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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第4章 はじめてのユニゾン】
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◆《閑話〜アンヘルの手記》第3回

お話の切り替えとして、今回もアンヘル目線の閑話を書きました。本編で詳しく書けなかった設定などを、会話文なしで描いております。

読み飛ばしていただいても、本編ストーリーに全く問題ありません。

 私は、羊毛についての調査結果を、手記に残していくつもりだったが、困った事になった。ニースが追い出されるのを黙って見ていた事を、私は今まで以上に後悔している。

 ダミアンから、早速手紙が届いた。わざわざ人を雇い、迅速に知らせは届けられた。手紙を運んだのは肉屋だった。急ぎの手紙の輸送には駅馬車も使われるが、山あいの小さな町であるクフロトラブラには、駅馬車は通っていないはずだ。そのため、町の肉屋が最も早い連絡手段だったのだろう。肉の鮮度が落ちないよう素早く移動する必要がある肉屋は、アマービレ王国では迅速な通信の担い手としての一面を持っているのだ。王都へと羊肉を売りに出かける肉屋に、ダミアンは手紙を託していた。肉屋は王都へ着くと真っ先に私の屋敷へ手紙を届けに来たようだ。やはりダミアンは優秀だった。手放したのは惜しい事をしたと思う。しかし今、重要なのはそこではない。手紙の内容は、驚くべき事だった。ここにしっかり記録しておきたい。


 クフロトラブラで羊に音楽を聴かせる事になったきっかけは、ニースの歌だった。歌を聴いて過ごした羊たちの毛が、上質なものになったのだという。音楽のように楽しい歌で、羊の気分が良くなったからだと、手紙には理由が書かれていたが、そんな馬鹿な話があるわけがない。本来ニースは、天の導きだ。()()()は歌の力がなかったのかもしれないが、何かがきっかけで力が現れたとしか思えない。我々は愚かな事をしたものだ。ニースを追い出してしまったのだから。あの時、ニースが父に殺されなくて良かったと心から思う。危うく貴重な天の導きを殺してしまう所だった。

 しかし、私の驚きはそれだけではない。ニースが王国を出てしまった。町を訪れた旅芸人たちが、ニースを連れて行ってしまったのだ。なぜリンドたちが止めなかったのか、その理由も手紙には書かれていた。私は、その理由にさらに驚いた。“調子外れ”は治せると言うのだ。そのために、ニースは旅芸人と共に、遠い異国へ旅立ったのだという。


 こんな馬鹿な話が、あっていいのだろうか。殺されかけたニースが、追い出されたニースが。そして、落ち込んで領地に引きこもってしまった父が、私には不憫でならない。“調子外れ”が治せるのなら、我々で直してやりたかった。なぜそのような情報が、伯爵家で手に入れられなかったのか。私は悔しくてならない。

 この事を、私は父に伝えるべきだろうか。父が知ったら、さらに気力を失うのではなかろうか。しかし、ニースが王国を出てしまったのなら、父も知っておかねばなるまい。どのように伝えるべきなのか、私にはまだ答えが出ていない。



 ◆◇◆◇◆◇



 困った事になった。まさかこのような事になるとは思わなかった。私はこれを誰にも話す事が出来ない。ゆえに、ここに記しておく。


 王国王太子のキール殿下から、私は直々に密命を受けた。ニースの無事を確認し、歌の力を取り戻す方法を探れとのご命令だ。

 殿下は全てご存知だった。天の導きであるニースには、生まれた頃から監視を付けていたと、殿下は仰った。情報源はニースを取り上げた産婆だろう。ニースの存在を漏らしたのは、あの者しか考えられない。口封じを確実に行わなかった迂闊な父に、私は怒りを禁じ得ない。殿下は、我が伯爵家が、王国の宝となる天の導きの死を偽装し、クフロトラブラという僻地へと送っていた事もご存知だった。そして、羊毛の品質向上を知った殿下が、ニースを王都へ召喚しようとお考えになられていた矢先。ニースが旅芸人に連れられて、スピリトーゾ皇国へ旅立ってしまったのだ。我が伯爵家の失態が原因で、みすみす天の導きを国外へ逃がしてしまったのだと、殿下はお怒りになられた。

 天の導きの損失は、王国の軍団一個を失うのに等しい。歌の力は、発掘された強力な兵器にも利用出来るのだ。ただでさえ、我が王国には遺跡が少なく古代兵器も少ない。しかし、他国には古代兵器が多くあるのだ。それなのに、天の導きを他国へ奪われたりしたら、どうなるものか分かったものではない。

 これが船旅であれば、ニースが国外へ出ないよう、殿下のお力で防ぐ事も出来た。しかし驚くべきことに、ニースはラース山脈を通って皇国へ向かったそうだ。大地の裂け目を跨ぐように連なる山々を越えようとする、酔狂な旅芸人に、ニースがついていくなど誰も予想していなかった。私も、殿下から直接聞いてもなお、信じられない思いだ。ダミアンからの手紙にも書かれていなかったのだから、リンドたちも知らなかったに違いない。ラース山脈を越える彼らを防ぐ事は、殿下のお力でさえも出来なかったそうだ。

 殿下の叱責に、私はもう命はないと思った。しかし、密命を遂行する事を条件に、我が一族の首は繋がる事となった。ニースには監視がついていたが、ニースたちに見つかる事なく、険しい山々を越えることなど出来はしない。

