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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第28章 決戦】
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504:帝都攻略戦1

前回のざっくりあらすじ:ニースはセラと話をし、必ず帰ると約束した。


*次話の投稿は、4月29日(水)となります。

 篝火や発掘品の明かりで照らされた野営地が遥か下方へ遠ざかり、眼前に揺らめく光の帯が現れる。

 決戦の朝を迎えても、極夜の季節に太陽はなく暗いままだ。セラやフィリップ、アグネスたちに見送られ、飛空船で飛び立ったニースは、操舵室から幻想的な空を眺めた。


「ニース、緊張してる?」


 壁際に立ち、映された景色を眺めるニースに、操縦席に座るラチェットが声をかける。労わるような穏やかなその声に、ニースは振り向き、微笑んだ。


「そうですね。でも、怖いって感じは前ほどありません」

「そうか。セラちゃんのおかげかな」

「はい。ご心配おかけして、すみませんでした」


 落ち着いたニースの返事に、ラチェットは安心したように笑みを浮かべ、手元の球体に手をかざす。

 操舵室には、以前と同じようにシーラとジャン、ジョルジュも乗っており、ラチェットの手助けをしている。ある程度の高度まで垂直に上昇すると、ラチェットはジョルジュにいくつか指示を出し、飛空船を前進させた。


 ニースに連れられ、この日初めて船橋を訪れたユリウスは、後方へ流れ行く夜空に感嘆の声を漏らした。


「すごいね。光の渦を通ってるみたいだ」

「うん。僕たちがこっちに来た時も、こんな感じだったよ」


 ニースとユリウスは並んで外の景色を眺め、和やかに言葉を交わす。

 そんな二人の後ろでは、同盟軍の責任者として同行しているアンヘルが、あまりの高さに慄きながらも、食い入るように星空を眺めていた。


「本当に飛んでいるんだな……。まさか、こんな体験まで出来るとは」


 アンヘルは、飛空船に乗る事自体が初めてだ。腰が引けているアンヘルの姿を見て、隣に立つエルネストが、ふっと笑った。


「さすがにここまで高くなりゃ下は見えないし、もう平気だろう? どっちにしろこれは幻で、そこは壁なんだ。もう少し寄って見たらどうだ?」

「いや、私は遠慮しておく」


 キリリと表情を引き締めて断ったアンヘルだが、その声は僅かに震えている。エルネストは、呆れたように言葉を継いだ。


「お前が高所恐怖症とはな。それでよくこの任務を引き受けたな」

「仕方ないだろう。君たちを下ろせば、残るのは教授たちだけになる。この船が今作戦の肝だというのに、同盟軍幹部が誰もいないわけにいかない。それに、彼らのことを知る人間は、そう多くない。司令は動けないし、私しかいないんだ」


 アンヘルは、ラチェットのそばで紐のようなものを出しているバードを見つめて言った。

 同盟軍幹部でバードとココの存在を知るのは、アンヘルとフィリップ、アグネスの三人だけだ。フィリップは軍全体の指揮官のため同乗するわけにはいかず、アグネスは、帝都の古代兵器が無力化され次第、地上部隊として出撃予定だ。

 アンヘルは、その二人より自由に動けるため、飛空船の()()()()として、ラチェットたちに同行していた。


 エルネストは同情のこもった眼差しで、肩を竦めた。


「難癖を付けて、船を奪おうとする奴らを抑えるためか。お前も大変だな」

「このぐらいなら、私はいくらでもやるさ。教授はニースの恩師だ。彼を無事に国へ帰すことが、せめてもの礼になればいいが」


 アンヘルは苦笑を返すと、エルネストとの話を打ち切り、ラチェットに目を向けた。


「教授。ミラーリングと言ったか……目眩しは、もう動いているのか?」

「ええ。地上からは見えていないはずです。自分の目で確認出来ないのが残念ですが」


 飛空船の船体には特殊な加工がされており、周囲の景色を船体表面に映し出す事が出来る。接近すればさすがに分かるものの、ただでさえ見え難い夜空であれば、容易く溶け込めるのだ。

