546:浮島2
前回のざっくりあらすじ:飛空船が到着したと知らせを受けて、ニースたちは再びユリウスたちの隠れ家へ向かった。
*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*
暖かな山小屋の一室で、ニースは時折茶を飲みながらココに話をした。
同盟会議で、歌い手を管理する統一機関を作ろうとする動きがある事や、その動きに危機感を抱いた各国の歌い手たちが聖皇国に亡命を希望している事。
その聖皇国では、同盟会議を抜けて歌い手だけの世界を作ろうと過激派が呼びかけており、平和を保つために話し合いを重視する教皇側とで、勢力が二分されている事。
過激派がどうなるにせよ、このままいけば聖皇国が歌い手を囲い込む事になるため、世界各国も聖皇国に対して剣を向けるだろう事など、話の内容は多岐に渡った。
長い話について行けず、焼菓子をかじっていたセラが、エイノに持たされていたお弁当を広げ始める。茶が並んでいたはずのテーブルには、いつの間にかジミーの手でスープが配られ、美味しそうな香りと共にほかほかと湯気が立った。
先日、先に話を聞いていたユリウスたちが、セラと共に少し遅めの昼食に手を伸ばす。ニースの重い話と違いどこか穏やかな空気の中で、一通り話を聞いたココは、ため息のような声を漏らした。
『呆れちゃうわね。人間ってどうしてこう、欲深いのかしら。統一機関なんて話がなければ、過激派の復活もなかったのに』
「そうだね。兄様やベンたちがその話を無くそうと動いてくれてるから、それが上手く行けばいいんだけど。なかなか難しいみたいなんだ」
『アンヘルも動いているのね。それなら、王国は統一機関には反対の立場ということね?』
「うん。そうだよ。大臣の中には、僕を警戒している人たちもいるみたいなんだけど、キール陛下は信じてくれてるんだ。力のある僕を手放す気はないって話してくれたよ」
『そう。キールらしいわね』
苦笑するかのように話したココに、ニースは話を続けた。
「それでムルキさんは、過激派を抑えるためにカルデナのココに助けて欲しいって言ってたんだけど……ココは、それはしたくないでしょう?」
『ええ。したくないというより、するべきではないと思うわ。教皇側にだって欲深い人はいるんだもの。カルデナを直接知る私がいると分かれば、権力争いの新しい火種になってしまう。これまで以上に、悲惨な結果を生む可能性が高いわ』
「やっぱり、そうだよね。だから、ココの代わりに僕が行こうと思ってるんだ」
『ニースが?』
「うん」
首を傾げたココに、ニースは真剣な眼差しを返した。
「さっきも言ったように、王宮での僕の立場は危ういから、今の僕には勝手な動きなんて許されてない。でもだからって、また戦争になるかもしれないのに黙っていたくなくて。それに、僕たち歌い手の自由が奪われるのも、もう嫌なんだ。ユリウスたちには反対されたけど……やっぱり僕は、僕に出来ることは全部やりたいと思ってる。たとえそれが、ココとの約束を破ることになっても」
『ニース……そこまで考えてたのね』
真顔で語るニースに、以前のような不安な気持ちはない。今のニースにあるのは「他に方法がないから、白い音風を使うしかない」という消極的な気持ちではなく、願いを叶えるためなら矢面に立つ事も辞さず、必ず自由を掴み取るのだという気概があった。
目的のためなら何でもするという覚悟をニースの目に見て取り、ココはどうすべきかと考えるように目を伏せる。するとユリウスが、ため息混じりに声を挟んだ。
「今度こそ本気なんだね、ニース」
「うん。僕はもう後悔しないよ。願いを叶えることで誰かに責められたって、軽蔑されたって構わない。世界中の誰からも慕われるなんて、元々無理なんだから」
「オレは、そっちの方向で覚悟を決めて欲しかったわけじゃないんだけどな」
力強く話したニースに、ユリウスは眉根を寄せる。壁際に立つルポルが、何か言いたげに口を開きかけたが、その前にメグが戸惑いがちに問いかけた。
「後悔するとかしないとかって、何なの? まさかニース。また無茶をしようとしてるんじゃないわよね?」
「もちろん何かいい方法があれば、教えてほしいと思ってるよ。でももしどうしようも出来ないなら、僕は」
「何しようとしてるか分からないけど、危ないことはダメよ。私が許さないわ」
