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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第28章 決戦】
576/647

492:白い夜に

前回のざっくりあらすじ:ココの提案で、古代船で帝都へ行く事が決まった。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、3月26日(木)となります。

 穏やかなニースの寝息が、幕舎に響く。明かりのない暗闇で、ココはもそりと顔を上げ、幕舎入り口の様子を窺った。

 垂布越しであっても、機械のココには外の様子が手に取るように分かる。幕舎を守るように立つ二つの人影を認め、ココは目を眇めた。


『今夜はエルネストとルポルが当番なのね』


 野営地には多くの兵士がいるため危険はないが、いつ敵襲があるとも分からない。ニースの警護には最低でも二人体制で当たっており、出発前のこの夜は、隊員たちをしっかり休ませようと、エルネストとルポルが警護に付いていた。

 声には出さず通信で呟いたココに、バードが眠ったように目を閉じたまま。同じく通信内で応えた。


『エルネストは気付くと思うよ。どうするー?』


 二羽の会話は、周囲には一切聞こえない。ココは考えるように小首を傾げ、ぴょんとベッドから飛び降りた。


『それでも行かないと。明日の朝には出発なんだもの』

『俺っちが引きつけようか?』

『そうね……』


 ココは頷きかけたものの、ふと動きを止めた。


『ちょっと動きがあるかも。様子を見ましょう』


 天幕の布地は、寒気が入り込まないよう分厚くなっており、外の音は内側へ聞こえ難い。しかし二羽は機械であるため、普通なら聞こえないはずの音も容易に拾う。

 ココとバードが外の様子を見守っていると、表に立つエルネストは何かに気付いた様子で遠く一点を見つめ、口角を上げた。


「ルポル。ここを少し任せていいか」


 エルネストと共に立っていたルポルは、不意に声をかけられ眉根を寄せた。


「構いませんが、何かありましたか?」

「いや、何もない。ただ、念のため少し周りを見て来ようと思っただけだ」

「分かりました。お任せ下さい」


 ルポルが敬礼すると、エルネストは片手を上げて去っていく。すると、先程エルネストが見つめた方角から、人影が現れた。

 その人物は、物陰に隠れるようにしながら、静かに幕舎へ向かってくる。ゆっくり近づいてくる足音にルポルも気付いたようで、人影に振り向き、声を漏らした。


「……ケイトさん?」


 歩いてきたのは、ケイトだった。驚くルポルに、ケイトは照れくさそうに頬を染め、へらりと笑った。


「ルポルさん、こんばんはぁ」

「こんな夜中にどうしたんです? ニースに用ですか?」

「ううん、そうじゃなくてぇ……」


 ケイトは、もじもじとしながらルポルに歩み寄った。


「明日の朝、ここを離れるってセラちゃんから聞いたからぁ」

「セラちゃん、まだ起きてるんですか?」

「ううん。早めに寝ちゃったよぉ。ただあたしは、そのぉ……。しばらく会えなくなっちゃうから、ちゃんとご挨拶しようかなぁって思ってぇ」


 ケイトは瞳を潤ませ、上目遣いでルポルを見上げた。ルポルはほんのり耳を赤くして、顔を逸らした。


「そ、そうですか。すみません。突然決まったので……」

「ううん。お仕事の邪魔はしないから、ほんのちょっとだけ、ここにいてもいいかなぁ?」


 ケイトは甘えるように、ルポルの服の裾を掴んだ。ルポルはびくりとしたものの、頷きを返した。


「構いませんよ。隊長が戻ってきたら、テントまでお送りしますね」

「ありがとぉ」


 嬉しげに微笑んだケイトと、ルポルはそわそわとした様子で他愛ない会話を交わす。

 そんなルポルの姿に、じっと様子を見守っていたバードが、通信内で愉快げに笑った。


『ルポル、デレデレしてるねー』

『ええ。でも助かったわ。これなら私だけで行けそう。バード、ニースをよろしくね』

『分かったー。気をつけてねー』


 バードに見送られ、ココはニースの幕舎裏手から、ぴょこりと顔を出した。

 真夜中でも太陽が沈まぬ空は、朝焼けや夕焼けのような幻想的な色合いを見せている。いくらルポルがケイトに気を取られているとはいえ、明るい空へ飛び立てば、ココが抜け出した事はさすがに分かるだろう。

