518:力の代償2
前回のざっくりあらすじ:アグネスとルポルに皇帝を任せ、ニースはエルネストたちを探しに向かった。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、痛ましい表現や描写が含まれます。ご注意下さい*
*長らくお待たせ致しましたが、隔日投稿を再開したいと思います。
次話の投稿は、6月8日(月)となります。以後、6月の間は偶数日投稿となる予定です。
温かくお待ち下さった読者の皆様に心から感謝申し上げます。完結までコツコツ書いていきますので、引き続きどうぞよろしくお願い致します。
暗い闇の中、携帯型の照明で足元を照らし、ニースとジェラルドはガラナの後を追う。瓦礫の隙間にぽっかりと開いた穴を、蛇のガラナはスルスルと下へ降りて行くが、そこは人が通るにはギリギリの広さだった。
「ニース君、気をつけてください。この辺り、引っかかりそうです」
「分かりました」
土砂に塗れたその穴は、ねじ曲がってしまった遺跡の通路だった。亀裂が入り、デコボコとした壁面や天井には、巻き込まれて壊れた機械の一部だろう、尖った先端が突き出ている箇所もある。
ジェラルドに注意を促され、ニースは慎重に足を進めた。
「遺跡は傷付かないはずなのに、こんなに壊れてるなんて……」
ニースはこれまで、敵味方問わず古代兵器の攻撃をいくつも見てきたが、そこで破壊されてきたのは、地上に建てられた普通の家々や砦であり、人の手でも壊せるものだった。互いに潰しあった古代兵器自体も、頑丈さは群を抜いているものの、ある程度人の手は加えられるような代物だ。
だが今、目の前にある古代遺跡は、それらとは違う。何をどうやっても傷付けられなかったはずの壁や床が、広範囲に渡って壊れているのだ。
見た事もないほどズタズタな遺跡の様相に、頭では理解出来ても心が追い付かず、ニースは信じられないと顔を歪めた。
ぼそりと呟いたニースに、ジェラルドが前を向いたまま淡々と応えた。
「どんなに頑丈でも、傷付かないものなんて世の中にはありませんよ。それだけ大きな力が、この一帯にかかったということでしょう。王国の遺跡も、ほとんどが壊れてるのではありませんでしたか」
「……そうですね。そう聞きました」
薄暗い穴に響いたジェラルドの言葉を聞いて、ニースは改めて、古代兵器と歌の力の大きさに恐怖を覚えた。
――粉々だっていう王国の遺跡も、こんな風に大きな力で壊されたのかな。昔は天の導きがいっぱいいたんだから、戦争があったのだとしたら……。
古代文明では、今と違い多くの天の導きが生きていた。そこで用いられていた機械類は、今残されている発掘兵器よりずっと数が多いはずだ。それらを行使できる者たちが、相反する考えを持って戦いに身を投じれば、どれだけ大きな力が働いたのかは想像に難くない。
それと同じ力を自身も持っている事を思い、ニースの手が震えた。
――こんな威力のある兵器を、本当なら皇帝は、白い音風と種で使う気だったんだ。下手したら、僕やレイチェルがこれをやらされてた……。
腹の底から湧き上がる不快感を押し込め、ニースは誤魔化すように息を吐いた。
「エドガーさんたちが無事だといいんですけど」
ニースの前を行くジェラルドからは、ニースの曇った表情は見えない。ジェラルドは少し考えるように先頭を進むガラナを眺め、言葉を返した。
「それは大丈夫だと思いますよ。ガラナが落ち着いていますから、少なくとも最低限の安全は確保出来てるのでしょう。すでに手遅れ、という可能性もありますが、それはあまり考えたくありませんし。今は焦らずに行きましょう」
「はい」
ガラナとダナは、蛇の言葉で会話が出来る。それがどのような力なのか、どの程度離れていても繋がるものなのかは、ニースには分からない。
しかし、冷静に話すジェラルドと、焦りを見せないガラナを見て、ニースは頷きを返した。
そうしてしばらく進むと、突き当たりに見覚えのある白壁が現れた。その壁は扉となっているようで、下側が中途半端に開いている。
