507:想い繋いで1
前回のざっくりあらすじ:ニースを研究所へ行かせるために、ベンとルポルが囮役を引き受けた。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、残酷、痛ましい表現や描写が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、5月5日(火)となります。
雪の積もった暗い路地裏を縫うように、ニースたちは研究所を目指して走る。ベンやルポルたちがうまく敵を引き付けているようで、一行が出会う敵の数はそう多くなかった。
「あれが研究所みたいだな」
倉庫を出て半刻ほど走った頃、ニースたちの行手が不意に開けた。大通りを挟んだ向こう側に、頑丈そうな鉄柵で囲まれた広大な敷地があり、入り口となる門周辺には多くの帝国兵が立っている。
柵の奥は、樹木が生茂るだけで建屋は影も形も見えない。しかし目を凝らせば「帝都中央研究所」と書かれた看板が、街灯に照らされて門の横に見えた。
周囲を警戒しながら足を止めたエルネストに、ニースは頷きを返した。
「やっぱり正面の警備はしっかりしてますね。ジャンさんが言ってた裏口に回りましょう」
敵に見つからぬよう大通りを避け、ニースたちは研究所の裏手に回る。
帝国スパイとしてアルモニアへ来る前、ジャンはこの研究所で働いていた。内部構造や警備体制を熟知しているジャンは、平時とは違うかもしれないと前置きをしながらも、ニースたちが忍び込みやすい入り口を教えていた。
「確か柵の一部に穴があるんだったな」
「はい。ただ、何年も前の話らしいので、今も残ってるかは分からないそうですが」
「ないならないで、開ければいい。道具はあるんだよな、ジミー?」
「ああ、大丈夫だ。この程度の物なら破壊出来る」
人気のない通り沿いの生垣の裏側に、ジャンの言う穴はあった。太い鉄柵の一部がねじ曲がって出来た穴は、大柄な軍人が通るには狭そうだ。ジミーはその穴を、発掘品の機材を使い、手際よく広げていく。
いつ見つかるかとニースは冷や冷やしたものの、特に問題なく穴は広げられた。
「入るぞ」
エルネストが先導し、ニースたちは研究所の敷地内へ入り込む。針葉樹の立ち並ぶ庭を通り抜けた先には、どっしりとした石造りの建屋があった。
「帝都の研究所にしては低いな。せいぜい二階あるかどうかってところか?」
「そうですね。地下が広いって言ってましたし、地上はそんなに大きくないのかも」
小声で言い合うニースとエルネストに、ユリウスが声を挟んだ。
「でもかなり広そうだよ。裏口ってのはどこなの?」
「たぶんあっちだと思うけど……ココ」
ニースは、肩に乗るココに語りかける。ココにとっても、帝都の研究所は勝手知ったる場所だ。ココは小さく頷き、すいと飛び立った。
「やっぱりあっちだね。行こう」
庭の所々にいる警備兵の目を掻い潜り、ニースたちは裏口へたどり着いた。裏口には数名の兵士がいたものの、エルネストがあっという間にその意識を落とした。
「他にはいないみたいだな。とりあえず、地上から探すぞ」
ニースたちは警戒しながら建屋へ足を踏み入れる。広々とした研究所のどこにレイチェルがいるのか、ニースたちには見当もつかない。不気味なほどに静かな地上階の部屋を、ニースたちは一つ一つ確かめていった。
一方、その頃。住民たちの姿が消えた町では、いくつもの銃弾が飛び交っていた。普段人が足を踏み入れる事のない路地裏の雪も無数の靴で踏み荒らされ、薄汚れた灰色に点々と赤い血も混ざり合う。
ニースの身代わりとなったルポルたちは、多数の敵兵に追われ、荒い息を吐きながら走り続けていた。
「ニースたちは、そろそろ着いた頃か」
「ルポル、研究所からだいぶ引き離したけど、いつまで逃げるんだ?」
「そうだぞ。お前、このまま終わる気なのかよ」
エリックとマルコに言われ、ルポルは走りながら苦笑した。
