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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第4章 はじめてのユニゾン】
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49:重なる想い3

前回のざっくりあらすじ:ラメンタでの最後の公演で、ニースとセラが世界初のユニゾンを披露した。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*

 山の端から顔を出した朝日が、夜空を照らしていく。お別れ公演の翌朝。ニースとラチェットは約束通り、早朝から風呂に入っていた。

 宿にはまだ、一座の他に客はいない。グフタフたちも寝ているため、広い浴槽には二人きりだ。出発を前に、二人はのんびり朝風呂を楽しんでいた。

 ニースは湯に浸かりながら、気になっていた事をラチェットに尋ねた。


「そういえば、昨日トリフォンさんが車椅子で来てましたけど、怪我は顔だけじゃないんですか?」

「ああ。一命は取り留めたけど、たくさん殴られて頭を打ったから、体に麻痺が残ってるらしいよ。ただ、麻痺は治る可能性があるそうだ。片目はもう治らないみたいだけどね」

「そうなんですね……」


 ニースは、トリフォンの命が助かって良かったと思うと同時に、片目が見えなくなるという事を想像して恐ろしく感じた。

 ラチェットは新しいメガネを外し、レンズの曇りを拭く。ニースはその様を見て、囁くように問いかけた。


「ラチェットさんって、メガネがないと見えないんですか?」

「うん。そうだね。ニースの顔も、目と鼻と口の見分けが付かなくなるぐらいだよ」


 ラチェットは、はははと笑い、メガネをかけた。ニースは、しゅんと肩を落とした。


「じゃあ、メガネが割れた時のラチェットさんは、片目を失くしたトリフォンさんと、同じような感じだったんですね……」


 ニースが沈んだ声で呟いたので、ラチェットは気まずそうに頬をかいた。


「あー。まあ、でも、僕の場合はメガネを買い換えれば済む話だからね。トリフォンさんの目は……。古代文明の時代なら、どうにかなったかもしれないけど……」

「そうですよね。あんなに色んな不思議な物があるから、昔の人はどうにかしてそうですよね」

「ああ。そうだね」


 ニースは浴室に立ち昇り消えていく湯気を、ぼんやりと眺めた。


「どうして、そんなすごい人たちが、いなくなっちゃったのかなぁ」


 ニースがこぼした呟きに、ラチェットはメガネをくいと上げた。


「何かあったんだろうね……。古代文明の遺跡って、国ごとに残っている数が違うのは知ってるよね?」

「はい。アマービレ王国には遺跡はほとんどなくて、スピリトーゾ皇国にはたくさんあるんですよね?」


 ニースは浴槽から一度出て、水甕から水を汲み、体にそっとかけた。ヒヤリとした冷たさに体が震えたが、ニースは、はぁと息を吐いて耐えた。


「そうだよ。でもね、それって、元から王国に遺跡がないわけじゃないんだ」


 ニースが浴槽に戻るのと入れ替わるように、ラチェットも水を浴びた。浴室に漂う湯気が、二人の水浴びでかき消えた。


「遺跡があったのに、ないんですか?」

「そう。壊れてるんだよ」

「壊れて……?」


 ラチェットは再び湯に浸かり、メガネの曇りを拭いた。


「アマービレ王国の遺跡は、ほとんど形が残らない状態まで壊れている物が多いんだ。世界に四つの大陸があるのは知ってるよね?」

「はい。北のラソプノ大陸、西のアートル大陸、東のルテノー大陸、南のバトス大陸ですよね」

「そう。その四つのうち、最も遺跡の損傷が多いのが、西のアートル大陸。特に王国のある北側の遺跡が崩れてる。ほかの大陸は、壊れている遺跡の数は少ないんだ」

「そうなんですか?」

「うん。不思議だよね。なぜアートル大陸の、北半分の遺跡だけが粉々に壊れてるのか」


 ニースは浴槽の縁に腰掛け、首をかしげた。


「……アートル大陸で、昔何かあったのかな?」

「その辺は、学者の間でも揉めてるらしいよ。そこまで壊れるほどの何かがあったから、古代文明が終わったんだろうって説は共通だけど。でも一番の謎は、世界の真ん中に空いてる大穴と、大穴の上に浮かぶ浮島だけどね」

