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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第5章 歌い手と“調子外れ”】
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49:川沿いの町で1

前回のざっくりあらすじ:ラチェットが立て篭もった。

 ラチェットの立てこもりはメグの力で解除され、ジーナとセラもすっかり元気になった。いくつかの村で宿泊してはお礼公演をし、野宿も何度か繰り返した一行は、細い脇道を抜け、次の街道の本筋にたどり着いた。

 じりじりと日差しが照りつける街道の往来は徐々に増え、派手な装飾の二台の馬車とすれ違う人々が、小さな悲鳴をあげる。御者台に座るグスタフの隣で、ニースは、はぁとため息を吐いた。


「ぼく、ここにいるとみんなを驚かせちゃいますね」


 ニースの顔は新しい仮面で見えないが、苦笑いを浮かべている事が、グスタフには手に取るようにわかった。


「ははは、仕方ない。そう気にするな。中には乗りたくないんだろう?」


 笑顔を向けたグスタフに、ニースは、こくりと頷いた。

 ニースは、マルコムがジーナと協力して作った新しい仮面のおかげで、分厚いローブから解放されていた。マルコムが彫りを加えた仮面は、新たに口元と鼻の部分にも細工が施されていた。外からは肌の色が見えないが、内側からは楽に呼吸が出来る絶妙な形だ。そして、ジーナが灰色の頭巾に仮面を縫い付けたため、髪も首元も表に出すことなく、仮面だけで過ごせる。さらに仮面は上下が切り離せるようになっており、頭巾の布の一部を口元にかけておけば、食事の際も顔を隠しておける。布地は通気性のあるものなので、中に熱がこもることもない。ニースは、もう熱中症で倒れることはなくなった。そのおかげで、グスタフと共に御者台に乗れているのだ。長袖、長ズボンに、手袋と仮面だけ付ければ、ニースの姿を知られることはない。後ろから見れば、頭巾をかぶっている子どもにしか見えない。ニースを正面から見る人々は、ギョッとして悲鳴を上げそうになるが、ニースにとっては快適な姿だった。

 そうして街道を数日進むと、大きな川が見えてきた。川向こうには、目的の町の市壁(しへき)があった。ニースは、仮面の下で微笑んだ。


「あれが、ペリフローニシの町ですか?」

「ああ。そのはずだ。ペリフローニシは、この一帯の領主が住む町なんだ。かなり大きい町だから、祝いの品も買えるだろう。三人の誕生日をようやく祝えるぞ」


 すでにメグの誕生日は過ぎてしまったが、明日はちょうどニースの誕生日だ。ニースは仮面の下でキラキラと瞳を輝かせた。

 大きな石壁でぐるりと囲まれたペリフローニシの町は、二本の川に挟まれている。一本は本流である大きな川で、もう一本は本流に流れ込む小さな川だ。本流に沿って下流へ進むと、皇都の近くまで行ける。ニースたちの乗る馬車は、本流を渡る長い石橋の上を渡った。ニースは小窓から馬車の中へ声をかけた。


「セラ、見てごらんよ! 船がたくさん浮いてるよ!」

「お船⁉︎」「どこどこ?」


 セラもメグも大はしゃぎで、突き出し窓を開けて外を見た。橋の下を流れる川には、いくつも船が浮いていた。漁師たちが乗っているのであろう、小型の船の多くは手漕ぎだ。しかし、その中にいくつか、帆も櫓櫂(ろかい)もない船が見えた。それら川面に浮かぶ小型の船が、すいと動いて道を作ると、一隻の大きな船が船着場を出ていった。下流へ向けて出航したばかりの、馬車も積めそうな大型の船には、煙突によく似た通風筒がついているだけで、煙は出ておらず、船体の後方でいくつも大きな車輪が水しぶきを上げて回っていた。