 ココは誰にも見つからないよう、物陰を縫うように地面を歩き出した。



 時折足を止めて慎重に周囲を窺いながら、ココは野営地を歩く。ココが目指すのは、少し離れた場所にあるセラの幕舎だ。

 セラは今も、カサンドラやダナと共に寝起きしている。夜間は男子禁制となっている区画へたどり着くと、ココはセラの幕舎前に立つカサンドラとガラナを遠目に見つめた。


『バード。ガラナを呼ぶから通信を切るわね』

『了解だよー』


 ココはバードと会話を終えると、蛇の言葉を話そうと意識を集中させる。すると不意に、背後に人影を()()、ココは振り向いた。


「ココか? 何やってんだ、こんなところで」

『エルネスト……』


 音もなく現れたエルネストに、ココは気まずそうに身を強張らせた。エルネストは呆れたようにため息を吐くと、ひょいとココを抱き上げた。


「いくら夜中だからって、呑気に散歩してんじゃねえよ。聖皇国の奴らに見られたらどうする気だ。ルポルに止められなかったのか?」

『ええと……』


 エルネストに窘められ、ココは気まずそうに視線を彷徨わせる。歯切れの悪いココを見て、エルネストは小さく舌打ちした。


「ケイトと話す時間をやったのは失敗だったか。後で鍛え直さねえといけねえな」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべたエルネストに、ココは、ぷるりと震えた。


