47:重なる想い1
前回のざっくりあらすじ:救出されたセラは、旅立ちを決意した。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、暴力的表現が含まれます。ご注意下さい*
暗い闇を払いのけ、湖に朝日が煌めく。柔らかな風が朝靄を吹き飛ばし、町には活気が満ちていった。
セラは女将と共に、朝のうちにグスタフの元を訪れて挨拶をした。グスタフはもちろん、セラの加入を歓迎した。セラは正式に「旅の一座ハリカ」のメンバーになった。
一行の出発は、四日後と決まった。警備隊が撤収し、店が使えるようになるのが、三日後の夜だからだ。ニースは部屋で一人、のんびり過ごしていた。
――お休みかぁ。セラは準備で忙しいし、ぼくは何しようかな。
前日の騒ぎで疲労していたグフタフたちは、この日一日を休養日としていた。
マルコムは朝早くから身なりを整え、町へ出かけており、ジーナはぐっすり眠っている。グスタフは、セラや女将たちと旅の準備について話をしていた。ラチェットは、部屋にニースを残して、朝風呂を楽しんでいる。
ニースが、ぼんやり窓の外を眺めていると、扉を叩く音がした。
「ニース、ラチェット。いる?」
響いたメグの声に、ニースは立ち上がり、扉を開けた。
急に扉を開けるメグに対処するべく、ラチェットはニースに、部屋にいる時も常に鍵をかけるよう教えていた。素顔を見られないようにするためにも、ニースは教えをしっかり守っていた。
「ラチェットさんはお風呂だよ」
「あら、そうなのね」
メグは言いながら、勝手に部屋へ入る。ニースは戸惑い、問いかけた。
「メグ、どうしたの?」
ニースの問いに、メグはニヤリと笑みを浮かべた。不敵な笑みを見て、ニースは聞かなければ良かったと思ったが、後の祭りだった。
「私ね、良いことを思いついたの。聞いてくれる?」
絶対ロクなことじゃないとニースは感じたが、とても口には出せなかった。
「な、何をすればいいの……?」
出来れば聞きたくないと思いながら、恐る恐る尋ねたニースに、メグは得意げに胸を張った。
「これよ」
メグは、後ろ手に隠していた紙をニースに見せた。ニースは紙を受け取り、書いてある文字を読んだ。
「……これ、なに?」
ニースは文字が読めないわけではない。紙に何が書いてあるのかはわかったが、ニースは、これを自分に見せるメグの意図がわからなかった。
「私ね、思ったのよ。歌石歌ってあるでしょ?」
「うん。公演でぼく歌ってるよ。それがどうしたの?」
「歌石歌って、古代文明の言葉があるじゃない。えっと……なんだっけ?」
「歌言葉のこと?」
「そう、それよ」
ニースは話を聞いても、メグが何をしたいのか、さっぱり分からなかった。メグは、にっこり微笑んだ。
「歌石歌を聞いていて、私、思ったのよ。古代文明の言葉で歌えるなら、私たちの言葉でも歌えるんじゃないかって」
ニースは、ぽかんと口を開いた。今まで、そんな事を考えた事がなかったからだ。メグは驚きを隠せないニースを見て、くすくすと楽しそうに笑った。
「出発前にお別れ公演をやるでしょ? その時にね、それをセラと一緒に歌ったらどうかと思ったの」
ニースは、もう一度メグから渡された紙を見た。メグは上機嫌で言葉を継いだ。
「それは、私が書いた詩よ。そんなに上手じゃないと思うけど、ラチェットが書いた楽譜の音符に合わせて言葉を当てたわ。だから、たぶん歌石歌みたいに歌えると思うの」
ニースは、ラチェットが作った楽譜を荷物から取り出し、メグの書いた詩と見比べた。確かにメグの言う通り、音符の数と言葉の数は合っていた。
「ニース、どう? 試しに歌ってみてくれないかしら」
ニースは躊躇ったが、メグがあまりに期待の眼差しを向けてくるので、メグの書いた詩に再び目を落とした。
――忘れちゃいけない、大切なものを謳ってる。寂しくて悲しいけど、優しくて温かい詩だ……。
