53:誕生日パーティ
前回のざっくりあらすじ:ニースは、歌の力を持たない事に悔し涙を流した。
ニースは、窓から射し込む日の光に目を覚ますと、ベッドからもそりと起き上がり、ぼんやりと外を眺めた。眩い朝日が庭を照らしていたが、昨日の朝とは打って変わり、ニースの心は分厚い雲がかかったように、どんよりとしていた。ラチェットは部屋にいなかったので、ニースは仮面をつけ、一人で顔を洗いに水場へ向かった。ニースはしっかり顔を洗って布で拭くと、ふぅと大きく息を吐いた。
――いつまでも落ち込んでいたら、みんなに心配をかけちゃう。
ニースは、頬を軽く叩き、努めて笑顔を形作ると、再び仮面を被った。ニースが部屋へ戻ると、ラチェットが荷造りをしていた。
「ラチェットさん、おはようございます。どうしたんですか?」
「ニース、おはよう。今日、メグの成人の祝いと、僕たちの誕生日を祝うだろう? それで、急遽宿を移ることになったんだ。ニースも支度をしておいてね。朝食前に移動するよ」
ニースは不思議に思ったが、きっとまた何かをジーナが考えたのだと思い、背筋をぷるりと震わせた。素直に支度を始めたニースの姿を見て、ラチェットは胸を撫で下ろした。
一行が宿を移る理由に、誕生日の祝いの事など本当は関係なかった。泣き顔を隠すようにニースが寝た後、宿の主人がセラも歌を歌っていた事を思い出し、グスタフの部屋に押しかけ、騒ぎ始めたのだ。セラも歌い手ではないし氷石歌を歌えないと、グスタフは何度も断った。それでも主人は執拗に、セラを貸してくれるよう頼み続けた。グスタフの悩みは、それだけではなかった。昨夜の公演の後から、何人もの人々が、グスタフとマルコムに面会を申し入れていた。宿の主人が話した通り、ペリフローニシの町では失踪事件による歌い手不足が激しいようで、歌の力を借りたいと、ひっきりなしに人が訪れたのだ。これには、グスタフもマルコムも頭を抱えてしまった。このままでは、ゆっくり休む事も出来ない。寝不足でぼんやりしたまま、二人は宿を変える事を決断した。しかしラチェットは、ニースに本当の事は言えなかった。ニースに本当の理由を伝えてしまったら、ニースが責任を感じてしまうだろう。そのため、あえて理由をぼかして、ラチェットはニースに伝えたのだった。
一行は、話の通じない宿の主人ではなく、女将を通じて宿を引き払い、新しい宿へ移った。新たな宿泊先は、最初の宿から出来る限り離れた、本流の船着場に近い大きな宿屋だった。疲れきったグスタフとマルコムは、夜まで寝ると告げて部屋へこもった。ニースは、再びバードの世話を任されたが、外へ出る気にはなれず、新しい部屋でのんびり過ごしていた。そこへ、メグがセラを連れて訪ねてきた。
「二人とも、まだ朝ご飯を食べてないでしょ? 珍しいサンドイッチがあるらしいから、一緒に食べない?」
「すごく大きいみたいだよ!」
二人の言葉に、ラチェットが笑みを浮かべた。
「そうだね。そんなに大きいなら、ちょっと早めの昼食にできるかな。セラちゃんはニースとここで待ってて。メグと一緒に運んでくるよ」
ラチェットがメグと二人で出かけると、セラがニースに笑みを向けた。
「ニース。バードちゃんと遊んで待ってよう?」
ニースは心配かけまいと笑顔を浮かべたが、どこかぎこちなかった。
ラチェットとメグが、トレイに大きな皿を四つ乗せて運んできた。珍しいサンドイッチは、大きな丸いパンに焼いた挽肉が生野菜やソースと共に挟まれており、油で揚げた細切り芋と、野菜の酢漬けが添えられていた。ニースたちは、テーブルを囲んで食前の挨拶をすると、早速食べ始めた。芋を摘んでいたメグが、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「今夜はお父さんの部屋で、みんなで食事をしようって言ってたわ。さすがに今回ばかりは時間がなくて、お母さんも変なことは出来なかったみたいね」
ニースは、大きなパンをどうやって食べようかと見つめながら、首を傾げた。
「あれ? ぼく、てっきりジーナさんが何か考えたから、宿を移ったと思ったんだけど……」
「宿を移った理由は、逆だよ。ジーナさんに何も考えさせないために、移ったんだ。ハンバーガーが大きいなら、切り分けたらいいよ」
