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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第28章 決戦】
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500:決戦を前に2

前回のざっくりあらすじ:助っ人として連れてきたラチェットたちを、ニースはフィリップたちに紹介した。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*投稿が一日遅くなってすみません。次話の投稿は、4月12日(日)を予定していますが、もしまた遅れるような場合は活動報告にてお知らせ致します。

 粉雪がひらひらと舞う中、兵士たちが巨大な鳥の船の前へ集まる。ニースたちが帝国中部へ戻った二日後、希望者を集めたパラシュート降下訓練が行われようとしていた。


「すごいね。二百……ううん、三百人ぐらいいる?」

「そうだね、そのぐらいいるかも。危ないのに、よく集まったよね」


 降下訓練は命の危険も伴うが、空を飛ぶという未知の体験は興味を唆るもののようだった。予想以上に多くの兵士が名乗りを上げ、その数は定員の百名を大きく上回っている。

 ガヤガヤと楽しげに笑い合う兵士たちを眺め、ニースとユリウスは感心したように語り合う。そんな二人に、エリックが困惑した様子で声を挟んだ。


「なあ、ニース。お前まで、本当にやる気なのか?」


 命知らずな男たちを他人事のように言っていたニースとユリウスだが、二人も訓練に参加予定だ。そうなれば当然、エルネストやルポル、ベンたち護衛隊とジミーも参加せざるを得ない。

 ほぼ強制的にこの場に混ぜられたエリックに、ニースは当たり前だと頷いた。


「もちろんやるよ。レイチェルは、帝都の真ん中にある研究所にいるはずなんだ。飛べないと話にならないから」


 ニースが訓練へ参加する事に、フィリップとアンヘルは強く反対した。しかしニース自身が乗り込まなければ、操られたレイチェルを元には戻せない。

 帝都郊外に飛空船を着陸させてから研究所へ向かう事も出来るが、その場合は市壁を越えなければならず、侵入の難易度は格段に上がる。上空から市壁の内側へ入るのが最も成功率が高いと、ニースは周囲を説得した。ニースの熱意を受け、訓練で危険が大きい場合は取りやめる事を条件に、フィリップたちは許可を出したのだ。


