506:帝都攻略戦3
前回のざっくりあらすじ:パラシュートで降下したニースたちは、フォーゲルの襲撃に遭った。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激な表現が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、5月3日(日)となります。
街灯に照らされた町に、怒号や悲鳴、発砲音が響き渡る。墓地を出たニースたちは、出来る限り速やかに研究所へ向かおうとしたものの、予想以上に敵の動きは早かった。まるでこうなる事を予期していたかのように、研究所へ繋がる道には敵兵が多くいたのだ。
心苦しく思いながらも、ニースたちは避難中の一般市民を盾にする形で、帝国軍の攻撃を躱していた。
「いたぞ! 王国の天の導きだ!」
「逃がすな! 撃ち殺せ!」
ニースが来ていると、フォーゲルから伝わったのだろう。帝国軍は執拗にニースを狙う。
徐々に疲労の溜まり始めたニースとユリウスを、ベンとジミーがそれぞれ支え、エルネストたちが二人を守りながら走り続けた。
「敵が増えてきた。これ以上は無理です」
「ここもダメか。面倒だが、一度下がるしかないな」
エルネストとルポルに促され、ニースたちは大通りを逸れて横道へ入る。
囲まれないよう移動するニースたちは、なかなか研究所へたどり着けない。何度も回り道を余儀なくされ、時間ばかりが過ぎていった。
「これじゃ埒が明かない。ニース、どこかで体制を立て直そう」
銃弾を避け、ニースを物陰へと引き摺り込みながら、ベンが口を開いた。上がった息を整えながら、ニースは頷きを返した。
「そうだね。ココ、隠れられそうな場所はない?」
地上へ降りた後から、ココはニースの肩に止まり、前方に立ち塞がる敵の情報を伝えていた。
通信で流れる情報には、偽の情報も含まれる。実際に目で見て確認した方がいいと、ココが判断したためだ。機械の鳥であるココは、ある程度の距離なら壁の向こう側も見通す事が出来た。
反撃を加えながら、エルネストたちもニースのそばに集まってくる。ニースの問いに答える代わりに、ココは羽ばたくふりをして、裏道へと飛び立った。
「みんな、ついて来て」
先導するココに続いて、ニースたちは走り出す。そうして時折交戦しながらも敵を撒き、一行は古びた倉庫へ身を隠した。
「ここで少し休もう。何人残ってる?」
額に浮かんだ汗を拭うニースに、ルポルが数を数え、苦しげに顔を歪めた。
「俺たちも合わせて十九人だ。途中逸れたのもいるから、後で合流出来ればいいけど……」
出撃時には、レイチェル奪還班は四十名いた。研究所到達前に半数にまで減った戦力に、ニースは歯噛みする。沈痛な空気の中、ユリウスが悔しげに声を荒げた。
「くそっ。あと少しなのに!」
「ユリウス様、もうしばらくの辛抱です」
苛立ちを感じても、数の問題もあり強行突破はとても出来ない。外の様子を窺っていたエルネストが、ため息混じりに呟いた。
「ここにもそう長居は出来ねえな。別行動に移るか」
「別行動って……エルネストさん、何する気なんですか?」
エルネストの不穏な言葉に、ニースは眉根を寄せる。エルネストは小窓から離れ、ふっと笑みを浮かべた。
「ここまで来て出来る事なんざ限られてる。お前を行かせるには、囮になって引き付けるしかないだろうよ」
「囮……やっぱり、そうですか」
エルネストは言いながら、自身の得物を確かめるように、剣を軽く抜いた。ニースは不安を誤魔化そうと、肩に乗るココの背を撫でた。
月光に刃を光らせるエルネストに、ルポルが表情を引き締めた。
「隊長一人で行かれるつもりですか」
「希望者がいれば連れて行くが。ルポル、お前はニースと行け」
「隊長……」
二人の話を聞いて、マルコが手を挙げたそうに瞳をギラつかせる。しかしマルコが何かを言う前に、ベンが声を挟んだ。
「待ってくれ。囮を出すのは賛成だが、それにエルネストは向かない」
静かなベンの声に、エルネストは顔をしかめた。
「は? 何言ってんだ、お前」
「エルネストはニースと一緒に行った方がいい。敵は私が引き付けよう」
ベンに意味ありげな眼差しを向けられ、エルネストは小さく舌打ちする。
ニースの友人としてではなく、皇国軍少尉として話したベンに、レミスが慌てて声を上げた。
「隊長、何を言ってるんですか!」
「そう驚くことでもないだろう。ニースがここに来ていると、すでに知られているんだ。エルネストが一人で出た所でそう多くは動かない。背格好の似ている私の方が適任だ」
「それはそうですが……」
