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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第29章 歌声が紡ぐもの】
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538:叶えたい想い3

前回のざっくりあらすじ:ニースは歌いたいと心から思った。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*

 雪解け水の流れる森の中、柔らかな日差しを浴びて、一台のバスが山頂を目指し、軽快に走っていく。エリックの運転で、ニースたちを乗せたバスはクフロトラブラの町を出た。


 ラース山脈の稜線へ向かう山道沿いには、王国奪還後に建てられたカルデナ教の教会や治療院、そして新しく作られた国境警備隊の砦がある。

 ニースが昔ハリカと旅した頃、ゴロゴロとした岩が剥き出しになっていた山道は、石畳を敷いて整えられ、走りやすくなっていた。


 そんなしっかりと整備された道は、稜線へ入っても変わる事なく続いている。オルガン馬車がギリギリ通れる程度だった道幅も、今では大型の馬車が楽にすれ違える程広く、野宿を出来るよう開けた場所も一定間隔で設けられている。

 遠目に見える大地の裂け目や大穴の様子は変わらないものの、道沿いには獣避けの柵もあるため、熊に襲われるような事もないだろう。

 落下する危険など微塵も感じられず、バスは速度を落とす事なく進んでいく。流れ行く車窓を眺めていたニースは、かつての旅路とのあまりの違いに、驚きを隠せなかった。


「兄様たちがここを越えて来たって聞いてたけど……本当だったんだね」

「すごい難所だって話には聞いてたけど、そんな感じはしないもんな。昔はやっぱり違ったのか?」

「うん。全然違うよ。あの道がこんなに立派になるなんて、信じられない」


 ルポルとエリック、セラは、ラース山脈を通るのは初めてだ。遠い目をするニースの呟きに、三人はそんなにも違うのかと不思議そうに首を傾げる。

 しかしそれも、出発して三日目に国境門が近付いてくると、納得せざるを得ないものとなっていった。


 国境門は、王国と皇国を繋ぐ稜線の中程……かつてニースが恐怖のために失神寸前となった、ラース山脈最大の難所付近に設けられている。

 門に近づくにつれて道幅は徐々に狭まっていき、エリックはバスの速度を落とす。道沿いの柵のすぐ向こう側は崖となり、全てを飲み込むような底の見えない暗闇が口を開いているのがよく見えた。


「なんだよ、これ。なんでこんな狭くなるんだよ……!」

「これは確かに難所だな。エリック、落ちるなよ」

「落ちないよ。せっかくマルコに助けてもらったのに、こんなところで終わってたまるか!」


 ルポルに言われるまでもないと、ハンドルを握るエリックは細くなる道を睨みつける。緊張を滲ませる二人を横目に、セラは前方を見て目を見開いた。


「ねえ、ニース……あれ、あそこを通るの?」


 二国間の国境門を繋ぐのは、大地の裂け目を跨ぐような切り立った稜線だ。細い道の先、閉じられた門の先に続く道は、補強されて落下防止の柵が張られているとはいえ、大型の車一台分ほどしか道幅はなかった。

 セラの指し示した先を見て、ニースは感心して頷きを返した。


「そうだよ。でも、あそこも立派になってる」

「立派⁉︎ あれで⁉︎」

「うん。昔はもっと狭くて、柵もなかったんだ」

「すごい……。ニースたち、すごい道を通ったんだね!」


 無邪気に笑うセラに、ニースは照れくささを感じて微笑みを浮かべる。呑気な二人の会話を聞いて、ルポルは頬を引きつらせた。


「セラちゃん……なんであれが平気なんだ」

「ルポル、うるさい。気が散るから静かにしてくれ」

「エリック、そんなんで本当に大丈夫なのかよ。ニースは平気そうだし、運転代わってもらったら?」

「そんなこと出来るわけないだろ! あそこにいるのは、俺の部下になる奴らなんだ。副隊長になるってのに、情けない姿なんか見せられるか!」


 気遣わしげに眉根を寄せたルポルに、エリックは前を見据えたまま応えた。

 国境門を守る兵士も、国境警備隊の隊員だ。門から少し離れた道沿いに山小屋のような宿舎がいくつか建てられており、門兵は数ヶ月単位で交代でそこに滞在し、国境門を守る任務に就いている。

