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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第29章 歌声が紡ぐもの】
606/647

521:力の代償5

前回のざっくりあらすじ:ニースは研究所へ向かい、ユリウスと話した。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、痛ましい表現や描写が含まれます。ご注意下さい*

 広間に響く祈手たちの聖歌に、ニースの伸びやかな歌声が混ざり合う。ユリウスと話し終えたニースは車を離れ、ジミーの治療に加わっていた。


 現代に伝わる祈歌は、ココから教えられた古代の祈歌より種類が少ない。ニース一人で歌うより祈手たちと声を合わせて歌った方が、歌の力は何倍も強くなるが、それで治る傷は限られたものだ。

 銃弾で吹き飛ばされたジミーの左肩は、エルネストやエドガーの傷口のように滑らかには治らなかった。それでもニースが加わった事で、ジミーは見る間に回復していった。


「ニース様、もう大丈夫です。ありがとうございます」


 横たわっていたジミーは、聖歌が一区切りついた所で、ゆっくり身を起こした。肩の傷痕は痛々しいものの、体中に残っていた切傷は綺麗に消えた。顔色もかなり良くなっており、ニースは、ほっと息を漏らした。


「ジミーさんが無事で良かったです。レイチェルもきっと喜びます」

「そうですね……。お嬢様をお守りするはずが、かえって心配をおかけしてしまいましたから」


 自責の念に駆られているのだろう。ジミーは苦しげに顔を歪める。ニースは宥めるように、語りかけた。


「レイチェルはまだ眠ってると思いますけど、下に行きますか?」

「いえ。ユリウス様がいらっしゃいますから。あまりお邪魔するのも」


 ユリウスは二年ぶりに、レイチェルと二人きりの時間を過ごしている。邪魔してはいけないというジミーの気遣いは、ニースにも理解出来た。

 苦笑したジミーに、ニースは微笑みを返した。


「確かにそうですね。それならレイチェルが起きるまで、あっちでみんなと休んでいてください」

「ありがとうございます。ニース様はお休みになられないのですか?」

「僕は……ベンとエリックが戻ったら休みます。まだやることもありますし」

「分かりました。あまり無理はなさいませんよう」

「はい。ありがとうございます」


 エルネストとエドガーたちは広間の片隅に集まり、食事を取りながら体を休めている。ジミーは切なげに応えると、ふらつきの残る足取りで、ゆっくり歩いていった。

 ニースは、ジミーの背を見送ると、歌い通しだった祈手たちにも休むよう言い置き、ルポルを連れてシーラの元へ向かった。


 広間の一階部分には、テラスのように張り出した二階部分を支える柱が、何本も立ち並んでいる。人目に付かないその柱の陰で、シーラはジャン、バードと何やら話し込んでいた。


「シーラ先生。さっきのお話を聞かせてもらいたいんですけど、お忙しいですか?」

「いいえ、大丈夫よ。話しておかないといけないものね……。アグネス先生にもお伝えしたいから、行きましょう」


 ニースが声をかけると、シーラはバードを抱いたまま、ジャンと共に歩き出した。

 捕らえた皇帝ルートスと、エクシプナ、ドロモスの遺体は、いつでも移動出来るよう、すでに車に乗せられている。車のそばには同盟軍兵士たちが集まり、不測の事態が起きても即応出来るよう控えていた。

 そんな兵士たちから離れた位置には、砕けた聖女の花の種が置かれている。アグネスとジョルジュは、そこで何らかの作業を行っていた。


「アグネス先生、少しよろしいですか?」

「シーラ。今終わった所だから大丈夫よ。そっちはどう?」

「こちらも終わりました。ね、ジャン」


 シーラに目を向けられ、ジャンは真剣な眼差しで頷きを返す。ニースは不思議に思い、問いかけた。


「先生たちは、何をしてたんですか?」

「資料と石の廃棄よ。あの二人の研究を、表に出すわけにいかないから」


 研究所に残っていたジョルジュは、アグネスの指示を受けて聖女の花の種や繋石を破壊していた。その一方で、シーラとジャンは研究所内をくまなく見てまわり、エクシプナの研究資料を処分した。

 処分したものの中には、紙の書類だけではなく、発掘品に保存されていた資料(データ)も含まれている。万が一にも、どこかの国に持ち帰られ悪用されないよう、シーラたちは念を入れて作業を行っていた。


