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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第27章 海を越えて】
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★[幕間劇〜とある愛好会の話]

お話の区切りとして幕間劇を書きました。

読み飛ばしていただいても、本編ストーリーの進行に問題ありません。


*一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*本編の続きは、明後日(3月16日)更新になります。

 長い冬の終わりを迎えたヘロスの町に、賑やかな声が響く。同盟軍と町民たちのわだかまりは少しずつ解け、葬送式の一週間後には町行く人々も笑顔を取り戻した。

 これまでバラバラに動いていた各国軍は、ルイサの死を受けてヘロスの町に集結しつつある。全軍が揃い次第、ニースたちは帝都へ向けて進軍する予定だ。

 出発までの僅かな日々は、穏やかな春の陽気に恵まれ、同盟軍は次なる戦いへの活力を蓄えていた。


 柔らかな日差しが、砦近くの広場に降り注ぐ。

 出発を数日後に控えたこの日、鍛錬場として使われている広場には、木組みの舞台が設置され、天幕も数個並べられた。

 広場の入り口では、マルコとエリックが、ニースの似顔絵を貼った立て札を持ち、声を上げていた。


「王国の天の導き、ニースのファンクラブには、ここで入会出来まーす!」

「今なら入会特典で、ニースが使ってるのと同じ石鹸がもらえまーす。入会希望の人は、一列に並んで下さーい!」


 若干投げやりになりながらも、二人は次々に訪れる兵士たちを整列させていく。

 この日は多くの同盟軍兵士が休息日となっていたため、ベンがファンクラブ会員限定で、ニースの歌の演奏会を企画したのだ。

 その開演に先立ち、入場券代わりの会員募集が行なわれているのだった。


 列の行き先となっている天幕では、ユリウスが会費を受け取り、ジミーとレミスが小さな紙札を渡していた。


「ファンクラブ『フォルテッシモ』へようこそ。これが会員カードになります。再発行は出来ませんので、失くさないようお気をつけ下さい」

「おお、これが噂のカードか。良い紙使ってるなぁ」

「会員資格は一年ごとに更新となります。更新手続きは、パトリック商会各店舗で行って下さい。それから、グッズ購入の際に会員カードを提示すると割引されますので、ご利用下さい」

