560:エピローグ4
前回のざっくりあらすじ:ミュージカル本番の朝、ニースたちは最後のリハーサルを見学しに劇場へ向かった。
*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*
劇場のロビーに、賑やかな声が響く。セラの妊娠を知って固まるアグネスに、ジョルジュが静かに歩み寄り、何やら耳元で囁いた。するとアグネスは、ほんのり頬を染めて肩をすくめ、気を取り直した様子で晴れやかに笑った。
「まさか妊娠してたなんて。こんなことなら、シーラたちから祝い金でももらってくれば良かったわね」
シーラは今も軍に属しているが、今では堂々と音楽院の副学長を務めている。そんなシーラを、ジャンが補佐として支えており、音楽院再開と共に戻ってきた歌い手科の子どもたちの安全を守っていた。
天才発明家のシモンは今も元気だが、飛空船の開発研究に集中したいと音楽院の名誉教授となっており、授業は新たに教授となったジョルジュに任せている。歌い手科講師のハロルドやキャシー、体育教師のバルトロメオは、以前と同じく学生たちの指導を行なっていた。
講師陣は皆、ミュージカルに興味を持っているが、全員が音楽院を空けるわけにはいかない。仕方ないと諦めざるを得なかったが、そう遠くない未来に全ての講師陣や学生たちが、ミュージカルを観れるだろう。
アレクサンドロフ領で初演を行った後、ラチェットとメグはアルモニアへ帰るが、グスタフたちはミュージカル劇団「モトゥス・アルクス」を引き連れて全世界を公演して回る予定だ。公演先はアルモニアの劇場も含まれているため、シーラたちは笑顔でアグネスたちを送り出していた。
冗談めいて言ったアグネスに、ニースはゆるりと頭を振った。
「そんなこと、気にしないでください」
「あら。でもイルモ先生たちは、きっともう渡したんでしょう?」
「えっと、まあ」
「それならやっぱり、シーラたちもお祝いを渡したいはずよ。まあ後で何かしら届くと思うから、楽しみにしていて」
「すみません。ありがとうございます」
歴史学者のイルモと、その妻で舞踏学科教授のビアンカもミュージカルの構成に関わっており、すでに侯爵領入りしていた。
特にイルモは、国王キールの依頼を受けて数年前から王墓にある石柱を熱心に調べており、一年の半分近く王都に滞在している。その間は当然の如く、歴史の授業は休校だ。
一方、イルモが王都に来る際は、ビアンカもメグに授業を任せて同行する事が多い。そのせいで仕事が増えたと愚痴を漏らすメグに、ニースはキールの臣下として頭が上がらなかった。
朗らかに言ったアグネスに、ニースは恐縮しながらも笑みを返す。するとジェラルドが、ふっと笑みを浮かべた。
「届くお祝いは、アルモニアからのものだけでは終わりませんよ、きっと」
「どうしてですか?」
「あなたの交友関係はもっと広いでしょう。今回だって、イサクさんやミランさん、ポルテさんも、気にしていましたよ。セラさんの妊娠を知ったら、みなさんきっと、自分のことのように喜ぶでしょうね」
イサクは今も聖皇国で枢機卿を務めており、ミランとポルテは無事に亡命を果たした後、祈歌を覚え、世界中にあるカルデナ教の教会を二人で回っている。
傭兵業を続けているジェラルドとマノロは、イサクやミランたちから名指しで依頼を受ける事もあり、個人的にも交流があった。
天の導きに子が出来ない理由は、各国上層部とイサクたちにも明かしてあり、イサクたちは音風の操作をものにしようと練習を重ねている最中だ。
ニースとセラの間に子が出来たと知れば、子を望むイサクたちの大きな希望になると、ジェラルドは微笑んだ。
話を聞いていたジャンヌが、あははと笑った。
「そうねー。アグネス学長のお話だと、教皇様や四聖のみなさま、パクス様も気になさってたみたいだしねー?」
「それは、ミュージカルを観たかったって話じゃなくですか?」
「それもあるでしょうけど、みんなニース君のことが大好きだものー。気にしてるに決まってるのよー!」
戦後八年が経ったが、アグネスの叔父である教皇や四聖のムルキたち、皇国の帝パクスも健在だ。イサクたちの分も含めて、国王キールの名で招待状が出されたが、政治的な関係で観覧出来ないと、皆、断ってきていた。
当初、ミュージカルの上演場所は決まっていなかった。
