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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第4章 はじめてのユニゾン】
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★[幕間劇〜とあるスパイの話]第3回

お話の区切りとして、コメディ色強めの幕間劇を、今回も書きました。

読み飛ばしていただいても、本編ストーリーの進行に問題ありません。

 大地の裂け目を跨ぐようにそびえ立つ、雄大なラース山脈。その山腹の上空を、一羽の鳥が飛んでいる。辺りには他の鳥の姿はない。それもそのはず。上空では乱気流となっているからだ。普通の鳥なら、風に煽られ、流されていくだろう。しかし、彼は優秀なスパイである。乱気流を避けたり、流されたりすれば、監視対象である少年の位置を見失いかねない。彼は次々と変わる風の流れに逆らい、押しやりながら、四台の馬車列の上を飛んでいた。


「うぉー! エクシー、これ絶対無理だよー!」

「バード、仕方ないだろう。あんな険しい山脈を越えるんだ。お前が見ていない隙に、何かあったらどうする」


 優秀なスパイである彼の名前はバードスリー。しかし彼を知る者は、皆彼をバードと呼ぶ。バードは、エクシーという男と会話をしても声は発しない。なぜならバードは、テレパシーのように通信で会話をしているからだ。


「うわ、危ない!」

「どうした、バード。風に負けたのか」

「違うよ、ニースが馬車から落ちそうになったんだ」

「何だとぉぉぉぉ!」


 エクシーがバタンと椅子を倒して立ち上がるような音が響き、誰かがくしゃみをする音が聞こえた。もちろん、通信内での話である。


「あれ? 今くしゃみしたのってジャン?」

「そうだが、そんなことはどうでもいい! 例の子どもはどうした⁉︎」

「あー、ニース? 一緒に乗ってたメガネの男が抱えたから、無事だよー」

「はあぁぁぁ、良かったぁぁぁぁ」


 盛大なエクシーのため息の後ろで、再びジャンのくしゃみが響いた。


「ジャン、大丈夫なの? 風邪ひいた?」

「さあな、そんなことはどうでもいい。とにかくバード、しっかり監視を頼んだぞ。定時連絡は無事に山脈を越えるまではしなくていい。集中して見張り、危ない時には必ず助けてやれ」

「了解だよー、エクシー。風は辛いけど、俺っち頑張るよ。その代わり、約束はちゃんと守ってねー」

「ああ、もちろんだ。ココとの間を取り持ってやるよ」

「いやったぁぁぁぁ!」


 バードは風の中を宙返りして喜んだ。バードは喜びのあまり、うっかり馬車列を見失ってしまった。しかし、安心してほしい。バードは優秀なスパイだ。ちゃんと追いつくはずなのだ。……たぶん。



 ◆◇◆◇◆◇



 ――おかしいなー。山道は一本しかないはずなのに、何でどこにもいないんだろー。


 バードは困っていた。すっかり馬車列を見失い、すでに三週間が経過してしまったからだ。


 ――まだあっち側にはついていなかったみたいだし、絶対いるはずなんだけどなー。


 バードは、見失ってしまった馬車を追いかけようとして、必死に夜も山道を辿り飛んだ。しかしバードは、馬車を見つける前に、すっかり山脈を越えてしまった。あっという間に皇国側にたどり着いてしまったため、仕方なしに王国まで戻りながら、再び馬車列を探していた。鳥目だから、夜は見えないなどという事はない。バードは優秀なスパイだ。夜だってはっきりと見えるのだ。気づかず追い越してしまうなど、あり得ないはずなのだ。


「あぁぁぁぁぁ!」


 バードが、ラース山脈を半分ほど戻った時、バードはニースの声を()()()


 ――この音の風……! ニースだ!


 バードは、すぐさま声のした方へ急降下したが、次の瞬間に急ブレーキを踏んだ。バードは鳥であるからして、実際にブレーキを踏んだわけではない。比喩である。


「来るなぁぁぁぁ!」


 ニースの()()()に、バードの()()()()が反応していた。ほんのわずかの間だったが、バードはバランスを崩し、真っ逆さまに藪へと落ちた。


 ――あいてて……。


 バードは機械であるから、痛みは感じないのだが、思わずくるっぽーと鳴きながら、体をのっそりと起こすと、異常がないかチェックを始めた。


 ――ん。大丈夫っぽいかな……。って、ニースは⁉︎


 バードが慌てて、ニースがいるはずの場所へ向かうと、折れた木剣を手にしたままニースが呆然と佇んでいた。ニースの前には熊が倒れていた。


 ――あれ? ニースの木剣、何で折れてるんだろ……って、あれは、クマー⁉︎


 バードは、思わず口をあんぐりと開けた。バードは鳥である。本当は口ではなく嘴を開けたのだが、これも比喩である。


 ――嘘だろ、嘘だろ! やばいだろ、これ! しばらく見失ってたら、いつの間にかニースが熊と戦っていましたとか、エクシーに言えるわけないじゃん!


 バードが呆然とする中で、熊はどんどん解体され、調理されていった。


 ――どうしよー。こんな危ない山で、もう絶対に見失うわけにいかないよねー。


 バードは優秀なスパイである。一度失敗したら、もう二度と同じ失敗を繰り返したりしないのだ。……たぶん。悩むバードが首を回すと、オルガン馬車が目に入った。


 ――相変わらず、すごい派手な飾り付けてるなー。山に来るときぐらい外したらいいのに。……あ! 俺っち、いいこと考えた! さすが俺っち、頭いいー!


 ニースたちが熊料理に夢中になっている中、バードはこっそりと、オルガン馬車の屋根に乗り込んだ。バードは優秀なスパイである。ちゃんと装飾に隠れるように、上手いこと潜り込んだ。


 ――ふふーん。これで俺っち、もう絶対にニースを見失わないもんねー! ココとのデートも、これで安心! 二度と失敗しなければいいはずー!