「そんなサービスまであるんだな。ありがとよ」


 紙札を受け取った兵士たちは一様に笑みを浮かべ、流れるように次の天幕へ向かう。

 天幕には「セラちゃんを愛でる会、会員募集中」の(のぼり)があり、多くの兵士たちが茶を片手に談笑している。

 その入り口付近にある木製のカップが積まれたテーブルの前で、ルポルとケイトが、にこやかな笑みを浮かべていた。


「セラちゃんの可愛さについて語り合いたい人はぁ、開演まで休んでってくださぁい」

「ぜひ入れてくれ」

「俺も頼む」

「ありがとうございまぁす。会費は入会時だけでぇ、銀貨一枚でぇす」


 ケイトの笑顔に兵士たちは、だらしなく頬を緩める。その視線を断ち切るように、ルポルが木製のカップを、ずいと差し出した。


「会員証代わりに、このカップをお渡しています。この模様は、セラちゃんが描いたクマなんですよ」

「これがクマ⁉︎ さすがセラちゃん。味があるな、これは!」


 カップの内側には、リボンを付けた熊の焼印が押されている。セラが落書きした絵をケイトが拝借し、秘密裏に焼きごてを作ったのだ。

 外から見れば、ただのありふれた木のカップだが、茶を飲みながら、こっそりセラの絵を楽しめる一品だった。


 しげしげとカップを眺める兵士たちに、ルポルは笑みを浮かべた。


「中でお茶を用意してますので、飲みたい方はお気持ちを近くの箱に入れて、お好きに飲んでくださいね」


 ルポルに促され、兵士たちはカップを手に、吸い込まれるようにして天幕の中へ入っていく。

 そんな一連の兵士たちの動きを、主催者のベンは少し離れた所から眺め、満足げに微笑んでいた。


「向こうも順調そうだな。ニースとセラさんは切り離せないものだし、これだけの人数が味方に付いてるなら、ひとまず安心だろう」


 ベンは、ほっと安堵の息を漏らし、視線を横に動かすと、表情を曇らせた。


「それにしても、あっちはどうするかな……」


 ベンが見つめる先には、誰も立ち寄らない小さな天幕があった。アンヘルとマノロがいるその天幕には、冊子の積まれたテーブルが一つ置かれている。

 テーブルの片隅には、「世界風呂愛好会、ガイドブック発売中」の文字があるが、一冊も減った様子はなかった。


「まさかアンヘル殿が、ここまで熱狂的な風呂好きだなんて……。関わりたくないけど、ニースの兄上だし仕方ないよなぁ」


 ベンはため息を吐いて、重い足取りでアンヘルたちの元へ向かう。ベンが歩み寄ると、マノロが困惑した様子で口を開いた。


「少尉、お疲れ様。ニースのファンクラブは盛況みたいだね」

「おかげさまで。そちらは……これからって感じですかね」

「まあ、ね」


 マノロは、ちらりとアンヘルに目を向けた。アンヘルはベンが来ても目を伏せたまま、腕組みして何やら考え込んでいる様子だった。


「アンヘルのやつ、さっきからずっとこうなんだよ。少尉、何か良いアイデアない?」

「アイデアですか」

「ニースに舞台から宣伝してもらうとかさ。何か出来ないかな」

「アンヘル殿の頼みなら、ニースはやると思いますよ。言ってみては?」


 こそこそと話す二人に、アンヘルが、ゆっくり目を開けた。


「いや、ニースに頼っていてはダメだ」

「アンヘル殿?」

「ニースが勧めたからと、ただ買われても意味がない。ニースの歌のように、風呂には風呂の良さがある。その魅力をどうにかして伝えたい」


 真面目に語るアンヘルに、ベンとマノロは固まった。アンヘルは冊子をパラパラとめくり、小さく唸った。


「やはり、帝国編がないから興味を惹かれないのだろうか。先日体験したばかりだから、原稿が間に合わなかったのだが……」


 ベンは、そういう問題じゃないと思いつつも、本音を口には出さず、違う事を問いかけた。


「あの、アンヘル殿。ずっと気になってたんですが、そのガイドブックを書いたのってもしかして……」

「もちろん私だ。世界風呂愛好会会長として、全ての情熱を込めてある」


 世界風呂愛好会は、ニースのファンクラブ設立に触発されたアンヘルが、マノロとエルネストに声をかけて作った集まりだ。会員数は現在その三名のみで、掲げる団体名に対して小規模なものだった。

 ニースの演奏会を開くと聞いたアンヘルは、会の認知度を高める良い機会だと、ベンに物販の参加を申し入れたのだった。


「これまで訪れた各国の風呂について、ずっと書き留めていたんだ。それをまとめて、急遽冊子にしたのだが……。帝国編を書き上げてから作成した方が良かったのかもしれないな。時期尚早だった」


 冊子は、アンヘルが自身で書いた原稿を、ひたすら書き写して綴じたものだ。アンヘルは参謀長としての仕事に加えて、寝る間も惜しんで用意しており、目の下には分厚い隈が出来ていた。


「アンヘル殿が訪れた国というと……」

「皇国と聖皇国だよ。モレンドと共和国の風呂はマノロから。カルマートと合衆国の風呂は、エルネストから聞き取って書いたんだ」


 アンヘルは、冊子を開きながら言葉を継いだ。


「だが、聖皇国の情報は残念ながら少ないし、共和国と合衆国、カルマートの風呂はシャワーや水浴びだからね。天然温泉についての記載があるぐらいだ。一番充実してるのは、皇国風呂に関してだな。宿の立地や風呂の設備について星で格付けも行なっている。私の一推しは……」