「浮島……地獄の大穴の上にある、天使が住む島だって、絵本で読みました」


 ニースの言葉にラチェットは、ふっと笑った。


「そんな絵本もあるんだね。ニースの知ってる昔話って、面白いなぁ。まあ、天使が住むかどうかは知らないけど、浮島と大穴も、古代文明と何か関係があるかもって言われてる。それが何なのかは、まだわかっていないけどね」

「島が浮いてるなんて、不思議ですもんね」

「そうだね。……さて、そろそろ上がろうか」

「はい。またのぼせても大変ですから」


 二人は湯から上がり、体を拭いた。


「ニースは、すっかり皇国の風呂に慣れたね」

「ラチェットさんほどじゃ、ないですけどね」


 二人は着替えを済ませると食堂に向かい、エイノから牛乳をもらった。

 ニースは一人、壁のそばで仮面を外し、エイノに顔を見せないように気をつけながら、グラスに口を付ける。ラチェットはエイノと会話をしながら、腰に手を当てて牛乳を飲んだ。


「あー。やっぱりお風呂上がりのミルクって最高だなぁ」


 ラチェットの笑顔に、エイノが微笑んだ。


「お二人とも、風呂上がりの嗜みが身につきましたね。よろしければ、もう一歩先に進んでみませんか」

「先とは、どういう意味です?」

「風呂上がりの牛乳は、果物で甘みをつけたものも美味しいんですよ」


 エイノに勧められ、二人は果汁入り(フルーツ)牛乳を味見した。十日足らずの滞在で、皇国の風呂文化に完全に馴染んだ二人だった。


 ひと息ついたニースとラチェットは、部屋へ戻ろうと宿の専用扉を開けた。すると、階段を降りて来たセラと鉢合わせた。


「おはよう、セラ。早いね」

「セラちゃん、おはよう。昨日は女将さんたちとゆっくり過ごせたのかな?」


 セラは挨拶を返すと、微笑みを浮かべた。


「はい。おかげさまで、ゆっくりさよならを言えました」

「そっか。良かったね、セラ」


 柔らかな笑みを浮かべたニースの隣で、ラチェットは肩をすくめた。


「出発は、朝食後しばらく経ってからになると思うよ。座長とジーナさんが、昨日打ち上げで盛り上がっていたみたいだから。もしかすると、昼前になるかもしれない」

「わかりました」


 頷きを返したセラは、考えをまとめるように前髪をいじった。


「あの……出発前に、ちょっと寄りたい所があるんですけど……」

「ああ、いいよ。セラちゃん一人でも、もう大丈夫だと思うけど、念のため付き合おうか?」

「ぼくも付き合うよ。荷物は少ないから、準備は終わってるんだ」

「ありがとうございます。一人だと少し怖かったので。助かります」


 ニースとラチェットの申し出に、セラは安心したように微笑んだ。



 ニース、セラ、ラチェットは、朝食を早めに済ませ、宿を出た。メグも一緒に行きたがったが、衣装の整理がまだ済んでいないと、ジーナに却下された。

 三人は、朝の活気に溢れる通りを抜けて、町の中心部にある物見塔へやってきた。


「えっと……ここって、警備隊の?」


 高い塔を見上げるニースに、セラは頷いた。


「うん。ここの地下牢に、お父さんがいるの」


 物見塔は警備隊の中央詰所となっており、その地下には牢獄があった。

 セラの父ヘラルドはこれから裁判を受けるが、重罪犯なため死刑は免れないだろう。これは、セラが父に会える最後の機会だった。

 ラチェットは、気遣うように問いかけた。


「セラちゃんは、出発前にお父さんに挨拶したかったんだね」

「はい。……ご迷惑でしたか?」


 申し訳なさそうに俯いたセラに、ラチェットは頭を振った。


「いや、気持ちはわかるよ。それに地下牢にいるんだから、セラちゃんが危険なことはないだろう」


