505:帝都攻略戦2
前回のざっくりあらすじ:ニースたちは帝都を目指し、飛空船で飛び立った。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、痛ましい表現や描写が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、5月1日(金)となります。
雪に包まれた帝都グランドを、帝国兵が慌ただしく駆け回る。その喧騒を遙か上空にいるニースたちは直接目にする事は出来ないが、飛空船の機能を使えば把握する事は出来た。
『ニース、聞こえるかな。帝国軍が動き出した』
パラシュートを身につけ、船倉で降下の合図を待っていたニースたちの前に、ラチェットの姿が浮かび上がる。壁に映し出されたラチェットに、ニースは頷きを返した。
「はい。聞こえてます。いよいよですね」
『もうすぐ降下位置に着く。降りる準備をしていて』
「分かりました」
飛空船は一度、帝都郊外へ降り立ち、陽動部隊を下ろした後に再び夜空を飛んでいた。作戦通り、帝都西の市壁付近で戦闘が行われており、陽動部隊は注意を引き付けている。
ニースは緊張を滲ませ、言葉を継いだ。
「他に動きはありませんか? 町の人たちの様子はどうですか?」
『読み通り、避難誘導が行われているよ。大きな混乱はないみたいだ』
「そうですか。うまく紛れ込めればいいけど……」
帝都地下には広大な遺跡があり、非常時には避難所となる。ニースたち同盟軍が奇襲を日中に行うのは、あえて町民たちを避難させるためだった。
レイチェルがいるであろう研究所は帝都の東側にある。しかし研究所近辺には、人目に着かずに降りられる場所がない。最も近く降下に適した場所は、町の南側にある墓地だ。
ニースたちレイチェル奪還班は、その墓地に降下した後、避難する人混みに紛れて研究所へ向かう計画を立てていた。
作戦を成功させるために考えられた事だが、一般市民を戦闘に巻き込んでしまう可能性もある。ニースは胸の痛みを感じ、共に研究所へ向かうエルネストたちに語りかけた。
「町の人たちには、出来る限り怪我をさせないで下さい。僕たちは研究所に行くだけです。敵に見つからないように、気をつけて移動しましょう」
真剣に語るニースに続いて、ユリウスとジミーも声を上げた。
「レイを助けるために、力を貸してください」
「お嬢様には何があっても銃を向けないようにお願いします」
「もちろん。任せて」
「必ず連れて帰ろう」
エルネストは無言のままだが、ベンとルポルは胸を張り、安心させるように微笑みを浮かべた。
壁に映るラチェットは、まるでニースたちの目の前にいるかのように、船倉の片隅にいるエドガーに目を向けた。
『それからエドガーさん。城の方は軍が出ていっただけで、他に動きは見えません。北の森もよく見えなくて。敵の詳しい位置をお伝え出来れば良かったんですが……お役に立てず、すみません』
エドガーたち砂漠の護衛を中心とした皇城を攻める部隊は、城の北側に広がる森に降り立ち、城を目指す予定だ。ラチェットから現状を聞いて、エドガーは、ニッと笑みを浮かべた。
「なに、気にするな。これだけ離れてるのに、戦闘が始まったのが分かるだけで驚きだからな」
明るく話すエドガーの体には、白蛇のガラナが巻きついている。さすがに、ダナが籠を背負って飛ぶわけにはいかないからだ。エドガーは、いつも持ち歩いている大楯と共にガラナを連れて飛ぶという、離れ技を身につけていた。
一風変わった出で立ちのエドガーの隣で、ジェラルドが、ふっと笑った。
「それに、私たちが行けば敵はどんどん増えるでしょう。どちらにせよ蹴散らすだけですから、問題ありませんよ」
『お二人が言うと心強いですね。ですが、ご無理はなさらないでください。鬼神と言われても、ジェラルドさんも人なんですから』