ニースの言葉を遮り、メグは厳しい視線でニースを睨み付ける。隣に座るラチェットが、メグと同感だと頷いた。
「そうだね。ニースが最終的に何をしようとしてるのか、僕は何となく分かるよ。その上で、僕も反対したいかな」
「ラチェットさん……」
「ニースは、大臣から警戒されているんだったよね。それなのにニースが表に立ったら、考えてる以上の敵意を向けられるはずだ。そうなったら、セラちゃんだって危なくなるんだよ。それでもやる気なのかい?」
「それは……」
セラも絡むとなると、ニースは二の足を踏んでしまう。躊躇いの色を浮かべたニースを、ココが見上げた。
『そうね。私も反対だわ』
「ココ……でも、僕は」
『分かってるわよ。私だって放っておいていいとは思わないもの。そしてそれは、ラチェットたちだって同じはずよ。そうでしょう?』
ココに目を向けられ、ラチェットたちは頷きを返す。ココは柔らかな声音で、言葉を継いだ。
『あなたの周りには、たくさんの協力者がいるわ。だから、みんなの力を借りましょう』
「僕が動かなくても、どうにか出来るってこと?」
『それはもう少し考えないといけないけれど。聖皇国をまとめる手段は、ひとつ考えがあるの』
ココが何を言うのかと、ニースだけでなく皆の視線が集まる。ココはぐるりと皆の顔を見回すと、イルモに語りかけた。
『イルモ。浮島には森しかないって話したけれど。訂正するわ』
「何かあるのか⁉︎」
『残っているかは分からないの。実際に入れるかも分からないし。でももし行ければ、カルデナが伝えたかったメッセージを信徒に教えることは出来るはずよ』
ココの話を聞いて、イルモは興奮を抑えきれない様子で瞳を輝かせた。
「カルデナのメッセージ? それなら、浮島にはカルデナ由来の何かがあるということか!」
『そうじゃないわ。あそこには、世界の記憶が詰まってるの』
「世界の記憶?」
『ええ。あの場所には昔、図書館や博物館のような施設があったのよ。だから、古代人がどうやって栄えて、どのように暮らしていたのかが分かるはずよ。そして上手くいけば、崩壊の原因も知ることが出来るわ』
思いがけない話に、イルモもニースたちも息を飲む。ココは真剣な眼差しで、じっとイルモを見つめた。
『もし全てが残っていたとしても、それら全部をあなたたちに見せてはあげられないかもしれない。でも、カルデナが何を望んで生きていたのかを、伝えるのに必要な情報は開示するつもりよ』
「それの発表を、私に任せてくれると?」
『ええ、そうよ。あなたしかいないもの。カルデナをあれだけ崇拝している人たちだから、きっとそれさえ伝われば、歌い手だけの世界を作るなんて馬鹿げた行いはやめると思うわ。私の目線じゃなく客観的な記録が元になるから、私にとっても安心できるの。ただ、あなたはこれまで以上に忙しくなると思うし、あなたの研究を狙う人物も増えると思うけれど』
確かめるように話したココに、イルモはニヤリと笑みを浮かべた。
「そんなことは些細なことだよ。どれだけ調べても分からなかったものが、ほんの一部でも分かるんだ。どんな苦労も褒美と言える」
『……それは良かったわ』
ほっとしたような、引きつったような。微妙な声音で、ココは応えた。話を聞いたニースは、困惑して声を挟んだ。
「ココ。大崩壊の原因が分かるって言ったけど……それ、本当に分かって大丈夫なの?」
『あら、どうして?』
「その……その原因と関係あるものが、どこかにあるかもしれないでしょう?」
ニースは暗に、聖都の地下にある「災いの火種」について話した。ラチェット以外の皆が、何を言っているのかと首を傾げる中、ココはニースの言いたかった事を正確に理解した。
『それは、あの時に聖都で見てきたもののことね?』
「……うん。そうだよ」
『もしかして聖皇国は戦争になるなら、それも使う気でいたのかしら?』
「ムルキさんの話だと、そう考える人もいるだろうって。存在を知ってるのは上層部の一部だけみたいだけど」
『でしょうね。始まりの使徒の血筋でなければ知らないはずだわ。カルデナがそうするように言ったんだから』
ニースがぼかして話す内容を、ココがあっさりと口にしてしまう事に、ニースは内心慌てた。そんなニースの心中を察したかのように、ココは、ふふふと笑った。
『そんなに心配しなくても大丈夫よ』
「えっ、何で?」