 バードは上機嫌で、そのまま夜を明かした。翌朝、オルガン馬車が急に開いて、危うく屋根に潰されそうになるとは、バードは思いもしなかった。



 ◆◇◆◇◆◇



 ――おかしい、おかしい。どうしてこうなった。おかしい。


 バードは、真っ暗な闇の中にいた。そこは、非常に狭く、身動きが取れない。バードは優秀なスパイであるが、もしや危険な敵に捕まってしまったのだろうか?

 真っ暗闇に座るバードの耳に、男の声が響く。いつものエクシーとの通信ではない。本当に()()()聞こえるのだ。


「次は、幻惑の奇術師マルコムの登場です!」


 ――うわー、ついに始まっちゃったよ。俺っちの仕事はこれじゃないのにー!


 楽しげなピアノの音が流れる中で、バードは暗闇から光の中へと飛び出した。目の前にはたくさんの人間がおり、バードは精一杯カッコよく羽ばたく。帽子から自分を出した男の手の上で、バードは大きな拍手に包まれた。


 ――こんなに拍手もらえるなんて! これ、みんな俺っちへの拍手だ! すんげー! 気持ちイイー!


 バードは優秀なスパイであるから、人前で派手なことなどしない。長い生活の中で初めての拍手をもらい、バードは大喜びだった。


 ――まさか俺っちが、手品の()()になるとはなー。エクシーにはとても言えないけど、ココに話したら、好きになってもらえるかなー。へへ、へへへへ……。


 バードは思わず、くるっぽーと小さく笑いを漏らした。バードは逃げようともせず籠に入れられ、のんびりと妄想にふけった。



 ◆◇◆◇◆◇



 バードは、快適な日々を過ごしていた。鳥籠の中で自由はないものの、ニースの動きは手に取るようにわかる。バードは優秀なスパイであり、()()()である。同じ建物にいるなら、例え部屋が違っていても、ニースの様子を()()ことなど造作ないのだ。


「エクシー、エクシー。こちらバード。応答ねがいます」

「こちらエクシー。時間通りだな、バード。様子はどうだ」

「特に異常はないよー。ニースも元気に歌ってるー」

「そうか、それは何よりだ。それにしてもバード、最近お前からのデータが、いつも同じ場所からの観測結果のようだが、また巣箱でも作ってもらったのか?」

「んー、まー、似たような感じ? 俺っちって、人気者の鳥だからさー。俺っちと仲良くなろうっていう人間は多いんだよねー」

「お前の正体はバレていないんだろうな」

「当たり前でしょー。俺っち、超スペシャルハイスペックなんだよ。ちゃーんと、ただの小さい鳥に擬態してるよー」

「それならいい。その調子で、監視を続けろ」

「了解だよー、エクシー」


 バードはそのまま、エクシーとの通信を切った。


 ――まさか俺っちが、馬車に引っかかってると思われて、マルコムとかいう手品師に捕まっちゃったなんて、エクシーに言えないよねー。でもこうして、ちゃーんと見張れてるし、俺っち、天才ー!


 バードは、ニースの居場所を探ろうと、瞳を開けた。


 ――あれー? まだ公演時間じゃないけど、ニースが歌ってる……?


 バードは優秀なスパイである。本来部屋には聞こえないはずの、建物の裏手から聞こえる小さな歌声も、ちゃんと()()事が出来るのだ。


 ――あれー? ニース以外にも歌ってるのが増えてるけど、この町の歌い手なのかなー。ん? あのメガネ野郎って、歌の力持ってないはず……って、ええぇぇぇぇ⁉︎


 バードは、鳥籠の中でガタリと立ち上がった。鳥籠に一緒に入れられている鳥たちからの、冷たい視線が突き刺さったが、バードは優秀なスパイである。その程度で怯むことはないのだ。


 ――歌い手じゃないのに、歌を歌った! ()()()みたいだ!


 バードは歓喜に打ち震え、思わずくるっぽーと叫んだ。



 ◆◇◆◇◆◇



 バードは上機嫌だった。例え、大好きなココではなく、()()であるマルコムと肌を合わせているとしても、この後の楽しみを考えれば、どうという事もない。バードは、マルコムの袖口に隠れていた。


 ――いよいよ、ここで俺っちの出番だな!……とうっ!


 ピアノのメロディとマルコムの動きに合わせて、絶妙なタイミングでバードは飛び出る。華麗に羽ばたくバードの姿に、観客たちが歓声を上げた。


 ――ふふん。俺っちと相方の特訓の成果を、無事にお披露目出来たなー!


 バードは上機嫌で、マルコムの手に乗った。ここ数日、マルコムとバードは、新しい手品の練習をしてきたのだ。小さな絹布から飛び出すのは、なかなか難しい挑戦だったが、バードは優秀な鳥である。マルコムの他の鳥たちよりも、上手にやってのけた。

 しかし、バードの今日の()()()()()()()()はこの後である。バードはニースたちの出番を、今か今かと待っていた。


 ――セラっちが連れ去られた時は、どうなるかと心配したけど、ちゃーんと帰ってきて良かったなー。ユニゾンを聴くなんて、何千年ぶりだろう……。


 バードがそわそわしながら待っていると、ついにニースとセラが舞台へ上がった。


 ――俺っち、ここで拍手するわけにいかないけど、めっちゃ盛大な拍手を心の中で送ってるからなー!


 二人の歌声は、バードの心に、数千年前の懐かしい景色を思い出させた。バードはエクシーには内緒で、夢のような幸せを満喫していた。

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