「ええ、ありがとうございます。ラチェットさんは相変わらずお優しいですね」
ふわりと微笑んだジェラルドを見て、マノロがムッと口を尖らせた。
「ボクだって心配はしてるんだよ? それ以上に信頼してるだけで」
「分かってますよ。あなたが信じてくれるから、私も力が出せるんです」
肩を寄せ合う二人に、カサンドラとダナが呆れたように顔を見合わせる。ラチェットは気まずそうに、二人から目を逸らした。
『そろそろ降下地点だ。ニース、ユリウス君も、くれぐれも気をつけて。ベン君、ルポル君。二人をよろしくね』
「はい。ラチェットさんも、気をつけて戻ってくださいね」
『ああ。セラちゃんと一緒に、君たちの帰りを待ってるよ』
壁に映るラチェットの背後から、アンヘルも顔を出した。
『教授のことは私が責任を持って守るから、安心していい。エルネスト、そっちは頼んだぞ』
「おうよ。期待して待ってろ」
アンヘルだけでなく、シーラやジャン、ジョルジュも口々に「行ってらっしゃい」と声をかけ、ニースたちと出立前の言葉を交わす。
ラチェットたちの姿が壁から消えると、船倉の扉が大きく開き、ごうと冷たい風が吹き荒れた。
エドガーたち攻城班が、先に夜空へと身を投げ出す。ニースは、胸元にいるココに手を当て、ふぅと息を吐いた。
「みんな、行くよ」
「おおっ!」
雄々しい返答を聞いて、ニースは風除けのゴーグルを付ける。眼下に小さく見える町の明かりを目指して、ニースたちは次々に船を離れた。
雲よりも高い空の空気は身を切るような冷たさで、そのまま飛び出せば呼吸すらままならない。凍えてしまいそうな体は、火石を仕込んである上着で辛うじて温もりを留めている程度だ。
それでもニースは、飛びそうな意識を気合だけで強引に繋ぎ止め、口元を覆う布越しにどうにか息を整える。そうしてニースたちパラシュート部隊は、下方に散らばる光に向かい、落下していった。
『ニース、そろそろよ』
胸元からかけられたココの声を聞き、ニースはパラシュートの紐を引く。バサリと大きな音を立てて、夜空に布の傘が次々開いた。
ニースは肩越しにちらりと上を見やり、仲間たちの姿を確認する。暗がりで見え難いが、皆が無事に空を漂う様を微かに見て取り、ニースは、ほっと息を漏らした。
「誰も失敗しなかったみたいだね」
『ええ。あとは着地するだけよ』
帝都の北側へ降りていったエドガーたちの姿は、すでにない。ニースは星の位置で方角を確かめると、足元に広がる街明かりに目を凝らした。
「向こうの暗い所が墓地かな?」
『そうよ。風は西向きね。気をつけて移動して』
ココの助言を受けながら、ニースは器用に風を掴み、帝都南側へと降りていく。その後ろにエルネストたちも続くが、藍色に染められたパラシュートは夜闇に紛れている。明かりも持っていないため、敵に気付かれる可能性は低いだろう。
ニースたちは高度を徐々に下げながら、着陸予定地である帝都南側の墓地へ近づいていった。
「見えた。あれがトリステの丘だね」
月明かりに薄らと見える墓地は、所々に木々が立つものの広々としている。着陸するには、適切な速度と角度を保ち、地面へ近付かなければならない。
未だ高所にいるニースたちは円を描くように空を舞い、ゆっくりと降りていく。しかし不意に、後方から悲鳴が上がった。
「うわっ! 何だ⁉︎」
「助けてくれ……!」
切羽詰まった声にニースは振り向くが、暗闇で何が起きているのかは分からない。すると、慌てた様子でココがニースの胸元から顔を出した。
『フォーゲルだわ!』
「え?」
『敵襲よ! ああ、また落ちた!』
機械のココの目には、明るさなど関係なく様子が見える。悲痛な声を聞いて、ニースは何が起きたのかを察した。
「みんな、出来るだけ高度を下げて! 早く!」
叫ぶニースの胸から、ココが翼を広げて飛び立つ。足で強く蹴られ、ゆらりと揺れたニースの横を、黒い影がサッと横切った。
――今のは……!