「ほんとだ! 大きい! こんな大きなお船、見たことないです!」

「あれは外輪船ね。火石でお湯を沸かして、蒸気の力であの車輪を回しているはずよ」

「蒸気ってなんですか?」


 メグの言葉にセラが首を傾げると、ジーナが、セラの後ろから船を眺めつつ答えた。


「蒸気はねー、湯気の素みたいなものよー。ヤカンにお水を入れて沸かすと、湯気が出るけど、その根元には何も見えないでしょー?」

「えっと……そうですね。注ぎ口から少し離れたところで、湯気になってたと思います」

「その、透明な所にあるのが蒸気よー」

「そうなんですね。初めて知りました!」


 セラが興味深そうに、しげしげと船を見つめる姿に、メグとジーナは笑みを浮かべた。


 橋を渡った先には市門があった。ニースたちは検問を終え、町の中へ入った。町には赤煉瓦や石造りの建物が並び、眩い日差しを浴びて街路樹や花壇の花が咲き誇る。ラメンタの町と同じように、街灯がいくつも並び、公衆浴場も何軒もあった。グスタフたちも、ペリフローニシの町は初めて訪れたようで、興味深く街並みを眺めた。

 グスタフは、道中で立ち寄った村の村長から、お勧めの宿を聞いていた。一行は、支流に近いその宿へ向けて馬車を進めた。着いた宿屋は立派なもので、セラが働いていたラメンタの宿屋よりさらに大きかった。敷地内には中庭も見え、寛げる空間が広がっていた。馬車を預けると早速部屋を借りて、ニースたちは荷物を運び込む。今回は、グスタフ、マルコム、ジーナは個室だが、メグはセラと二人部屋だ。もちろん、ラチェットとニースも二人部屋となった。大きな宿屋なので、立派な馬車置き場も浴場もある。受付で説明を聞いたニースたちは、また風呂に入れる事を喜んだ。

 部屋へ入ると、ニースは驚いた。外の蒸し暑さとは打って変わり、窓が締め切られた部屋の中は、快適な温度だったからだ。


「あれ? 部屋の中が涼しい」

「ふふ。それはね、これのおかげだよ」


 ラチェットが、部屋の隅にある金属の板を指差した。金属の細長い板が、隙間を空けて何枚も繋がって壁に付けられており、表面に細かな水滴がいくつもついていた。


「それ、なんですか?」

「これはね、中に水が通ってるんだよ」

「……水?」


 ニースは首を傾げた。水道が管を通って出るのは知っているが、どこにも蛇口が見当たらなかったからだ。


「はは。水っていっても水道とは違うよ」


 ラチェットは、ニースの考えを見透かしたように話した。


「これはね、この宿屋中に水の管が繋がっていて、その中をぐるぐると、ずっと水が回ってるんだ」

「水が回る?」

「そう。途中で氷石(こおりのいし)を使って冷やしながらね」

「氷石って、冷蔵庫に使われてる石ですよね? 食べ物を冷やしておくための物じゃないんですか?」


 首を傾げたニースに、ラチェットは丁寧に話した。


「うん。冷蔵庫と似たような仕組みだよ。古代文明では石を使って、色んなことをしていたようでね。発明家たちがその真似をしているんだ。冬の間は、火石で温めたお湯を。夏の間は、氷石で冷やした水を、ずっとぐるぐる、建物の中を回すんだよ。歌石で、火石や氷石の力の量を決めておけば、中を流れる水の温度を維持できる。冷たい水のおかげで、窓を開けなくても涼しく過ごせるってわけさ」

「すごい! じゃあここは、大きな冷蔵庫みたいな部屋なんですね。ぼく、冷蔵庫に入ってるんだ!」


 ニースは、そっと金属の板に触れてみた。板はひんやり冷たく、心地よかった。


「遺跡で似たような物が見つかったんだよ。アマービレ王国では、石自体が少ないから、こういった大規模なものはなかなか作れないんだろうね」


 ニースは、なるほどなと思った。以前ラメンタで、王国は遺跡が壊れてる物が多いと聞いたのを思い出したからだ。


 ――古代文明ってすごいんだな。石って、工夫次第で色んな使い方が出来るんだ……。


 石の力の便利さと重要性を、ニースは初めて、深く感じた。


 街灯に次々明かりがつき始める。夕闇に誘われるように、ニースたちは宿の食堂へ集まった。町への到着祝いを兼ねて、今後の予定について話し合うためだ。テーブルの上には、グスタフが選んだ町の名物が並んだ。町は川沿いにあるが、近くには草原が広がっており、牧畜や農業が盛んだ。麦で作った酒も有名で、牛や豚の肉を使った料理の数々と共に、当然のように麦酒も運ばれてきた。