 なるほどと話を聞くニースの横から、シーラが思い出したようにアグネスに語りかけた。


「聖女の手記も、私とジャンで燃やしておきました。解読を優先したのか、複製はしていなかったようです」

「そう。ありがとう」


 ニースが歌っている間、シーラとジャンは廃棄作業の最終確認をしていた。その間アグネスは、ジョルジュがきちんと仕事を終えたか確かめていたのだった。


「必要だとはいえ、聖女ゆかりの品を壊さなければならないなんてね」

「アグネス先生……」

「まあ、関わりがあるといっても、聖カルデナは解除法の研究をしていただけなのだけれど。それをこんな形で使われるなんて、教会の汚点だもの。仕方ないわね」


 砕けた繋石の欠片を摘み、ため息を漏らしたアグネスに、ジャンが声を挟んだ。


「ドロモス博士の研究資料は、こちらにはあまりありませんでした。軍の施設か……博士は城にも部屋を持っていたので、そっちにあるかもしれません」

「城にあった分は気にしなくていいわ。地下まで完全に壊れていたから」

「そうでしたか。あとの問題は、軍の施設ですね」

「教会の品が運ばれていないことを祈るわ」


 肩をすくめたアグネスに、ジョルジュが切なげに顔を歪めた。


「もし運ばれていても、たぶん大丈夫ですよ」

「どうして?」

「軍の施設っていっても、盆地の外側は同盟軍がすでに制圧してますし、まだ残っているのは帝都からそんなに離れてないですよね。だからきっと、もう終わってます」

「終わってる?」


 曖昧な言い方をするジョルジュに、アグネスは困惑した様子で眉根を寄せた。ニースは、嫌な予感を感じてシーラに問いかけた。


「シーラ先生、ココからの連絡は何だったんですか? 本隊が近くまで来てるとか?」

「それが……。あの最後の攻撃で、かなり広範囲に被害が出ているようなんです。ここまで来たなら分かると思うけれど、市壁の内側はこんな感じでどこもボロボロらしいの。そしてこれが、町の外だともっと酷いそうよ。敵も味方もみんな倒れていると、ココが」


 新型兵器の暴走で壊れたのは、帝都の町並みだけではなかった。その強大な威力は市壁の外側まで伝わっており、防衛にあたっていた帝国軍もろとも、攻め込んで来ていた同盟軍本隊も吹き飛ばした。

 町と違って遮るもののない市壁の外側は、より一層被害が大きく、まるで円を描いたように、帝都を中心とした広範囲が更地となっていた。


 市壁の外側まで影響が出ていたと分かり、ニースは愕然とした。


「味方もって、どのぐらいやられたんですか?」

「帝都から離れるに従って、少しずつ被害は減っているみたいだけれど、シシアの近くまで吹き飛んでいるそうなの。もし被害が円形に広がっているなら、本隊だけでなく同盟軍全体に影響が出ているんじゃないかしら」


 同盟軍本隊は、シシアのあった西側から帝都を攻めたが、帝都の北、南、東に位置する町近辺には、カルマート国軍や聖皇国軍、混成軍もそれぞれ展開していた。

 各国軍は、それぞれの町を攻め落とした後に、帝都包囲網を狭める形で進軍予定だった。どこまで侵攻していたかは分からないが、そちらにも少なからず影響は出ているだろうと、シーラは話した。


「まさか、全滅した……?」

「それは分からないの。ココも全部を見たわけじゃないから。でも……」


 呆然と呟いたニースに、シーラは言い辛そうに口ごもる。ジャンが、静かに話を継いだ。


「大型兵器は足が遅いから、いくらかは残っているはずだ。ただ、戦車や歩兵部隊は先行していたはずだから、全滅した可能性が高いと思う」

「そんな……それじゃケイトさんや学長先生たちは……」


 イサクやミランたち天の導きは、大型兵器と共に後方にいるため無事である可能性が高いが、ケイトやポールたち歌い手は違う。帝国軍の狂化歌に対抗すべく、最前線で歌っていたはずで、どれだけ多くの歌い手が犠牲となったのか想像もつかない。

 セラは救護班として野営地に残っているはずだが、ケイトは戦車部隊と共に戦場へ出て来る予定だった。学長のポールは、歌講師のハロルドや音楽院の学生たちと共にカルマート国軍で歌っていたはずだ。