天玉の間に続いているだろう、その隙間に近付き、ジェラルドは声を上げた。
「これですね。……カサンドラ、いますか?」
「ジェラルド、いるよ!」
「全部終わりましたよ。ここを開けるのを手伝ってください」
ガラナがダナに、近くまで来ている事を伝えていたのだろう。カサンドラは隙間の向こう側で待ち構えていたようで、返事は即座に響いた。
ガラナが通れる程度しか開いていない扉を、ジェラルドとカサンドラは力を合わせて、人が通れる程度に引き上げる。
マノロがどこからか金属製の棒のようなものを持ってきて、開いた扉を支えるように挟み込んだ。
「もう通っていいよ!」
「ニース、頼むから早く歌って!」
カサンドラに急かされ、ニースは這うようにして扉を潜り抜ける。照明の消えた天玉の間には、濃厚な血の匂いが漂っていたものの、皇帝が避難場所としていただけあり、通路と違って被害はなかった。
倒した敵の装備品をかき集めたのだろう、携帯型の照明で照らされた高座の上には、亡くなったエクシプナがイレクスやカデラたち帝国兵の遺体と共に並べられている。
怪我を負い、気を失っているエドガーとエルネストは、そこから離れた高座の下側に寝かされていた。
高座脇の入り口から入ったニースは、手にしている明かりを頼りに高座の下へ真っ直ぐ向かう。並んで寝かされているエドガーとエルネストの横にはダナがおり、血の付いた袖で、濡れた目元をぐいと拭った。
「待ってたよ。傷口は焼いたから、血は止まったけど。もうだいぶ息が弱ってきてるんだ」
「分かりました」
ニースは返事をするのもそこそこに、祈歌を歌い出す。その旋律は、現代には残っていない古くからの祈歌だった。
――ココ、ごめん。僕の判断になるけど、二人を死なせたくないんだ。ココもきっと、許してくれるよね?
ココの許可がない限り、古代の祈歌は歌わないという約束を、ニースはココと交わしている。だがエドガーとエルネストは、長く共に戦ってきた仲間であり、ニースたちの事情を知る数少ない人物でもある。この場にいるのは砂漠の護衛たちだけのため、祈歌の秘密が漏れる事はないだろう。
ココとの約束を破ってしまう罪悪感に駆られながらも、今はただ二人を救いたいと願い、ニースは歌った。
ニースの歌声は、意識のない二人を包み込み柔らかな光を放つ。無理矢理塞がれた歪な傷口が滑らかになり、土気色だったエドガーとエルネストの頬に赤みが差した。
二人の命の危機が去ったと分かり、ジェラルドとマノロは、ほっと息を吐いた。
「これで一安心ですね」
「うん。ねえ、ジェラルド。皇帝はどうなったの?」
「まだ生きてますよ。今はアグネス教授が見ています」
「もう来てるんだ。早かったね」
「ええ。エクシプナの遺体も運ばなければなりませんね。ドロモスの遺体も探さなければ」
柔らかな歌声が響く中、ジェラルドとマノロは広間の片隅に寄り、情報を共有していく。そんな二人を放置して、ダナとカサンドラは、息を詰めてエドガーとエルネストの目覚めを待った。
そうしてしばらくすると、一足先にエドガーの体を覆う光が消えた。小さな呻き声を上げて目を覚ましたエドガーに、ダナが涙を流して飛びついた。
「エド!」
「ダナか……心配かけたな」
大声で泣くダナを、エドガーは残った左腕でしっかりと抱きしめる。ガラナが嬉しそうに尾を揺らす中、ダナはエドガーの胸で泣き続けた。
その泣き声が耳に響いたのか、未だ癒しの光に包まれたままのエルネストの目蓋が、ぴくりと動いた。
「……っ、うるせえな」
掠れた声で呟いたエルネストを見て、ニースは安堵から力が抜けそうになるのを堪え、歌い続ける。エルネストは内臓や背骨にも傷を負っており、目を覚ましたとはいえ、まだ起き上がれる状態ではないのだ。
薄らと目を開いたエルネストの傍らに、カサンドラが膝をつき、震える声を漏らした。
「良かった……生きててくれて」
「……なんだお前。泣いてんのか?」
「あんたが悪いんだよ。なんであたいを庇ったりしたんだよ」