ラチェットは、本当のことがバレないか、内心ドキドキしながら言うと、ナイフをニースに渡した。ニースはナイフを受け取り、納得して頷いた。一番上のパンを千切って食べていたセラが、しゅんと肩を落とした。
「そうだったんですね。私は、ジーナさんの作ってくれた羽が好きだから、ちょっと残念かな……。はい、バードちゃん。いっぱい食べてね」
セラは小皿にパンを乗せると、バードに差し出した。バードはくるっぽーと鳴いて、パンを啄ばみ始めた。
「バード、ちゃんとご飯食べれるようになったみたいだね」
ニースは、ハンバーガーを切り分けると、バードを見て、にっこり微笑んだ。しかし、セラは頭を振った。
「ううん。違うの。バードちゃんね、食べるのがすごく下手なんだよ」
セラは、バードの小皿の周りに飛び散るパン屑を、指差した。バードは千切ったパンを啄ばみはすれど、うまく口に入れられないようで、そのほとんどを周りに零していた。その姿にニースが笑うと、みんなも笑った。ようやく笑顔を取り戻したニースに、ラチェットたちは喜んだ。笑われたバードは抗議するように、くるっぽーと鳴いた。
ニースが、メグたちとお喋りをしながら過ごしていると、やがて夕立が降り始め、雨が窓を叩いた。するとそこへ、扉をノックする音が聞こえた。
「俺だよ。マルコムだ。バードを受け取りに来たぞ」
ニースが扉を開けると、大きな包みを抱えて苦笑いを浮かべるマルコムの後ろに、ジーナが立っていた。夕立の稲光に照らされたジーナの顔は、怪しい笑みを浮かべていた。ニースたちは、頬を引きつらせて身を震わせた。セラだけは嬉しそうに笑った。
「わあ! お二人とも、すごい荷物ですね! 何か用意したんですね!」
ジーナは自信あり気に頷いた。
「もちろんよー。セラちゃんのご期待に添えられると思うわー」
ジーナの言葉に、ニースたちは戦慄した。
「そんな……」
「嘘でしょ⁉︎ いったい、いつの間に準備出来たっていうの⁉︎」
「こんなに大きな荷物……僕たちは何をさせられるんだ……」
突然降り出した雨に、激しく叩きつけられたかのように、ニースたちは絶望に打ちひしがれた。
ニース、ラチェット、メグの三人は、ジーナからの言い付け通りに、渡されたお祝いの衣装に身を包み、グスタフの部屋へ向かった。セラはジーナと共に一足先にグスタフの部屋へ行っていた。廊下をすれ違う人々は、ニースたちを見ると、皆一様に笑いを堪えた。三人は恥ずかしさに身を縮めながら階段を上った。
三人は、グスタフの部屋をノックして、扉を開けて中へ入った。足を踏み入れた瞬間に、パンパンと何かが弾ける音と、火薬の臭いがした。
「お誕生日おめでとう!」
グスタフ、マルコム、ジーナ、セラが、頭に三角帽子を被って、クラッカーを鳴らしていた。色とりどりの紙片を被ったニースたち三人の姿を見ると、マルコムとグスタフが盛大に噴き出した。
「ぶはは。なんだあれは。あんな所まで作っていたのか。くくく。ジーナは相変わらず、すごいな」
「ぐはは。いつの間にこんなに作ったんだ。マルコムの仮面も、ものすごいな」
セラは羨ましそうにしげしげと見つめ、ジーナは満足気に頷いた。
「みんな、可愛い! 尻尾もフカフカでいいなぁ!」
「本当によく似合ってるわー!」
ニースたち三人は、それぞれ動物の形をした衣装を身につけていた。ニースは犬、ラチェットは猫、メグは白い鳥だ。顔にはそれぞれマルコムが作った仮面をつけており、ニースは顔全面に、ラチェットとメグは口元につける仮面だった。ニースの仮面は眉毛を書かれた犬のような模様で、ラチェットの仮面には立体的なヒゲがつけられており、メグの仮面は嘴が飛び出ていた。仮面には全て、丁寧な彩色と精巧な彫りが施されており、マルコムが何日もかけて彫った事が伺えた。ジーナが素材からこだわって縫い上げた衣装は、全身をすっぽりと覆う着ぐるみの形だ。耳や尻尾、翼も作り込まれており、毛や羽毛の質感までリアルに再現しつつも、造形は程よくアレンジされ、可愛らしく作られていた。しかしそれだけでなく、犬と猫の股の部分には、ちゃんと雄の象徴まで、デフォルメしてつけられていたのだから、廊下で笑われたのも頷けるというものだ。顔を仮面で隠しているとはいえ、ニースたちにとっては地獄のような出来事だった。