 罪人には、例え家族といえども自由に会う事は出来ない。ニースは不思議に思い、問いかけた。


「セラのお父さんには、ちゃんと会えるの?」

「うん。女将さんから、これをもらってきたの」


 セラは腰に付けていた小さな鞄から、折り畳まれた紙を取り出した。


「面会に必要な書類なんだって。警備隊の偉い人がくれたみたい」


 ラチェットはセラから紙を受け取り、目を通した。


「確かに、面会を求める内容と許可したことについて書いてある。じゃあ、早速行こうか」


 三人は、詰所の門をくぐる。セラは緊張した様子で、ぎゅっと手を握りしめた。



 地下へと降りる階段は、暗く狭く、長い螺旋を描いていた。案内する警備兵のランプがゆらゆら揺れて、湿気を纏った石造りの階段が、不気味なほど怪しく艶めく。

 慎重に降りて行った先の地下牢には、錆びた鉄のような臭いが漂っており、ニースたちは思わず顔をしかめた。


 地下牢は、犯した罪の重さで階層が分かれていた。ヘラルドのいる最下層には、ニースの腕ほどありそうな、太く頑丈な柵で仕切られた牢が、いくつも並ぶ。

 牢の中には、排泄物を入れる壺と、毛布代わりなのだろう粗雑な布が置かれており、石壁からは枷を繋ぐ鎖が伸びていた。


 鎖に繋がれたヘラルドの顔は土気色をしており、見るからに具合が悪そうだ。

 ニースたちの足音が響いても、ヘラルドは顔を上げず、ただ俯いて冷たい石床に座り込んだままだった。


「ヘラルド、面会だ」


 警備兵が声をかけ、セラが一歩前へ出た。しかし、ヘラルドは動かない。セラは仮面を外し、動かないヘラルドに向けて、絞り出すように声を出した。


「……お父さん」


 ヘラルドは、ピクリと指を動かしたが、顔は上げなかった。


「お父さん……。私、これから旅に出るの」


 静かな地下牢に、セラの声だけが響く。


「お父さんが、私を売ろうとしたのは……すごく、悲しかった」


 セラの心を表すように、ぽたりと天井から雫が落ちて、水音が響いた。


「私ね……歌い手じゃ、ないんだよ」


 セラの言葉に驚いたのだろう。ヘラルドは、ゆっくり顔を上げた。目は落ち窪み、尋問の際に殴られたのだろう、頬には打撲の痕があった。


「歌い手じゃ……ない……?」


 ガラガラと聞こえ難い声で、ヘラルドは尋ねた。セラは、切なげに頷いた。


「歌の力がなくても、歌は歌えるんだよ。ニースが教えてくれたの」


 ヘラルドは、呆然とセラを見つめていた。何かを言いたげに、ヘラルドの口がわなわなと震えたが、声は出なかった。


「私ね、お母さんが死んで、お父さんが変わってしまっても、お父さんのこと、大好きだったよ……」


 セラの声が、涙で震えた。ぽたりと、セラの頬から雫が一粒落ちた。


「セ……ラ……」


 ヘラルドは絞り出すように、セラの名を呼んだ。セラは、ふっと頬を緩め、震える声で歌い出した。それは、詞をつけたラチェットの曲〝故郷に吹く風〟だった。


 寂しさと、切なさと、取り戻せない優しい日々への憧れが、セラの口から歌となって溢れる。警備兵が、ぴくりと眉を動かしたが、帽子をきゅっとかぶり直して姿勢を正した。


 か細くも温かなセラの歌声は、床や壁のわずかな隙間に染み渡り、ヘラルドを包み込んでいった。

 詞は、穏やかで悲しい音を紡ぎ、いつまでも心に漂う言葉を残す。

 ぽたり、ぽたりと、地下牢に響く水音を歌の一部にしながら、セラは歌いきった。


 歌い終えると、涙が幾筋もセラの頬に線を描いた。ヘラルドは、セラから顔を逸らして俯き、肩を震わせていた。


