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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第28章 決戦】
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506:帝都攻略戦3

前回のざっくりあらすじ:パラシュートで降下したニースたちは、フォーゲルの襲撃に遭った。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激な表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、5月3日(日)となります。

 街灯に照らされた町に、怒号や悲鳴、発砲音が響き渡る。墓地を出たニースたちは、出来る限り速やかに研究所へ向かおうとしたものの、予想以上に敵の動きは早かった。まるでこうなる事を予期していたかのように、研究所へ繋がる道には敵兵が多くいたのだ。

 心苦しく思いながらも、ニースたちは避難中の一般市民を盾にする形で、帝国軍の攻撃を躱していた。


「いたぞ! 王国の天の導きだ!」

「逃がすな! 撃ち殺せ!」


 ニースが来ていると、フォーゲルから伝わったのだろう。帝国軍は執拗にニースを狙う。

 徐々に疲労の溜まり始めたニースとユリウスを、ベンとジミーがそれぞれ支え、エルネストたちが二人を守りながら走り続けた。


「敵が増えてきた。これ以上は無理です」

「ここもダメか。面倒だが、一度下がるしかないな」


 エルネストとルポルに促され、ニースたちは大通りを逸れて横道へ入る。

 囲まれないよう移動するニースたちは、なかなか研究所へたどり着けない。何度も回り道を余儀なくされ、時間ばかりが過ぎていった。


「これじゃ(らち)が明かない。ニース、どこかで体制を立て直そう」


 銃弾を避け、ニースを物陰へと引き摺り込みながら、ベンが口を開いた。上がった息を整えながら、ニースは頷きを返した。


「そうだね。ココ、隠れられそうな場所はない?」


 地上へ降りた後から、ココはニースの肩に止まり、前方に立ち塞がる敵の情報を伝えていた。

 通信で流れる情報には、偽の情報も含まれる。実際に()()()()確認した方がいいと、ココが判断したためだ。機械の鳥であるココは、ある程度の距離なら壁の向こう側も見通す事が出来た。


