493:鳥の船1
前回のざっくりあらすじ:ココはガラナの協力を得て、飛空船に必要な石を準備した。
*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、3月28日(土)となります。
柔らかな日差しの中、アパシオナート合衆国の軍艦が、カルマート国の港へ入る。戦場を離れたニースは、二年ぶりに南のバトス大陸へと降り立った。
星の北と南では季節が逆となる上、帝国中部を出発してから三週間ほど経っている。春を迎えたカルマート国は、夏だった帝国より気温は高い。ニースはセラと手を繋ぎ、頬を撫でる潮風に目を細めた。
「こっちは暖かいね」
「うん。なんだかホッとするよ」
懐かしさに微笑む二人を、エルネストが見守る。そんな三人から少し離れた場所では、初めてカルマート国を訪れたベンやルポルたちが、興味深げに辺りを見回していた。
わいわいと賑やかなニースたちに、合衆国海軍中将ロシオが声を挟んだ。
「ニース様。船旅お疲れ様でした」
「ロシオさん。ありがとうございました。こんなに早く着けて、助かりました」
帝国を離れたニースたちは、ロシオたち合衆国海軍のおかげで、予定より早めにカルマートへたどり着いていた。
穏やかに応じたニースに、ロシオは微笑みを浮かべた。
「すぐにカルマート国軍の車が来るはずです。我々はここでお待ちしておりますので」
ニースたちがカルマートへやって来たのは、飛空船を手に入れるためだ。予定通り入手出来れば、帰りは飛んで帰れるため、ロシオたちを待たせる必要はない。
しかし、飛空船の存在は今はまだ秘密となっている。ニースは、頷きを返すに留めた。
「はい。何かあったら、連絡しますね」
ロシオと別れの挨拶をしていると、二台の軍用車が近づいて来た。迎えが来たのだとニースは気を引き締めたが、静かに止まった車から降りた人物に目を見開いた。
「シーラ先生! ジャンさんも!」
軍服姿で降り立ったのは、カルマート国軍の諜報員という身分を隠し、アルモニア音楽院で事務員をしていたシーラ。そして、帝国スパイだったもののシーラと恋仲になり、寝返ったジャンだった。
二人は、車を運転していた兵士たちを解散させ、ニースの元へ歩み寄った。
「お久しぶりですね。ニース君」
「シーラ先生が、どうしてここに?」
「インベル師団長から連絡を受けたんです。顔見知りの方が、ニース君たちも安心出来るだろうからって」
「インベルさんが……」
カルマート国軍第一師団長のインベルは穏健派で、ニースがミランの処遇について話した相手でもある。ニースが秘密兵器入手のため、カルマートへ向かうと聞いたインベルは、軍に不穏な動きがないようにと、予め手を回していたのだった。
ニースはインベルの心遣いに感謝しつつ、ジャンに語りかけた。
「ジャンさんも、それで来てくれたんですね」
「いや、私は国の要請で来たんだ。帝都侵攻に手こずっているから、君はここへ来たんだろう?」
「はい。そうです」
「私なら、何か策を用立て出来ると期待されてるみたいでね。君たちに手を貸すよう言われている」
ミランの離脱を受け、同盟軍内でのカルマート国の立場は微妙なものに変化している。これまで友好関係だった聖皇国からも、ミランへの対応で非難を受けているのだ。自国の存在感を何かしら示したいと、カルマート国軍上層部が、ジャンに協力を要請していた。
ジャンと話すニースの胸元で、バードとココが微かに身動ぐ。二羽も元は帝国スパイだ。もしかしたらジャンを知ってるのかもしれないと思いつつも、ニースは平静を装った。
「ジャンさんに手伝ってもらえるなら助かります」
「ああ。私に出来ることなら、全力でやらせてもらうよ。それで、これからどこへ行くのかな。行先を言えない極秘の任務だと聞いたが」
「ラチェット先生に会いに行きたいんです。今はご実家にいるはずなので、ビオスタクトに行きたくて」
ニースは帝国を出発してすぐに、バードをラチェットの元へ飛ばしていた。詳しい話は会ってから話すが、ビオスタクトの遺跡へ入らせて欲しいと依頼したのだ。
幸いな事にラチェットは、旅の一座ハリカと共に共和国から帰国した後、ビオスタクトの地に留まっている。バードが運んで来たラチェットの手紙には、快い返事が記されていた。
ニースの返事を聞いたジャンは、僅かに眉根を寄せた。その傍らで、シーラが、ふわりと笑みを浮かべた。
「ビオスタクトなのね。楽しみだわ」
「楽しみ?」
「ラチェット先生とマーガレット先生のお子さんが、一年前に生まれたそうなの。ビアンカ先生から、すごく可愛いってお手紙を頂いてね。会ってみたかったのよ」
「ビアンカ先生からですか?」
懐かしい名前に、ニースは頬を緩めながらも、首を傾げた。シーラは愉快げに、くすりと笑った。
「音楽院がずっと休みになっているから。イルモ先生とビアンカ先生も、ビオスタクトにいらっしゃるのよ」
「そうなんですね」
「さあ、そうと決まれば行きましょう。皇国兵の方は運転出来るわよね?」
