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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第29章 歌声が紡ぐもの】
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542:自由を求めて2

前回のざっくりあらすじ:ニースは、同盟会議の様子を瓦版で知った。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*

 パトリック商会のラメンタ支店は、町の中心部に程近い大通り沿いに店舗を構えている。上流階級向けの高級品だけでなく、庶民に馴染み深い品も扱うその店は、入り口が二つに分かれていた。

 店の前に乗り付けた辻馬車からニースたちが降りると、上客向けの入り口に立つ店員の男が、穏やかに声をかけた。


「ニース様ですね。会長より伺っております。どうぞこちらへ」


 男はニースたちを、店の二階に案内した。一階部分にも商品は陳列されているが、皇国貴族などの上客は二階の個室でゆっくり買い物をするのだ。ニースたちは複数ある個室のうち、最も上等な部屋へ通された。

 店の裏庭に作られた花壇がよく見える、大きな窓がある個室には、試着の際に使うのだろう衝立が壁際に置かれており、座り心地の良さそうなソファとテーブルが部屋の中央に配されている。ニースとセラはソファに並んで座り、ルポルとエリックは壁際に立った。

 茶を出されてしばらくすると、パトリックが部屋へやって来た。


「ニース様。ようこそ、おいでくださりました」

「パトリックさん、こんにちは。昨日は髪飾りをありがとうございました」

「気に入って頂けたようですな」

「はい。それで、その……」


 ニースはパトリックと挨拶を交わすと、早速本題に入ろうとした。しかしパトリックは、意味ありげに眉を上げた。


()()()()の孫のことをお話ししたいのは山々なのですが、その前にお会いして頂きたい方がおりましてね」

「え……」


 ユリウスについて口にしないようにと、暗に釘を刺され、ニースは表情を引き締めた。


「僕に会わせたいって、どんな方ですか?」

「ニース様もご存知のお方ですよ。……どうぞ、お入りください」


 パトリックの声に応えるように、部屋の扉が再び開いた。姿を現した人物を見て、ニースは目を見開いた。


「ムルキさん……?」

「お久しぶりです、ニース様」


 入ってきたのは聖皇国の四聖の一人、ムルキだった。だが今のムルキは、その地位を表すカルデナ教のローブを纏っておらず、シャツにズボンという至って普通の出立だ。

 なぜムルキがここにいるのか、どうしてローブを着ていないのかと、ニースは面食らった。


「パトリックさんが会わせたい人って、ムルキさんなんですか?」

「ええ、そうです。まずはお座りください」


 パトリックに促され、ニースはソファへ腰を下ろす。ニースたちの向かいにムルキが。一人がけのソファにパトリックが座ると、ムルキは緊張した面持ちで簡易な拝礼を行った。


「突然押しかけまして、申し訳ありません」

「いえ。あの、でもどうして?」

「至急ニース様にお願いしたいことがあり、こちらへ来たのです。パトリック会長とは、この町へ来る途中に偶然会いまして。ニース様のご友人が、パトリック商会の御曹司だったことを思い出しましてね。今の私は、教皇聖下の勅命で極秘に動いておりますので、ニース様と会えるよう、協力をお願いしておりました」


 真剣な眼差しで話すムルキに、ニースは眉根を寄せた。


「ムルキさんは聖都にいたはずですよね。なんで僕がここにいるって分かったんですか」

「それは……大変申し上げ難いのですが、ニース様のお手紙が理由です」

「手紙って、まさか」


 ニースはベニーノたちへ手紙を送る際、教会郵便を使っていた。私信の中身を見られていたのかと、ニースは咎めるようにムルキを睨んだ。

 ムルキは申し訳なさそうに、頭を振った。


「いえ、ニース様の手紙を直接見たわけではありません。ただ、教会が行った行為については謝罪致します」

「何をしたんですか?」

「盗聴です」

「盗聴?」


 いつ、どこで盗み聞きされたのかと、ニースは目を瞬かせた。ムルキは苦しげに顔を歪め、セラに目を向けた。


「セラ様のご実家は、宿屋を経営なさってますね。そこに機械が仕込んでありまして」

「え⁉︎ なんで……どうしてですか⁉︎」

「セラ様が、ニース様のご婚約者だからです。宿にはちょうど患者がいたようなので、往診の際に設置していたようです」

「患者って……トリフォンさんのこと?」


 愕然とするセラの手を握り、ニースは厳しい眼差しをムルキに向けた。


「酷いです。僕はみなさんのことを信じてたのに」

「申し訳ありません。ですがこれは、この町の司祭が独断で行ったことなのです。それを抑えられなかったことは、私たちの罪ですが」

「抑えられなかったって、どういう意味ですか?」

「これは、ニース様にお願いしたいことにも関わってきますが……。教会も一枚岩ではないのですよ」


 ムルキは、ため息を漏らしながらも、丁寧にニースと向き合った。


「教会内部には、いくつか派閥があります。その中で、強引なやり方で聖カルデナの願いを実現しようとする者たちがおりまして。盗聴していたのも、その過激派と呼ばれる者たちです。過激派は教皇聖下の手で潰されたはずだったのですが……帝国戦終結後、過激派を復活させようとする動きが起こりました。そこで監視を強めていた所、ニース様がラメンタへ来ることを彼らが知り、接触を図ろうとしていることが分かったのです」

