508:想い繋いで2
前回のざっくりあらすじ:ニースたちは研究所へたどり着いた。一方、ルポルたちは危機に陥り、マルコが一人、追手を引き受けた。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、暴力的、痛ましい表現や描写が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、5月7日(木)となります。
路地裏にいくつもの足音と荒い息遣いが響く。ルポルと同じように、ニースの身代わりとなって走っていたベンの元には、多くの敵が押し寄せていた。体力には自身のあったベンだが、あまりの敵の多さに疲労を感じていた。
「そろそろ時間だが、これでは合流出来ないな」
時間を追う毎に、敵はどんどん増えていく。それは、ルポルを追っていた敵が流れてきたためだが、それをベンたちが知る事は出来ない。
終わらない猛攻の中、ベンたちは時折反撃を加えながらも、ひたすら逃げ続けていた。
同行していた王国兵二人は倒れ、今のベンは、レミスと皇国兵の計三人で行動している。その皇国兵も肩に傷を負っており、満身創痍だ。
ベンは走りながらも襲いくる敵に狙いを定め、銃を構える。的確に敵を撃ち抜いても、そのすぐ後にまた新たな敵が出る。倒しても倒しても追手の手は緩まず、逃げ道は狭まる一方だった。
「もう弾が切れる。レミス、お前はあとどのぐらいある?」
「もうほとんどありません。接近戦も覚悟するしかないですね」
ベンの隣で走りながら苦しげに言ったレミスに、ベンはため息を吐いた。
「こんなことなら、ニースに狂化歌を歌ってもらえば良かったな」
「縁起でもないことを言わないでください。酷い目に遭ったのを忘れたんですか」
「すまない。冗談だ」
レミスに咎められ、ベンは苦笑する。二人の後ろを走る皇国兵が額を流れる汗を拭い、真剣な面持ちで声を挟んだ。
「ですが軍曹、隊長の考えはありだと思いますよ」
「何?」
「今は隊長がニース様ですよね? 俺はもう無理です。俺の弾は、隊長が使って下さい」
ベンとレミスは、兵士の言わんとしてる事に気付いた。
「なるほど。はったりも必要か」
「隊長が歌えるなら、ですが」
「全く同じというわけにはいかないが、それらしい雰囲気は出せるだろう。だが、いいのか?」
「はい。隊長をお守りするために、ここまで来たんです。覚悟の上ですよ」
笑みを浮かべて言った兵士を見て、レミスも頷いた。
「それなら私も行こう。傷を負ったお前だけでは、そう長くは持たないだろうからな」
「レミス……」
「我々が引き付けている間に、ベンジャミン様は身を隠して下さい。敵が引くようなら、ニース様と合流してもいいでしょうが、無理はせず御身を最優先に」
レミスはベンの副官だが、ベンの父フェローシャス侯から直々にベンの事を頼まれている。それは我が子を思う父としての頼みだけではなく、皇国を支える重臣としての命令でもあった。
ベンの身には、帝に繋がる血が流れている。万が一にも敵の手中に落ち、その血を使われるわけにはいかない。たとえそれが遺体であっても、敵に奪われるわけにはいかないのだ。
レミス個人に与えられた任務は、ベンの命を守るだけでなく、もしその命が潰えた場合、遺体を祖国へ運ぶというものだった。そのため副官としてベンを支えながら、常に隣にいたのだ。
だがレミスに、ベンを死なせる気はない。レミスにとってベンは尊ぶべき存在だが、それ以上に軍人としての在り方を教え込んだ大切な教え子でもある。命がけでベンを守ろうとするその想いは、ベンも痛いほど知っていた。
ベンは苦しみを堪えるように拳を握りしめ、真剣な眼差しを返した。
「お前たちの武功は必ず伝える。その命、使わせてもらう」
「はっ!」
三人は物陰に身を寄せると、素早く残りの銃弾をベンに集めた。レミスと兵士が剣を抜き、ベンが朗々と歌い出す。
歌声に気付いた敵兵に動揺が走った隙をついて、レミスと兵士が突っ込んで行き、ベンも同時に反対方向へ駆け出した。
――レミス、すまない。
滲み出す涙を袖で乱雑に拭い、ベンはひた走る。しかしある程度走った所で、不意に違和感を感じて飛び退いた。
「くっ……!」
すぐそばの地面が抉られ、爆風が路地をすり抜ける。ふらついた体勢をベンは即座に立て直し、再び走り出す。ベンの背後から、女の声が響いた。
「まだ生きてるわよ! 次は当てなさい!」
新手が来たのを悟り、ベンは顔を歪める。足を止めたら終わりだと、ひたすらに走り続けるベンだったが、至近距離に撃ち込まれた砲弾に体が傾いた。
「まずいっ……!」
ベンが被っていた帽子が地に落ちる。転んだ勢いを殺さずに身を捻り、立ち上がろうと顔を上げた所で、銃を構えた女と目が合った。帝国軍の軍服を着た女は、忌々しげに顔を歪めた。
「こっちも偽物⁉︎」