 だが、はっきりと言い切ったニースに、エリックは、なおも食い下がった。


「でも、死ぬかもしれないんだろ? お前が死んだら、全部の計画がダメになるじゃないか」

「死なないために訓練するんだよ。だから大丈夫」


 ニースとて怖くないわけではないが、恐怖心よりもレイチェルを必ず助けたいという想いの方が強かった。それは、ニースだけでなくユリウスとジミーも同じだ。

 やめる気はないと話すニースの隣で、ユリウスが笑みを浮かべた。


「オレもニースも、運動は得意だから。兵士じゃないけど、それなりに出来るから安心して」

「安心って言われてもさ……」


 引きつった顔で応えるエリックの肩を、マルコとルポルが両脇から叩いた。


「エリック。俺の舎弟なら、こんなことでビビるな」

「嫌なら留守番してればいいよ。無理強いはしないって、隊長も言ってただろう?」


 威圧するマルコと、揶揄うようなルポルに、エリックは頭を抱えた。


「やめるわけいかないだろ! 留守番なんかしてたら、ヘレナに何て言われるか!」


 苦悶するように叫んだエリックに、ルポルとマルコが噴き出し、ユリウスが頑張れと声をかける。ニースは曖昧な笑みを浮かべてその様子を見ていたが、ふと眉根を寄せた。


「セラ……?」


 集まった兵士たちの向こう側から、エドガーたち砂漠の護衛と共に、セラとケイトが歩いて来ていた。嫌な予感を感じ、ニースはセラに駆け寄った。


「セラ、どうしたの。何かあった?」


 エドガーたちを素通りして問いかけたニースに、セラは首を傾げた。


「ニース。別に何もないよ?」

「じゃあ、何でここに? ここは今日は……」

「知ってるよ。パラシュートの訓練希望の人たちだよね?」


 セラは、にっこり笑うと、腰に下げた鞄から一枚の紙を取り出した。


「私もね、自己責任で参加しますって、念書を書いたの。みんなと一緒に訓練受けるんだよ」

「何でそんな……」


 見せられた紙を見つめ愕然としたニースに、ケイトが苦笑した。


「あたしは止めたんだけどぉ。セラちゃん、どぉしてもやるって聞かなくてぇ」


 そこへニースを追って来たルポルが、焦りを滲ませて声を挟んだ。


「まさか、ケイトさんもやるんですか?」

「ううん、あたしはやらないよぉ。空から飛び降りるなんて、出来る気がしないしぃ」

「そうですか」


 ほっとしたルポルと違い、ニースは固まったままだ。カサンドラが呆れた様子で、小さくため息を吐いた。


「そんなにショック受けなくたっていいだろう? 訓練なんだからさ」

「そうですけど、でも……」

「それとも何かい? 女だからって、セラを蚊帳の外に置く気かい?」


 咎めるように言ったカサンドラに、ニースは頭を振った。


「女だからとかじゃなくて、セラは大切だから」

「それはセラだって同じだろう。なあ、セラ?」


 カサンドラに問いかけられ、セラは、こくりと頷いた。


「私だって、ニースが訓練で怪我しないか心配だよ。でも、ニースはやるんでしょう?」

「だってそれは、僕がやらなきゃいけないことだから」

「ニースがやるなら私もやるよ。私だって、レイチェルを助けに行きたい」

「行くって、パラシュートで降りるだけじゃないんだよ? 研究所までレイチェルを助けに行くのはすごく危なくて」

「分かってるよ」


 止めようとするニースに、セラは真剣な面持ちで応えた。


「分かってるから、行きたいの」

「セラ……」

「お留守番は嫌なの。ニースが死ぬかもしれない所に行くのに、私は……私は、メグさんみたいに待ってるなんて、出来ない」


 ぎゅっと手を握りしめて言ったセラに、ニースは声を詰まらせた。二人の間に流れた沈黙に、エドガーが肩をすくめた。


「カルマートで何があったかは知らないが。決意は固いんだ。やらせてやれ」


 エドガーの言葉に同意するように、ジェラルドとマノロ、ダナが頷いた。


「セラさんは、意外と頑固ですからね。諦めが肝心です」

「ニースはさ、過保護過ぎると思うよ。ボクたちも行くわけだし、セラ一人ぐらい守れるって」

「ここまで来て、置いてかれるのは辛いと思うよ。それに、レイチェルはセラの友達でしょう? 連れてってあげたらいいじゃない」


 砂漠の護衛たちに口々に言われ、ニースは戸惑い、視線を彷徨わせる。口ごもったニースの肩を、ベンがトンと叩いた。


「ニース。どっちにしろ、訓練次第で行けるかどうかは決まるんだ。とりあえず、見ててあげたら?」

「ベン……」

「それでもし、セラさんが行けそうなら、その時はまた考えよう。今はまず、俺たちが飛べるようにならないと、意味がない」


 ニースは拳を握りしめ、ベンやユリウスたちの顔を見回した。皆が頷くのを見て、ニースは小さくため息を吐いた。


「……分かった。僕たちが飛べなきゃ、そもそも行けないもんね」

「そういうこと」


 苦しげに言ったニースに、ベンは苦笑する。黙って成り行きを見守っていたエルネストが、ふっと鼻で笑った。