通り過ぎた黒い影に、ココの白い体が飛びかかる。ニースは、かつてアルモニアで、ココが大鷲に襲われたのを思い出し、はっとして声を上げた。
「ココ! 無茶しないで!」
ニースは言いながら、パラシュートの角度を変える。地上へ降りれるギリギリの速度で墓地を目指すが、ココを振り切ったのだろう。大鷲の機械、フォーゲルは真っ直ぐニースの元へ突っ込んできた。
「……っ!」
「ニース!」
傘に穴が空き、ニースは一気に落ちていく。近くを飛んでいたはずのユリウスの叫び声が一瞬にして遠ざかり、ニースの目前に立ち並ぶ墓石が迫る。
――嘘っ……!
何かを思う間もなく叩きつけられるのかと、ニースは思わず目を閉じた。だが、次の瞬間に待っていたのは、死でも痛みでもなく、横から突っ込んできた何かだった。
「ぐっ……」
バキバキと枝葉の折れる音と共に、ニースの耳元で低い呻き声が上がる。ニースが薄らと目を開けると、眼前には顔を歪めたエルネストの姿があった。
「エルネストさん!」
「……っは、騒ぐな」
苦しげに息を漏らし、エルネストは笑みを零す。しかし、どう見てもその顔は無理矢理作ったものだった。
「僕より上にいたはずなのに、何で……」
「言っただろう。お前に死なれたら困るんだよ」
「骨が折れたんですか? どこが痛みますか?」
「大丈夫だ。そんなに酷い怪我じゃねぇ。少し休めば動ける。それより、何人残ってるか確認しろ」
「……はい」
ニースは、ぐっと歯噛みし、負荷をかけないよう気をつけながら、エルネストから離れる。二人がいたのは、墓地に点在している木の上だ。針葉樹の大振りの枝が、落下した二人の衝撃を受け止め、緩衝していた。
地面へ降りても近くに人の気配はなく、ニースは空を仰ぐ。そこへココが、ふわりと舞い降りてきた。
『ニース、怪我は⁉︎』
「僕は大丈夫だよ。エルネストさんが助けてくれたんだ。ココは?」
『私も平気よ。フォーゲルは一度引いたけど、たぶんすぐに兵士を連れてくるわ。早く移動しないと』
「そうだね。みんなはどこにいるか分かる?」
『ユリウスはあっちよ。ベンとルポルも近くに降りたわ』
ココの案内で、ニースはユリウスたちの元へ向かう。ユリウスは小さな墓石に引っ掛かったパラシュートを、ジミーの手を借りながら外していた。
「ニース、無事で良かった……!」
「ごめん、心配かけて」
再会を喜び合う二人の傍らで、ココは墓石に刻まれた文字を見つめていた。その視線に気が付き、ニースは首を傾げた。
「ココ、どうしたの?」
『……ちょっと知ってる名前があったから』
「知ってる名前?」
『本当なら、バードとジャンの意見も聞きたいところなんだけど……。もしかしたらこれ、エクシーの奥さんと子どものお墓じゃないかしら』
「えっ……?」
絡まっていたパラシュートをナイフで外したジミーが、墓石に薄く積もった雪を払った。
「ラーナとエリダ……帝国人に多い、女性の名前です。家名がありませんから一般市民なのは間違いないでしょうが、これだけでは何とも言えませんね。他に手がかりといったら、この花ぐらいでしょうか」
パラシュートが引っ掛かっていたため、無残にも散ってしまったが、墓石のそばには色鮮やかな花束が置かれていた。
しかし雪に埋もれかかった墓地には、他に花などない。冬場に瑞々しい生花を手に入れるなど普通は考えられないのだ。美しい花束は、何らかの特権階級に位置する人間が供えたものだと窺えた。
「これが古代遺跡の温室で育てられた花なら、あの男の家族である可能性は高いでしょう。彼は研究所の所長になったと、ミラン様が仰ってましたから」
ジミーの話を聞いて、ニースは墓石を見つめ、頷いた。
「ココの言う通り、母娘って感じの年齢で亡くなってますし。たくさんある名前でも、この組み合わせっていうのはなかなかないと僕は思います」