「そう言われても、接近戦はダメだって言われただろ? 俺たちには弾だってもうない」
「でも俺たちは、剣で生きてきた王国兵だ。あいつらだけ逃してやればいい」
ルポルたち王国兵は、同盟軍から銃と弾を借りて使っている。撃ち方は習ったものの、銃撃戦はそれほど得意ではないため、持っている弾数は少なかった。
今は同行する二人の皇国兵が、時折威嚇射撃を行ってるだけだ。銃を片手に走る皇国兵たちをちらりと見やり、マルコは言った。
すると皇国兵たちは、ふっと笑みを浮かべた。
「我々が銃しか使えないと思うなら、大間違いだ」
「俺たちの弾も残り少ない。このままでは、どうせ逃げ切れないだろう。やる気なら、最後まで付き合うぞ」
「だ、そうだぜ。どうする?」
マルコに問われ、ルポルはため息を吐いた。
「やられっぱなしはそんなに嫌か?」
「お前は平気なのかよ」
「いいや。俺も嫌だ」
ルポルは言いながら、腰に下げている剣に手をかけた。
「でも俺は死ぬ気はないし、お前らを死なせる気もない。ある程度数を減らしたら、撤退するぞ」
「おう、それで構わねえよ」
「ちょうど突き当たりだ。背後を取られるなよ。右は任せた」
袋小路へたどり着いたのと同時に、ルポルは剣を構えて反転する。追ってきた敵兵に向かい、ルポルとマルコが一足飛びに斬りかかり、皇国兵が銃弾を放った。
その隙にエリックが壁伝いに屋根上へ上り、高所から敵の首を狙って次々に弓で射抜いていく。
近接戦になったため、ルポルが偽物だと気付かれたのだろう。帝国兵たちは苛立った様子で声を上げた。
「あいつは囮だ! 本物は向こうの方だ!」
「行かせるかよ!」
ベンに追手が集まっては困ると、ルポルたちは休まず剣を振るう。しかし敵も一筋縄ではいかない。同士討ちを避けるために帝国兵も剣で応戦し始め、皇国兵も銃ではなく剣を手にした。
複数の敵を相手取りながらもルポルたちは健闘を続けたが、歌で強化された敵兵は生半可な傷では止まらなかった。
「くそっ。行けると思ったのに。こいつら、こんなにしぶとかったか?」
マルコは忌々しげに舌打ちし、立ち上がろうとする敵の胸に剣を突き刺す。
初陣となったクフロトラブラでは不意打ちをしたため、狂化歌は使われていなかった。そしてそれ以降、マルコたちが戦場で帝国軍と剣を交えた時は、同盟軍の解放歌が常にあった。
足で乱雑に敵を蹴り、剣を引き抜いたマルコに、皇国兵たちが呆れたように応えた。
「知らずにやる気だったのか」
「確実に息の根を止めないと、こっちがやられるぞ」
「分かってるよ!」
マルコは苛立ちを刃に乗せて剣を振るう。マルコとルポルは、エルネストから直々に訓練を受けており、時折ジェラルドにも稽古を頼んでいた。元々、剣の才もあるマルコの太刀筋は見事なもので、互角の戦いを見せている。
しかしそれでも、多勢に無勢だ。全ての敵を倒せるはずもなく、一部の敵が離脱していく。エリックが足止めしようと矢を放つが、敵もエリックを銃で狙うため、到底抑えきれない。
ルポルは剣を振るいながらもそれに気付き、焦りを滲ませた。
「まずいな。これじゃベンジャミンさんの方に敵が流れる」
敵を一人斬り伏せ、ルポルは皇国兵たちに振り向いた。
「道を作ります! ここは俺たちに任せて、お二人は援護に行ってください」
「すまない、頼む!」
ベンたちの居場所は分からないものの、離脱した敵を追っていけばいずれ合流出来るだろう。ルポルとマルコが切り開いた道を、皇国兵たちは駆けていく。
しかしその背が消える前に、ドンという音と共に皇国兵の体が飛んだ。
「何っ⁉︎」
まるで砲撃でも受けたかのように地面は抉られ、皇国兵は吹き飛ばされていた。悲鳴を上げる間もなく倒れた二人を見て、ルポルとマルコは目を見開く。その直後、頭上から爆発音と共にエリックの叫び声が上がった。
「うわっ!」
「エリック!」
屋根の一部が崩れ、エリックの姿が消える。緊張を滲ませた二人に向けて、間髪入れずに大型の弾が飛んできた。