 作戦では、市壁を攻撃する陽動部隊を下ろすために、飛空船は一度、帝都郊外へ着陸しなければならない。誰にも気付かれずに離着陸するために、必要な機能だった。


 ラチェットの肩に乗っていたバードが、二人の会話に声を挟んだ。


『ちゃんと動いてるから、安心してー。飛行中は妨害電波も出してるから、俺っちたちみたいな空飛ぶ機械も近付けないし、認識出来ないよ。だから絶対見つからないからー』

「そうか。それなら、あとは着陸を待つだけだな」


 アンヘルは納得した様子で頷くと、ニースに振り向いた。


「ニース。最後に作戦の確認をしておきたい。少しいいか?」

「はい。構いませんよ」

「陽動部隊にも、出撃前に激励の言葉をかけてやってほしい。歌い手も付いてはいるが、彼らは決死隊だ。何人が生きて帰れるか分からない」

「……はい。分かりました」


 決死隊に参加しているのは自ら手を挙げた志願兵とはいえ、危険な地へ送り出すのは、ニースにとって辛いものだ。しかしセラと話をした事で、ニースは自身の心に区切りを付ける事が出来ていた。

 アンヘルに頷きを返すと、ニースは拳を握りしめた。


 ――苦しむのも悔やむのも、全部帰ってからだ。今は、少しでも早く本隊を呼べるように、レイチェルを助けることを考えなくちゃ。


 兵士たちをどう鼓舞しようかと考えながら、ニースはアンヘルたちと共に歩き出す。

 迷いなく前を見据えて歩くニースの横顔は、以前より精悍さが増している。成人してまだ一年余りのニースが、部隊の将として別室へ向かうのを、ラチェットたちは切なげに見送った。



 グラーヴェ帝国を統べる皇帝ルートスの居城は、帝都グランドの中央区に位置している。

 町全体を見渡せるほど高い巨大な尖塔と、その周囲をぐるりと建屋が囲う様は、他に類を見ない特徴的な形だ。

 皇帝の権威を示すように、城壁には彫刻が至る所に施され、尖塔を除けば、戦いには到底向かない宮殿のようにも見える。その微細な彫りに降り積もった雪が、街灯の煌々とした明かりに照らされる事まで意識して作られており、パッと見れば雪の城かと思うような美しさだ。


 そんな城の主塔低層部には、大小様々な会議室がある。窓の外は夜空のように暗いものの、いつも通りの朝を迎えた皇帝ルートスは、二十名ほどが集まれる会議室に重臣たちを集め、各種報告を受けていた。


「実験だと? 今更そんなことをしてどうする」


 重厚な調度品で設えられた部屋には、分厚い一枚板で作られた長大なテーブルが置かれている。そのテーブルには、軍服を着た男たちが、向かい合わせにずらりと並んでいた。

 膠着した戦況を打破するための会議に集められたのは、帝国軍の幹部たちだ。そのテーブルの上座で、一際豪奢な椅子に座るルートスは、不快げに眉根を寄せていた。


「余が与えた、ひと月の猶予は終わったのだ。すぐに実戦で使えるよう、準備をさせよ」

「しかし陛下。ドロモスが改造を施した兵器は、時折暴走することもあります。試し撃ちをせずに使うのは」


 帝国軍は、シシアの町を犠牲にして反撃に転じる予定だったものの、第一波の斜線がずれたために、その計画は頓挫した。想定では、同盟軍の八割を削り取るはずだったが、実際に潰せたのは二割程度だったのだ。

 その後、同盟軍は長距離砲の射程を避けて、中央盆地を取り囲むように展開していった。自軍の劣勢を感じたルートスは、形勢逆転を狙うべく、古代兵器の改造をドロモスに命じていたのだ。

 不安げに言った将校の一人に、ルートスは冷たい眼差しを返した。


「試し撃ちなど、どこでするというのだ。敵に包囲された今、実験場への移動は不可能だ。近隣の民は帝都へ移したが、各町には防衛隊もいる。そこで失敗すれば、どちらにせよ犠牲は出るのだぞ」

「ですが、帝都で失敗すればそれこそ取り返しがつきません」

「どちらにせよ、これで失敗したらもう打つ手はないのだ。取り返せるものがなくなるのなら、同じことよ」


 淡々と言い返すルートスに、集まった軍幹部は黙り込む。ルートスは、一同の顔を見回した。


「この二ヶ月あまり、王国の天の導きは不在だ。だというのに、こうまで追い詰められた。同盟軍の包囲を許した貴様らには、責任を取る必要があろう。余の決定に、(いな)は許さぬ」