アルモニア音楽院で、ミュージカルという新たな劇を作る動きがあると知った各国は、初演を勝ち取ろうと凌ぎを削った。
世界で初めての試みであり、すでに有名作曲家となっているラチェットが主導しているのだ。ミュージカルは世界的に注目を集めており、自国で初演出来れば莫大な経済効果も期待出来ると、各国は踏んでいた。
しかしいつの間にか、公演場所はアレクサンドロフ領と決まっていた。
ラチェットたちは脚本を書く際に王国記の一部も参考にしたいと、ニースを通じて国王キールに交渉しており、その際キールが、王国内で初演を行う事を許可の条件としたからだ。
ラチェットたちがどうしようかと悩んでいた所、ちょうどニースの生まれ故郷に劇場が新しく作られると分かった。ニースが発端となって生まれたミュージカルだ。理由を公には出来ないものの、アレクサンドロフ領こそが初演の舞台に相応しいとラチェットたちは考え、快諾したのだった。
初演が王国に奪われたと知った各国の大臣たちは、国の首長を出席させるのを渋った。パクスも教皇もイサクたちも、皆来たがってはいたものの、国内にいらぬ火種を生まないようにと涙を飲んで諦めたのだった。
国同士の駆け引きがあったとしても、個人的な繋がりが消える事はない。セラの妊娠を知れば、皆、友人として心から祝うだろう。
茶化すようにジャンヌに言われ、ニースは嬉しいような恥ずかしいような、ソワソワした気持ちで苦笑いを浮かべた。
「まだ生まれたわけじゃありませんし。あんまり広めないでくださいね?」
「それは難しいと思うわよー。アタシたち以上にお喋りな人は、いくらでもいるしー」
「そうね。ジーナさんやビアンカ先生あたりは、大喜びで言って回りそうだわ」
愉快げに話すジャンヌに、アグネスが笑って頷く。困惑したニースを助けるように、ジョルジュが声を挟んだ。
「アグネス学長。そろそろ行かないと、リハーサルが終わるんじゃないですか?」
「あら、そうね。うっかりしてたわ。ありがとう、ジョルジュ」
「いえ、このぐらいは。私も、舞台装置の確認をしておきたいですし」
「そうだったわね。じゃあ、行きましょうか。ニース、セラ。また後でね」
劇場に設置されている最新型の装置類には、ジョルジュとシモンが生み出した技術がふんだんに使われている。ジョルジュは、エルネストやエドガーたちの義手や義足の調整だけでなく、舞台装置の最終確認もするためにやって来ていた。
いつも通りであれば、シモンも行きたいと駄々をこねる所だが、今回ばかりはジョルジュの頼みを聞いて、シモンはニヨニヨと笑みを浮かべながら、留守番を引き受けていた。
ひらひらと手を振ったアグネスに、ジョルジュがさり気なく腕を差し出し、エスコートして歩いて行く。形式的なエスコートというよりは、どことなく距離が近い二人の背を見つめ、セラが目を瞬かせた。
「あれ? もしかしてアグネス先生……」
「セラ様も、お気付きになられましたか」
「あら、ジミーちゃん。あの二人って何かあったのー?」
柔らかな笑みを浮かべたジミーに、ジャンヌが首を傾げる。するとマノロが、ニヤリと笑った。
「ジョルジュ教授は、アグネス学長にずっと片想いしてたんだよ」
「あらー、そうなのねー! じゃあそれが叶って、くっついちゃったわけー⁉︎」
「まだ確実じゃないけど、近いうちになるんじゃない? シモン博士の話だと、ジョルジュ教授はこの旅で決めるつもりで来たらしいし」
「いいこと聞いたわー! 早速ビアンカちゃんに話さないとー! ほら、ジミーちゃん。行くわよー!」
「分かりました」
嬉々として笑うジャンヌに、ジミーは苦笑しつつも車椅子を押していく。あっという間に噂が広がりそうだと、ジェラルドとマノロが愉快げに笑い合い、ニースとセラは肩をすくめた。
午後の眩い日差しの中、数発の花火が青空に弾け、多くの観客が劇場へ次々に入っていく。招待客の多くは、王国各地からやって来た貴族たちだ。煌びやかな衣装を纏った老若男女が、期待に瞳を輝かせながら席へ着いた。
そうして開演時間になると、領主のアンヘルが挨拶に立ち、前座としてハリカが演奏した。マルコムとフランツ、カトレアが奏でる伴奏に乗って、アランとメアリ、ビビアンの歌声が響く。楽しげな音楽に、満席となっている客席から大きな拍手が上がった。