『怒らないであげて。私が勝手に出てきただけだから』

「お前一人なのか? バードは?」

『バードはテントにいるわ』

「そうかよ。野暮用済ませたら連れてってやるから、大人しくしてろよ」


 エルネストは一方的に言い放つと、ココを抱えたまま歩き出した。そのままエルネストは、男性が立ち入り禁止となっている女性用の区画へ、躊躇なく入り込む。

 セラの幕舎前にいたカサンドラが、エルネストに気付き、眉根を寄せた。


「エルネスト。何かあった?」

「まあな。ケイトが来たから、見回りだ」


 素っ気なく言ったエルネストに、カサンドラは愉快げに笑った。


「じゃあ今は、ルポルと二人きりなんだ?」

「そういうことだ。セラはちゃんと寝てるか?」

「ぐっすり寝てるよ。ダナと一緒にね」


 ひそひそと声を落として話すエルネストの腕から、ココは這い出ようと身を捩る。カサンドラはココに気付き、首を傾げた。


「ココも見回りしてんの?」

「いや。こいつは散歩してたから捕まえただけだ」

「散歩?」


 カサンドラの足元で、ガラナが鎌首をもたげる。チロチロと舌を出したガラナの頭を、カサンドラは撫でた。


「あんたは本当、女の子が好きだよね」

「ココは発掘品だぞ?」

「そうだけど、心は乙女だろ? それにガラナは、小さい女の子が好きなんだよ」

「小さいか。確かにこいつは小さいな」


 笑うエルネストの腕から、ココはガラナの方へ身を乗り出す。そんなココを見て、カサンドラは言葉を継いだ。


「ほら、ココもガラナと話したそうにしてるよ。少し放してやったら?」

「だがな……」

「あんたとあたしがいるんだ。誰か来たら、すぐ隠せばいいだろ? ココ、少しガラナと話してくかい?」


 カサンドラに問いかけられ、ココは、こくりと頷いた。エルネストは小さくため息を吐き、ココを抱く手を緩めた。


「すぐ戻る気だったが……仕方ねえな。あんまり離れるなよ」


 エルネストはココを放すと、カサンドラと会話を続ける。どこか嬉しげに見えるエルネストを見上げ、ココは、ほっと声を漏らした。


『カサンドラがいてくれて良かったわ』


 ココの呟きは、人の耳には聞き取れない蛇の言葉だ。安堵するココに、ガラナはシューシューと音を出し、語りかけた。


『なんや、ココ。ほんまにわいに用事あったんか?』

『ええ。ちょっと頼みたいことがあって』

『頼みたいこと?』

『エルネストたちには見せたくないのよ。ちょっとこっちに来て』


 怪訝そうに目を眇めたガラナを、ココはすぐそばにある木箱の陰に誘った。物陰にいるといっても、一羽と一匹は真っ白なため、エルネストの視界から完全には外れない。

 ココは二人に背を向けると、腹部をパカリと開いた。


『これを精製してほしいのよ』


 ココは、ニースから預かった形見の指輪を地面に転がした。人目を忍んでココがガラナに会いにきたのは、飛空船を飛ばすのに必要な特別な石を用意するためだった。

 唐突に出てきた指輪に、ガラナは目を瞬かせた。


『精製って、この指輪をか?』

『指輪というより、石ね。古代種のあなたなら、出来るでしょう?』


 当然のようにココに言われ、ガラナは困惑したように頭を振った。


『さっぱり意味分からんわ』

『過去の歴史を教わってないの? あなたたち古代種が、大きく数を減らした理由の一つなのだけれど』

『あのな。わいが同族と最後に会うたのがいつか分かるか? もう二百年も前やで。そない昔に聞いた話なんか忘れたわ』


 呆れたように言ったガラナに、ココは申し訳なさそうに目を伏せた。


『そんなに一人ぼっちだったのね。ごめんなさい』

『まあ、ダナたちがいたから寂しくはなかったけどな。せやから気にせんでええ』


 ガラナはココを慰めるように、尻尾をひらりと動かした。


『そんで、指輪を精製するってのはどういう意味なんや?』

『この指輪に付いてるのは原石なの。この原石から力ある石を作ってほしいのよ』

『力ある石……。ニースやセラちゃんの歌で動くやつか』

『ええ、そうよ。古代人は石の精製技術を確立していたけれど、その技術の元はあなたち古代種なの。あなたたちは、鉱物を好んで食べるでしょう?』

『最近はそんなに食ってないがな』

『あら、そうなの?』

『ダナたち一族のくれる飯が旨いんや』


 嬉しげにチロチロと舌を出したガラナに、ココは困ったように俯いた。


『じゃあ精製出来ないのかしら。せっかくニースから借りたのに』

『石の精製は、わいがそれを食えば出来るのか?』

『ええ。古代種の消化酵素が必要だから』

()()()()()()()?』

『消化酵素よ。胃液ってこと。だから食べて吐き出してほしいの。原始的な方法だけど、それで精製出来るはずだから。お願い出来る?』


 上目遣いで見つめるココに、ガラナは目を細めた。


『ええけど……上手くいくかは分からへんで。そもそもわい、吐き戻すのは苦手なんや。第一、わいの腹ん中に、()()()()()()()がほんまにあんのかも、分からへんし』

『構わないわ。これが出来ないと、ニースたちを助けられないもの』

『そんな大役なんか⁉︎』


 唖然として目を見開いたガラナに、ココは頷きを返した。


『ニースがレイチェルを助けるのに、無茶するんだもの』

『今日セラちゃんが泣いた話やな。せやったら、なおさら失敗出来へんがな』


 ガラナは決意の滲む目で、指輪を見つめた。


()()()()()()()はどうにもならんけど。とにかく吐き戻しは死んでもやったるわ』

『ありがとう。あなたって、本当にセラのこと好きよね』

『せやで。わいは、ダナやセラちゃんみたいな、ぺったんこな女子が好きなんや』

『私に言わなくていいわよ。そういうの』


 ココは、さっさと食べてくれと、指輪をガラナへ押しやった。ガラナは、パクリと指輪を口に入れると、石だけを飲み下し、金具をぺっと吐き出した。

 すると、いつから見ていたのか。カサンドラが、あっと声を上げた。


「ガラナ! あんた今、何食べたの⁉︎」


 カサンドラは、むんずとガラナを掴み、口をこじ開ける。エルネストが吐き出された金具を手にし、顔を青ざめた。


「おい。これはニースの指輪だろうが! ココ、何やってんだ!」

『ええと、その……』


 エルネストに詰め寄られ、ココは言葉を濁す。その傍らで、カサンドラはガラナを逆さまにし、腹を無理やり押した。


「ガラナ、さっさと吐き出しな!」


 ガラナはココにしか聞こえない悲鳴を蛇語で上げ、飲み込んだ石を吐き出す。カサンドラは、ガラナが吐いた石を見やり、エルネストに問いかけた。


「指輪についてたのって、これかい?」


 先ほどまでは青かったはずの石は赤くなっており、不思議なことにひと回り大きくなっている。エルネストは、それが指輪の石とは気付かずに、ガラナに手を伸ばした。


「いや。色も形も違う。ちょっと貸せ、カサンドラ」


 エルネストはガラナを掴むと、ぶんぶんと振り回し始めた。悲鳴を上げ続けるガラナを横目に、ココは吐き戻された石と金具を、そっと腹の中へ戻した。


『二人とも、そんなにしてたらガラナが死んじゃうわ』


 どうにか上手くいったと、石の確認を終えたココは、ガラナを助けるべく声を挟んだ。しかしエルネストは、周囲に気を配りながらも、苛立たしげに声を荒げた。


「そんなこと言ってる場合か!」

『石はあるの。だから大丈夫よ』

「……は?」


 エルネストとカサンドラは、完全に伸びているガラナを手に、気まずそうに顔を見合わせた。


「すまねえな。振り回したりして」

「いや、あたいもびっくりしたからさ……」


 奇妙な沈黙が、二人の間に流れる。エルネストは気まずさを振り払うように、ふぅと息を吐いた。


「俺はそろそろ戻る。ダナに謝っといてくれ」

「ああ。言っとくよ」


 エルネストはココを抱き上げ、ニースの幕舎へと歩き出す。ぐったりしているガラナに、ココは心からの謝罪と感謝を蛇語で伝えた。


 静かな野営地に、ガラナの呻くような恨み言が人知れず響く。謝り倒すカサンドラをガラナは無視し続けたが、翌朝、目を覚ましたセラとダナに慰められ、ガラナは元気を取り戻すのだった。

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[一言] 何と?!ガラナにも戦う以外にこんな役割があったとは! しかし笑いました。
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