「ちょっと待ってください。それなら、ラメンタの教会の司祭様が、その過激派だってことですか?」

「ええ、そうです。彼らから接触はありましたか?」

「……はい。昨日の夜に」


 ニースは緊張を感じ、身を強張らせた。セラが戸惑いがちに声を挟んだ。


「あの、ムルキさん。聖カルデナの願いって、それを叶える強引なやり方って何なんですか?」

「聖カルデナの願いは、人々が平等に暮らす世界を作り上げることです。歌の力のあるなしに関わらず、すべての人が共に笑い、共に生きる世界を作る。私たちカルデナ教徒は皆、その願いを叶えるために力を尽くしています」

「その中で、無理やりそれを叶えようとしている人が?」

「はい。過激派は、世界中の人間を歌い手にしようと考えています。歌の力を持たない人間が消えれば、皆同じになれるという、危険な考えを持っているのです」


 淡々と話された内容に、ニースとセラは息を飲んだ。ムルキは切なげに眉根を寄せた。


「元々これは、本当にごく一部の者だけが叫んでいた方法でした。推進派と呼ばれる一派の中に、過激派がいただけです。推進派には祈手もいましたが、過激派に祈手はいなかった。歌の力を持たない人々が考え、研究していたことなのです」

「そんな……歌の力を得る研究なんて、そんなこと」


 唖然として問いかけたニースに、ムルキは頷きを返した。


「信じられないでしょうが、本当のことです。そしてこの研究は、帝国に奪われてもいます」

「帝国に……」


 ニースは帝都で見たドロモスの研究を思い出し、唇を噛んだ。


 ――ドロモスは、歌い手を作る研究をしてた。過激派の研究は、あれに使われてたんだ……。


 ニースの肌が、ぞわりと粟立つ。不安げなニースを宥めるように、ムルキは話を続けた。


「過激派だけでなく、その元となった推進派自体も、ニース様が聖都にいらっしゃったことで数を減らしていたのですよ」

「僕が?」

「ええ。ハリカと共に来られたニース様は、私たちに歌を教えてくださった。ニース様が示して下さった聖カルデナの想いは、我々がこれまで考えていたものとは違っていました。ですが、祈歌の力が増したのですから、ニース様のお考えが正しいことは明白です。そこで、聖カルデナの願いの解釈を見直そうという動きが出て、推進派から人が離れたのです」


 ムルキの柔らかな瞳には、ニースへの感謝の念がこもっていた。ニースは気恥ずかしさを感じながらも、疑問を口にした。


「そんなことになってたんですね。でも、それならどうして突然、過激派が復活したんですか?」

「同盟会議が発端です。歌い手を管理するため、統一機関を作る案が出ているのはご存知ですか?」

「はい。知ってます」

「それに対する不満や不安が、祈手の中に一気に広がりました。統一機関の提案に至った背景には様々な思惑がありますが、その中でも歌い手の減少が最も大きな理由です。それならば、歌い手を増やせばいいと考える者たちが出てきてしまったというわけです」


 ムルキの話を一通り聞いて、ニースは、ぐっと拳を握りしめた。


「そこに、この町の司祭様も加わったんですね」

「はい、情けないことに。恐らく司祭は、ニース様に協力を依頼するつもりだったのでしょう。この戦争で活躍なさったニース様が過激派に加われば、大きな求心力となります。今、我が国の天の導きイサク様は、帝国に残ったままです。イサク様が不在の間に、聖皇国内での賛同者を増やそうとしているのですよ」

「それなら、司祭様には会わない方がいいですね」


 ニースは危ない所だったと、ほっと息を漏らした。壁際に立つルポルとエリックを見やれば、二人もどこか安堵の表情を浮かべている。

 ニースは肩の力を抜いて、再びムルキに向かい合った。


「それでムルキさん。僕に頼みたいことがあるって言ってましたけど、何なんですか?」


 改めて問いかけたニースに、ムルキは姿勢を正した。


「ニース様……ココ様と会わせて頂けないでしょうか」

「え?」

「聖カルデナと共にいたココ様です。ニース様はご存知のはず」


 ムルキに真剣な眼差しで見つめられ、ニースは冷や汗を滲ませた。


「僕は知りません」

「ニース様!」

「昔、教皇様にも聞かれましたけど、みなさんの勘違いです。僕の知るココは、ただの鳩です。聖カルデナとは関係ありません」


 ニースは動揺を悟られまいと、背筋を伸ばす。ムルキは苦しげに顔を歪めた。


「お願いします。このままですと、また戦争になる恐れがあります」

「戦争が?」

「はい。同盟会議を巡って、我が国では意見が二分されているのです。統一機関など認められないという点で、意見は一致しているのですが、あくまで対話で撤回させるか、強硬手段を取るかで意見が割れています。このままいけば、聖皇国は七ヶ国同盟から離脱し、世界中の歌い手を国に囲い込むことになるでしょう。現時点でも、すでに多くの歌い手から亡命申請が届いておりますから」