シーラとジャンは、ベンやエルネストたちと挨拶を交わすと、分乗の相談を始めた。
先頭の車には、ニースとセラ、ベン、エルネストたち王国護衛隊の一部と、シーラ、ジャンが。二台目の車に、レミスとベンの小隊、ルポルたちが乗る事となった。
総勢二十名近い一行は、一路ビオスタクトへ向けて走り出す。車窓から見える緑溢れる景色は、緊迫した帝国とは大違いだ。
戦場で今も戦っているだろうユリウスたちを思い、ニースは青い空をじっと見つめた。
馬車を何台も追い越して、石畳の街道を車は高速で走り抜ける。ほとんど休みを取る事なく移動したニースたちは、僅か三日足らずでビオスタクトの町へたどり着いた。
小高い丘の上にある町は、五年前にニースが見た景色と何一つ変わらない。真っ白な市壁と立ち並ぶアパルトマンの姿を見て、ニースは懐かしさに胸が熱くなるのを感じた。
ニースたちの車には、カルマート国軍の紋章が描かれている。普通なら市門で検問を受けるが、一目で軍のものと分かる車に乗ったニースたちには必要ない。軍関係者という事で入町税すら免除されており、二台の車は一切止まる事なく町へ入った。
「ニース君。ラチェット先生のお宅がどの辺りかは分かる?」
人通りの多い街中を、車は速度を落として走る。慎重に運転するシーラに問いかけられ、ニースは頷きを返した。
「町外れのお城みたいなお屋敷です」
わざわざ指し示す必要もないほど、ラチェットの実家は目立つ。シーラは、あれかと微笑み車を走らせた。
そうして屋敷の門の前で、車はゆっくり止まった。
「軍の方ですか」
門兵が訝しげな目で、歩み寄る。ニースはラチェットの手紙を手に、車を降りた。
「あの、ラチェット先生に会いに来たんです」
「ああ! あんた、昔来たラチェット様の教え子だな! 大きくなったなぁ!」
手紙を見せるまでもなく、ニースの黒い姿で、門兵は納得したようだった。すぐに門扉は開けられ、二台の車は通される。
広々とした前庭をゆっくり通り、玄関前へ車を止めると、中から慌てた様子でビオス家の執事ルドルフが出てきた。
「ニース様ですね。ようこそ、おいでくださいました。お迎えが間に合わず申し訳ありません」
頭を下げるルドルフは、五年経っても元気そうだった。ニースは、苦笑して頭を振った。
「ルドルフさん、お久しぶりです。先触れを出しませんでしたし、予定より早かったので。突然来てすみません」
「そのようなことはございませんよ。ラチェット様も皆様も、今か今かとお待ちしておりましたから」
穏やかな笑みを浮かべるルドルフの言葉を裏付けるように、屋敷の中から盛大な足音が響き、バンと勢いよく扉が開かれた。
「ああ、もう着いたのね!」
「ニースくーん、セラちゃーん!」
「ジーナさん⁉︎」
息急き切って現れたのは、ラチェットの母オリビアとジーナだった。ジーナは突進するようにして、ニースとセラを抱きしめた。
「心配したのよー! 二人とも無事で良かったわー!」
ジーナは痩せているが、メグの母親だとよく分かるほど、胸は豊満なままだ。柔らかな膨らみに押しつけられるように、がっしりと抱き込まれ、ニースとセラの息が止まる。
唖然とするシーラたちの前で、オリビアが慌てた様子でジーナの肩を叩いた。
「ジーナさん、二人が死んでしまうわよ!」
「あらー。ごめんなさいねー」
うふふと笑うジーナに、ニースとセラは解放され、ほっと息を吐く。しかしそんな二人の元へ、複数の足音が襲い掛かった。
「あー! 黒いおにーちゃんだー!」
「かっこいい服きてるー!」
「おねーちゃんもいるー!」
体当たりでもするかのように、元気な声を上げながら、三人の子どもたちがニースとセラに駆け寄った。
ニースの両足には、ジーナの双子の息子カストルとポルクスが。セラの足には、マルコムの娘ビビアンがしがみ付く。
約一年ぶりに会う子どもたちの勢いに、二人は気圧されながらも、足を踏ん張った。
「カストル、ポルクス。元気だった?」
「ビビちゃん、また可愛くなったね」
きゃあきゃあと楽しげな笑い声を上げる子どもたちに、ニースとセラは微笑みを浮かべた。そこへ、グスタフとマルコムが慌てた様子で走ってきた。
「何かと思ったら、もう着いたのか」
「ニース、セラちゃんも。おかえり」
グスタフはカストルとポルクスを。マルコムはビビアンを抱き上げ、再会を喜び合う。一気に賑やかになった玄関先で、ルポルとエリック、マルコが、ぽかんと口を開けた。
「なぁ、エリック。ニースはあの人のこと、ジーナさんって言ったよな?」
「うん。言ってた。でもジーナさんって、タンバリン叩いてた人だよね?」
「あれ、メグさんじゃないのか⁉︎」
ジーナの変わりように唖然とする三人に、ベンが顔を寄せた。
「あんまり余計なことは言わない方がいいよ。ジーナさん、すごく耳がいいから」
囁いたベンの言葉に、ジーナが振り向き、にっこりと笑みを浮かべる。ルポルたちは頬を引きつらせて、何度も小さく頷いた。
騒がしい再会は、なかなか収拾がつかず、ラチェットが姿を現すまで続いたのだった。