メグの詩は、生まれ育った町の想い出と、一緒に過ごした友へ別れを告げる寂しさを込めたものだった。メグは旅をし続けているため、その詩は持ち得ないものへの憧れなのだろうと、ニースは感じた。
ニースは少し考えた後、小さく首を揺らしながら囁くように歌い始めた。
――おじいちゃんたち……みんな元気かな。
メグが詩を充てたラチェットの曲は、ニースが旅に出る時に書かれたものだ。故郷を思う切なさの感じられる詩は、ラチェットの曲調とぴったり合っていた。
所々、曲に言葉を合わせ難い部分もあったが、どうにかなりそうだと、ニースは歌いながら感じた。
ニースが歌い終えると、メグは小さく何度も頷いた。
「私の詩も、なかなか良いじゃない」
ニースは微笑み、頷いた。
「少し合わせるのが難しい所もあるけど、たぶんどうにか出来ると思う」
「そうね。ラチェットにも相談しましょう。それでセラにも覚えてもらって、ニースと二人で歌うのよ」
メグはニヤリと、再び笑みを浮かべた。ニースは、メグの企みにも良いものがあるのだと感じた。
風呂から帰ってきたラチェットを交えて、ニースたちは、詩を曲に合わせて調整していった。完成する頃には昼を回っていたが、三人が満足する出来に仕上がった。
しかし完成した喜びも束の間、メグが眉根を寄せて、ぼそりと呟いた。
「これって、曲に合わせてだいぶ変えちゃったから、詩とは言えないわね。歌言葉でもないし……」
「詩じゃなくなっちゃったの?」
「ええ。だってこれ、この詩だけ読んでも、ちっとも美しくないもの」
ニースはメグに説明されたが、何が問題なのか、よく理解出来なかった。対してラチェットは、なるほどと頷いた。
「メグの言いたいことはわかるよ。曲と合わせてこその詩になっているから、違うって言ってるんだよね?」
「そうよ。ラチェット、わかってるじゃない」
メグに笑みを向けられ、ラチェットは頬を赤く染めた。ニースは首を傾げながらも意見を述べた。
「ぼくはよくわからないけど、それなら、歌に合わせた詩に、何か新しい呼び名をつければいいんじゃないかな?」
「そうね、いい考えだわ。何がいいかしら」
三人は、頭を捻って考え込んだ。
「えっと……歌と合わせる詩だから、歌詩っていうのは?」
「ニースの案もいいけど、それだと安直すぎるわね……」
「じゃあ、詩じゃなくて詞を使ったらどうかな」
ラチェットの言葉に、ニースは首を傾げた。
「詞って、なんですか?」
ラチェットはニースに微笑んだ。
「詞っていうのは、叙情詩のことなんだ。僕の感覚では、メロディに詩を乗せると、より叙情的になる気がするんだよね。だから歌の詞ってことで、歌詞でどう?」
「じょじょう……?」
「あー、ええと……。気持ちがこもってるって感じの意味だよ」
ニースがなんとなく頷くのを横目に、メグは噛みしめるように頷いた。
「歌詞ね……。なかなかいいじゃない」
メグはラチェットに、にっこりと笑いかけた。ラチェットは耳まで顔を赤くして、視線を逸らした。
「そ、そう? それなら良かったよ」
話はまとまり、ラチェットが生み出した声楽曲に付けられた言葉は、歌詞と呼ぶ事となった。ニースは、新しい試みが上手くいく事を、心から願った。
穏やかな日差しが、街路樹に揺れる。セラ救出から数日が経ち、お別れ公演の日がやってきた。
ニースたちは会場の最終確認のため、事件以降入れなかった食堂へ足を踏み入れた。警備隊が使っていたとは思えないほど、店内は、すっかり元に戻っていた。
「こんにちは」
「ああ、ようこそ! いやあ、良かったです。どうにかみなさんの最後の公演に間に合いました」
ほっとした様子で、厨房から顔を出したエイノの言葉に、ニースは首を傾げた。
「そんなに大変だったんですか?」
「ええ。大変だったんですよ。なにせセラは、みんなの子どもですからね」
エイノは、腰を下ろしたニースたちにお茶を出しながら話し始めた。
セラが誘拐された日。近隣住民たちは、捜索への協力を警備隊に次々申し出た。
セラは真面目で人当たりが良く、評判が良い。それに加え、セラの亡き母マイラは、社交的で優しい女性だった。そのため遺されたセラの事を、住民たちは気にかけていた。
