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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第5章 歌い手と“調子外れ”】
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51:夏の街道1

前回のざっくりあらすじ:ラメンタの町に、ニースを探すアンヘルが現れたが、女将は約束を守り、素顔のことは話さなかった。

 短い命を謳歌する蝉の声が響き、石畳に映る逃げ水を追うように、二台の派手な馬車が街道を走る。ニースたち旅の一座はラメンタの町を出発後、皇国(こうこく)中心部へ向けて、街道を南下していた。

 平坦な道でも、馬車での旅は必ず一定の距離や時間毎に休憩を取る。乗っている人間のためではなく、馬車を引く馬のためだ。馬も生き物なのだ。水や食事を与え休憩させなければ、長い旅路を耐えられない。


 その日、何度目かの休憩を挟むべく、二台の馬車は街道脇に止まった。ようやくの休憩で、ニースはローブを脱ぎ、仮面を外すと、木陰でぐったりと座り込んだ。

 様子のおかしいニースに気付いたのだろう。馬に水を与えたマルコムが、眉を潜めた。


「ニース、大丈夫か?」


 一行を照りつける夏の太陽は、街道沿いの畑から湯気が上がるほど、日を追う毎に暑さを増した。その上、暑さだけではなく、徐々に湿度も上がっている。

 ニースの仮面は、目元には細工がされているが、口元は小さな穴があるだけだ。それでもニースは仮面を被ったまま、グスタフと共に御者台の上に座り、旅を続けてきた。

 蒸し暑さの中で、ローブを着て仮面をつけていたニースの体は、悲鳴を上げていた。


「えっと……。なんかちょっと、頭がクラクラしてます」


 ぼんやりとしながら答えたニースに、メグが、はっとして声を上げた。


「あら、大変! ニース、それ熱中症じゃない?」

「熱中症……?」


 ニースは、幼い頃は温暖な気候の伯爵領に住んでいたが、伯爵家では夏の暑い日に外に長時間いる事などなかった。クフロトラブラへ移り住んでからは、夏の日差しは強くとも、標高が高いため気温はさほど上がらなかった。そのためニースは、熱中症とは無縁だった。