「……さようなら、お父さん」


 セラは涙を拭い、はっきりと別れを告げた。セラが警備兵に顔を向けると、警備兵は小さく頷き、踵を返した。


 警備兵のランプの灯りを追って、セラとニースたちはヘラルドに背を向ける。セラが地上へ戻る階段に足をかけた時、ガチャガチャと、鎖を引きずるような音が聞こえた。セラは仮面を付け、振り返ることなく、階段を昇った。


 暗く闇に包まれた地下から、慟哭が響く。遅すぎた後悔と懺悔を耳にしながら、セラとニースたちは光の溢れる地上へと戻っていった。




 宿へ戻りながら、ニースはセラと手を繋いだ。ニースは何も言わなかったが、セラにはニースの手が温かく感じられた。

 宿のロビーでは、出発の準備を終えたメグたちが、三人の帰りを待っていた。


「もうっ。遅いわ、ラチェット」

「ごめんね、メグ」


 一緒に行けなかった怒りを紛らわすように、ぷぅと頬を膨らますメグに、ラチェットは苦笑いを浮かべた。グスタフとラチェットが馬車を取りに向かうと、ベニーノ達が入れ替わるようにやってきた。


「もういいのかい、セラ」

「はい、旦那さま。ちゃんとお別れはしてきました」

「そうか」


 ベニーノの問いに、セラは微笑んで答えた。父親への想いを綺麗に断ち切ったセラに、ベニーノは切なげな笑みを返した。

 ベニーノの隣から、エイノが大きな籠を差し出した。


「セラ、みなさん。これを」

「あ、はい」

「あら、ありがとー。何かしらー」


 籠を受け取ったジーナとセラに、マルコムが、すっと歩み寄った。


「うまそうな匂いだな」


 マルコムは言いながら、籠の中を覗く。中には、一座全員分の弁当が入っていた。胃に響く香りに、ニースたちは歓声を上げた。

 嬉しそうな笑みを見て、エイノは、にっこり笑った。


「みなさんには本当にお世話になりましたからね。サービスですよ」

「お世話になったのは、こっちだわー。ねー、セラちゃん」

「はい! エイノさんのお料理のおかげで、私は大きくなれましたから」

「これからもたくさん食べて、大きくなるんだぞ」


 ベニーノ、エイノと、セラは別れを惜しむ。そこへ、女将に車椅子を押してもらい、トリフォンもやって来た。


「セラ、元気でな」


 セラは、トリフォンにそっと抱きついた。


「トリフォンさん。たくさん、たくさん教えてくれて、ありがとうございました」


 セラの声は、ほんの少しだけ震えていた。トリフォンは麻痺の残る腕で、精一杯ぎゅっとセラを抱きしめる。トリフォンからセラが離れると、女将がセラの頭を撫でた。


「セラ、無理はしないでね。何かあったら、いつでも帰ってきていいんだからね」

「はい。ありがとうございます」


 セラは何度も何度も、女将に頷いた。


 グスタフとラチェットが宿の前へ馬車を回すと、一行はベニーノたちへ別れを告げて馬車へ乗り込んだ。

 ニースはグスタフと共に御者台へ上り、セラはメグ、ジーナと馬車の中へ座る。マルコムとラチェットは、いつも通りオルガン馬車の御者台の上だ。

 セラは窓を開けて、ベニーノたちに手を振った。


「みなさん、お元気で……!」


 馬車はゆっくり動き出す。互いの姿が見えなくなるまで、セラとベニーノたちはいつまでも手を振り続けた。


 一座の馬車が通りを走ると、町行く人々が手を振った。ニースは人々に手を振り返しながら、ラメンタの町を後にした。

 澄んだ湖面に夏の日差しが煌めき、二台の馬車の姿を映す。柔らかな風が、ニースたちを撫でていった。

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