきは響いていなかったので、ニースは扉をノックした。


「はーい。どうぞー」


 朗らかなジーナの声に、ニースは、ほっと息を吐くと、扉を開けた。ジーナは朝食を食べに出かけようと、身支度を済ませたところだった。ニースは挨拶をすると、畳んだ服を見せて謝った。


「あの、ジーナさん、ごめんなさい。ぼく、昨日あのまま眠っちゃって……」

「あらあらー。皺になっちゃったのねー。でも、大丈夫よー。このぐらいなら、どうってことないからー」


 ジーナはにっこり微笑むと、ニースから服を受け取った。


「さあさ、ニースくんも、食事にいこー」


 ニースはジーナに連れられて、宿の食堂へ向かった。食堂では、すでにラチェットとメグ、セラが食事を取っていた。


「あらー。みんな早いのねー。おはよー」

「ラチェットさん、メグ、セラ。おはようございます」


 ニースはラチェットたちに挨拶を済ませると、ジーナと共に席についた。ラチェットたちのテーブルを見ると、朝からたくさんの料理が並んでいることに気がついた。ニースの視線に気づいたラチェットたちは、照れくさそうに笑った。


「僕とメグは、昨日は昼も夜も食べれなかったからね。お腹が空いちゃって」

「えへへ。私もお腹ペコペコだったの!」

「セラも、いっぱい頑張ったものね」


 ニースは、自分も夕食を食べそびれていたことに、ようやく気がついた。すっかり食事を忘れていた事に抗議するように、ニースのお腹が、ぐうと鳴った。


「ニース。このパンケーキ美味しいよ?」


 セラが口の周りにクリームを付けながら、幸せそうに笑みを浮かべた。ニースは心に、何かがちくりと刺さるのを感じた。しかし、その胸の痛みを振り払うように、ニースはセラに微笑むと、ジーナに目を向けた。


「ジーナさん。ぼくもセラと同じパンケーキを……」


 すでにジーナはメニュー表を片手に、給仕に注文をしようとしていた。


「ここからここまで、ぜーんぶお願いねー。あ、ニースくんはパンケーキだっけー? じゃあ、パンケーキはぜーんぶ二つずつでー」

「ジーナさん! ぼ、ぼくは一個で充分ですから!」

「うふふ。大丈夫よー。私が食べちゃうからー」


 ニースは唖然としながら、ジーナの底なしの胃袋の事を思い出した。メグが呆れた顔で肩をすくめた。


「お母さん、昨日は一日中お腹を締めてたから、朝早くに食べたきりだったものね」


 セラがパンケーキを頬張りながら頷く隣で、ラチェットは苦笑いを浮かべていた。


 ニースたちが食事を終え、食後の紅茶を飲む中、ジーナは大量の料理を胃に流し込んでいた。ジーナの食事を見ていると、満腹のニースは胃もたれを起こしそうだったので、メグたちの席へと移動していた。セラは感心したように、ジーナをじっと見つめていた。


「ジーナさん、すごいね。あんなにたくさんあったお料理が、どんどん無くなっていくよ」


 ラチェットは紅茶のカップから口を離し、ちらりとジーナのテーブルを見た。


「お皿の積み上げ方が芸術的だと、僕はいつも思ってるよ」

「お母さん、あんなに食べてあれしか太らないんだから、本当謎よね」


 メグの呆れた声に、ジーナは気づいたのだろうか。にっこり微笑んで、ニースたちにひらひらと手を振った。ニースは決して余計な事を言わないようにしようと心に誓った。

 紅茶を飲み終えたニースたちは、ジーナを残して食堂を出た。朝日を浴びて煌めく中庭を見て、メグが笑みを浮かべた。


「少しお庭を散歩して行かない? ちょっと食べ過ぎちゃったわ」

「いいね、行こうか。ニースとセラちゃんはどうする?」

「はい。行きます」

「私もお散歩好きです」


 四人が散歩をしながらロビーに差し掛かると、妙に甲高いダミ声が響いた。


「やはり我が皇国は素晴らしいものですな。余興で呼んだ者たちにも、このように立派な宿を与えているとは」


 ニースたちが、はっと目を向けると、見覚えのある姿が見えた。立派な杖を持ち、帽子を被り、上質なスーツを着て、指には昨日と同じ歌石の指輪をはめている。嫌味な声の主はパトリックだった。

