48:夏の街道3
前回のざっくりあらすじ:ニース、パトリックに助けられた。
*後半、少し「汚い」表現が含まれます。お食事中の方は、ご注意ください。
*サブタイトルのナンバリングが前後していますが、改稿が終わり次第、修正致します。しばらくお待ちください。
数え切れないほどの星が瞬き、昼の暑さは消え去って、心地よい風が肌を撫でる。ジーナが用意した夕食を食べ、ようやくニースたちは一息つく事が出来た。焚き火を囲み寛ぎながら、ニースたちは今日の事を振り返り、話をしていた。
「それで、マルコムのせいでニースは倒れたわけね……」
メグの視線が突き刺さり、マルコムは居心地悪そうに身をよじった。
「お嬢、そんなに俺を睨むなよ。俺も反省してるんだ」
セラが、嬉しそうに声を上げた。
「でも、姫御子さまのお誕生日で演奏するなんて、すごいです! 帝の写し絵は見たことありますけど、姫御子さまのことはお話でしか聞いたことがないので、楽しみです!」
はしゃぐセラに、ニースは問いかけた。
「姫御子さまって、お姫さまのことだよね?」
「そうだよ、ニース。本当はすごく名前が長いんだけど、みんな姫御子さまって呼んでるの」
ラチェットは、セラに微笑んだ。
「セラちゃんは皇女殿下のことを、よく聞いてたんだね」
セラの目は前髪で見えないが、キラキラと瞳を輝かせているのだろう。セラは、うっとりと手を組み、頷いた。
「はい。ラチェットさん。姫御子さまは、すごく美しいお方で、色んな国の王子さまや貴族さまから、結婚話が来ているみたいですよ?」
セラの話を笑みを浮かべて聞いていたメグだったが、再びマルコムを睨んだ。
「マルコムが、問題を起こさないといいけど」
「お嬢……。俺は、お姫様には手を出さないよ」
マルコムは、視線を泳がせ気まずそうに頬をかくと、ニースの仮面を取り出し、メグの冷たい視線から逃げるように、新しい細工を施し始めた。
「それより問題は、パトリックのじいさんだ」
お茶を飲み干したグスタフが、低い声で話し出した。
「ニースのことを助けてもらったのはいいが、どうにも信用ならない。また会うのは危険だ。何か手を打たないとな」
マルコムは仮面を彫る手を止めて、頷いた。
「それは俺も同感だな。あのじじい、俺を詐欺師呼ばわりしやがって」
メグが、マルコムを冷ややかな目で見た。
「あら。マルコムが詐欺師とか、ある意味合ってるじゃないの」
「お嬢……」
いつもはメグの厳しい言葉を受け流すマルコムだが、畳み掛けられて堪えたのか、珍しく涙目になった。メグは、ぷいとマルコムから視線を逸らした。ジーナがマルコムのためにお茶を注ぎ、慰めるようにコップを渡した。
「マルコムが詐欺師かどうかは置いといてー。確かに、グスタフの言う通り、心配よねー」
焚き火に薪をくべながら、ラチェットが声をあげた。
「でも、パトリック商会って言ったら、世界を股にかける大商会ですよ。それにパトリック会長は、一代でここまで商会を広げた凄腕の持ち主です。確かに僕も口は悪いと思いましたが、危険だなんて言い過ぎでは?」
グスタフは首を横に振った。
「いや。世界を股にかける大商会だからこそ、危ないんだ」
焚き火の炎に照らされて、ゆらりと揺れるグスタフの真剣な表情は、まるで本物の山賊のようで、ニースは、ぷるりと身を震わせた。ラチェットは表情を引き締め、グスタフのそばに座った。
「どういうことですか?」
「実はな……」
グスタフは手を組み、皆に言い聞かせるように話し出した。
「ラメンタの町を出るときに、ベニーノさんから聞いたんだよ。最近、皇国で問題になってる話を」
「問題ですか?」
「ああ。セラには辛いかもしれないが……。ラメンタで、オークションの話があっただろう? あれとちょっと関係あるんだが……」
セラは、びくりと身を震わせ、俯いた。ジーナがセラの隣に腰を下ろし、そっと肩を抱き寄せた。グスタフは静かに言葉を継いだ。