 首を傾げたニースに、セラが心配そうに水筒を手渡した。


「ニースは、ラメンタのお風呂でのぼせたでしょ? 熱中症って、それと似たようなことだよ」


 ニースは水を飲むと、体が生き返る気がした。そこへジーナが干し肉を薄く切り、ニースに渡した。


「ニースくーん。お水だけじゃなくて、これも食べてねー」


 干し肉は、大量の塩に漬け込んでから干してあるため、そのまま食べると塩辛いはずだ。しかしニースには、不思議と塩気が感じられなかった。


「あれ? 塩っぱくない……」

「それは重症かもしれないな。気がつかなくて悪かった」


 驚くニースに、グスタフは顔をしかめながら、蜂蜜の瓶を開けた。スプーンと一緒にニースに渡すと、グスタフは、ひと舐めするように促す。

 ニースが戸惑いながらも蜂蜜を舐めると、口の中に、ふわりと甘さが広がった。

 頬を緩めたニースの額に、メグが濡らした布を当てた。


「熱中症の時はね、水と塩と甘味を一緒にとらないとダメなのよ。なんでか知らないけど、昔からそうなの。私も踊ってて具合が悪くなると、そうするわ」

「そうなんだ。みんな、物知りだね」


 ニースが力なくふわりと微笑むと、ラチェットがオルガン馬車を開けた。


「ニースはこっちに乗って、横になった方がいいと思うよ。この中は不思議と暑くならないみたいだし、仮面もローブもつけなくていいだろう?」


 穏やかに語りかけるラチェットを横目に見ながら、マルコムがニースの仮面に手を伸ばした。


「ラチェットの言う通りだ。仮面は俺がもうちょっと細工しておくよ。少し考えがあるんだ」


 ニースは迷ったが、メグがさっさとオルガン馬車の中に毛布を引いて、ニースを呼んだ。

 ニースはメグに逆らうなどという、恐ろしい事は出来ない。ニースは黙って、オルガン馬車に横になった。


「ニース。時々水を飲んで、干し肉も食べるんだよ。気持ち悪い時は、すぐ言うようにね」


 ラチェットはニースに声をかけながら、ゆっくり開口部を閉めた。その様子を見ていたセラが、小さく呟いた。


「なんか、あそこに寝て閉められちゃうと、大きな棺桶みたい」

「セラちゃんは本当に容赦ないな」


 苦笑いを浮かべたマルコムの隣で、グスタフが立ち上がり、声をあげた。


「よし。次の町にとにかく向かおう。皇国での依頼まで、あともう少しだ。そろそろスピードを上げないとな」


 グスタフの言葉に、メグたちは頷きながら出発の準備をした。しかしセラだけは、準備をしながらも首を傾げていた。


 セラは、メグ、ジーナと共に馬車へ乗り込むと、走り出した馬車に揺られながら、メグに尋ねた。


「メグさん、皇国の依頼って何なんですか?」

「それ、私も詳しくは知らないのよ。お母さん、どんな依頼なの?」


 話を向けられたジーナは、意味ありげにニヤリと笑った。


「うふふー。気になるー?」


 セラは何があるのかと、背筋を正して答えた。


「はい。気になります」

「それはねー」

「それは……?」

「まだヒミツー!」


 思わせぶりに言ったジーナに、メグは眉を吊り上げ、立ち上がった。


「ちょっと、お母さん!」


 突如始まった親子喧嘩に、セラは呆気に取られた。騒がしいメグたちの声は、後ろを走るオルガン馬車まで響いた。



 街道を走る二台の馬車の前方。ハリカと書かれた箱馬車から響くメグとジーナの甲高い声は、一向に終わりが見えない。取っ組み合いの喧嘩でもしているのか、前を行く大型の馬車は時折ぐらりと揺れた。

 その様をのんびりと眺め、オルガン馬車の御者台に座るマルコムは笑った。


「またお嬢たちは相変わらずだなぁ」

「ニースが寝てるから、もう少し静かにしてほしいんだけど……」


 マルコムが手綱を握る隣で、ラチェットは馬車の小窓から、オルガンとニースの様子を注意深く見ていた。ニースは、もそりと上体を起こし、微笑んだ。


「ぼく、だいぶ楽になってきたから、大丈夫です」


 ニースは水を一口飲み、言葉を継いだ。


「それに、ぼくも気になります。皇国での依頼って、どんなのなんですか?」


 ニースの率直な問いかけに、ラチェットは戸惑うように視線を漂わせた。


「マルコムさん、ニースに教えてもいいですか?」

「ん? いいんじゃないか?」

「そうですか……」


 ラチェットは眉をひそめ、ニースの顔をじっと見た。


「いや、やっぱりやめておこう。ニースに言うのは」


 真剣な眼差しで言ったラチェットに、ニースは立ち上がり抗議の声を上げた。


「なんでですか⁉︎」

「だって、またニースが気を失ったら危ないから」

「そんなに怖い所で演奏するんですか……?」


 ニースは、思わず肩を両手で抱いた。マルコムがニースをちらりと見て、はははと笑った。


「ラチェット、そんなにニースを怖がらせなくてもいいだろう。ニース、大丈夫だよ。別にとって食われるわけじゃないんだ」

「マルコムさん、僕は知りませんよ? ニースは、ラース山脈の話でさえ、怖がってたんですから」


 困惑した様子で話すラチェットに、ニースは心外だと、唇を尖らせた。


「ぼく、もうあの時みたいに、昔話で怖がったりしません!」

「ああ、そうだよな、ニース。ラチェットは心配しすぎなんだよ」

「わかりました。そこまでマルコムさんが言うなら、お任せします」


 ラチェットは冷ややかな目線で、マルコムから馬車の手綱を受け取った。マルコムは肩をすくめ、小窓から中を覗き込んだ。


「俺たちは、皇国の皇都(こうと)……アマービレ王国で言う所の、王都みたいな所だな。そこに行くんだよ」

「この国の王様がいる所ですか?」


 首を傾げるニースに、マルコムは丁寧に説明をした。


「ああ、そうだ。王様っていうか、皇国の君主……つまり、一番偉い人のことは、(みかど)って言うんだけどな」

「呼び方が違うんですか?」

「呼び方以外にも色々違いはある。例えばアマービレ王国だと、手柄を立てた貴族に国王から領土を下賜されたりするだろう? 皇国にはそれがない。皇国の貴族は、帝から領土をもらうんじゃなく、最初からその地域で力を持った人間が貴族になって、帝を支えているんだよ」