「もちろん、私一人で動く気はない。ニースが一人でいるのはおかしいからね。護衛役として何人か連れて行くから、心配ならお前が私を守ればいい」
「それは当然、お守りしますが……」
ベンはニースと色は違うが、その背丈や体格は似ている。声を詰まらせたレミスを見て、ニースは焦りを感じた。
「ベン、本気なの? 僕の身代わりになる気なの?」
「本気だよ。ユリウスにばかりやらせたんじゃ、不公平だろう?」
「不公平って……」
「それに、レイチェルさんを助けに行くんだから、ユリウスにはニースと行ってもらわなきゃ」
「僕が言いたいのは、そういうことじゃなくて」
「大丈夫、分かってるから」
ニースの言葉を遮り、ベンは穏やかに微笑みながらも、有無を言わせぬ声音で話を続けた。
「ニース、服を交換しよう。帽子があるから、髪色は隠せる。肌は……そうだな」
古びた倉庫の一角には、小型の暖炉がある。そこに残っていた灰に、ベンは手を突っ込んだ。
「外は暗いし、これを少し塗れば誤魔化せる。歌でも歌いながら逃げれば完璧だ」
「歌……そんなことのために、歌い方を教えたんじゃないよ」
「それはごめん。でもエルネストが暴れるより、この方が確実だよ。分かってほしい」
ニースが何を言っても、ベンは聞かない。ニースは胸の痛みを感じ、ぐっと歯噛みした。
――エルネストさんが行くのだって心配なのに、ベンが身代わりだなんて。でも、このままみんなで出て行っても、研究所にたどり着けるかも分からないし……。
納得は出来なくとも、ベンの提案は理に適っていると、ニースも感じていた。苦しげに顔を歪めるニースを宥めるように、ジミーが穏やかに語りかけた。
「ニース様。エルネストに囮役を任せるより、ベンジャミン様にお願いした方がいいかと」
「ジミーさん……」
「本当は私が行ければいいのですが。お嬢様をお救いするのが、私の使命ですから」
「なんでジミーさんがそんなことを言うんですか? エルネストさんがダメなら、ジミーさんも同じですよね?」
ニースの問いにジミーは答えず、エルネストを見やった。
「エルネスト。もういいだろう?」
「何の話だ」
「ニース様にとって、ご友人を送り出すのは辛い決断だ。選択肢はないと伝えた方が、お心は楽になるはずだ」
「選択肢? 意味が分からねえな」
「今のお前は本調子じゃない。ベンジャミン様の方が動けるはずだ」
ジミーの言葉に、ニースは、はっとして目を見開いた。エルネストは、はぁとため息を吐いた。
「ベンジャミンが黙ってたのに、何でお前が言うんだよ」
「これ以上隠しても仕方ないだろう。このままでは、連携にも支障が出る」
会話を聞いていたルポルが、困惑した様子で声を挟んだ。
「隊長、やっぱり怪我をされてるんですか?」
「……まあな。だが、引き付けるぐらいなら俺にも出来る」
ニースを庇って負った傷を、エルネストは薬で誤魔化し、動いていた。外には多くの敵兵がおり、ニースを研究所へ送り届けるためには、かなりの数を引き付けなければならない。ただでさえ苦戦を強いられる戦いに手負いで赴くには、相応の覚悟がいるだろう。
苦笑したエルネストを見て、ニースはエルネストが死も覚悟していたと悟った。
ニースと同じく、エルネストの考えに気付いたのだろう。ルポルが、ぐっと拳を握りしめた。
「目的が殲滅じゃないなら、俺だって出来ます」
「あ?」
「俺もニースと背格好は同じです。軍服だって、遠目からじゃ分からない」
ルポルとニースは、同じ王国軍の軍服を着ている。階級を示す徽章は違うが、記しは肩や胸にあるため近くで見なければ見分けが付かない。
真顔で言ったルポルに、エルネストは眉根を寄せた。
「ベンジャミンの代わりに、お前が囮になる気か?」
「いいえ。ベンジャミンさんと一緒に、俺も囮になります」
ルポルはベンに目を向け、話を続けた。
「囮役が二人いれば、よりニースを守れるでしょう。それに相手にする敵も減らせますから、ベンジャミンさんが生き残る可能性も高くなるはずです」
真っ直ぐなルポルの視線を受け、ベンは、ふっと笑った。
「私だけじゃなく、君が生き残る可能性もだね」
「はい。俺も死ぬ気はありませんから」
二人の会話を聞いて、ニースは唇を噛む。反対したくとも、他に良い方法がニースには思い浮かばなかった。
複雑な気持ちを抱えるニースを横目に、エルネストが確かめるように問いかけた。
「だがルポル。お前はベンジャミンと違って歌えないだろう。見かけだけで囮になれるか?」
「それは……」
「それなら、俺が歌ってやりますよ。副長の隣で歌えば、どっちが歌ってるかなんて分からないはずです」
横から声を挟んだのはマルコだ。胸を張るマルコに、ルポルは笑みを浮かべた。