「くっ!」
「まさか、新手か⁉︎」
混戦になっているにも関わらず、容赦なく弾丸は撃ち込まれる。爆風と共に複数の敵兵が倒れ、ルポルとマルコは物陰に身を隠した。
「撃つのをやめんか!」
隊長格と思われる帝国兵の怒鳴り声と共に、攻撃は止んだ。物陰で耳を済ませる二人の元に、複数の足音に続き、怒りに満ちた男の声が響いた。
「ロケット弾を使うなど正気か⁉︎ カデラ殿、どういうつもりだ!」
「あなたたち遅いのよ。天の導きをさっさと仕留めろと、陛下は仰せよ」
響いた女の声に、ルポルは眉根を寄せる。顔を出して様子を見たい所だが、攻撃を受ける恐れがあるため身動きが取れない。
すると、帝国兵の嘲るような笑い声が響いた。
「残念だったな。ここにいるのは偽物だ。本物は向こうのようだぞ」
「あらそう。それなら減らした分は置いていってあげるから、さっさと終わらせなさい。私は先に行くわ。……フォーゲル、案内して」
カデラと呼ばれた女は去って行ったようで、複数の足音が遠ざかり、辺りには剣呑な空気が漂う。ルポルは、エリックがいたはずの屋根上に目を向け、顔を歪めた。
「今なら狙撃出来たはずなのに、動きがないな。エリックは怪我でもしたのか?」
「おい、ルポル。ここは俺が引き受けるから、お前はエリックと行け」
囁いてきたマルコに、ルポルは困惑した。
「マルコ、何言って……」
「あの女はヤバイ。お前だって見ただろ。ロケット弾とかいう、あの武器の威力」
「それは見たけどさ」
「少尉がやられたら、次はニースだ。隊長は怪我してるし、あの女を放っておけないだろうが」
マルコの真剣な眼差しを見て、ルポルは拳を握りしめた。
「それなら、こいつらを倒してお前も一緒に行こう」
「そんなことしてたら間に合わなくなる。エリックが無事かも分からないんだ。俺が時間を稼ぐから、さっさと行け」
カデラを見送った帝国兵たちは、身を隠したルポルとマルコの出方を窺っている。今は静かだが、同士討ちで減ったはずの敵はカデラの残した兵士で補充され、三人で協力しても乗り切れるかどうかという数だ。
いくらマルコが強いといっても、鬼神には及ばない。到底一人で倒せる数ではなく、ルポルは苦しげに顔を歪めた。
「お前、恋人も作らないまま死ぬ気なのかよ。家族だって帰りを待ってるだろ」
「俺を誰だと思ってるんだよ。マルコ様だぞ? そう簡単にやられねえよ。それに俺は、童貞を捨てれただけで充分だ。決まった女なんか面倒くさいだけだからな。ここで男を上げて、町に銅像でも建ててもらった方が幸せなんだよ。家族だって分かってくれる」
「マルコ……」
「お前らは俺の大事な舎弟だ。俺が守ってやるから、待ってる女を泣かせるような真似はするな。必ず生きて帰れよ」
一人残ろうとするマルコの目は悲壮なものではなく、闘士が漲っていた。生き生きとしたその姿を見て、ルポルは覚悟を決めて、頷いた。
「必ず帰って、お前の立派な銅像、建ててやるからな」
「鼻だけは変えといてくれ。ニースみたいに」
「これ以上ないってほど、美化してやるよ。……ありがとな、マルコ」
「おうよ。ニースとエリックを頼んだ」
「ああ、任せろ。お前と並べるのは俺だけだからな」
ルポルは込み上がるものを堪えて笑みを浮かべた。マルコは、ふっと笑うと雄叫びを上げて敵兵に突っ込んでいく。
それと同時にルポルも駆け出し、エリックが落ちたはずの建屋に向かった。
「エリック、どこだ⁉︎」
「ルポル、ここだ! 挟まって動けないんだ」
エリックは崩れた瓦礫に挟まれていた。ルポルは力任せに瓦礫を押し除け、エリックを引き上げた。
「走れるか?」
「ああ、大丈夫だ」
「なら行くぞ」
「おい、マルコは?」
「後で話す。とにかく今は足を動かせ。追いつかれる」
近付いてくる剣戟の音を耳にしながら、ルポルはエリックと共に走り出す。奥歯を噛み締め、ルポルは振り向かずに町中へ姿を消した。