 パトリックが笑みを浮かべながら近づいてきたので、メグとラチェットは、さっとニースとセラを背に隠し、じりじりと中庭へ下がった。それでもなお、パトリックはゆっくりと近づいてくる。メグは鋭い視線をパトリックに投げた。


「何よ、あんた。またニースに何かしようって言うんじゃないでしょうね」


 パトリックは杖をつきながらゆっくり歩み寄ると、メグに冷たい目を向けた。


「お嬢さん、ずいぶんな言い草ですなぁ。我輩は暇ではありませんでな。そんな()()()()には用はありませんぞ」


 パトリックの言葉に、ニースは唇を噛んで俯いた。メグは、顔を真っ赤にして叫んだ。


「な、な、なんですって⁉︎」

「メグ、落ち着いて!」


 メグがパトリックに掴みかかりそうになったので、ラチェットは必死に止めた。パトリックは嘲るように、大げさに怖がってみせた。


「おお、怖い怖い。旅芸人は野蛮ですなぁ。老人に手をあげようというのかね」

「なにが老人よ! ぶよぶよの、ギンギラで、気持ち悪いだけでしょ⁉︎」

「メグ、ダメだって!」


 パトリックはメグの挑発を気にも止めず、にっこりと笑みを()()()向けた。


「歌い手さま。このような野蛮な者たちと、あなた様が共に過ごすのは勿体ないですぞ。ぜひ、我がパトリック商会へお越しいただけませんか」


 パトリックが帽子を脱ぎ、丁寧にお辞儀をしたので、セラは驚いた。


「え、え……」


 ニースは、パトリックの視線に入り込むように、戸惑うセラの前に立った。硬い表情を浮かべながらも、ニースは丁寧にお辞儀をした。


「パトリックさん。以前ぼくが倒れていた時に、助けて頂いて、ありがとうございました。あの時にお借りした水筒を、お返ししたいのですが」


 しかしパトリックは、冷たい視線でニースを見下ろした。


「ふむ。“調子外れ”でも、礼儀はあるようだな。しかし、貴様に用はないのだよ。水筒など、貴様にくれてやる。さっさとそこを退きたまえ」


 パトリックの言葉に、ニースは床を見つめ、泣きそうに顔を歪めた。すると中庭に、ジーナの声が響いた。


「うちの子達に何の用かしらー?」


 にっこりと()()()()()を浮かべたジーナが、鋭い視線をパトリックに向けて、間に入った。パトリックは、にこやかな笑みを浮かべた。


「あなた様が、歌い手さまのご母堂様で?」


 ジーナは腰に手を当てて、胸を張った。


「ええ、そうよ。私が()()()()()()()よ。話があるなら、私が聞くわ」


 ジーナの声は穏やかだが、その言葉には怒りが満ちていた。ジーナは、ラチェットに目で合図を送った。ラチェットは頷くとニースとセラの手を取り、足早に階段に向かった。二人は驚いたが、黙ってラチェットについて行った。中庭から、パトリックとメグの罵り合う声が響いていた。


 ラチェットは、真っ直ぐグスタフの部屋へ向かうと、急いで扉をノックし、返事を待たずに扉を開けた。


「おうわ……! ラチェット、お前まで勝手に入ってくるのか⁉︎」


 風呂上がりのグスタフは、ランプの光が照らす中で、着替えていた所だった。セラが顔を赤くして両手で覆った。ラチェットは、真剣な面持ちで答えた。


「すみません、座長。緊急事態です」


 グスタフはラチェットの言葉に眉根を寄せ、急いでズボンを履いた。


「何かあったのか?」

「今、下でパトリックさんとジーナさん達が……」

「お前たち、ここから絶対出るなよ!」


 ラチェットが言い終える前に、グスタフはシャツを手に部屋を出ていった。

 ばたんと扉が閉まると、ラチェットは鍵をかけ、部屋のカーテンを開けた。眩い朝の光に、ニースは思わず手をかざした。ラチェットは手早くテーブルを片付けると、二人に椅子を勧めた。