「あのオークションを仕切ってた元締めには逃げられたらしいが、下っ端が言ってたそうだ。北の帝国が関わってるってな」
「帝国ですか……」
「最近、皇国内で歌い手の失踪が相次いでいるらしい。それにも、帝国が関わってるんじゃないかと噂があるそうだ」
ニースは、記憶を探るように目を伏せた。
「帝国って……北の大陸の国ですよね?」
ラチェットがグスタフの代わりに、ニースに答えた。
「そうだよ、ニース。独裁国家で有名なんだ」
メグが、納得したように頷いた。
「そうね。帝国なら、人攫いぐらいしてそうだし。世界を股にかける大商会なら、帝国と繋がりがあっても何もおかしくないわ」
メグの言葉に、セラがきゅっと身を縮こませた。ジーナは、セラの背を優しく撫でた。セラは絞り出すように、か細い声を出した。
「あの……それって、そのおじいさんが歌い手を攫ってるかもってことですよね。その悪いおじいさん、この先の町にいるんですよね?」
ラチェットは困ったような顔で、セラに目を向けた。
「まだパトリック会長が関係してるって決まったわけじゃ……」
「ラチェットー。気持ちは分かるけど、念のためよー」
ジーナの言葉にラチェットは、しゅんと悲しそうに表情を曇らせた。ニースは、パトリックの事を思い返した。
――パトリックさんは、見た目は怪しかったけど、ぼくには優しかった。それに、倒れたぼくを助けてくれた。笑顔は怖いし、マルコムさんやラチェットさんには、意地悪だったけど、人攫いまでするような人なのかな。もしそうなら、倒れていたぼくを、どうして攫わなかったんだろう? お医者さまのフリをして、連れて行くことも出来たと思うけど……。
ニースは、自分に丁寧に接してくれたパトリックのことを、そこまでの悪人には思えなかった。しかし、信用出来るかというと、そうではない。ニースは、自分の考えを口にはしなかった。お茶を飲み、気持ちを落ち着けたマルコムは、グスタフに話しかけた。
「ティオミソスを避けて、遠回りすれば会わないで済むんじゃないか?」
「ああ。そうだな。街道をそれて、少し遠いが川沿いのペリフローニシまで行こう。メグの成人の祝いもあるから、本当は早く町に着きたいんだが……」
グフタフの言葉に、ニースは首を傾げた。
「メグの成人?」
ニースの疑問に、ジーナとマルコムが答えた。
「そっかー。ニースくんたちは知らないのよねー。メグちゃんは、あと数日で大人になるのよー」
「成人するのは各国で年齢が違うんだが、俺たちは旅の一座だからな。一番多くの国で成人となる十五歳で祝うことにしたんだ」
セラがメグに笑いかけた。
「うわぁ! メグさん、お誕生日なんですね! おめでとうございます!」
「ありがとう、セラ」
嬉しそうに微笑むメグに、ニースも笑いかけた。
「じゃあ、ぼくとメグって、お誕生日が近いんだね」
ニースの言葉に、ラチェットが思い出したように口を開いた。
「そういえば、ニースももうすぐ誕生日だって、この前言ってたね」
「はい。ラチェットさん。七月の最後の日が、ぼくの誕生日なんです」
「あら。それなら、私と十日しか違わないわね」
嬉しそうなメグを微笑ましく見ていたジーナは、ぱんと手を叩いた。
「それじゃー、ニースくんのお誕生日もお祝いしないとねー」
満面の笑みを浮かべて、楽しそうに言うジーナに、ラチェットは首を傾げた。
「え? ニースのことも祝うんですか?」
不思議がるラチェットに、何を言ってるんだというように、マルコムたちは口々に話した。
「何かおかしいか、ラチェット? 俺たちはみんな、誕生日を毎年祝ってるじゃないか。まあ、俺は可愛い子ちゃんと祝うから、グスタフたちと祝ったことはないけどな」
「私とグスタフも、二人でお祝いしちゃうから、みんなで祝うってことはなかったけどー。でも、プレゼントの贈り合いなんかは、お互いしてたわよねー」
「ラチェットだって、私のお誕生日はお祝いしてくれてたじゃない。ニースだって一座の一員なんだから、お祝いして当然よ」