 ラース山脈は危険な山だ。山脈の稜線を縦走する道は、細く険しい。「地獄への通り道」と呼ばれる、ナイフのように尖った稜線から、一歩足を踏み外せば、急崖に打ち付けられて死んでしまうと、様々な書物に書き記されている。運良く生き残れたとしても、北側に滑り落ちれば大海峡に流され、南側に滑り落ちれば大地の裂け目に飲み込まれる。滑落した者たちの助けを求めるうめき声を、化け物の声だと考えた人々が「鬼の声」と名付けたらしい。子ども向けのお伽話にされるほど、ラース山脈の危険さは王国では有名な話なのだ。遠く離れた伯爵領の者たちですら知っている話だ。そんな場所では、どれほど優秀な監視であっても、姿を隠す事など出来ないだろう。

 そのため、ニースがラース山脈を無事に越えたのかを確認しに、誰かがスピリトーゾ皇国へ行かねばならない。そして、他国に奪われる事のないように、ニースが王国に戻るまで、忍び寄るであろう工作員を排除しなければならない。残念な事に、我が国には“調子外れ”の治療法は伝わっていない。殿下ですらご存知ない事だった。そのため、ニースが歌の力を取り戻すまでは、無理矢理連れ帰るという事も出来ない。ニースが目的地へ着いたら、そこで何が行われるのかも併せて報告せよとの、ご命令だった。


 私は長い旅に出なければならない。密命であるから、私自身が赴かねばならないのだ。父の体調が心配だが、もし父に何かあった際には、アントンに代理を頼まねばなるまい。他国には、政情が不安定な地域もある。下手をすれば、私の命も危ないのだ。私が旅から無事に帰る事が出来なければ、アントンに後継を任せる事になるだろう。

 私は急ぎ船に乗り、皇国へ向かわねばならない。皇国までは、船旅で二十日はかかるだろう。それに加え、港までは王都から早馬を走らせても、十日はかかる。ニースが王国を出てから、すでに半月が過ぎている。私が皇国へたどり着く頃には、ニースはラース山脈を越えているはずだ。皇国の港からラース山脈のある皇国北西部までは遠い。ニースたちの旅の行方を予測して、追いかけねばなるまい。

 厳しい任務だが、やるしかない。我が一族の首がかかっているのだ。必ずやり遂げると、ここに決意を記しておく。



 ◆◇◆◇◆◇



 ようやく、港にたどり着く事が出来た。ここまで慌ただしかったが、誰にも話す事の出来ない密命だ。ここに旅の内容を記しておきたい。


 私は王都を出る前に、出身国証を手に入れた。これまで私は、出生証しか持っていなかったからだ。

 出生証は、王国の領主が住民の把握のために発行しているものだ。生まれた地名と、親や保護者の名前が記載されており、徴税などのために各町で利用される記録となる。戦争で国を追われた難民たちにも、受け入れた町で最初に交付される物だ。貴族である私も、出生証は常に持ち歩いている。王城への出入りの際などに、身分証として提示しなければならないのだ。王国には数えきれないほど貴族がいる。貴族とはいえ、力のない家の人間は、顔を知られていない事もある。紋章も数えきれないほどあるため、門兵が覚えられなくとも、それを責めては酷だろう。いつか、身分証を見せなくとも通れるようになりたいものだ。

 対して出身国証は、各町で代理で交付されるが、国が一括して管理する記録だ。身元を保証する国名と、犯罪歴がないこと、出身国が保護する範囲が書かれている。他国で何らかのトラブルに巻き込まれた際に出身国証を見せれば、滞在先の国や町へ保護を求めることが出来る。また逆に、出身国証を持つ者が犯罪を犯した際、罪人が金を持たない場合は、出身国に賠償金を請求することが出来る。出身国証の名前や書式は、各国ごとに違いはあるが、効力は同じだ。もし、出身国証を持つ者に対して、取るべき対応を取らなかった際には国際問題に発展する重要な証明書なのだ。

 出身国証がなくとも、庶民であれば他国へ入るにも特に問題はない。出生証さえあれば身元は分かるし、入町税や滞在税を支払っていれば、何の問題もない。単に、国の保護が受けれないというだけだ。しかし、私は王国に忠誠を誓った貴族だ。貴族が国外へ出るのだから、出身国証を取得するなどの、正式な手続きを踏んで出国しなければ、他国との密通の疑いをかけられかねない。密命による旅路となるから、誤解を受けても庇ってくれる者はいないのだ。


 出身国証を手に入れた私は、今後、数の増える証明書のために、身分証入れも購入した。旅の途中、各町で入町税を支払えば、納税証も保管しなければならない。かさばる証書の管理のために、身分証入れは、身分を問わず、旅人には人気の品だそうだ。私は表面に細やかな彫りを施された品を購入した。庶民の持つ身分証入れは、ただ滑らかにした木板で挟んであるだけだが、裕福な商人や貴族たちは、彩色や彫刻などの細工が施されている物を使う。豪華な装丁を見れば、門兵も失礼のない対応が出来るため、装丁のあるなしは合理的な贅沢らしい。伯爵家の人間なら、宝石や金箔などなくとも、細かな細工のみでいいそうだ。


 私に身分証入れの事を教えてくれたのは、共に密命を受けた二人の男だ。二人は優秀な工作員で、ニースと私の監視役だ。もし私の動きを怪しまれる事などあれば、即座に我が伯爵家は終わりを迎えるだろう。油断ならない仲間だ。明日からはいよいよ船旅が始まる。行動には細心の注意を払っていきたいと思う。

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