 若き皇帝ではあるものの、ルートスの放つ威圧感は凄まじいものだ。無条件に屈服させるようなその重さに、遙か年上のはずの将校たちは、身を縮ませた。

 底冷えのするような空気の中で、陸軍大佐のイレクスが、ふっと笑った。


「陛下のお考えに歯向かう気など、我々にはございません。御心のままに、進めさせて頂きます」


 イレクスは、ルートスがクーデターを起こす際にも協力した腹心の部下だ。恭しく頭を下げるイレクスに、ルートスの表情が和らいだ。


「相変わらず空気を読むのがうまいな、イレクスよ。それで、ニースの行方は掴めたのか?」

「残念ながら、ビオスタクトから先の足取りが今も分かっておりません。しかしながら港にも現れていないため、こちらへ戻ってくるのはまだまだ先でしょう」


 同盟軍の野営地は警戒が厳しく、帝国の内通者も全て拘束されている。しかし他国や帝国沿岸部には、まだ帝国のスパイが残っていた。

 得られた情報に、ルートスはニヤリと笑みを浮かべた。


「ならば、やはり今のうちに動くべきだな。いつまでも閉じこもっているわけにはいかぬ」

「御意に」


 二人の穏やかなやり取りに、固まっていた将校たちが、ほっと安堵の息を漏らす。

 そこへ不意に、バタバタと廊下を走る足音が響いた。


「陛下、緊急の報告が!」


 駆け込んで来た補佐官に、ルートスは表情を引き締め、無言で続きを促す。補佐官は上がった息を整え、話を続けた。


「タロス区西の市壁が、攻撃を受けています」

「攻撃? 反乱が起きたというのか?」

「それが、同盟軍なのです!」

「何⁉︎」


 思いがけない話に、ルートスは苛立った様子で、バンとテーブルを叩いた。


「なぜここまで近付けたのだ! 防衛体制はどうなっている!」

「も、申し訳ございません!」


 軍幹部たちが青ざめて頭を下げ、補佐官が震え上がる。イレクスが顔を歪め、補佐官に問いかけた。


「敵数はどの程度だ? 装備は?」

「数はおよそ五百。戦車などは見えておりません」

「五百? たったそれだけで攻めてきているのか」

「白兵戦に強い精鋭を集めたと思われます。歌い手も連れておりますが、かなり動きが早く、対応しきれておりません」

「闇に乗じて急襲をかけてきたのか。街区への侵入は阻まねば。……陛下」


 イレクスに目を向けられ、ルートスは乱れ落ちた白銀の髪をかき上げた。


「念のため、民を地下シェルターへ避難させろ」

「裏があるとお考えですか」

「ああ。どうやってこんな所に現れたのかは分からぬが、奇襲なら、夜中に来るのが定石だ。わざわざこの時間帯を選んだのには、何か理由があるはずだ」


 忌々しげに話すルートスに、幹部の一人が機嫌をとるように語りかけた。


「理由などあるのでしょうか。同盟軍は極夜に慣れておりません。昼夜の区別も付かなくなったのでは?」

「油断は禁物だ。そうやって侮っていたから、貴様らは後れを取ったのだろう」


 ルートスに睨みつけられ、将校は引きつった笑みを浮かべたまま固まる。ルートスは気持ちを落ち着けるように深く息を吐き、鋭い眼差しで言葉を継いだ。


「無駄口を叩いている暇はない。敵を一歩たりとも町へ入れるな。さっさと片付けろ」

「はっ!」


 地を這うようなルートスの声に、将校たちは慌ただしく駆け出して行く。イレクスがその背を見送り、ルートスに向き直った。


「陛下。万が一に備え、天玉の間へご移動を」

「分かっている。カデラに研究所へ向かうよう伝えよ。奴らの狙いは種と歌姫のはずだ」

「かしこまりました。歌姫も天玉の間へ連れて行きますか?」

「いや、すぐに動かす必要があるかもしれぬ。種のそばに置いておけ。ドロモスにも、新型をいつでも使えるよう準備をさせよ。それからフォーゲルを出せ。急襲部隊が他にいないか探させろ」

「御意に」


 慇懃に答えたイレクスを置いて、ルートスは数名の護衛兵と共に歩き出す。主塔一階にあるエレベーターへ乗り込むと、ルートスは地下深くへ降りていった。

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