 初めて聞く話に、ニースは、ぽかんと口を開けた。


「領土が増えないのに支えるんですか?」

「ああ。帝は、皇国の中で特別な存在でな。皇国は、先祖崇拝がすごく強い国なんだ。で、国民全員の先祖を辿ると、一人の人間に行き着くって考えられてる」

「すごい話ですね」


 驚くニースに、マルコムは上機嫌で話した。


「だろ? それで、その先祖を祀る祭祀を取り仕切るのが、代々の帝なんだよ。大事なご先祖さまを、忙しい自分たちに代わって祀ってくれてる帝は、国民全員から慕われてる。皇国の貴族は、帝を支えることで自分たちの領土を治めやすくしてるんだ」


 ニースは、難しい事はよく分からなかったが、王様がいない国もあることは理解出来た。


「色んな国があるんですね」

「それで、話が逸れたが、その帝が今回の依頼主ってわけだ」

「え?」


 あっさりと言ったマルコムの言葉に、ニースは唖然とした。


「えっと……。依頼主が()()()って……王様の前で演奏するっていうのと同じですよね?」

「そういうことだ」


 ニースにとって王族は、雲の上の存在だ。ようやくニースは理解すると、へなへなと座り込んだ。その様子に、マルコムは安心させるように笑った。


「ははは。大丈夫だ。ニースだけ歌うんじゃなく、みんなで演奏するからな。それに、御前演奏になるが主役は俺たちじゃないんだ」

「主役……ですか?」

「ああ。今回の依頼は、皇女殿下……王国でいうところの、お姫様の成人祝いのパーティでの演奏なんだよ。だから、主役はお姫様ってわけだ。俺たちはあくまでも盛り上げ役だよ」

「も、盛り上げ役……失敗したら……お姫様の前で失敗したら……?」


 ニースは、ぶつぶつと呟くと、目を白黒させて、ばたりと後ろへ倒れ込んだ。


「ニース⁉︎ おい、ラチェット! 馬車を止めろ!」

「だから言ったのに……」


 顔を真っ青にして叫んだマルコムに、ラチェットは文句を言いながらも、急いで馬車を道の端に寄せた。

 慌てふためくマルコムは、オルガン馬車に扉がないと叫びだし、ラチェットはため息をつきながらハンドルを回した。

 その一方でグスタフの馬車は、オルガン馬車の騒動に気づかないまま、どんどん走っていった。



 セラたちを乗せたグスタフの馬車は、順調に街道を進んでいた。終わりが見えないかと思われた、メグとジーナの親子喧嘩だったが、意外なことにグスタフの裏切りによって、あっさりと終焉を迎えた。


「なるほど。陛下の御前演奏なんですね」

「ああ、そうだよ」


 メグたちの言い争いを横目に、セラは御者台に座るグスタフから話を聞いていた。


「でも、なんでみなさんに、陛下から演奏依頼が来るんですか?」

「それはだな……」


 グスタフの言葉を奪うように、メグに引っ張られた髪を整えながら、ジーナが答えた。


「それはねー、陛下がまだ皇太子だった頃に、旅先で私たちの演奏を聞いて気に入ってくれたからよー」


 メグはぐったりした様子で椅子に座り、ずり下がった肩紐を直した。


「お母さんじゃなくて、最初から、お父さんに聞けば良かったわ……」

「みなさんって、以前にも皇国に来たことがあったんですね!」


 嬉しそうに笑うセラに、グスタフは笑みを浮かべて頷いた。


「ああ、そうだよ。その時にベニーノさんの所の宿に泊まったんだ。当時はまだ先代がやってたけどな」

「あ、そういえば、この前そのことを聞いた気がします」


 セラとグスタフの会話に、横からメグが口を挟んだ。


「私が皇国に来たのは、今回が初めてだからね、セラ」


 メグは水筒を取り出そうとして、ふと馬車の後方のガラス窓を見た。


「あら? オルガン馬車は?」

「え? ニースたち、後ろにいないんですか?」

「あらー。もしかして、逸れちゃったのかしらー」


 メグの声に、セラも背伸びをしてガラス窓を覗いた。ジーナが突き出し窓を開けて後ろを確認するが、オルガン馬車の姿は見えなかった。


「グスタフー! 止めてー!」


 ジーナが声を張り上げると、グスタフは街道の端に馬車を止めた。しかし、セラたちが待てども待てども、オルガン馬車は現れなかった。


■皇国と帝について■

このお話はフィクションであり、現実にある国々の政治体制とは一切関わりありません。

よろしくお願いいたします。

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