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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第5章 歌い手と“調子外れ”】
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61:御前演奏1

前回のざっくりあらすじ:バードの特技が判明した。


*一部、暴力的表現が含まれます。ご注意下さい*

 夏の終わりを感じさせる涼やかな風が吹く。いよいよ皇国での依頼演奏の日となり、ニースたちは朝から慌ただしく過ごしていた。皇女の成人の儀は、皇宮にある社殿内で行われるため、ニースたちは見る事が出来ない。しかし一座は、迎賓館で出迎えの演奏を行わなければならなかった。皇女の成人を祝うため、各国要人が招かれているからだ。晩餐会は夜に行われるが、昼の間は昼食会や会談が行われる。晩餐会が始まるまでの間、歓迎の演奏を絶えず行なう必要があった。

 ニースたちの衣装を、ジーナは新たに用意していた。今回の舞台は、皇女の成人祝いの席であり、御前演奏だ。ジーナは、いつものような派手な舞台衣装ではなく、礼装を皆に渡した。ニースも、小さいが立派な礼装と靴を渡され、ラチェットに手伝ってもらいながら衣装を身につけた。ニースとラチェットは着替えを終えると、同じく真新しい礼装に身を包んだグスタフたちと合流した。セラはいつも通り前髪を長く下ろしたままだが、小さな可愛らしいドレスを着ていた。ニースとセラの、小さな紳士と淑女の姿に、メグたちは微笑んだ。

 一行は、皇国が用意した馬車で迎賓館へ向かう。馬車は立派なもので、身なりの良い御者が馬の手綱を握っていた。迎賓館は豪奢な城だった。ニースとセラは、窓から見える城に興奮を隠せなかった。


「すごい! 王様のお城みたい!」

「うわあ……! 綺麗だね、ニース!」


 マルコムが、はははと笑った。


「実際、迎賓館は昔の王城らしいぞ。まだ皇国が今の形になる前に、この地を治めていた王が住んでいたと聞いてる。歴史が感じられるだろう?」


 マルコムが言うように、迎賓館はよく手入れがされているが、様式は古く、重厚感のある外観だった。グスタフとラチェットは、その壮大さに圧倒されていた。


「さすが皇国の迎賓館だな。これほど立派だとは」

「当たり前よ、グスタフー。他国の王族まで招く場所だものー」

「僕たちは、こんな場所で演奏するのか……」

「ラチェットも、緊張しなーい。いつも通り楽しく演奏すればいいのよー」


 二人を励ますジーナは、いつものジーナと違い、ドレスを着るために腰回りを無理やり引き絞っているようで、少し窮屈そうだ。それでも明るいジーナな事には変わりなく、皆の緊張を和らげていた。


 一行は迎賓館に着くと、数日前から打ち合わせをしていた通り、他の演奏家たちと持ち場に着いた。グスタフとラチェットは、迎賓館の入り口で、他の演奏家たちと交代で演奏を行う。グスタフはいつものバイオリンで。ラチェットは誕生日にもらったフルートを持ち出していた。メグとマルコムの出番は晩餐会での余興になるが、裏方としてジーナと動かなければならない。ニースとセラは、晩餐会まで暇な時間となるが、遊びまわるわけにもいかず、二人きりで控え室でじっとしていた。


「つまんないね。せめてバードちゃんがいてくれたら楽しかったのにな」

「仕方ないよ。ぼくたちに出来ることはないし、こんな立派な部屋で鳥を離すわけにいかないし……」


 控え室といっても広く立派な部屋であり、豪華な椅子や調度品が並ぶ。せっかくの広さだが、花瓶や壺などもあるため、ニースたちは体を動かす事も出来ず、暇を持て余していた。すると、扉の外で慌ただしく走る足音が響いた。


