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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第4章 はじめてのユニゾン】
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50:追手の影

前回のざっくりあらすじ:セラを連れて、ニースたちはラメンタの町を出発した。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*

 ニースたちが町を発った数日後。馬に乗った三人の旅人が、ラメンタの町を訪れた。皇国東岸の港町方面へ続く街道からやって来た旅人たちは、二十歳前後に見える年若い青年だ。

 アマービレ王国風の旅装を纏った三人のうち、一人は身なりの良い美しい青年だった。肩より長い金髪を一つに結んだ青年は、市門で馬から降りると、優雅な仕草で身分証入れを取り出した。


「アマービレ王国から来た。町へ入れてほしい」

「ずいぶん良いものだな」


 差し出された身分証入れには、細やかな細工がなされている。その中身を見るまでもなく、青年が高貴な身分である事を示していた。

 門兵は、姿勢を正して身分証を改めた。


「アンヘル・プルム・アレクサンドル・アレクサンドロフ……。伯爵家の子息? 王国貴族の方ですか。こちらには、観光で?」

「似たようなものだ。それで、町に入っていいのかな」

「ええ、もちろんです」

「ありがとう」


 緑色の瞳を持つ見目麗しい青年は、ニースの実兄アンヘルだ。

 十八歳になったばかりのアンヘルは、顔や体付きに逞しさが増しているものの、目元には疲れが滲んでいる。しかし、その憂いを帯びた表情でさえも、男女問わず多くの人を釘付けにする整ったものだ。

 身分証を受け取ったアンヘルの微笑みに、門兵は見惚れた。


「私の連れも、このまま通っても?」

「あ……いえ。確認させて頂きます」


 門兵は頭を振り、アンヘルの二人の連れの身分証も、すぐに改めた。


「あんたがエルネストで、そっちがマノロか」

「ああ。俺は若様の護衛だ」

「ボクは身の回りのお世話をしてるよ!」


 エルネストと名乗る背の高い青年は、腰に大振りの剣を下げており、アンヘルより年上に見える。その声は低く落ち着いており、経験豊富なのであろう、目付きも鋭く隙がなかった。

 一方、マノロと名乗った背の低い小柄な青年は、アンヘルと同い年のように見えるが、顔付きは幼く見え、声も甲高かった。


「この町はずいぶん立派なんだね。もしかして、旅芸人とかも来てる?」


 マノロは気さくな人柄のようで、興味深げに問いかける。門兵は身分証を返しながら答えた。


「ああ、数日前まではいたな」

「そこに黒い子どももいたりした?」

「黒い子ども? それは知らないな。特徴って言えば、座長が山賊みたいな顔して楽器を弾いてたのと、変な仮面を被った子がいたぐらいだ。そいつらは今はいないが、この町には他にも良いところがあるから、楽しんでってくれ」

