544:自由を求めて4
前回のざっくりあらすじ:ニースたちは、ユリウスとレイチェルの隠れ家へ向かった。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、暴力的な表現が含まれます。ご注意下さい*
*一昨日、レビューを頂きました!本当にありがとうございます!たくさん頂いた感想も元気の素です。コツコツ書き進めていきたいと思います!
柔らかな木漏れ日が窓越しに揺れ、バードの瞳が嬉しげに光を映す。話を聞いていたユリウスが、レイチェルと顔を見合わせ苦笑した。
「あの時はびっくりしたよね」
「ええ。てっきり、バードが襲われていると思いましたもの」
「襲われてるって、どんな人がバードちゃんと一緒だったの?」
興味津々といった様子で問いかけたセラを、バードは見上げた。
『フォーゲルだよー』
「フォーゲルって、誰?」
『セラっちは覚えてるかなー? 昔、相方にココが助けられた時に、大鷲がココを襲ってたでしょー? あの鷲がフォーゲルだよー』
のんびりと話すバードに、セラは唖然として声を上げた。
「え⁉︎ なんでそんなワシさんと一緒にいたの⁉︎」
『フォーゲルも昔のココと同じで、無理やり帝国のスパイにされてたんだけどさー。ジャンが解放してくれたんだよー』
帝国スパイだったフォーゲルは、機械の大鷲だ。古代文明の発掘品であるフォーゲルは、バードやココと同じく意思を持つ機械だった。
だがフォーゲルは、かつてのココと同じように意思や記憶を奪われ、エクシプナの元で長らく使われていた。そんなフォーゲルを、元帝国スパイのジャンが、帝都から引き揚げる際に回収していたのだった。
『昔の記憶はないし、俺っちたちみたいに声を出して喋れたりもしないけど。今のフォーゲルは、ちゃんと自分で考えて動けるようになったんだよー。フォーゲルは元々真面目な奴だし、助けてくれたジャンに懐いてるんだー。俺っちたちとも仲直りしたんだよー』
「そっか、仲直り……。そのワシさんは、バードちゃんたちと昔からお友達だったんだね?」
『そうだよー。フォーゲルは忘れちゃってるけどねー』
「記憶がないのは寂しいけど、お友達が戻ってきたなら良かったね」
セラはにっこり笑うと、バードの頭を優しく撫でた。バードは嬉しげに目を細め、セラの手に身体を預ける。
気持ち良さそうに喉を鳴らすバードに、ニースは語りかけた。
「それで、どうしてそのフォーゲルと一緒に来たの? 何か試すって言ってたけど」
『あー、それはねー。大穴の上を飛んでもらおうと思ったからなんだー』
「大穴の上?」
『そー。フォーゲルは俺っちたちと違って、身体が大きいでしょー? だから、大穴の上も飛べるんだよー』
目を細めたまま、嘴を動かす事もなく答えたバードに、ニースは首を傾げた。
「バードたちも鳥なのに、大穴の上は飛べないの?」
『えっとねー、大穴も陸地の近くなら飛べるんだよー。それこそ、浮島あたりまでかな。でも、それ以上大穴の中心部に近づいちゃうと、風が強すぎて無理なんだよねー。吹き方もめちゃくちゃだし、すぐ変わるしさー』
「風が……。機械だから平気ってわけでもないんだね」
『ある程度は平気なんだけどねー。だから俺っちたちが大陸の間を飛ぶ時って、基本的に陸地か海の上を飛んでたんだよ。でもここは大穴に近いでしょー? ここからビオスタクトまで飛ぶなら、大穴のど真ん中を突っ切った方が速いはずなんだー』
「それを試すために、フォーゲルと一緒にここに来たんだね」
『そういうことー。帰り道なら、フォーゲルも迷子にならずに飛べるからねー。まあ他にも、通信がどこまで届くかとか、フォーゲルに中継してもらったらココと離れてても繋がらないかとか、色々試したことはあるんだけどねー』
軽い調子で話したバードに、ニースはなるほどと頷いた。ユリウスが、ふっと笑って声を挟んだ。
「ニースたちに会いたかったし、温泉でのんびりしたらどうかと思って誘ったけどさ。たぶん二、三日中にラチェット先生たちはこっちに来るよ。もしラメンタにもうしばらくいるなら、ニースたちも一緒に浮島に行かない?」
「それは……」
ユリウスは楽しげに誘ったが、ニースは困惑して眉根を寄せた。ニースが乗り気ではない様子を見てとり、ユリウスは安心させるように言葉を継いだ。
「心配しなくても大丈夫だよ。浮島は危ないわけじゃないみたいだから。ね、バード」
『うん。全然危なくないよー』
ユリウスに話を振られ、バードは任せろと言うように、セラの手から抜け出し、ニースを見つめた。