「どうしたんだろう……?」


 ニースとセラは扉に耳をつけて、外の様子を伺った。護衛兵たちが何やら深刻そうに話をするのが、ニースたちの耳に聞こえてきた。


「犯行予告だと⁉︎ こんな日にまた狙ってくるというのか」

「この日だからこそでしょう。存在感を示すには、絶好の機会でしょうから。それで念のため、ここも警備を厳重にするようにとのお達しです」

「んなこと言われたって、各国要人まで集まるんだ。すでに厳重なんだぞ。これ以上どうしろって言うんだ」

「しかし、急に中止にするわけにもいきませんし」

「当たり前だ。これまでも予告だけしておいて、何もないこともあったんだからな。中止などしたら皇国の威信に関わる。嫌がらせも一級品だよ」

「かといって、何かあっても困りますから、警備体制を今一度……」


 ニースとセラは、ごくりと唾を飲み込み、そっと扉から耳を離した。二人はそろりそろりと足音を忍ばせて、ソファの裏にしゃがみこみ、額をくっつけた。


「ニース、聞いた?」

「うん。何の犯行予告かわからないけど、怖いね……」


 二人は緊張した面持ちで、ひそひそ声で話してはいるが、どこか楽しそうな声音だった。ずっと静かに待つのに飽きていたのだ。不謹慎でも興味を抱いてしまうのは、仕方ない事だった。

 二人はソファに座り、話し合う。どんな犯行予告なのかを予想しあったり、どんな悪者がやってくるのか。もしやってきたらどうするのか。まるで探偵ごっこでもするように、二人は遊び始めた。


 太陽はすっかり高く上がり、ニースとセラのお腹が、ぐぅと鳴った。二人が恥ずかしそうに苦笑いを浮かべていると、扉をノックする音が響いた。ニースが返事をすると、ルイサが扉を開けて入ってきた。ルイサの後ろには女官がおり、ニースたちへ昼食を運んできていた。


「ふふ。二人ともご機嫌よう。今日はよろしくね」

「ルイサさま、こんにちは。よろしくお願いします」

「こ、公主さま! よ、よろしくお願いします」


 ニースは微笑んで挨拶し、セラはガチガチに固まってお辞儀をした。


「二人とも、お腹が空いたでしょう? もうじきジーナたちも来るわ。儀式が終わったから、先にこちらへ来たのだけれど、私もまだお昼を頂いていないのよ。一人で頂くのも味気ないし、二人にご一緒して頂きたいのだけれど。お願い出来ないかしら」

「こ、公主さまとご一緒にですか⁉︎」

「はい。ご一緒させて頂きます。ありがとうございます」


 驚くセラと、にこやかなニースの姿に、ルイサは笑った。

 三人がソファに座ると、女官がテーブルへ食事を並べた。ルイサは親しい女官一人を残して、あとの者には下がるよう伝えた。


「うわあ! 美味しそう!」


 食事として出されたのは、サンドイッチだった。しかしサンドイッチではあるものの、使われているパンはニースたちが知る物とは違い、きめが細かく、見るからにふわふわしていそうだった。中に挟まれている具も、薄切りの牛肉(ローストビーフ)燻製の鮭(スモークサーモン)、海老や卵などで、ニースたちが見た事のないサンドイッチだった。ニースとセラは、目を輝かせて手を伸ばした。二人の姿に、ルイサは微笑みを浮かべた。


「たくさん食べてね」


 女官が毒味をしたものを、ルイサは少しずつ食べていく。


「こうして二人と頂くと、何倍も美味しく感じるわ」


 ルイサは、心から幸せそうに笑っていた。

 ジーナたちの分を残し、すっかり食べ終えたニースたちに、女官が冷たい器に入った冷菓を出した。ニースとセラは、初めて見る食べ物を見て、胸を躍らせた。器の中身は透明な液体に見えるが、ぷるぷると固まっており、中には白い果物が入っていた。二人はドキドキしながら、スプーンですくい、口に入れた。