「まあセラが飛ぶなんざ、無理だと思うがな」

「エルネストさん……」

「何でですか!」


 エルネストの呟きに、ニースは顔を上げ、セラは頬を膨らませた。不満の色をありありと浮かべたセラに、エルネストは馬鹿にするように言葉を継いだ。


「ニースとユリウスは、最低限は鍛えてる。だがお前は、食って寝てるだけだろうが。飛べるとは思えねえな」

「そんなことないです! 私だってそれなりに動いてますよ!」

「それなりって言ってもな。少し走っただけでも息が上がるんだ。お前が飛べない方に、賭けてもいい」

「絶対飛びますもん! 置いてかれたりなんて、しませんから!」

「そいつは楽しみだな」


 真っ赤になって怒るセラを揶揄うように、エルネストは愉快げに笑う。じゃれ合うような二人のやり取りにユリウスたちは苦笑したが、ニースは一人、不安を感じて顔を歪めた。



 冬となった帝国の夜は早い。日の差す時間は短く、訓練に当てられる期間もほんの僅かだ。貴重な時間を無駄には出来ないと、集まった兵士と共にニースたちも訓練に精を出す。

 パラシュートの扱い方や着地、落下姿勢の講義では、誰一人として脱落しなかったものの、高所から飛び降りる訓練はそうはいかなかった。


「姿勢が崩れてる。不合格」


 訓練場所は、中央盆地を囲む山々よりかなり手前にある、砦の見張り塔だ。塔の下には大きな網が張られており、薄らと雪の積もった円筒形の塔の天辺から、命綱を巻き付けた兵士たちが次々に降りてくる。

 恐怖から跳べない者、跳んでも姿勢が崩れている者は、ここから先へは進めない。再挑戦するかどうかは兵士たちに委ねられているが、冷静に判断を下すジャンの言葉は淡々としたもので、多くの兵士は心を折られて去っていく。


 そうして、集まった兵士たちの半数以上が脱落する中、ニースとユリウスは、持ち前の運動神経と強い決意でその試験を乗り切った。


「よし、ニースとユリウス君は合格。二人とも、よく出来たね」

「やったね、ユリウス!」

「これでレイを助けに行ける!」


 ジャンの判定を受けて、二人は笑顔で手を打ち合う。

 実戦経験豊富なエドガーたち砂漠の護衛や、特殊任務には慣れているエルネストとジミー、精鋭を集めたベンたち皇国護衛隊は、何の問題もなく通過している。

 ルポルとマルコは互いに競い合うようにして合格をもぎ取り、エリックは一度失敗したものの、意地だけで恐怖を乗り越え、どうにか二回目で成功させた。


 後は実際に上空から降下する訓練をするだけだと、ニースたちは安堵と興奮に包まれる。そんな中でセラは一人、何度も何度も塔へ昇る事となった。


「セラさん、怖くても目を閉じてはダメだ。不合格」

「うぅ……。も、もう一回やります!」


 セラの再挑戦は、すでに五回目だ。太陽はすでに傾きつつあり、この日の訓練は終わりを迎えようとしている。

 ふらつく足取りで階段を昇ろうとするセラに、ニースは戸惑いながらも声をかけた。


「セラ、もう諦めた方が」

「諦めない! 絶対に私も行くんだから!」

「セラ……」


 セラは震える足を叩きながら、階段を昇っていく。不安げにその背を見つめるニースに、ユリウスが慰めるような眼差しを向けた。


「泣いても笑っても、次で最後だよ。ゆっくりはしてられないから」

「うん……」


 限られた時間の中での訓練だ。厳しい訓練の予定はギリギリまで詰まっており、どれだけ再挑戦を望んでも、この日のうちに合格出来なければそこで脱落となる。ニースが複雑な思いで塔を見上げると、列の最後尾に並ぶセラの赤い髪が風にたなびくのが見えた。


 ――セラ……。気持ちは分かるけど、セラにはここで待っててほしい。セラはあんなに行きたがってるのに、僕は失敗するのを願うなんて。……ごめん。


 空が少しずつ暗くなる中、セラの身体が宙を舞う。不意にぴゅうと冷たい風が吹いて、反射的にセラの瞳が閉じられ姿勢が傾いた。


「セラ!」


 落下したセラの身体が網に絡め取られる。ジャンやユリウスたちと共にニースが駆け寄ると、セラは呆然と空を見上げていた。


「失敗、しちゃった」

「セラ……」

「私、ニースを見送るなんて出来ないよ。メグさんみたいに、強くなんてなれない」


 セラの目から、涙がポロポロとこぼれ落ちる。ニースは胸が詰まるのを感じながら、網から救い出したセラを抱きしめた。



 昼のない極夜は、それから五日後に訪れた。訓練の仕上げとなる、夜の上空から降下を行うべく、ニースたちは装備を整え、飛空船に乗り込む。

 上空からの降下訓練はこれで二度目だ。日中に行われた一度目の訓練では、塔とは比べものにならない高さに怖気付く者が続出し、半数近くが飛ぶ事すら出来なかった。

 勇気を持って飛んだ者たちからは、幸いな事に死者は出なかったものの、数名の怪我人は出た。骨折が主だった怪我はニースの祈歌ですぐに治されたが、恐怖心はしっかりと根付く。