『実はね、私もアグネスに頼んで直接見せてもらったの』
「そうなの⁉︎」
『ええ。そうしたら今のあれにはもう、人を害する力はなかったわ。だから悪用なんて出来ないし、戦争にも使えないわよ』
「なんだ……そうだったんだ」
穏やかに話すココに、ニースは肩の力を抜いた。二人の話を聞いて、ラチェットが険しい眼差しのまま、身を乗り出した。
「ココ。それならもしあれが他の場所にあったとしても、それも無力化されているということでいいのかな?」
『ええ、そのはずよ。それに、今だから言えるけれど。あれ自体はそもそも、何の害もない物体だったのよ』
「それは本当かい?」
唖然として目を瞬かせたラチェットに、ココは切なげに目を細めた。
『ええ。あれの呼び名には、他に理由があるの。別にあれ自体が危険だからそう呼ばれてたわけじゃないのよ。むしろ、崩壊が起きた結果ああなったのだから』
ココの話に、ニースとラチェットは考え込むように唇を結んだ。するとメグとセラが、顔を青ざめた。
「やだ、今の話って私たちが聞いちゃいけない話だったわよね?」
「秘密を抱えて生きて行くなんて嫌だから、あの時行かなかったのに!」
『そんなに心配しなくても大丈夫よ。浮島に記録が残っていれば、世界中が知ることになる話だから』
焦りも慌てもせずに話したココに、メグとセラは頬を引きつらせる。静かに話を聞いていたユリウスが、苦笑してイルモに目を向けた。
「そんな危ない話を、イルモ先生に発表させようとしてるんだね。先生は本当にそれでいいんですか?」
「ああ、構わないよ。さっきも言ったように、私にとってはどんなことが起きても褒美にしかならない」
何の曇りもなく嬉しげに答えたイルモに、レイチェルが、くすりと笑った。
「さすがイルモ先生ですわね。わたくしたちと考えることが違いますわ」
「そう言われると嬉しいね」
「いやですわ、先生。わたくし、褒めていませんわよ」
レイチェル に窘められても、イルモは気にした様子もなくにこやかに笑ったままだった。そんなイルモを見て、ニースの胸はどうしようもなく痛んだ。
「イルモ先生を危険な目にあわせて、僕だけ安全な場所にいるなんて」
『ニース、それは違うわ。あなたを前に出さないのは、事態を悪化させないためよ』
「悪化?」
『そうよ。セラだけじゃなく、世界に対してね。だからニース。まずは浮島に行きましょう。あなたも見れば分かるわ。あなたのしようとしていることが、どんな危険を孕んでいるのか。その本当の意味が』
顔をしかめたニースに、ココは言い聞かせるように話した。ニースは、ふぅと息を吐いて、小さく頷いた。
「分かったよ。昔何があったのかをちゃんと確認してから、考えた方がいいってことだね」
『ええ。そういうことよ。もし何も残ってなくても、私が見てきたものを見せてあげるわ。不完全でも、充分分かると思うから』
「うん。ありがとう」
ひとまずニースの暴走は止まったと、ルポルとユリウスが安堵の息を漏らす。穏やかに話したココに、ニースは、ふわりと微笑んだ。
「ココにはいつも助けてもらってるね。本当は話したくないことが、たくさんあるはずなのに」
『そうね。でも私たちがいくら隠しても、いずれ全て分かる日は来るわ。こんなに早くとは、思わなかったけれど』
「ココ……」
『でも悪いことばかりじゃないのよ。浮島に全てがあれば、あなたが心配していたことの解決策も、分かるかもしれないから』
「僕が心配していたこと?」
『ミランやイサクにも、希望を与えてあげられるかもしれないわよ?』
ココが何を言おうとしているのかを察し、ニースは目を見開いた。
――そっか。昔の記録があるってことは、〝ゆりかご〟に関することも、詳しく分かるかもしれないんだ。
固まったニースを見て、ラチェットが首を傾げた。
「ニースが心配していることって?」
「あ、ええと……すみません。僕ももうお腹が空いてきちゃって! 後ででもいいですか?」
「あ、ああ……」
ニースは言いながら、エイノが作ったサンドイッチに手を伸ばす。珍しく口いっぱいに頬張るニースを見て、ジミーが温め直したスープを置いた。
美味しそうな香りに刺激され、不思議そうに首を傾げていたラチェットたちも食事を始める。柔らかな空気の中、空っぽだった胃袋が満たされていくのと同時に、固く強張っていたニースの胸の内は、少しずつ緩んでいった。