 グスタフとジーナは麦酒を。マルコムやニースたちは果汁を手にして乾杯すると、早速夕食が始まった。大きな器に盛られた料理の数々を、ニースたちはそれぞれ好きなだけ取り分けていく。グスタフは、大きな厚切りのハムやベーコンが乗る大皿を引き寄せると、小さく切って皿に取り分け、ニースに渡した。


「明日はニースの誕生日だったな」

「はい、そうです」


 ニースは皿を受け取ると、温野菜やチーズを一緒に乗せた。ジーナは、蓋のついた陶器のジョッキで麦酒をあおると、赤くなった顔に笑みを浮かべ、口を開いた。


「でもでもー。ニースくんのお誕生日と、メグちゃんの成人祝いに、ラチェットのお誕生日も一緒にするならー、いきなり明日は無理ねー。準備に時間がかかるものー」

「ああ、そうだな。それよりジーナ、もう酔ったのか?」

「やだわ、グスタフったらー! まだ酔うわけないじゃなーい!」


 グスタフは、ジーナに背を叩かれそうになったので、切り分けていない厚切りベーコンの皿を、慌ててジーナに差し出した。ジーナは、ほくほく笑顔で皿を受け取ると、ベーコンを一口大に切って口に入れた。一口大といっても、ニースの握り拳ぐらいはある大きさだ。ジーナの胃袋だけでなく、口も手品のようだとニースは思った。驚いたニースが、自分のハムと大きさを見比べるのを見て、マルコムは、くつくつと笑った。


「ニース、深く考えたら負けだぞ。……まあ、どちらにせよ、船に乗るにはもう少し待たなきゃならないからな。次の出航は来週だそうから、それまでの間で祝えばいいだろう。待つ間にどこかで公演出来るように、俺は明日にでも舞台を探しにいくよ」

「ああ。頼んだ、マルコム」


 グスタフとマルコムは笑い合うと、ジョッキとグラスをカチンと合わせた。

 ニースは、伯爵家を出てから誕生日を祝うのは初めてとなる。マシューの家では、毎年誕生日を祝うことなどなかったからだ。伯爵家の祝い方とどんな風に違うのかと、ニースはワクワクを抑えきれなかった。


「ニース、楽しそうだね。僕も楽しみだけど」


 ラチェットが、牛の塊肉の蒸し焼き(ローストビーフ)を、ナイフで丁寧に、薄く切りながら笑った。ラチェットも、旅の一座に加わってから初めて誕生日を祝ってもらえるのだ。心から嬉しそうな笑顔を浮かべていた。メグは、ラチェットから薄い肉を何枚も載せた皿を受け取ると、ソースをかけながら不安を零した。


「私はちょっと心配だわ。またお母さんが何かしでかすんじゃないかって」


 セラはソーセージを運ぶ手を止めて、首を傾げた。


「ジーナさんって、何かするんですか?」

「そうよ。去年、私のお誕生日の時に、物凄い真っ赤なドレスを作ったのよ。舞台用かと思ったら、普段着だって言うのよ。それを着ないとお祝いしないなんて言うから、食事のとき、恥ずかしくて仕方なかったんだから」


 メグは嫌な記憶を紛らわすように、潰した芋と大量の辛子を皿の端に盛った。ニースは、あまりの辛子の量に、見ているだけで鼻がツンとする気がした。ラチェットは、ニースとセラにも薄切り肉の皿を渡すと、自分の分を切りながら呟いた。