 延々と語り続けそうなアンヘルに、ベンは慌てて声を挟んだ。


「そういえば、エルネストはどこに? ニースの護衛任務を、今日は休んでるんですが」


 開演までの時間を利用して、ニースはセラと共に、ポールやハロルド、アグネスたちと控え室で会っている。その護衛には、ベンの部下たちとカルマート兵、聖皇国兵が当たっていた。

 アンヘルは、ああと頷き、意味ありげに笑った。


「デートだよ」

「デート? エルネストがですか?」

「そんなに意外かな。ああ見えて、エルネストは結構惚れてるんだが」


 アンヘルの言葉に、マノロが頷きを挟んだ。


「最初は揶揄ってるだけだったのに、今は本気っぽいもんね」

「本気で惚れてるって……お相手は?」


 困惑するベンに、マノロはニヤリと笑みを浮かべた。


「カサンドラだよ」

「えっ⁉︎」

「デートって言っても、一緒に風呂に行ってるだけなんだけどね」

「一緒に風呂⁉︎」


 意外な話に、ベンは唖然とした。マノロは楽しげに、あははと笑った。


「そんなに驚かなくても。混浴にはならないんだからさ」

「そ、そうですね……」

「まあ、何かしようとしても、ジェラルドたちが様子見てるから何もしようがないけど」

「後を付けてるんですか?」


 眉根を寄せたベンに、マノロは仕方ないと苦笑した。


「カサンドラは初心(うぶ)だからさ。リーダーたちは心配なんだって」

「カサンドラ殿が初心……ですか」

「初恋らしいよ。まだ告白もしてないみたいだし。意外と乙女なんだよね、カサンドラって」

「初恋で乙女……」


 ベンは想像がつかないと、微妙な顔付きになった。マノロは愉快げに話を続けた。


「ニースたちと風呂に行った時にさ、二人は入らなかっただろう? それで、後で一緒に行こうって約束してたみたいだよ」

「だからデートですか」

「当人たちは、そうは言わなかったけどね」


 ベンとマノロが話していると、アンヘルが不意に、あっと声を上げた。


「そうだ。ガイドブックに、恋人とのデート編も付け加えよう。女性目線での話を聞いて、女湯の情報と一緒に載せるんだ。そうしたら、興味が湧くと思わないか?」

「え……まあ、そうかもしれませんね」

「そうと決まれば、早速セラさんに聞きに行こう。マノロ、後は頼んだ」


 アンヘルは一方的に言い残すと立ち上がり、颯爽と去っていった。取り残されたマノロは、はぁと深いため息を吐いた。


「うちの会長は、風呂愛が深すぎるよ」

「まあ、気持ちは分かります。だからこそ、こういう集まりを作るわけですし」

「少尉もニース愛が凄すぎるもんね」

「褒めて頂いて光栄ですよ」

「……褒めてるわけじゃないんだけどさ」


 そこへ、わいわいと賑やかな声が響き始めた。開演時間が近付いたため、ニースとセラが表へ出てきたのだ。

 アンヘルがセラに突撃し、風呂の話を聞き出しているようで、ニースが困惑する中、ルポルたち「セラちゃんを愛でる会」の面々が瞳を輝かせてセラの話に耳を傾けていた。


「あいつも義妹愛が強すぎるよなぁ」


 前のめりになっているルポルを見て、マノロは呆れたように呟いた。ベンは苦笑して、頷きを返した。


「ニースが妬くぐらいですからね。騒ぎになる前に、早めに開演するようにします」

「そうだね。それがいいと思うよ」


 ベンは真っ直ぐに、ニースたちの元へ向かう。演奏会の会場へ移動していくベンたちを眺めながら、マノロは小さく欠伸をした。


 やがて広場には、ニースの歌声が響き始める。優しい春の日差しの中で、兵士たちは思い思いに休日を楽しんだ。

 柔らかな風と心地良い歌に誘われるように、マノロは一人、瞳を閉じる。演奏会終了後、セラの風呂話を聞いた兵士たちが大挙して「世界風呂愛好会」に押し寄せるまで、マノロは束の間、夢の世界へ旅立つのだった。

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[一言] 色々と想像して大いに笑いました( ̄▽ ̄)
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