「亡くなった時期は最近みたいだね。母親は戦争が始まった頃で……女の子の方は、あいつがアルモニアにいた頃?」
ユリウスも横から顔を出し、墓石の名前を読み取る。意見を交わす三人の背を見つめ、ココは、ぼそりと呟いた。
『これがエクシーの妻子だとしたら、危ないわね』
「危ないって?」
『エクシーは二人を溺愛してたの。晩婚で、子どもを授かるのも苦労したから』
「溺愛って……アグネス先生のこと、騙して付き合ってたのに?」
不快げに顔を歪めたニースに、ココは頷きを返した。
『ええ。だから私も、最初は信じられなかったの。そもそもエクシーがアルモニアにいたこと自体、あり得ないことなのよ。でも時期的に、私とバードが逃げ出した責任を取らされて、左遷されたんだろうって思ってたの。実際、そうだったみたいだけれどね』
エクシプナが副学長としてアルモニアに潜入した経緯を、ココはジャンから聞いていた。ユリウスが、困惑したように目を伏せた。
「そうするとココたちが逃げたから、娘さんの死際に会えなかったってことになるね」
『それだけじゃないの。ジャンの話だと、家族を人質に取られていたそうなのよ。少しでも早く帰国出来るように、強引に手柄を立てようとしてたみたい。だからアグネスに近づいたのよ』
「でも、ようやく帰国したはずなのに、奥さんも亡くなったんだとしたら……」
『失うものは何もないのよ。それに、皇帝に怒りをぶつけたくても出来ないんだもの。自暴自棄になってもおかしくないと思うわ』
深刻そうなココの声音に、三人は緊張を滲ませ、顔を見合わせた。
「追い詰められたら、何をするか分からないってことだね」
「うん。レイが危ない」
「ニース様、急ぎましょう」
焦りを感じながらも、ニースたちは散らばった花を集め、短い黙祷を捧げる。三人が、墓を踏み荒らしてしまった事を詫びていると、ベンとルポルが駆け寄ってきた。
「ニース、ユリウス! 怪我はない?」
「うん、大丈夫だよ。エルネストさんもあっちにいる。みんなを集めてくれたんだね」
「ああ。あまり思わしくない出だしだよ」
ベンたちは生き残った兵士を集め、点呼を取っていた。互いの状況を確認し合うと、ニースは重い息を吐いた。
「行方不明が八名、怪我人が五名なんだね」
レイチェル救出部隊は、ニースとユリウス、ジミー、エルネストたち王国護衛隊とベンたち皇国護衛隊、そして同盟軍兵士で構成されている。
ベンの副官のレミス、ニースの幼なじみのマルコ、エリックは無事だったが、到着早々、十名以上が戦線離脱するのは想定外の出来事だ。苦しげに言ったニースに、ベンが小さく頷きを返した。
「ああ。行方が分からない者は、恐らくもう無理だろう」
「ニース。怪我人はどうする? 祈歌を歌う?」
戸惑いがちに問いかけたユリウスに、ニースはゆっくり頭を振った。
「治療してる時間はないんだ。たぶんすぐに、敵が来る」
「ニース……」
「そうだね。先を急いだ方がいい」
ニースの言葉に、ユリウスは切なげに顔を歪めたが、ベンは淡々と頷いた。
そこへルポルが焦りを滲ませ、声を挟んだ。
「隊長も置いていくのか? 怪我してるんだよな?」
「エルネストさんは……」
「俺なら平気だ」
話していたニースたちの後ろから、エルネストが姿を現した。いつもと変わらぬように見えるエルネストに、ルポルは、ほっと安堵の息を漏らした。
「隊長、無理してませんか?」
「無理なんかしねえよ。お前らとは鍛え方が違うんだ」
飄々と答えるエルネストに、ジミーとベンが微かに眉根を寄せる。エルネストは、ちらりと二人に目線を送ると、何でもないような顔でニースに語りかけた。
「生き残ったのはこれだけか?」
「はい」
「なら、さっさと動け。時間を食いすぎだ」
エルネストに急かされ、ニースは負傷した兵士たちに身を隠すよう話す。ベンたちもそれぞれ装備を整えると、一行は慌ただしく墓地を後にした。