 反撃を加えながら、エルネストたちもニースのそばに集まってくる。ニースの問いに答える代わりに、ココは羽ばたく()()をして、裏道へと飛び立った。


「みんな、ついて来て」


 先導するココに続いて、ニースたちは走り出す。そうして時折交戦しながらも敵を撒き、一行は古びた倉庫へ身を隠した。


「ここで少し休もう。何人残ってる?」


 額に浮かんだ汗を拭うニースに、ルポルが数を数え、苦しげに顔を歪めた。


「俺たちも合わせて十九人だ。途中逸れたのもいるから、後で合流出来ればいいけど……」


 出撃時には、レイチェル奪還班は四十名いた。研究所到達前に半数にまで減った戦力に、ニースは歯噛みする。沈痛な空気の中、ユリウスが悔しげに声を荒げた。


「くそっ。あと少しなのに!」

「ユリウス様、もうしばらくの辛抱です」


 苛立ちを感じても、数の問題もあり強行突破はとても出来ない。外の様子を窺っていたエルネストが、ため息混じりに呟いた。


「ここにもそう長居は出来ねえな。別行動に移るか」

「別行動って……エルネストさん、何する気なんですか?」


 エルネストの不穏な言葉に、ニースは眉根を寄せる。エルネストは小窓から離れ、ふっと笑みを浮かべた。


「ここまで来て出来る事なんざ限られてる。お前を行かせるには、囮になって引き付けるしかないだろうよ」

「囮……やっぱり、そうですか」


 エルネストは言いながら、自身の得物を確かめるように、剣を軽く抜いた。ニースは不安を誤魔化そうと、肩に乗るココの背を撫でた。

 月光に刃を光らせるエルネストに、ルポルが表情を引き締めた。


「隊長一人で行かれるつもりですか」

「希望者がいれば連れて行くが。ルポル、お前はニースと行け」

「隊長……」


 二人の話を聞いて、マルコが手を挙げたそうに瞳をギラつかせる。しかしマルコが何かを言う前に、ベンが声を挟んだ。


「待ってくれ。囮を出すのは賛成だが、それにエルネストは向かない」


 静かなベンの声に、エルネストは顔をしかめた。


「は? 何言ってんだ、お前」

「エルネストはニースと一緒に行った方がいい。敵は()が引き付けよう」


 ベンに意味ありげな眼差しを向けられ、エルネストは小さく舌打ちする。

 ニースの友人としてではなく、皇国軍少尉として話したベンに、レミスが慌てて声を上げた。


「隊長、何を言ってるんですか!」

「そう驚くことでもないだろう。ニースがここに来ていると、すでに知られているんだ。エルネストが一人で出た所でそう多くは動かない。背格好の似ている私の方が適任だ」

「それはそうですが……」

「もちろん、私一人で動く気はない。ニースが一人でいるのはおかしいからね。護衛役として何人か連れて行くから、心配ならお前が私を守ればいい」

「それは当然、お守りしますが……」


 ベンはニースと色は違うが、その背丈や体格は似ている。声を詰まらせたレミスを見て、ニースは焦りを感じた。


「ベン、本気なの? 僕の身代わりになる気なの?」

「本気だよ。ユリウスにばかりやらせたんじゃ、不公平だろう?」

「不公平って……」

「それに、レイチェルさんを助けに行くんだから、ユリウスにはニースと行ってもらわなきゃ」

「僕が言いたいのは、そういうことじゃなくて」

「大丈夫、分かってるから」


 ニースの言葉を遮り、ベンは穏やかに微笑みながらも、有無を言わせぬ声音で話を続けた。


「ニース、服を交換しよう。帽子があるから、髪色は隠せる。肌は……そうだな」


 古びた倉庫の一角には、小型の暖炉がある。そこに残っていた灰に、ベンは手を突っ込んだ。


「外は暗いし、これを少し塗れば誤魔化せる。歌でも歌いながら逃げれば完璧だ」

「歌……そんなことのために、歌い方を教えたんじゃないよ」

「それはごめん。でもエルネストが暴れるより、この方が確実だよ。分かってほしい」


 ニースが何を言っても、ベンは聞かない。ニースは胸の痛みを感じ、ぐっと歯噛みした。


 ――エルネストさんが行くのだって心配なのに、ベンが身代わりだなんて。でも、このままみんなで出て行っても、研究所にたどり着けるかも分からないし……。


 納得は出来なくとも、ベンの提案は理に適っていると、ニースも感じていた。苦しげに顔を歪めるニースを宥めるように、ジミーが穏やかに語りかけた。


「ニース様。エルネストに囮役を任せるより、ベンジャミン様にお願いした方がいいかと」

「ジミーさん……」

「本当は私が行ければいいのですが。お嬢様をお救いするのが、私の使命ですから」

「なんでジミーさんがそんなことを言うんですか? エルネストさんがダメなら、ジミーさんも同じですよね?」


 ニースの問いにジミーは答えず、エルネストを見やった。


「エルネスト。もういいだろう?」

「何の話だ」

「ニース様にとって、ご友人を送り出すのは辛い決断だ。選択肢はないと伝えた方が、お心は楽になるはずだ」

「選択肢? 意味が分からねえな」

「今のお前は本調子じゃない。ベンジャミン様の方が動けるはずだ」


 ジミーの言葉に、ニースは、はっとして目を見開いた。エルネストは、はぁとため息を吐いた。


「ベンジャミンが黙ってたのに、何でお前が言うんだよ」

「これ以上隠しても仕方ないだろう。このままでは、連携にも支障が出る」


 会話を聞いていたルポルが、困惑した様子で声を挟んだ。


「隊長、やっぱり怪我をされてるんですか?」

「……まあな。だが、引き付けるぐらいなら俺にも出来る」


 ニースを庇って負った傷を、エルネストは薬で誤魔化し、動いていた。外には多くの敵兵がおり、ニースを研究所へ送り届けるためには、かなりの数を引き付けなければならない。ただでさえ苦戦を強いられる戦いに手負いで赴くには、相応の覚悟がいるだろう。