腕で乱暴に涙を拭いながら詰るカサンドラに、エルネストは呆れたように笑った。
「女を守るのに、理由がいるのかよ」
「……は? あたいを馬鹿にしてんの?」
「違えよ。お前が強いのは分かってるが、傷付くのを見るのは俺が嫌だって言ってんだ」
ぽかんとしたカサンドラに、エルネストはゆっくり手を伸ばした。
「お前は怪我はないのかよ?」
「あたい?」
「力任せに突き飛ばしたからな。痛かったんじゃねえのか?」
エルネストの手が、カサンドラの頬に伝う涙を拭う。
カサンドラは、銃撃から庇うために突き飛ばされた時の事を言われているのだと気付き、頭を振った。
「あたいは頑丈に出来てるんだ。そんな心配はいらないよ」
「そうか」
「あたいより、あんただよ。片足無くなってんの、気づいてる?」
エルネストは僅かに身動ぎ、ああと声を漏らした。
「このぐらいで済んだのか」
「このぐらいでって……足が無くなったんだよ? 何でそんな気楽に言ってんのさ」
「帝国の弾を受けたんだ。体ごと吹っ飛んだっておかしくない。これで済んだなら上等だろうが」
「何でそんな……これじゃもう戦えないってのに」
再び涙を滲ませたカサンドラに、エルネストは苦笑した。
「あのな。戦争が終われば、戦う機会は減るんだ。王国のクズ共はみんな死んでるし、暗殺の指示ももう出ないだろう。遅かれ早かれ、俺は引退してたはずだ。だから気にすんな」
「でも、その足じゃ他の仕事だって」
「両手と片足が残ってんだ。帰ったら薬屋でも開くさ」
「ごめん。ごめんよ……」
エルネストは宥めるように話したが、カサンドラは涙を隠すように俯いた。エルネストは小さく嘆息し、カサンドラを睨みつけた。
「泣くなって言ってんのが分かんねえのかよ」
「だって、あたいのせいで」
「そんなに気にすんなら、責任でも取るか?」
「責任……?」
鼻をすすりながら顔を上げたカサンドラに、エルネストは、ふっと笑みを浮かべた。
「片足がないのは、まあそれなりに不便だからな。お前、俺の世話をしろよ」
「は?」
「どうせ貰い手もいないだろ。嫁にしてやるから、王国に来い」
「……よめ?」
言葉の意味を理解しきれず、カサンドラが固まったのと同時に、エルネストを包む光が消えていった。エルネストは、ゆっくりと身を起こすと、傍らでダナを抱きしめているエドガーに目を向けた。
「おい、エドガー。カサンドラを貰ってもいいか?」
「いいんじゃないか? 俺ももう、盾を持てないからな。チームは解散しなきゃならない」
「え、いや、ちょっと……」
エドガーが真顔で答え、カサンドラが視線を彷徨わせる。いつの間にか泣き止んでいたダナが、エドガーの胸から顔を上げ、ふわりと笑みを浮かべた。
「良かったね、カサンドラ」
「いや、何の話……」
「私も祝福しますよ。ねえ、マノロ?」
「もちろん。おめでとう、二人とも」
横から挟まれたジェラルドとマノロの言葉に、カサンドラは、はっとした様子で辺りを見回す。歌い終えたニースは、カサンドラと目が合い、戸惑いながらも笑みを返した。
「ええと……。おめでとうございます?」
「ニースまで、何言って……」
話の流れをようやく理解出来たのだろう。カサンドラは、じわじわと顔を赤くしながらも、モゴモゴと口ごもる。はっきりと返事をしないカサンドラを、エルネストはじっと見つめた。
「何だお前、逃げる気か?」
「なっ……あたいは逃げたりなんか……!」
「なら、決まりだな。よろしくな、カサンドラ」
エルネストは不敵な笑みを浮かべ、カサンドラをぐいと引き寄せ、抱きしめた。カサンドラは真っ赤になりながら、頭を振った。
「ほ、本気⁉︎ だってあたいは、全然女らしくなくて……」
「俺は別に気にしねえよ。お前、結構可愛い所もあるしな」
「か、可愛い⁉︎」
揶揄うように笑うエルネストの腕の中で、カサンドラがカチコチに固まる。広間には未だ血の臭いが色濃く漂っているが、重苦しい空気を吹き飛ばすように、ニースたちは穏やかに笑い合った。