「ふぅん。その良いところって、やっぱりお風呂?」

「ああ。この前まで、その旅の一座がいた宿がオススメだ」

「そこ教えて! 若様は風呂が好きなんだ。ボクたちもだけど」

「ああ、もちろん」


 マノロが宿の場所を聞き出し、入町税も支払うと、アンヘルたちは町へ入った。


 門兵から教えられた宿へ向かいながら、三人は至る所で「黒い子どもを連れた、旅芸人の一座を見なかったか」と尋ね歩いた。

 しかし、ラメンタの人々が知るのは、奇妙な仮面を被った子どもぐらいだ。誰に聞いても黒い子どもの情報は得られず、アンヘルは小さく唸った。


「ここが一番ラース山脈に近い町なんだ。ニースが通らなかったはずはないんだが……」


 アンヘルは、とある事情から、ニースを追ってスピリトーゾ皇国を訪れていた。

 先ほどまでとは打って変わり、エルネストが横柄な態度でアンヘルを睨み付けた。


「……ったく、面倒だな。座長が山賊みたいだって言うし、その仮面のガキが、てめえの弟なんじゃねえのか?」

「そうだね。その可能性はあると思う」


 曖昧に頷きを返すアンヘルに、マノロが、ふんと鼻で笑った。


「何が可能性だよ。ここまで来たら、それ以外にないでしょ。そいつらが泊まった宿で聞けば、きっと分かるよ」

「……ああ」


 貴族とその従者という関係性とは、明らかに違う会話をしながら、三人は馬を引き、町を歩く。

 そうしてたどり着いた宿で部屋を取ると、アンヘルはベニーノたちに尋ねた。


「ここに一座が泊まっていたことは聞いている。仮面の子どもも、風呂や食事の際は仮面を外すはずだ。子どもの顔を見た者がいれば、話を聞きたいのだが」


 アンヘルは、数枚の金貨をチラつかせながら尋ねたが、ベニーノと女将は全く分からないと頭を振った。


「お客様。あの子はずっと仮面を着けてましたよ。あれだけの人気だ。素顔が気になるのは分かりますが、何か事情があるのでしょう。あまり嗅ぎ回るのは、おやめになられた方が」


 ベニーノに窘められ、アンヘルは憤懣やる方ない様子で顔を歪めた。


「私はその者に興味があるわけではない」

「では、なぜそんなことを?」

「それは……」


 言いかけたアンヘルを、エルネストが睨んで止めた。


「若様。それ以上は」

「……ああ」


 言葉遣いは丁寧であるものの、エルネストの制止には圧が籠もっていた。その様は、護衛というより監視でもしているかのようだ。

 アンヘルは、関係性の歪さをベニーノたちに悟られぬよう表情を形作り、金貨を握りしめた。すると、マノロがアンヘルの横から、ひょっこり顔を出した。


「ねえ、女将さん。その子の何がそんなに人気だったの?」


 柔和なマノロの顔立ちは中性的で、曇りのない瞳は見る者の庇護欲をかき立てる。無邪気に聞こえる問いに、女将は優しい笑みを浮かべて答えた。


「ああ、歌ですよ」

「歌?」

「ええ。石歌ともまた違う歌で、音楽の歌だそうです。とても綺麗で楽しいんですよ」


 マノロは、へぇと声を漏らした。


「そんなすごい音楽なら、聞きたかったなぁ。ねえ、若様。ボク、その旅芸人が気になるな。若様も聞いてみたくない?」


 アンヘルの腕にすがり付き、屈託のない笑顔でマノロが語りかける。アンヘルは苦笑して頷いた。


「そうだな。その一座がどこへ向かったかは、教えてもらえるか?」

「皇都へ向かうと聞きました」

「そうか。ありがとう」


 アンヘルは金貨を一枚置き、絡み付くマノロと、どこか呆れたような様子のエルネストを連れて部屋へ向かった。



 アンヘルは三階の個室と、二階の二人部屋を取っていた。

 貴族のアンヘルが個室を借りるのは当然だが、従者のために二人部屋を用意するのは破格の待遇だ。アンヘルの意図に関係なく、マノロとエルネストが大切な従者なのだと、ベニーノたちは受け取っていた。


 アンヘルにくっ付いて階段を上ったマノロは、三階の部屋へ入ると、パッと手を離した。


「アンヘル。もう少し交渉を磨きなよ。顔は良いんだから、金だけじゃなくて使えるものは全部使わないと。あのぐらい一人で聞けないで、どうするんだよ」

「すまない」

「まあボクは、ニースさえ押さえられれば、伯爵家がどうなってもいいけどね」


 からかうように言うと、マノロは一台しかない大きなベッドに横になる。アンヘルは椅子に腰を下ろし、顔を歪めた。


「マノロ……。それは頼むから言わないでくれ」

「ボクが言わなくたって、殿()()がどう思うかは別でしょ? ねえ、エルネスト?」


 マノロの言う「殿下」が指すのは、アマービレ王国王太子だ。マノロに話を振られ、エルネストは頷いた。


「ああ。本来なら、これは俺たち二人だけで出来る任務だ。お前をわざわざ入れたのは、殿下のご好意なんだよ。俺たちが何のためにお前の付き人ごっこをしてるのか、忘れるな」


 アンヘルがニースを追う事となったのは、王国王太子キールの命を受けたからだ。ニースが国を出た事で、アレクサンドロフ伯爵家には、王国を裏切ったという疑いが持たれていた。