マルコム、ジーナ、メグの言葉に、ラチェットはどうにも納得出来ない様子で、顔を歪めた。グスタフは言い含めようと、語りかけた。
「まあ、ラチェットが一座に入ってまだ二年だからなぁ……。ん?」
グスタフは何かに気づいたようで、気まずそうに顔を歪めた。ラチェットは、はぁとため息を吐いた。
「僕の誕生日は、誰にも祝ってもらったことないです。十五歳になった時も……」
野営地に気まずい沈黙が流れた。グスタフたちから、ずっと誕生日を忘れられていたラチェットのために、ニースはそっと、お茶を注いだ。
夏の太陽が少しずつ高さを増す中、二台の馬車は街道の本筋を外れ、脇道を走っていく。石畳の敷かれた本筋とは違い、砂利や小石の混じる土の道は、グスタフの馬車の揺れを増していた。しかし不思議な事に、オルガン馬車は揺れがほとんどない。安定した走りを見せるオルガン馬車の御者台では、マルコムが手綱を握り、メグが小窓から荷台の中を覗いていた。
「ねえ、ラチェット。ごめんね。そろそろ機嫌直してくれない?」
マルコムが気まずそうに苦笑いを浮かべて、メグに声をかけた。
「お嬢、もうしばらくそっとしといてやれよ」
メグが小窓から覗いて気にしていたのは、オルガンではなくラチェットだった。ラチェットが皆に誕生日を忘れられていた事に落ち込み、ニースと一緒に中に乗り込んでいたからだ。しかし、メグがいくら小窓を覗いても、ラチェットの姿は見えなかった。ラチェットは、小窓から手の届かない位置に大きな布をぶら下げ、御者台から中が見えないようにしていた。ニースとセラ以外誰も、ラチェットに話しかける事は出来なかった。ラチェットが中に乗り込むと、責任を感じたグスタフが、開閉のハンドル係を無言で引き受けていた。ラチェットの立てこもりを手伝うグスタフは、メグから手酷い反抗を受けたが、決してラチェットを売り渡す事はなかった。
ニースは、膝を抱えて座るラチェットを気遣い、身を寄せた。
「ラチェットさん……」
「気にしなくていいよ、ニース。僕はカルマート国の生まれなんだ。カルマート国では、成人するのは十八歳の時だし、誕生日を祝うのは、年始の日だけ。だから、そんなに気にしていないから」
「でも……」
「僕はね、ニース。去年十五歳を迎えたのに、誰にも祝ってもらえなかった事は別にいい。今年の誕生日を、ラース山脈で熊に襲われて終えた時も、偶然ではあったけど、ジーナさんのケーキを食べれたんだ。だから、いいんだよ」
「じゃあ、なんでメグに返事をしてあげないんですか?」
ラチェットは膝を抱えて座ったまま、じっとニースの顔を見ると、ふっと切なげに目を逸らした。
「なんでだろうね……。自分でも、何がこんなに悲しいのか、よくわからないんだ」
ニースは、どう声をかけていいのかわからなかった。ただ静かに、ラチェットのそばで一緒に座っていた。だんだんと怒気を増すメグの声に、二人は必死に耳を塞いだ。
グスタフの馬車の中では、ぐったりとした人影が二つ、座席にもたれかかっていた。
「グスタフー。引き返して、ティオミソスに行きましょー……うっぷ……!」
ジーナは、急いで壺の蓋を開けると、顔を突っ込んだ。セラは、臭いで移らないように、突き出し窓から必死に顔を出し、新鮮な空気を吸おうと努力した。
「気持ちわるい……」
ガタガタと小刻みに揺れる御者台で、必死に体勢を整えながら、グスタフが声をあげた。
「すまないな、二人とも。オルガン馬車に乗れれば良かったんだが……」
「ラチェットー。許してー……うっぷ!」
「私、次の休憩になったら、ニースとあっちに乗りますぅ……うぅ……」
屍のようになりつつある二人を乗せて、グスタフは馬車を走らせる。パトリックに会うことなく皇都へ向かうために、迂回する道を選んだ一座の馬車は、様々な嘆きを乗せて走り行く。太陽は空高く上がり、強い日差しが容赦なく、二台の馬車を照らしていた。