『あの島はみんな木に覆われちゃって森みたいになってるけど、危ない生き物はいないし、渡り鳥が時々いるぐらいなんだー。イルモはめちゃくちゃ楽しみにしてるけど、浮島自体、そんなに広くないしねー。何にも怖いことはないと思うよー』
胸を張るバードに、ニースはゆるりと頭を振った。
「そうなんだね。でも、僕は別に危ないか気にしてるわけじゃないよ」
『そうなのー? なら、あんまり興味ないとかー?』
「ううん、興味はあるよ。今まで誰も行ったことのない場所だし。だけど僕は、他にやらなきゃならないことがあるから」
『ふーん。忙しいんだねー』
「うん……」
納得したように頷いたバードから、ニースはユリウスに目を向けた。
「それでね、ユリウス。僕、みんなに相談したいことがあるんだ」
「どうしたの? オレで力になれるなら、何でもするけど」
「同盟会議の話、ユリウスは知ってる? 一番新しい瓦版にも載ってるんだけど」
「ああ、歌い手を集めて統一機関を作るとかいうのだよね? もしかしてニース、あれを止めようとしてるの?」
「それもそうなんだけど、そうじゃなくて」
ニースはポケットから、折り畳んだ瓦版を取り出し、ユリウスに渡した。ユリウスはレイチェルと共に覗き込み、眉根を寄せた。
「聖皇国が会議を離脱? これ、本当なのかな」
「まだ決まってないけど、そうなる可能性が高いんだ。僕、ムルキさんに会ったんだよ」
ニースはムルキから聞いた話を、包み隠さずに話した。ココの助けを借りたいと、ムルキが話していたと聞いて、バードは苛立たしげに頭を振った。
『ダメ! ココを出しちゃダメ!』
「落ち着いて、バード。僕もそのつもりはないよ」
『絶対だよ⁉︎』
「うん、絶対」
ニースが宥めると、バードは怒りを押し込めるように羽繕いを始めた。ユリウスが考え込むように、目を伏せた。
「聖皇国をどうにかして会議に残しながら、統一機関を潰さなきゃならないわけか。それでニースは、皇都に行くつもりなんだね」
「うん。だからみんなを説得する良い方法がないか、相談したかったんだ」
「説得か。統一機関の話がなくなれば、聖皇国の件はすぐ解決するんだろうけど。ベンやお祖父様が頑張ってくれているのに、話が進んでないからなぁ」
二人の話を黙って聞いていたルポルが、ため息混じりに声を挟んだ。
「皇都に行くなんて、俺は反対なんだ。ユリウスも難しいと思うなら、止めてやってくれないかな。キール陛下には、ラメンタに行くことしか許可をもらってないんだよ」
ルポルはキールが話していた内容を、ユリウスに伝えた。王宮内でもごたついていると聞いて、ユリウスは小さく唸った。
「そういうことなら、さすがにやめた方がいいとオレも思うよ。ニースは王国の侯爵だし、王宮内での立場も今は不安定みたいだし。王命を無視して皇都に行くことで、逆心ありと思われたら、どうなるか分からないよ」
ユリウスは言い聞かせるように話したが、ニースは頭を振った。
「でも聖皇国を放ってはおけないよ。だから陛下には手紙を出して、とりあえず皇都に行こうと思うんだ」
「それで仮に国王の許可を得られたとしても、どうやって聖皇国を引き止めるつもりなの? 下手したら担ぎ上げられるかもしれないんだよ」
「それはムルキさんがいてくれるから」
「それだけで、ないって信じるの? それはさすがに楽観的過ぎるんじゃないかな」
ユリウスに淡々と窘められ、ニースは拳を握りしめた。
「もしもの時は、最後の手段を使うよ」
「最後の手段?」
「出来ればやりたくないけど……僕は英雄だって思われてるみたいだから、たぶん出来ると思うんだ」
「何の話?」
苦しげに言ったニースを、ユリウスたちは訝しげに見つめる。ニースが言わんとしてる事が何か、察したのだろう。バードが顔を上げ、ばさりと翼を開いた。
『それもダメ! 絶対ダメ!』
「バード、でも」
『でもも何もないの! そういうことしないって信じたから、ココはニースに話したんだよ! 忘れたの⁉︎』
「忘れてないよ。でも他に方法が」
『あれがどんな悲劇を生むのか、ニースは全然分かってない!』
怒声を上げるバードに、レイチェルが戸惑いがちに問いかけた。
「バード、何をそんなに反対してますの? ニース様は、何をしようとしてますの?」
『レイチェルたちに帝国がしたのと同じことだよ!』
「え……?」
『人の心を思い通りに動かそうなんて、絶対にしちゃいけないの!』
「人の心……ニース様、バードの言ってることは本当ですの?」
レイチェルだけでなく、セラやユリウスたちもニースがどう答えるのかと、じっと待った。皆に見つめられ、ニースは気まずさを感じて視線を落とした。