充分に場が温まると、ニースは挨拶のために舞台へ向かう。艶やかな天鵞絨の緞帳を背に、照明に照らされたニースは、本番が待ちきれない様子の観客たちに微笑みを浮かべた。
「本日はお集まり頂きまして、ありがとうございます。これから始まる物語〝地に響く天の歌〟は、アルモニア音楽院のラチェット教授とマーガレット教授が書いてくださったものですが、全てが創作というわけではありません。僕が世界中で見聞きした、様々な伝承を土台にした物語となっています」
ミュージカルの内容は、王国記や帝国、モレンド公国の伝承、浮島で知った大崩壊後の混乱、八年前に終わった帝国との戦争などが盛り込まれた架空の恋物語だ。
歌のない世界に舞い降りた天女が一人の男と恋に落ち、幸せな歌を歌う。しかし天女の持つ歌の力を巡って、欲深い者たちの間で争いが起き、世界滅亡の危機を迎えてしまう。
愛する天女を取り戻し、平和な世界に戻したいと願う男は、純粋に歌を楽しむ人々と手を取り合う。そうして様々な困難を乗り越え、天女を助け出し、大合唱で終わるというものだ。
ニースは集まった人々を前に、想いを込めて話を続けた。
「先ほどのハリカの演奏で皆様が感じてくださったように、歌は音楽だと僕は思っています。歌の力があっても、僕にとって歌は楽しむもので、いつだってそばにあるものです。新しいミュージカルという形のこの劇が、これから先、みなさんの身近に感じられる楽しみの一つとなってくれたらと思います。それではどうぞ、心のままにお楽しみください」
ニースが挨拶を終えると、大きな拍手と共に客席が暗くなる。開幕を知らせるブザーの音と共に、ゆっくりと分厚い幕が開いた。
天女役のミランダが、森に一人寂しげに佇む主役のエスピダを見つけて、月の女神役のサリーに別れを告げて地上へ舞い降りる。
その様子を、劇場の屋根上にいるバードとココ、フォーゲルが、感慨深げに眺めていた。
『ようやく始まったねー』
『そうね。どうなるかと思ったけど、結構形になったわね』
『歌と踊りを混ぜ合わせた上に劇にするとは。こんなことを思い付くのだから、やはりあの二人はカルデナとルーンの生まれ変わりということか』
渋い声で話したフォーゲルに、バードが首を傾げた。
『まー、それはそうかもしれないけどさー。言い出しっぺはニースっちだよー?』
『主はリーダーの生まれ変わりだろうからな。当然だ』
『それ、俺っち的にはちょーっと意味分かんないんだよねー』
『拙者のデータ解析が間違っていると言いたいのか?』
『そういうわけじゃないけどさー』
剣呑な空気となったバードとフォーゲルに、ココが宥めるように声を挟んだ。
『フォーゲル、落ち着いて。私とバードはリーダーとほとんど会ったことがないんだから、仕方ないのよ。判断材料となる声風が、データにないんだから』
『うむ。そこは考慮しよう』
『ありがとう。……でもこれで、先が見えたわね。アルブムのみんなが求めた喜びの歌が溢れる世界を、ようやく見ることが出来るわ』
ほっとした様子で話すココに、フォーゲルが大きく頷いた。
『そうだな。このまま問題なく、主たちが幸せに暮らすことを願うばかりだ』
『きっと大丈夫だよー。ニースっちたちなら、この先どんなことがあっても、きっとちゃんと協力して乗り越えていけるってー』
『そうね。歌は心だもの。ニースの歌が繋いだ人たちは、強い絆で結ばれてる。きっとこれから先は、幸せな歌が響いていくはずだわ。ほら、あんな風にね』
三羽が屋根越しに見つめる中、舞台上ではエスピダとミランダが手を取り合い、楽しげに歌い出す。
ラチェットとメグが満足げに舞台袖で見守る傍らで、ニースとセラが歌に合わせて小さく口ずさんだ。するとレイチェルの唇も自然と動き出し、ユリウスが目に涙を浮かべた。
穏やかな光景を目にし、ココは、くすりと笑みを漏らす。バードに視線を向けられて、フォーゲルが嘴を開くと、劇場内に響く歌声がフォーゲルの体を通して屋根上に響き出した。
全てを包み込むような温かな旋律は青空に溶けていき、煌めく陽光に混ざり合う。寄り添うバードとココが嬉しげに目を細め、歌声は遥かな時を越えるように、伸びやかに空高く響いた。
《完》
これにて本編、完結となります。
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