苛立たしげな叫び声と共に、銃弾が放たれる。せめて急所は外れるようにと飛び退こうとしたベンを、横から来た何かが強く引っ張った。
「ベンジャミンさん!」
「ルポル⁉︎」
すり抜けた銃弾を横目に、ルポルに片腕を引かれたまま、ベンは足を動かす。唖然とする女たちに矢が降り注ぐのを尻目に見ながら、ルポルとベンは走った。
「すみません。囮だとバレて、敵をこっちに流してしまいました」
「構わない。他の者たちは?」
「マルコが追手を引き受けてます。ベンジャミンさんが心配だったので、俺とエリックだけここへ」
「そうか」
名前の上がらない者たちがどうなったのかを察し、ベンは束の間、息を詰める。だが瞬時に気持ちを切り替えると、ベンは瞳に力を込めて前を見据えた。
「俺も偽物だとバレた。たぶんあいつらは、研究所に向かうはずだ」
「そうですね。どうにかしないと」
エリックの牽制が効いたのだろう。うまく追手を撒いた所で、二人はエリックと合流した。
「ルポル、すまない。あの女は仕留められなかった」
「とりあえずベンジャミンさんを助けられたんだから、それでいい」
エリックの目元は泣き腫らしたように赤くなり、頬には殴られたような跡がある。マルコが一人残ったと知って取り乱したエリックを、ルポルが殴って正気に戻したためだ。
そんな顔では、いつもと同じ弓の精度は出せないだろう。ルポルは責める事なく、淡々と応えた。
ベンは詳しい話を聞いていないものの、エリックの顔を見れば何があったのかは何となく察せられた。
平静を装う二人も、レミスを残してきたベン自身と同じ気持ちを抱えているだろう。二人の心中を思い、ベンはあえて何も言わなかった。
物陰に身を寄せ、三人は息を整える。汗と共に顔の灰を拭ったベンに、ルポルは問いかけた。
「俺たちはこれから研究所に行きます。ベンジャミンさんはどうしますか?」
「もちろん行くよ。ニースを放っておけない」
「きっとそう言うと思ってました。行きましょう」
「ああ」
三人は頷き合うと、研究所へ向けて走り出す。そんな三人の頭上に、小さな影がすいと差した。
「何だ?」
エリックが矢をつがえながら、上空へ目を向ける。舞い降りてきた白い影に、ベンたちは笑みを浮かべた。
「バード! 来たのか!」
『ココから別行動になったって聞いたけど、なんか三人ともボロボロだねー。まあでも、生きてて良かったよー』
のんびりと答えたバードを、ルポルが、がしりと掴んだ。
「研究所まで案内してくれないか。俺たちが囮だってバレたんだ。ニースが危ない」
『分かった。ココにも連絡しておくね。すぐ追いかけよー』
ルポルが手を離すと、バードは三人を先導するように飛び立つ。ニースの無事を願いながら、ベンたちは研究所を目指して走り続けた。
複数の人影が動く石造りの通路に、くぐもった呻き声が響く。声の主は白衣を纏った青年だが、その手足は縛られ、口は布で塞がれている。青年は屈強な同盟軍兵士に担がれており、助けを求めるように身を捩る。
青年を担いで歩く兵士の前にはエルネストが。後ろにはニースとユリウス、ジミーと、四名の兵士がいる。研究所内で姿を見せるのは得策ではないと、ココはニースの懐に入れられていた。
震えながらも抵抗を続ける青年を見つめ、ニースは気の毒に感じて語りかけた。
「ごめんなさい、無理やりこんなことして。でも僕たち、地下に降りたいんです。ちょっと目を貸してもらえれば、危害は加えませんから」
研究所の地上階には、レイチェルの姿はなかった。広い建屋には多くの部屋があったものの、巡回していた警備兵と、助手と思われる数名の年若い研究員がいるだけだった。
ニースたちは一人残らず警備兵と研究員を捕らえ、レイチェルの居場所を問いただしたが、地位が低いからか誰も知らなかった。直接地下に乗り込んで探すしかないと、その研究員の中で最も年長の者を、一行は連れて歩いているのだ。
研究所から地下へ向かうには、古代遺跡の一部であるエレベーターに乗る必要がある。そして、地下には重要な研究設備が集中して置かれているため、エレベーターは所員でなければ動かせないよう設定されている。それを動かす鍵は所員の瞳だと、ニースたちは事前にジャンから聞いていた。
捕らえた研究員は敵ではあるものの、ニースは怒りも憎しみも感じていない。下っ端で何も知らない青年に、ニースはむしろ同情の気持ちすら抱いている。
そのためニースは、巻き込まれてしまった青年を、心から労わる気持ちで話しかけた。しかし、穏やかなニースの言葉を聞くと、青年は顔を青ざめた。
愕然として目に涙を浮かべた青年を見て、ユリウスが呆れたようにため息を吐いた。
「ニース。それじゃ脅してるのと同じだよ」
「なんで?」
「だってそれ、大人しくしなかったら目をくり抜くって言ってるようなものだろう?」
「そんなことしないよ。……しませんよね?」