 皆も巻き込まれたのではと、震える声で呟いたニースの横から、ルポルが掠れた声を挟んだ。


「嘘だろ……。なあ、バード。嘘だって言ってくれよ」

『ごめ……。俺っち、ココか、聞いただけだか……。ケイトのことまでは、分か……ない、だ』


 シーラに抱かれているバードは、まだ完全に言葉を取り戻していない。しかし懇願するように見つめるルポルに、バードは精一杯答えた。

 するとアグネスが、ぽんとルポルの肩を叩いた。


「ケイトさんなら大丈夫よ」

「教授……なぜ分かるんですか?」

「私が頼んだからよ。ラチェット先生と一緒に、セラに付いていてって」


 エクシプナにニースが攫われたと聞いたセラは、アグネスと一緒に帝都へ行くと言い出していた。そんなセラをラチェットが止めようとしたが無理だった。

 そこでアグネスが、ケイトにセラを頼んだのだ。自身もルポルの元へ駆け付けたいだろうケイトが共に残る事で、セラは渋々、野営地に残ったのだった。


 アグネスの話を肯定するように、シーラとジャン、ジョルジュが柔らかな笑みを浮かべる。ルポルは肩を震わせ、安堵の声を漏らした。


「良かった、ケイトさん……」

「彼女が無事でも、他の歌い手たちは絶望的ね。地下通路を通れたから助かったけれど、下手したら私たちもやられてたわね」


 瞳を潤ませたルポルに、アグネスはため息混じりに話した。シーラが表情を引き締め、小さく頷いた。


「ココが野営地まで救援部隊を呼びに行ってくれていますが、私たちも動きたいと思っています。ベンジャミン少尉たちが戻り次第になりますが」

「それで僕を呼ぼうとしてたんですね」

「ええ。生き残りがどれだけいるか分かりませんが、少しでも助けたいですから」

「それなら、すぐに行きましょう。ベンたちのことは、ユリウスたちに待ってもらえばいい。雪も降ってますから、僕たちだけでも早く行かないと、助けられなくなっちゃいます」


 ぐっと拳を握りしめたニースに、ジャンとジョルジュが真剣な眼差しで語りかけた。


「それはやめた方がいい。味方だけじゃなく、敵がどこまで倒れたのかも分からないんだ。万一に備えて、出来る限り離れずに行動した方がいいと思う」

「それにニース君は、もう丸一日動き続けてるだろう。少しは休まないと、歌えなくなるよ」

「もうそんなに経ってますか?」

「極夜で太陽はないし、地下にいるから分かりづらいと思うけど。時間的には、もうすぐ夜明けになる頃合いだよ」


 ジョルジュは手製の懐中時計を取り出し、ニースに見せた。時間を確認したものの、ニースは大丈夫だと、頭を振った。


「僕、攫われた時に少し寝ちゃってましたから。まだ歌えますよ」

「寝てた? 気絶じゃなく?」

「……そうとも言うと思いますけど」


 気まずさを感じて視線を逸らしたニースに、ジョルジュが苦笑する。すると唐突に、バードが、あっと声を上げた。


『ベ……たち、戻ってきた、よ』


 バードの声とほぼ同時に、広間の扉が音もなく開いた。くたびれた様子で入ってきたのは、ベンとエリック、数名の同盟軍兵士だけで、マルコやレミスたちの姿はない。

 ベンはボロボロになった皇国軍の軍帽を握っており、エリックは折れた剣を手に、涙で顔を濡らしていた。


「ベン、エリック……」

「ニース……!」


 マルコたちがどうなったのかを察し、ニースが声を絞り出すと、ベンは瞳を潤ませニースに駆け寄った。


「良かった、無事に戻ってくれて。生きててくれて……ありがとう」


 ベンはニースの腕を掴み、震える声で話した。ニースは、鼻がツンと痛むのを感じながら、ベンの腕をさすった。


「ベンも、ありがとう。みんなが命がけで守ってくれたから、僕は生き残れたよ」

「ああ。レミスたちの頑張りは、無駄じゃなかった」


 俯いたベンの足元に、ぽたりと滴が一つ落ちた。ニースはベンの腕をさすりながら、泣きじゃくるエリックに目を向けた。


「エリックも、ありがとう。それ、マルコのだよね」

「……っ、そうだよ。みんな吹き飛ばされてて、これだけ、ようやく見つけた。マルコの……これだけが、マルコの……」


 震える手で剣を抱きしめ、エリックは膝をつき、わっと泣き出した。ルポルが涙を堪えるように口を引き結び、エリックの背をさする。

 ニースはベンを支えたまま、天井を見上げ、唇を噛んだ。


 ――みんな、僕を守るために死んでいった。それなのに、遺体も残らなかったんだ。僕があの時、迷ったから……。


 ニースの目に、じわりと涙が滲む。ニースは、虚しさと悲しさが胸に湧き上がるのを感じていた。


 ――僕は、みんなを守りたかったのに。結局僕がしたことは、ほんの少しだ。力はあったはずなのに、僕が使わなかったから……。僕は、どうするべきだったの?


 もっと出来た事があったはずだと、後悔の念が渦を巻き、ニースの視界を覆っていく。エリックの激しい泣き声と、エルネストたちが駆け寄る足音を耳にしながら、ニースは、もう何も取りこぼしたくないと、零れ落ちそうな涙を堪えて瞳を閉じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] そうか……自分の力を使うのを躊躇ったことで悲劇を招いた。 片足をなくしたエルネスト、片腕をなくしたジミー、そして親しかったマルコとレミスの死。一般市民の多くいた壊滅状態の街と同盟軍。 ニース…
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