「同盟から離脱……」


 再び戦争が起きるという話は、ニースには無視できないものだった。ニースは、朝方にセラたちと話した内容を思い返し、瞳を揺らした。


「今朝読んだ瓦版に書いてありました。聖皇国が、同盟会議から抜けるって。あれは本当なんですね?」

「いえ、まだ決まってはおりません。ニース様の母国、アマービレ王国が歌い手の自由を訴えておりますし、スピリトーゾ皇国でもフェローシャス侯が反対の立場を取り始め、意見が割れ始めましたので、それらを引き合いに出して、どうにか過激派を押さえ込んでいるのが現状です」

「えっと……王国は分かりますけど、フェローシャス侯もですか?」

「ええ。ニース様のご友人と聞いていますが、従軍なさってた御子息が戻られ、侯爵を説得されたようです」

「ベンが……」

「ですが皇国が揺らいだぐらいでは、決定打に欠けます。このまま進展がなければ、教皇聖下も過激派を抑えられなくなる可能性が高いのです」

「そんな大変な状況が、聖女のココなら止められるんですか?」

「はい。ココ様は、我らカルデナ教徒にとって伝説的な存在です。ココ様から一言頂ければ、それだけで我らの心は一つにまとまるでしょう。ココ様には過激派ではなく、私たちに力を貸して頂きたいのです」


 懇願するように話すムルキに、ニースは困惑した。


 ――どうしよう。戦争なんて、絶対にさせられない。でも、ココのことを話すわけにはいかないんだ。戦争を止められたとしても、その後にココがどうなるか分からないんだから。


 口ごもるニースを見つめ、ムルキは膝に置いた手を、ぐっと握りしめた。


「ニース様が不安を感じられるのは理解出来ます。ですが、我が国が世界を相手に戦争を起こせば、取り返しのつかないことになるかもしれないんです」

「……どういう意味ですか?」

「アネモス家に伝わる品を、ニース様はご存知ですよね?」


 ムルキはシルフと結婚し、愚かな使徒の一族に加わっている。聖都の地下に隠されている、災いの火種の存在を仄めかされ、ニースは視線を鋭くした。


「あれを使うつもりなんですか?」

「もちろん、私たちにその気はありません。ですが教会上層部には、そうしようと考える者もいるということです。彼らを説き伏せるには、ココ様の存在が不可欠なのです」


 ムルキの話に、ニースは危機感を強く感じたが、それでもココを売る事など出来ない。ニースは、必死に冷静さを装った。


「そう言われても、どうしようもないです。聖女のココを、僕は知りませんから」

「そんな……ニース様! どうか!」

「でも!」


 縋るように言い募るムルキの言葉を、ニースは叫ぶように遮った。口を噤んだムルキに、ニースは深く息を吐き、言葉を継いだ。


「でも僕は、僕に出来ることがないか探してみます」

「ニース様……」

「少し時間をください。考える時間を」


 ニースはムルキを真っ直ぐに見つめ、真摯に語りかけた。ムルキは目を伏せ、小さく頷いた。


「……分かりました。お心が決まりましたら、皇都へお越し頂けますか」

「同盟会議に、ムルキさんも行くんですね」

「はい。義父のフィラカスも、会議に出席しておりますので。それに同盟会議の内容は、教皇庁と繋いだ通信機で逐一報告しています。各国も似たようなことをしてますので、会議の様子は世界中にすぐ広まるのです。瓦版にもなりますから、市民にも比較的短期間で伝わります。世界中に散らばってしまった過激派の者たちにもです。ですので、ニース様が戦争回避に動かれるなら、会議を利用するのが最も早いかと」

「そうなんですね。分かりました。何が出来るかは分かりませんけど……。出来る限り早く、皇都に行くようにします」

「お願い致します」


 ニースとの話し合いの結果を、本国へ伝える必要があるのだろう。ムルキは話を終えると、簡易な拝礼をしてすぐに去っていった。

 皇都へ行くと約束してしまったニースを見やり、ルポルとエリックは困惑した様子で頭を抱えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっと追いつきました。 追いつきましたが……また大変な状況になってきましたね。 今後も追いかけますので、とりあえず、続きをお願いしたい!!!
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