窘めるように言ったユリウスに、ニースはムッとしたものの、不安げにエルネストに問いかける。エルネストは、ちらりと振り向き、ニヤリと笑みを浮かべた。
「さあ、どうだろうな? 鍵さえ手に入れば、それでいいんじゃないか?」
楽しげなエルネストの声を聞いて、青年は引きつったように身体を強張らせ、抵抗を止めた。青年の変化に気付き、ニースは申し訳なさを感じた。
「エルネストさんはああ言ってますけど、そんなことないようにしますから。ご協力お願いします」
切なげに言ったニースに、青年は涙目になりながらも何度も頷く。ほっとしたニースの横で、ユリウスは苦笑して頭を振った。
そうして誰もいない通路を一行が歩いていくと、やがて開けた空間に繋がった。研究所の中心に位置する広間のようなその場所には、周囲と趣の違う白い柱が立っている。
古代遺跡特有のつるりとした質感をしている柱は、巨木の幹のように太い。その柱の前に、担がれていた青年は下された。
「さて、仕事だ。こいつを使えるようにしたら、解放してやる。大人しく目を開けてろよ」
エルネストが青年の肩を掴み、柱の一部へ顔を近づけさせる。すると古代文字と思われる紋様が、柱に浮かび上がった。
大人しく青年が目を開くと、光の線が柱全体に散っていく。そうして光の線が消えると同時に、柱の中央が音もなく割り開かれた。
「よくやった。お疲れさん」
エルネストは青年の首を叩き、その意識を落とす。手足の戒めはそのままに、青年は壁際に横たえられた。ニースは気を失っている青年に歩み寄り、声をかけた。
「誰かが来るまで、ここにいて下さいね。ありがとうございました」
「ニース。さっさと行くぞ」
現れたエレベーターに、ユリウスたちはすでに乗り込んでいる。エルネストに促され、ニースは柱の中へ足を踏み入れた。
「下にはもっと数がいるはずだ。油断するなよ」
「はい。分かってます」
真顔で語るエルネストに、ニースは素直に頷きを返す。ユリウスが穏やかに声を挟んだ。
「ニース、何階まで降りるの?」
「第五層だよ。制御室があるはずだから、そこを目指そうと思う」
煌々と明かりに照らされているエレベーターの片隅には、階層を示す古代文字が並んでいる。ユリウスの問いに答えながら、ニースはその中の一つに手を伸ばした。
だが、ニースが触れる前にエレベーターの扉が勝手に閉まり、触れようとしていた文字が消えた。
『やあ、久しぶりだね。ニース君、ユリウス君』
「エクシプナ……!」
エレベーターの明かりが、異常を知らせるような赤色に変わる。それと同時に、どこからか不意に響いた声に、ニースたちは目を見開いた。
エルネストが舌打ちして、エレベーターの扉を殴りつけた。
「罠か!」
『残念だが、その扉は開かないよ』
愉快げに言うエクシプナの声は、天井付近から聞こえるように感じられた。
ユリウスとジミーの顔が、憤怒の色に染まる。ニースは顔を歪めて、真っ白な天井を睨んだ。
「僕たちをどうする気ですか。レイチェルを返して下さい!」
『心配しなくていい。レイチェル君には、すぐに会わせてあげよう。それにしても、こうもあっさりと来てくれるとはね。ココを連れていると報告があったが、意思疎通が出来るわけではないのかな?』
嘲るように言ったエクシプナの言葉に、ニースは驚いたものの、表情を変えないように歯噛みした。
――ココがいるって、きっとフォーゲルから聞いたんだ。でもあの人は、ココが話せるのを知らない。帝国にいた時は、バードもココも、特別な機械を使ってあの人と話してたんだよね、確か。
ニースの胸元で、ココがごそりと動いた。ニースは、ユリウスに目配せして、さり気なく壁際へ身を寄せる。
ユリウスは、ニースの服の隙間から紐のようなものが出てくるのを視界の隅に捉えると、注意を引き付けるように天井に向かって声を上げた。
「レイは無事なんだろうな。レイに何かあったら、許さないぞ!」
『ずいぶん態度が悪いな。君たちに、そんなことを教えた覚えはないが』
「お前が教師面するな! 裏切り者!」
ユリウスが怒鳴ると、エクシプナの声にため息のようなものが混ざった。
『元気なのは良いが、あまり煩いのも考えものだよ。それにユリウス君。君のことは特に招待する気もなくてね』
「何だと⁉︎」
『ニースさえ手に入れば、私の研究には充分なんだよ。まあ、君を欲しいという者もいるから、帰すつもりもないが』
「勝手なことを! オレたちは、お前たちのために歌う気はない!」
『君は賢いと思っていたが、置かれている状況を理解していないようだね。すぐに迎えを送るから、大人しくしていなさい』
エクシプナの放った言葉に、エルネストとジミーが、はっとした様子でニースとユリウスの口と鼻を抑える。それとほぼ同時に、煙のようなものがエレベーター内に一気に噴き出し、人の倒れ込む音が響いた。