 苦笑したエルネストを見て、ニースはエルネストが死も覚悟していたと悟った。


 ニースと同じく、エルネストの考えに気付いたのだろう。ルポルが、ぐっと拳を握りしめた。


「目的が殲滅じゃないなら、俺だって出来ます」

「あ?」

「俺もニースと背格好は同じです。軍服だって、遠目からじゃ分からない」


 ルポルとニースは、同じ王国軍の軍服を着ている。階級を示す徽章は違うが、記しは肩や胸にあるため近くで見なければ見分けが付かない。

 真顔で言ったルポルに、エルネストは眉根を寄せた。


「ベンジャミンの代わりに、お前が囮になる気か?」

「いいえ。ベンジャミンさんと一緒に、俺も囮になります」


 ルポルはベンに目を向け、話を続けた。


「囮役が二人いれば、よりニースを守れるでしょう。それに相手にする敵も減らせますから、ベンジャミンさんが生き残る可能性も高くなるはずです」


 真っ直ぐなルポルの視線を受け、ベンは、ふっと笑った。


「私だけじゃなく、君が生き残る可能性もだね」

「はい。俺も死ぬ気はありませんから」


 二人の会話を聞いて、ニースは唇を噛む。反対したくとも、他に良い方法がニースには思い浮かばなかった。

 複雑な気持ちを抱えるニースを横目に、エルネストが確かめるように問いかけた。


「だがルポル。お前はベンジャミンと違って歌えないだろう。見かけだけで囮になれるか?」

「それは……」

「それなら、俺が歌ってやりますよ。副長の隣で歌えば、どっちが歌ってるかなんて分からないはずです」


 横から声を挟んだのはマルコだ。胸を張るマルコに、ルポルは笑みを浮かべた。


「マルコ、一緒に行ってくれるのか」

「お前だけに手柄を持ってかれちゃ困るんだよ。お前より俺が強いって、分からせてやる」

「強いのは俺の方だけど。でも、助かるよ」


 茶化すように言い合う二人に、エルネストが納得したように頷いた。


「マルコも行くならどうにかなるか。皇国にだけ任せるわけにもいかないからな」

「はい。俺たちに任せて、隊長はニースと行ってください。よろしくな、マルコ」

「おう」


 ニッと笑ったマルコと、ルポルは軽く手を打ち合わせる。それを見て、エリックが意を決したように声を上げた。


「それなら、俺も行くよ」

「エリック、いいのか?」

「義理の弟を放っておけないだろ?」

「もう姉貴と結婚したつもりなのかよ」


 遊びにでも行くかのような軽い雰囲気で、三人は笑い合う。どんどん決まっていく話に、ニースは狼狽えた。


「ねえ、本当にルポルたちまで行くの? それでみんなに何かあったら……」

「ニース。俺たちは、そうならないために行くんだよ」


 堪え切れずに口を開いたニースに、ルポルは宥めるように応えた。ベンが頷き、ニースの肩を叩いた。


「ルポルも言ってただろう? 生き残るために、手を挙げてくれたんだ」

「それは分かるけど……」

「ほら、服を交換するよ。時間が経てば経つほど、状況は悪くなる」


 言い聞かせるようなベンの声に、ニースは項垂れた。


「……分かったよ。でも、無理はしないって約束してほしいんだ。解放歌がないんだから、接近戦になったら勝つのは難しいと思う。危ない時は逃げて、隠れてほしい。本隊が来るまで」

「ああ、そうするよ。まだ婚約はしてないけど……俺はカミラさんのこと、結構気に入ってるから。ちゃんと帰って、口説かないとね」

「ベン……」


 パチリと片目を瞑ったベンに、ユリウスが切なげに声を挟んだ。


「姉さんは、かなりベンを気に入ってるよ。見合い前に婚約してもいいって、手紙にあった」

「それは気が早過ぎると思うけど。でも、期待してもらってるなら、なおさら死ぬわけにいかないね」


 おどけたように話すベンに、ルポルも頷いた。


「エリックは言わなくても分かると思うけど、俺も死ぬ気はないよ。無事に帰れたら、ケイトさんに告白するつもりだから」


 真顔で言ったルポルに、ニースは目を瞬かせた。


「あんなに仲良さそうだったのに、付き合ってなかったの?」

「ケイトさんは、恋人を戦争で亡くしてるだろ? だから全部終わってから言いたかったんだよ。怖いからって断られたら、剣筋がぶれるし」

「そっか……。色々考えてたんだね」


 ルポルの後ろに立つマルコが、不敵な笑みを浮かべた。


「まあ何かあっても、エリックとルポルは俺が守ってやるよ。だからニース、さっさと着替えてこい」

「マルコ……僕は、マルコにもちゃんと帰ってきてほしいんだよ」

「何言ってんだよ。俺様が負けるわけないだろ」


 マルコは自信ありげに笑い、潰れた鼻をこする。ニースは複雑な心境を堪え、頷きを返した。


「そうだね。マルコは強いもんね」

「そうだよ。だから心配すんな」


 マルコに賛同するように、ベンやルポル、エリックも笑みを浮かべる。ニースは深い息を吐き、覚悟を決めた。


 二人が服を交換している間に、エルネストとレミスの手で班分けが行われた。

 囮役は五名ずつに分かれる事となり、ベンとレミスの班には、皇国兵一人と王国兵二人が。ルポルとマルコ、エリックの班には、皇国兵二人が加わる事が決まった。

 これまでニースのそばには、常に王国兵と皇国兵がいた。それを帝国軍も知っているだろうと、エルネストたちが考えたからだった。


 着替え終えたベンは、ルポルと共に顔に灰を塗った。


「焦げ臭いのが問題だけど、まあこんな感じかな」


 軍人として鍛えているベンは、ニースより体に厚みがある。しかし軍服は、どうにか交換する事が出来ていた。

 準備を終えた二人に、ニースは真っ直ぐ語りかけた。


「気をつけてね。半刻もすれば、僕たちは研究所に入れると思う。無理はしないでほしいけど、もしその頃までうまく逃げられたら、追手を撒いて研究所に来て」

「ああ。必ず合流する。ニースも気を付けて」

「ユリウスも。レイチェルさんを必ず助けろよ」

「うん。ありがとう」


 互いの無事を祈り合い、ニースたちは言葉を交わす。ベンたちが二手に分かれて闇夜へ消えて行くと、しばらくして離れた場所から喧騒が響いた。


「始まったな。俺たちも行くぞ」


 エルネストの声に、ニースはココを肩に乗せ、ユリウスと共に走り出す。二人に同行するのは、エルネストとジミー、そして五名の兵士だ。ニースたちは闇に溶けるように、息を潜めて研究所を目指した。

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