 訓練初日には定員の倍以上いた兵士たちは数を減らし、残ったのはニースたちを含めて八十名ほどしかいなかった。


「今日だっけ、アグネス先生たちが来るの」


 降下予定の高度へ到達するまでの待ち時間は、興奮を伴う緊張に包まれている。体から余計な力を抜くように、ぼそりと言ったニースに、ユリウスは頷いた。


「うん。オレたちが降りる頃には、着いてるかもね」


 ニース帰還の知らせを受けたアグネスは、帝都包囲網の完成に目処がついたため、ミランとポルテを連れて本陣へ戻ってくる予定だった。

 ユリウスは、ふっと表情を引き締め、言葉を継いだ。


「アグネス先生たちが来たら最後の打ち合わせをして、準備が整い次第出撃だよ。……セラとはどうなの?」


 窺うように問いかけたユリウスに、ニースは項垂れた。


「まだ会ってくれないんだよね……」


 パラシュート降下部隊に入れなかったセラは、激しく落ち込んでいる。不合格を言い渡された夜以降、セラはニースと会おうとしなかった。

 ニースは胸の痛みを誤魔化すように、はぁとため息を吐いた。


「ケイトさんの話だと、僕と会うと泣いて引き止めちゃうからって。迷惑かけたくないから、会いたくないって言ってるみたいで」

「……そう」


 ユリウスは返す言葉を探すように、目を伏せる。鎮痛な面持ちのニースを慰めるように、ルポルが穏やかに声を挟んだ。


「セラちゃんが、それだけニースを大事に思ってるってことだよ。そんなに落ち込むなって」

「うん。そうなんだけど……。最後が泣き顔なんて、嫌だなって思って」


 ニースは、ぎゅっと拳を握りしめ、抱えていた不安をこぼした。ユリウスとルポルが、痛ましげに眉根を寄せる。するとベンが、呆れたように肩をすくめた。


「何言ってるんだよ。最後になんかなるわけない」

「ベン……」

「俺たちみんなでニースを守るんだよ。そのためにこうして、ここにいるんだからさ」


 ベンの言葉に、マルコが、ふんと鼻を鳴らした。


「お前はムカつくけど、死なせるわけにはいかないからな。でも、お前がもうセラちゃんをいらないっていうなら、俺がもらおうかな」

「えっ?」

「可愛いじゃん、あの子。俺なら泣かせるようなことはしない」


 ぽかんとしたニースに、マルコは自身ありげに胸を張る。エリックが、げんなりした様子で頭を振った。


「向こうが断るよ、きっと」

「エリック、お前な!」

「だってそうでしょ? ニースのことが好きで泣いてるんだからさ」


 取っ組み合いの喧嘩を始めそうな二人を眺め、エルネストが愉快げに笑った。


「セラの好みだとは思えねえが。マルコの歌はうまいからな。これに取られたら、面白すぎるな」


 くつくつと笑うエルネストに、ニースは、ムッと顔を歪めた。


「そんなことさせませんよ」

「なら、弱気なことは言うな。お前は作戦の要で大佐なんだ。役目を忘れるな」

「……はい」


 ニースは、モヤモヤとした気持ちを押し込め、神妙に頷く。そんなニースを、ジミーとエドガーたちが切なげな目で見つめた。

 やがて船内に、予定高度に着いたとラチェットの声が響く。掴む事が出来ない光の帯が浮かぶ夜空に、ニースは口を引き締め、身を投げ出した。

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