「マルコ、一緒に行ってくれるのか」
「お前だけに手柄を持ってかれちゃ困るんだよ。お前より俺が強いって、分からせてやる」
「強いのは俺の方だけど。でも、助かるよ」
茶化すように言い合う二人に、エルネストが納得したように頷いた。
「マルコも行くならどうにかなるか。皇国にだけ任せるわけにもいかないからな」
「はい。俺たちに任せて、隊長はニースと行ってください。よろしくな、マルコ」
「おう」
ニッと笑ったマルコと、ルポルは軽く手を打ち合わせる。それを見て、エリックが意を決したように声を上げた。
「それなら、俺も行くよ」
「エリック、いいのか?」
「義理の弟を放っておけないだろ?」
「もう姉貴と結婚したつもりなのかよ」
遊びにでも行くかのような軽い雰囲気で、三人は笑い合う。どんどん決まっていく話に、ニースは狼狽えた。
「ねえ、本当にルポルたちまで行くの? それでみんなに何かあったら……」
「ニース。俺たちは、そうならないために行くんだよ」
堪え切れずに口を開いたニースに、ルポルは宥めるように応えた。ベンが頷き、ニースの肩を叩いた。
「ルポルも言ってただろう? 生き残るために、手を挙げてくれたんだ」
「それは分かるけど……」
「ほら、服を交換するよ。時間が経てば経つほど、状況は悪くなる」
言い聞かせるようなベンの声に、ニースは項垂れた。
「……分かったよ。でも、無理はしないって約束してほしいんだ。解放歌がないんだから、接近戦になったら勝つのは難しいと思う。危ない時は逃げて、隠れてほしい。本隊が来るまで」
「ああ、そうするよ。まだ婚約はしてないけど……俺はカミラさんのこと、結構気に入ってるから。ちゃんと帰って、口説かないとね」
「ベン……」
パチリと片目を瞑ったベンに、ユリウスが切なげに声を挟んだ。
「姉さんは、かなりベンを気に入ってるよ。見合い前に婚約してもいいって、手紙にあった」
「それは気が早過ぎると思うけど。でも、期待してもらってるなら、なおさら死ぬわけにいかないね」
おどけたように話すベンに、ルポルも頷いた。
「エリックは言わなくても分かると思うけど、俺も死ぬ気はないよ。無事に帰れたら、ケイトさんに告白するつもりだから」
真顔で言ったルポルに、ニースは目を瞬かせた。
「あんなに仲良さそうだったのに、付き合ってなかったの?」
「ケイトさんは、恋人を戦争で亡くしてるだろ? だから全部終わってから言いたかったんだよ。怖いからって断られたら、剣筋がぶれるし」
「そっか……。色々考えてたんだね」
ルポルの後ろに立つマルコが、不敵な笑みを浮かべた。
「まあ何かあっても、エリックとルポルは俺が守ってやるよ。だからニース、さっさと着替えてこい」
「マルコ……僕は、マルコにもちゃんと帰ってきてほしいんだよ」
「何言ってんだよ。俺様が負けるわけないだろ」
マルコは自信ありげに笑い、潰れた鼻をこする。ニースは複雑な心境を堪え、頷きを返した。
「そうだね。マルコは強いもんね」
「そうだよ。だから心配すんな」
マルコに賛同するように、ベンやルポル、エリックも笑みを浮かべる。ニースは深い息を吐き、覚悟を決めた。
二人が服を交換している間に、エルネストとレミスの手で班分けが行われた。
囮役は五名ずつに分かれる事となり、ベンとレミスの班には、皇国兵一人と王国兵二人が。ルポルとマルコ、エリックの班には、皇国兵二人が加わる事が決まった。
これまでニースのそばには、常に王国兵と皇国兵がいた。それを帝国軍も知っているだろうと、エルネストたちが考えたからだった。
着替え終えたベンは、ルポルと共に顔に灰を塗った。
「焦げ臭いのが問題だけど、まあこんな感じかな」
軍人として鍛えているベンは、ニースより体に厚みがある。しかし軍服は、どうにか交換する事が出来ていた。
準備を終えた二人に、ニースは真っ直ぐ語りかけた。
「気をつけてね。半刻もすれば、僕たちは研究所に入れると思う。無理はしないでほしいけど、もしその頃までうまく逃げられたら、追手を撒いて研究所に来て」
「ああ。必ず合流する。ニースも気を付けて」
「ユリウスも。レイチェルさんを必ず助けろよ」
「うん。ありがとう」
互いの無事を祈り合い、ニースたちは言葉を交わす。ベンたちが二手に分かれて闇夜へ消えて行くと、しばらくして離れた場所から喧騒が響いた。
「始まったな。俺たちも行くぞ」
エルネストの声に、ニースはココを肩に乗せ、ユリウスと共に走り出す。二人に同行するのは、エルネストとジミー、そして五名の兵士だ。ニースたちは闇に溶けるように、息を潜めて研究所を目指した。