「やり方は違うけど……。確かに僕がしようとしてたのは、そういうことだよ」
「ニース様……」
「でも、僕にはそうする力があるんだ。自分の力を使わずに、また悲劇が起きるなんて嫌なんだよ」
ニースの考えた最後の手段は、白い音風を使って人々の心を動かすことだ。世界を救った英雄となったニースを、多くの人は好意的に受け止めている。それは同盟会議に集まる文官たちも同じはずだった。
歌の力を持たない各国の文官たちに、ニースが白い音風を使って歌い手の自由を訴えれば、全てではないにしろ一部の考えを改める事は出来るだろう。しかしそれは、ニースが嫌悪してきた方法であり、辛い選択だった。
ニースは絞り出すように言うと、くしゃりと前髪を掴んだ。
「僕が皇帝を止めていたら、こんなことにはならなかったんだ。もっと早くに力を使うべきだったのに、そうしなかったから」
皇帝を殺す覚悟を持てなかった自分の甘さを、ニースは痛いほど感じていた。辛さを滲ませるニースに、皆がどう声をかけようかと迷う中、ジミーが、はっきりと声を上げた。
「ニース様、それは違います」
「ジミーさん?」
「ニース様は常々、ご自身は人間だとお話になられています。それなのにもし心を操ったりしたら、人の道を外れてしまいますよ」
「それは……」
口ごもるニースに、ジミーは平然と話を続けた。
「そうしなければ止められないようなら、いっそ殺してしまえばいい」
「えっ」
「どうせ外道に堕ちるなら、同じことでしょう。会議場に毒でも撒けば終わりです。世界中の文官が集まっているなら、あっという間に混乱が起きて、話し合いの内容など有耶無耶になる。そうやって時間を稼いでいるうちに、各国に根回ししてしまえばいい」
ジミーの口から飛び出た、思いがけない残酷な提案に、ニースは唖然とした。
「ジミーさん、何言って」
「そんなに驚かないで下さい。私は元々、特殊部隊に所属していた軍人ですよ」
「ジミーさん……」
「片腕は失くしましたが、足は動く。毒はエルネストか、ダナ様に融通してもらえればいい。私には簡単なことです」
「本気なんですか⁉︎」
「もちろん本気ですよ。何もニース様がお手を汚す必要はありません。持てる力を最大限に発揮するという話なら、私がそうしても構わないかと」
淡々と話すジミーに、ニースは固まった。ユリウスが、ぷっと噴き出した。
「それ最高ですね、ジミーさん。それならオレも、余っている薬を使おうかな」
「ユリウス様、それは」
「会議場ではみんな水を飲みますから、混ぜるのは簡単です。もし毒が足りなくて生き残ったとしても、声を奪えば話し合いなんて出来なくなるでしょう?」
不穏な話をするユリウスに、ニースは眉根を寄せた。
「声を奪う薬って、何でそんなものをユリウスが持ってるの?」
「別にここにあるわけじゃないけどね。必要だったから、用意させてた残りがあるんだよ」
「残りって……誰かに使ったの?」
「まあね。ニースももう知ってるよ?」
ユリウスは、ニースが渡した瓦版をひらひらと振った。セラが、はっとして顔を青ざめ、ニースはごくりと唾を飲んだ。
「まさか、皇帝が喋れなかったのって……」
「そう。オレが手配したからだよ」
「なんでそんな」
「レイから歌を奪ったのに、あいつが喋れるなんて許せないだろう?」
ギラリと瞳を光らせたユリウスを、ニースは睨みつけた。
「だからって、喉を潰すなんて!」
「レイを守るためには、仕方なかったんだよ。裁判は公開されてるのに、おかしなことを話して記事にされても困るんだ。大体、救済策を用意するなんて同盟軍のやり方は生温いよ。生かしておいたら何をするか分からないんだから。オレは自分の力を使って、最善を尽くしただけだよ」
冷たい声音で話すユリウスに、ニースは声を詰まらせた。ユリウスは切なげに、ふっと笑みを浮かべた。
「ニース。持てる力を全て使うって、こういうことだよ。ニースには似合わない」
「ユリウス……」
「オレは後悔していないよ。レイだって、オレがしたことを許してくれたから」
ニースがレイチェルに目を向けると、レイチェルは切なげながらも頷いた。ユリウスは静かに話を続けた。
「でも、ニースは違うはずだ。望む結果を手に入れてもきっと苦しむんだから、そんな方法は取らない方がいい。さっきの話は冗談だとしても、協力してくれる人はいるし取れる手段だっていくらでもあるんだ。一人で抱え込んで、悩まないで。そんなやり方をしないで済むように、一緒に考えよう。ラチェット先生たちも来るんだからさ」
「うん……」
ユリウスの話を聞いて、ニースは苦しげに唇を噛む。重い空気の中、パチパチと暖炉の炎が爆ぜる音だけが響いた。