 アマービレ王家は、ニースの死が偽装された事を掴んでおり、“調子外れ”を治すためにニースが旅に出た事も知っていた。王家は、いずれ力を取り戻すかもしれない天の導きが国外へ出た事を、強く危険視していた。

 希少な天の導きを失わせた伯爵家の罪は大きく、当主のゲオルグ共々家族も刑を受け、取り潰しとなってもおかしくない。天の導きとは、それだけ大きな存在なのだ。


 しかし伯爵ゲオルグと違い、嫡男のアンヘルは優秀だった。そのため、王太子キールは密命の遂行を引き換えに、伯爵家の罪を許すとアンヘルに持ち掛けた。

 アンヘルは家を守るため、工作員のエルネストとマノロに監視されながら旅をしていた。


「分かっている。必ず任務は遂行する」


 キールから言い渡されたのは、ニースが他国の手に落ちないように見守る事。そして、“調子外れ“を治す方法が本当にあるのか確かめ、ニースが力を取り戻し次第、王国へ連れ戻す事の二つだ。

 しっかり頷いたアンヘルに、ベッドから身を起こしたマノロが笑いかけた。


「やる気があるなら、まあいいよ。それはそれとしてさ。せっかくだから、今日は風呂に入ろう!」


 楽しみで仕方ないといった風なマノロに、アンヘルは苦笑した。


「そうだな。ところで、私のベッドは……」

「必要なら、ボクたちの部屋も取りなよ。もちろん、三人分個室で」

「この規模の宿屋でそれは、さすがに怪しまれる。君たちは従者の設定なんだから」

「でもボクは、このベッドがいい。柔らかくて最高じゃないか。アンヘルだけこれなんて、ずるい」


 断固としてベッドを譲る気のないマノロを見て、アンヘルは肩を落とした。


「それなら、私も隣に寝ていいか」

「男と寝る気は、ボクにはないよ! さっきのは、あくまで演出。勘違いするなよ!」

「そういう意味ではないんだが……」


 困りきって眉根を寄せたアンヘルに、エルネストが笑った。


「俺と二人部屋に行くか?」

「……いや。それだと私が主人という設定が崩れる。床で寝るからいい」

「お貴族様も大変なもんだな。せめて長椅子でも使えよ」


 エルネストは、ふっと笑みを浮かべ、二階の部屋へと降りていった。マノロはさっさと支度をして風呂に向かう。

 一人残されたアンヘルは、マノロが置いていった伝書鳩に餌をやりながら、深いため息を吐いた。


「長椅子が今夜の寝床か……。ニースへした仕打ちを考えれば、仕方ないことだが」


 アンヘルは、かつての自分の行いを心の底から悔いていた。ニースが父ゲオルグに殺されかけた事を知り、ゲオルグの心はニースに対しても向けられていなかったのだと気付いたからだった。


「まさかあの時の産婆が、ニースの存在を王家に知らせていたなんて。ダミアンが父上を止めなかったら、我が伯爵家はとっくに潰れていたな」


 ニースには、生まれた頃から監視が付けられていた。”調子外れ“であるかどうかは、王家にとってさほど重要ではなかった。天の導きの存在そのものが重要だったと、アンヘルは王太子キールから聞いていた。


「ニースが力を取り戻したら……もう自由はないのだろうな。私は何度、ニースを傷付けることになるのだろう」


 弟を想う心を取り戻したアンヘルは、ニースに自由を謳歌させてやりたいという気持ちと、家を守りたいという気持ちに挟まれていた。

 遣る瀬無い想いを抱えながら、アンヘルは立ち上がる。窓の外からは、眩しい夏の日差しが差し込んでいた。


これにて、第4章終了となります。

このあと、閑話、幕間劇、人物紹介を挟みまして、第5章へと続きます。


セラとの旅の中で、ニースは少しずつ成長していきます。

引き続き、よろしくお願い致します。

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[一言] アンヘルの心境を綴った閑話が、ここに繋がるとは…… 面白くてこの物語に呑まれっぱなしです。 やっぱり好きです!
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