「うわあ! 冷たくて甘くて、美味しい!」

「うん。この白い果物も、ぷにぷにしていて面白いね」


 二人が美味しそうに食べるので、ルイサは笑みを浮かべて自分の器を差し出した。


「私が大好きな南国の果物を使っているのよ。みんなで食べようと思って、ゼリーにしてきたの。気に入ってもらえて良かったわ。よかったら、私の分も食べてね」

「ルイサさまが作られたんですか?」

「ええ。とても簡単なお料理だけれど」

「公主さまの手作りなんですか⁉︎ すごいです!」


 二人はよほど気に入ったようで、ルイサからもらった分まで、あっという間にぺろりと平らげてしまった。ルイサは二人の姿に、くすくすと笑った。

 女官は紅茶を入れ、毒味をすると、カップをルイサへ渡す。そして、ニースとセラの分のカップをテーブルに並べた。二人は入れたての熱い紅茶を冷まそうと、息を吹きかける。ルイサは微笑みを浮かべて二人を見つめ、紅茶のカップに口をつけた。……その瞬間。


「ぐ……かはっ……」


 ガシャンと、食器の落ちる音と共に、女官が膝を崩した。女官は、震える声を必死に絞り出した。


「る、ルイ、サ、さま……」


 女官は息苦しそうにうずくまり、震えていた。ニースとセラは驚き、固まった。ルイサは、口に含んだ紅茶を飲まずに吐き出し、立ち上がった。


「た、大変! 誰か人を……っ!」


 ルイサはくらりと目眩を起こし、ソファにもたれかかった。ニースは思わず、大声で叫んだ。


「ルイサさま!」


 セラはオロオロして涙を浮かべていた。扉の外に控えていた護衛が、ニースの叫び声を聞いて扉を開けた。


「殿下!」


 護衛はルイサに駆け寄ると、ニースに目を向けた。


「君! 右の部屋に控えている者たちがいる! 彼らと医師を急いで呼んでくれ!」

「は、はい!」


 ニースが駆け出すのと同時に、護衛は緊急事態を知らせる笛を吹いた。異変に気づいた護衛兵が次々に部屋に駆け込んだ。セラは床に膝をつき、わんわん泣いていた。


 ニースに呼ばれて駆けつけた医師は、二人が毒で倒れたと判断した。ニースとセラは、自分たちが犯行予告を無邪気に楽しんでいた事に罪悪感を感じた。そして、自分たちも毒で倒れたかもしれないと思うと、恐怖で身を震わせた。新しい控え室を用意され、部屋を移った二人は、ルイサと女官が倒れた前後の状況を、護衛を担当していた武官に問われた。しかしセラは震えて話が出来なかったので、ニースのみ別室で話をした。


「すると、君たちが口にせず、公主殿下と女官が口にしたのは、紅茶だけだというのだね」

「はい、そうです。間違いありません」

「わかった、ありがとう。あとは控え室に戻ってくれ」


 武官が慌ただしく捜査のために部屋を出ようとすると、騒ぎを聞きつけた官僚貴族と鉢合わせた。


「ここにいたのか! 一体どういう事だ! 歌い手が狙われていると伝えていたではないか。殿下に何かあっては一大事なのだぞ⁉︎」


 武官に苛立ちをぶつける官僚は、部屋の中にニースがいるのに気がつくと、訝しげな目を武官に向けた。


「あの子どもは何者だ。天の導きか?」

「いえ。例の“調子外れ”の芸人です」


 武官の返事を聞くと、官僚はひどく冷たい目でニースを睨んだ。


「全く、役立たずめが。歌の力がないのなら、せめて殿下の身代わりになれば良かったものを」

「閣下、それは……」

「貴様は黙っていろ。陛下と公主殿下のお気に入りなのは、私も知っておるわ。どんな手を使って取り入ったのかは知らんが、あの手品師の仲間だからな。とっとと皇国から姿を消してほしいものだよ。……行くぞ」


 官僚は吐き捨てるように言うと、武官の先を歩き出す。武官は気遣わしげにニースを見たが、すぐに官僚を追っていった。


 ――ぼくがルイサ様の代わりに、毒を飲んでれば良かったの? 歌の力を持たないから……?


 心臓が早鐘を打ち、ニースの心の中は、ぐちゃぐちゃにかき乱された。ニースは、涙が頬を伝うのに気づくと、手で拭った。拭っても拭っても、涙は止まらず、肩が震えた。ニースは蹲り、必死に声を殺して泣いた。涙が止まるまで、ニースはじっと動かなかった。

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