「ほら、二人とも座って。いま紅茶を入れるね」


 ニースとセラは、一言も発しないまま、静かに腰を下ろした。ラチェットが紅茶をテーブルに並べ、椅子に座ると、落ち込むニースに、おずおずとセラが尋ねた。


「あのおじいさん、私のこと、歌い手って言ってたけど……なんでニースじゃないの?」

「……セラ。昨日のこと、覚えていないの?」


 困ったようなニースの言葉に、セラは頭を振った。


「私、ちゃんと覚えているよ。晩餐会で、姫御子さまのために歌を歌ったこと。あのおじいさんが指輪を陛下に見せて、ニースと別々に歌わなくちゃいけなくなって、私、緊張で倒れちゃって……」


 セラは、しゅんと肩を落とした。ニースは絞り出すように尋ねた。


「うん。……その指輪の意味を、セラはわからなかったんだね」


 セラが、こくりと頷くと、ニースは俯き、苦しげに顔を歪めた。ラチェットは、セラに優しく声をかけた。


「セラちゃん。僕はその場にはいなかったけど……。昨日倒れた後のことは覚えてる?」

「はい。私の目が、ニースと同じって言われて、気持ち悪くないって分かって、私嬉しくて……」


 セラは小さな声で答えると、肩を震わせた。ラチェットは、手布(ハンカチ)を差し出した。


「そうだよ。セラちゃんの目は、ニースと同じ()()()なんだ。僕はラメンタで初めてセラちゃんに会った夜に、その意味を教えたけど、セラちゃんは覚えているかな?」


 セラは手布を受け取り、目頭を押さえた。


「黒い目の意味……あ」


 ラチェットはゆっくり頷いた。


「そう。黒は歌い手の色だよ。ニースと違って、セラちゃんは目の色だけだけど、それでも黒いってことは、確実に歌い手なんだ。それにパトリックさんの指輪は、歌石の指輪だった。歌石の指輪は、歌の力に合わせて光るんだよ。そして、セラちゃんの歌に反応して、指輪が光ったんだ。セラちゃんは覚えてないかもしれないけどね」

「そんな……それじゃ、私がお父さんに言ったことは……私は歌い手じゃないって……」


 セラは、父、ヘラルドへ別れを告げた時の事を思い出していた。震えるセラに、ラチェットは頭を振った。


「いや、あれは仕方ないよ。あの時は、誰もセラちゃんに歌の力があるなんて、わからなかった。セラちゃんのお父さんは、セラちゃんの目の色を知っていたけど、その意味は分からなかったんだよね?」

「はい……」


 セラは、ぽろぽろと涙をこぼして、必死に手布で涙を拭った。


「それに僕だって、ニースに教わって歌を歌えるようになった。歌い手じゃなくても歌が歌えるのは、本当の事なんだ。僕は、歌い手の判別試験で確実に歌い手じゃないと分かっているからね」


 ラチェットの言葉にセラは顔を上げた。


「でも……。でも、なんでですか? 昨日は何回も歌ったのに、おじいさんの指輪は最初は光らなかった。最後だけ光ったのは、おじいさんが何かしたからなんじゃないんですか? 私も本当はニースと同じで歌の力なんかなくて、ただ目が黒いだけじゃないんですか?」


 ラチェットは、ちらりとニースを見た。俯いたままのニースを見て、ラチェットは気遣わしげに眉を寄せたが、セラに答えた。


「それは最後に歌った歌が、歌石歌だったからだよ、セラちゃん。歌石歌は、歌の力を計ることが出来るものなんだ。ニースの歌に指輪は反応はしなかったけど、セラちゃんの歌には反応した。だからセラちゃんが歌い手なのは、間違いないんだよ」

「そんな……」


 ラチェットの言葉に、セラは呆然とした。ニースは俯き、ただじっとしていた。ラチェットが入れた紅茶の温もりは、すっかり冷え切っていた。

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