「去年のは、本当に凄かったからね。今年はメグの成人になるんだから、どうなることやら」


 ニースはラチェットに礼を言い、メグに習ってソースをかけ、潰した芋も皿に乗せた。ただし、辛子は少しだけだ。ラチェットが切り分けた牛肉は、塊肉の表面に塩胡椒を振ってじっくり蒸し焼きにしたもので、中心部は赤みが残っていた。辛子をほんの少しだけ付けて、口に入れて噛むと、肉の旨味が口中に広がる。肉質は柔らかく筋も感じられず、ソースと辛子が風味を増して、ニースは何枚でも食べられると感じた。


「これは美味しいですね」

「うん! もっと食べたいぐらい!」


 セラは、にへらと口を緩め、あっという間に皿の肉を平らげてしまった。ラチェットは微笑みを浮かべ、自分のために切り分けた肉をセラに追加で渡し、また肉を切りはじめた。すると、頃合いを見計らっていたかのように、マルコムがラチェットとニースに、ニヤニヤと笑みを向けた。


「ラチェット。お前、他人事みたいに言ってるが、ジーナの獲物はお嬢だけじゃないぞ。もちろん、ニースもだ」


 ニースは、自分も肉のお代わりを頼もうかと思っていたが、マルコムの言葉にその考えは吹き飛んだ。


「えっと……また、羽のローブみたいになるんですか?」

「可能性はあるな」


 マルコムは頷き、ラチェットが切り分けた肉の皿を勝手に持っていった。ラチェットは顔をしかめたが、黙ってナイフを動かした。ニースは落ち込み、俯くと、静かに果汁を啜った。黙々と肉を切り続けるラチェットを気遣わしげに見ていたメグが、マルコムを睨んだ。


「もしかしてマルコムは、それが嫌で誕生日を外で祝ってるんじゃないでしょうね?」

「い、いや。そういうわけじゃないんだ、お嬢。……ラチェット、皿を取って悪かったな」


 マルコムは、ばつが悪そうにメグに背を向けると、そっと肉を口に運んだ。


「いえ、マルコムさん。いいですよ、別に。……座長、自分で切り分けてください」


 グスタフが物欲しそうにラチェットに目線を送ったので、ラチェットは自分の皿をしっかりと確保すると、残り少なくなった塊肉をグスタフへと渡した。グスタフは仕方なしに、自分で肉を切り分けた。


「……ジーナ、牛肉は食べるか?」


 グスタフが問いかけても、ジーナの返事はなかった。ジーナはすでに酔って眠っていた。グスタフは、残念そうにため息を吐くと、麦酒をあおった。


「今回はそんなに準備期間もないから、いつものようにはならないと思うぞ。ジーナも疲れているみたいだしな」


 ニースたちはグスタフの言葉に、ほっとしながらも、どこか()()()()()()様子で、不安げに声を漏らした。


「そうだといいんですけど……」

「私もその方が有難いわ」

「僕も」


 マルコムが、ふっと笑った。


「それなら、早めに成人の祝いをやるとするか。お嬢、あまり立派には出来ないかもしれないが、それでいいか?」

「ええ。いいわ。さすがに明日は無理でしょうけど、明後日ぐらいで充分だと思うの。明日一日は何か理由をつけて、お母さんを暇にさせないようにするわ」


 メグの頼もしい言葉に、ニースとラチェットは胸を撫で下ろした。マルコムは、はははと笑って頷いた。


「わかった。俺の方で段取りはそうしておくよ」


 メグは、にっこり笑って、グスタフに告げた。


「そういうわけだから、お父さん。明日はしっかりお母さんと()()()してきてね」

「やっぱりそうなるよなぁ……」


 グスタフは、笑顔を取り戻したニースたちとは対照的に肩をがっくりと落とし、ちびちびと麦酒を飲んだ。

 満腹になったセラが、うとうとと船を漕ぎだしていたので、料理を食べ終えると、到着祝いは早々に切り上げられた。ニースたちは、室温が保たれた快適な部屋で、ぐっすり眠り、旅の疲れを癒していった。窓の外では、月に照らされた街路樹から、蝉の声が響いていた。


■蒸気の説明などについて■

このお話はフィクションで、舞台は異世界です。

ニースたちの住む星は、地球と似たような物理法則の世界ですが、厳密には違いますので、ご了承願います。

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