メグは眉を吊り上げて、ジーナに抗議の声をぶつけた。
「こんなの、あんまりだわ。白い鳥がモチーフなら、もっと美しくしてくれたっていいじゃない! 着ぐるみだなんて、いったいどこが成人のお祝いだって言うのよ」
「あらー、メグちゃん。成人のお祝いだからこそよー! ひよこから立派な鳥になったのをイメージして作ったんだからー!」
メグは、自分の着ている衣装のモデルが、白鳥や鳩ではなく、鶏だと知って愕然とした。その様子に、さらにグスタフとマルコムは笑い転げた。ラチェットは、ずり落ちそうなメガネを、肉球のついた大きな手袋で支えながら、ジーナに疑問を投げかけた。
「ジーナさん。なぜニースが犬で、僕は猫なんです?」
「そんなの決まってるじゃなーい! 可愛いからよー!」
ニースの衣装は、マシューの家にいたシェリーに似ており、ラチェットの衣装は、猫なのになぜか帽子を被り、マントを付けて長靴を履いているような姿だった。ニースは、シェリーが確かに可愛かったと納得した。対してラチェットは、女性の好みがわからないと首をひねった。
三人は散々笑われた後に、仮面と手袋だけは外すことを許され、ジーナからプレゼントを渡された。メグには首飾り、ラチェットにはフルート、ニースには靴だった。プレゼントを受け取り、笑みを浮かべるニースとラチェットに、セラが胸を張った。
「ニースとラチェットさんのは、私とメグさんで選んだんだよ」
席についたメグが、ニースとラチェットに笑いかけた。
「ラチェットは、前にフルートが欲しいって言ってたでしょ? ニースの靴も、そろそろサイズがキツそうに見えたから」
ニースは早速靴を脱ぎ、履き替えた。
「足にぴったりだ! ありがとうございます!」
「僕も、すごく嬉しいよ」
フルートの箱を開けたラチェットは幸せそうに満面の笑みを浮かべた。そして、フルートを丁寧にしまうと、ラチェットは着ぐるみの帽子の中から小さな箱をふたつ取り出した。
「はい。これ、メグに。セラちゃんにもね。僕とニースからのお祝い」
ラチェットの横で、ニースが照れたように笑った。
「メグのはもちろん成人のお祝いで、セラのは仲間になったお祝いだよ」
思いがけない贈り物に、セラとメグは、ワクワクしながら包みを解いた。
「うわあ、可愛い!」
「あら。なかなかいいじゃないの」
箱の中身は、メグには赤い薔薇、セラにはオレンジ色の薔薇があしらわれた髪飾りだった。色違いのお揃いのように見える髪飾りに、メグとセラは大喜びだった。
ニヤニヤとグスタフたちが見守る中で、プレゼント交換が終わると、ようやくラチェットとニースも席についた。テーブルの上には、肉や魚の様々なご馳走が並び、クリームがたっぷり塗られたケーキもあった。グスタフは、ラチェットとメグのグラスに、シュワシュワと細かな泡が混じる黄金色の透き通った酒を注いだ。
「皇国では、十五歳から酒が飲める。だから今日は、二人も酒を飲んでみなさい」
ジーナもにっこり、二人へ笑みを向けた。
「これねー、グスタフのお気に入りのスパークリングワインなのよー。わざわざ昨日探してきたんだからー」
酒に弱いマルコムも、今日ばかりは共に楽しむつもりのようで、グスタフたちと共に、ワインを手に持った。ニースとセラのグラスには、色合いのよく似た白葡萄の果汁が注がれた。グスタフが、グラスを持って立ち上がった。
「それでは、メグの成人と、ラチェットとニースの誕生を祝して。乾杯!」
「かんぱーい!」
ニースたちは笑い合い、グラスを合わせて音を鳴らすと、食事を楽しんだ。ラチェットとメグは、初めて飲んだ酒が気に入ったようで、グスタフに勧められるままに何杯も飲んだ。しかしラチェットは、早々に酔い潰れて、グスタフのベッドで眠ってしまった。
「お父さーん! これ、すっごく美味しーい!」
ジーナも酔い潰れてしまったが、メグは酒に強かった。グスタフはようやく酌み交わせる相手が出来たと、大喜びで酒を飲んだ。マルコムは一杯をどうにか飲み干すと、ニース、セラと穏やかに食事を楽しんだ。心ゆくまで楽しんだニースたちは、次々と騒ぎ疲れて眠りに落ちたが、メグは用意した全ての酒瓶が空になるまで、一人で酒を飲み続けた。