 面子を保とうとするエリックに、これ以上話すのも野暮だと、ルポルは口を閉じた。


 そうして慎重に運転するエリックが、門の手前でバスを止めると、王国兵が運転席へ歩み寄った。


「身分証を……って、エリックじゃないか。じゃあ、ニースたちも一緒だな」

「グレゴリーさん!」


 王国側の国境門を守る兵士の一人は、クフロトラブラで猟師をしていたグレゴリーだった。

 王国奪還戦が終わった後、グレゴリーは父アントニーと共に町へ戻ったが、これまで通りに猟師を続ける事は叶わなかった。

 新たに作られた国境警備隊の砦やラース山脈の街道の影響で、熊や猪などの生息域は変化していた。その上、街道整備も国境警備隊の仕事となり、害獣駆除も訓練の一環として兵士の手で行われるようになったのだ。

 そのためグレゴリーは、猟師を辞めて国境警備隊に入隊していた。王国義勇軍で活躍していたグレゴリーは、設立されたばかりの警備隊隊員として重宝されていたのだった。


 警備隊の制服を纏ったグレゴリーは、窓越しにニースたちの姿を認めて微笑んだ。


「帰ってきたんだな。また会えて嬉しいよ」

「お久しぶりです、グレゴリーさん。お元気そうで良かった」

「クフロトラブラにも寄ったんだろう? リンドさんたちには会えたのか?」

「はい。みんながお祭りを開いてくれたので、母さんたちだけじゃなく、マーサおばさんやウスコさん、ヨハンさんにも会ってきましたよ。アントニーさんも元気そうでした。グレゴリーさんのことは、そのうち分かるってはぐらかされたんですけど、こういうことだったんですね」

「はは、そうか。みんなに会えたんなら何よりだ」


 ニースの話を聞いて、グレゴリーは愉快げに笑うと、ニッと笑みを浮かべた。


「結婚を許してもらいに行くって聞いたぞ。頑張れよ」

「はい。ありがとうございます」

「俺はもう一ヶ月はここの担当なんだ。帰りも待ってるから、気をつけて行ってこいよ」


 ニースたちが皇国へ出向く事を、警備隊には事前に伝えてあった。グレゴリーは慣れた手つきで出国の手続きを終え、ニースたちを笑顔で送り出す。

 グレゴリーと会った事で、肩の力が程よく抜けたエリックは、手汗を拭って深く息を吐いた。


「それじゃあ、行くからな」

「うん。よろしくね」

「エリック、無理はするなよ。俺、反対側見ておくから」

「ありがとな、ルポル。頼むよ」


 心配そうにルポルが見つめる中、エリックは慎重にバスを進める。ニースは、昔は見れなかった車窓の景色を眺めて、ほっと息を漏らした。


「柵があるだけで、すごく安心出来るね」

「私は楽しいよ。こんなに近くで大穴を見ることなんて、きっとないよね」

「そうかもね」


 楽しげなセラに頷きを返しながら、ニースはハリカでの旅を思い返した。


 ――この山脈越えの時に、ラチェットさんが新しい曲を作ってくれて、バードとも出会った。マルコからもらった木の剣で熊と戦って、セラと出会って……。でも今は、セラがここにいる。あの頃から変わったのは、悪いことばかりじゃない。失くしてしまったものもあるけれど。


 帝国との長い戦いで摩耗していたニースの心が、少しずつ彩られていく。興味深げに窓の外を見つめるセラの横顔を見つめ、ニースは眩しさに目を細めた。



 大地の裂け目を跨いでの国境越えは、エリックの運転で無事に終わった。皇国側の門で、ニースは皇国兵に大歓迎を受け、にこやかな笑顔で見送られた。

 バスはさらに三日かけて、皇国側のラース山脈の麓にあるアクリ村を通過した。皇国の国境警備隊の砦が設けられたアクリ村は、ニースの知る素朴な村から大きく発展を遂げていたが、昔と変わらぬ花咲く家々を見て、ニースは笑みをこぼした。


 そうして、クフロトラブラを出発して六日目の夜。ニースたちを乗せたバスは、セラの故郷ラメンタへたどり着いた。

 月明かりの下、湖の畔に見えてきた町は、九年前と変わらず多くの街灯に照らされている。まだ春になったばかりのため、ニースとセラが二人で歌ったトウモロコシの畑は、小さな葉が並んでいるだけだが、セラは懐かしさに目を細めた。


「変わってない。ここは全部、昔と同じ……」


 かじりつくように窓から外を眺めるセラに、ニースは微笑みを浮かべる。バスが市門にたどり着くと、身分証を確かめに来た門兵が、ニースを見て目を見開いた。


「て、天の導き⁉︎ しかも、入町税を支払い済み……?」


 ニースの手には、九年前にハリカと共に訪れた際に受け取った、入町税の納税証がある。門兵は、天の導きが過去に来たなら覚えているはずだと、訝しげな目をニースに向けた。

 だがニースは、その門兵に見覚えがあるため、ふわりと笑みを浮かべた。


「前に来た時は、ハリカっていう旅の一座で来たんです。僕は目立つので、木彫りの仮面で顔を隠していて」

「木彫りの仮面でハリカ……ああ!」


 門兵は驚き声を上げ、ニースとセラを交互に見つめた。


「あんたら、あの時の仮面の坊主と、ベニーノさんとこの赤髪の子か⁉︎」

「はい。そうです」

「こんなに大きくなったのか。それに王国の天の導きってことは、あんたがあのニースなんじゃないのか? 帝国をぶっ潰した」

「ええと……潰してはいませんし、帝都に攻め入ったのは同盟軍のみんなでですけど。僕も帝国には行きました。戦うために」

「なら、そのニースじゃないか! 公主殿下の仇を取ってくれたんだろう? あの坊主が、あんただったなんて! ありがとう!」


 門兵は感極まった様子で瞳を潤ませ、ニースの両手をがしりと掴んだ。思いがけない反応に、ニースは苦笑いを浮かべる。ルポルが呆れた様子で、門兵の肩を叩いた。


「悪いが、もう夜も遅い。ニース様を早く宿にお連れしたいんだ。通ってもいいだろうか」

「ああ、すまない。まさかこんなことがあるとは思わなくてな。これがあんたらの納税証だ。あとは通ってもらって構わない。ベニーノさんの宿に行くんだろう?」


 ラメンタ出身のセラは入町税を免除されているが、初めて来たルポルとエリックは税を支払っている。二人分の納税証をルポルにまとめて手渡すと、門兵はセラに目を向けた。セラは、もちろんだと笑みを返した。


「はい、そうですよ」

「昔みたいに、また歌ったりはしないのか?」

「そういう予定はありませんけど……考えておきますね!」

「ぜひ頼むよ。あの時のあんたらの歌、すごく良かったから」


 期待に瞳を輝かせる門兵に見送られ、ニースたちは町へ入る。

 夜とはいえ、大きく立派なラメンタの町は、酒場へ出入りする大人たちが数多く通り沿いを歩いている。セラの案内でエリックがバスをゆっくりと走らせる中、ルポルが疲れた様子でため息を漏らした。


「すごい手のひら返しだったな。何なんだ、仮面の坊主って」

「マルコムさんが彫ってくれたんだよ。僕が顔を出すと色々大変だったから」


 宿への道すがら、ニースはこれまで黙っていた旅での苦労をルポルに話した。決して楽しいだけの旅路ではなかったのだと聞いて、ルポルは切なげに眉根を寄せた。


「そうか。色々大変だったんだな」

「うん。ベンがいてくれたから、だいぶ変わったけどね」

「ベンジャミンさんには、やっぱり敵わないなぁ。仮面なんて付けなくて済むようになって、良かったよ」

「ありがとう。……あんな目に合うのは、僕で最後になるといいんだけど」


 ニースは辛かった日々を思い出し、視線を落とした。悲しげなニースに、ルポルは微笑んだ。


「きっと最後になるよ。あの頃と今は違うんだから。それでも、もし変わってないなら、俺たちで変えていけばいいだけだよ」

「僕たちで……そうだね」


 頷きを返しながら、ニースは流れ行く街灯の明かりを見つめた。


 ――キール陛下は、歌い手の自由を保証させるって言ってくれたけど、それだけじゃダメなんだ。僕たちが本当に自由になるには、国の取り決めだけじゃなく、町に住む人たちみんなに受け入れてもらわなきゃならない。そうしないと、昔の僕みたいな“調子外れ”は、居場所がなくなっちゃう。それに昔のセラみたいに、黒で誤解を受けてる人もいるんだから。


 街灯の橙色の明かりが、薄暗い町を照らす。進む道の先を見つめ、ニースは、ぎゅっと拳を握りしめた。

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