協力を申し出た人の数はかなりのもので、警備隊は断る事も出来ず、臨時で捜索隊を結成した。セラは町の人々から愛され、見守られていたのだ。
話を聞いたメグは、ほっと安堵の笑みを浮かべた。
「そう。セラを見てくれてる人たちが、そんなにたくさんいたのね。安心したわ」
「もちろんですよ。こんな可愛い子を放っておくなんて、出来るわけありませんから」
エイノの言葉に、セラは照れくさそうに頭を下げた。
「ありがとうございます」
エイノは笑みをセラに返すと、肩をすくめた。
「それでたくさんの人を指揮しなきゃいけないって事で、この店が押さえられてしまいましてね……」
食堂は納屋に近かったため、すぐ調べられていた。事件と関係ない事が分かると、捜索隊を指揮するため、店は警備隊に接収されてしまった。
店内の椅子やテーブルは、必要とする物以外は外に出され、ピアノは隅に追いやられた。セラの捜索に何日もかかる事を想定して、警備隊は店を、会議室兼待機所に変えてしまったのだ。
その際、乱雑に扱われた物もあり、店内の備品類の多くは損傷してしまった。直したり新たに買い揃えたりと、エイノは散々な日々を過ごしていた。
「まあ、そんなわけでしてね。ようやくこうして、店が再開出来るので、一安心なんですよ」
セラは、申し訳なさそうに俯いた。
「エイノさん、ごめんなさい。私のせいで……」
「セラが謝る必要はないんだよ。ちゃんと警備隊から、補填の費用は頂いているんだ。これを機に備品も新調したし、悪いことだけではなかったさ。それに何より、セラが無事に帰ってきたからね」
エイノはセラに、パチリと片目を瞑ると、笑みを浮かべた。セラは、ほんのり微笑んだ。
話し終えたエイノに、ラチェットはピアノの鍵を開けるよう頼んだ。エイノが鍵を開けると、ラチェットは新しい眼鏡をくいと上げ、早速、調律を始めた。歪んだ音を鳴らすピアノの音に顔をしかめて、メグはお茶を一口飲んだ。
「そういえば、詳しい話を全然聞いていなかったけど、なんでマルコムだけ怪我をして帰ってきたの?」
思い出したように問いかけたメグだったが、すぐに申し訳なさそうに顔を歪めた。
「……ごめん。セラには辛い話だったわね」
「ううん。いいんです。私も気になってましたから」
儚げな微笑みを浮かべたセラは、マルコムに語りかけた。
「マルコムさん、教えてもらえますか。あの日、私をどうやって助けてくれたのか。気がついたら、グスタフさんに抱えられていたから、私は何も知らないんです」
セラは、きゅっと膝の上で手を握った。ニースはそっと、セラの拳に手を添えた。マルコムは、セラの真剣さを感じ取り、グスタフ、ジーナと目を合わせると、ゆっくり話し始めた。
「まあ、そんなに大した話じゃないんだがな……」
事件のあった日。マルコムは、公演後に何度も現れた、裏社会の人間を思い出したのだと話した。
「ニースの歌を聞いて、歌い手だと思ったんだろうな。そいつは、ニースを譲ってくれって何度も来たんだ。その度にグスタフが断ってたんだが……。最後には直接オークションに出品しないかって、言ってきたのさ」
マルコムたちはその際、オークションに出される品物を集める場所を聞いていた。
「俺たちはもちろん、そんな話を聞くつもりはなかった。だけどそいつが、勝手に場所を漏らしてくれてな。そのおかげで、セラちゃんがどこに連れて行かれたのか分かったんだ」
「そんな酷い人がいるんですね……」
恐怖で顔を歪めたセラに、グスタフが悲しげに頷いた。
「残念だが、そういう人間もいるのが、この世の中なんだよ」
マルコムは、悔しげに眉根を寄せた。
「裏社会の人間っていうのは、面倒な相手でな。警備隊に通報してもなかなか捕まらないし、通報した人間が報復を受けることもある。だから俺たちは、とにかく断り続けるしか出来なかったんだ。すまないな」
マルコムだけでなく、グスタフとジーナも、セラに頭を下げた。
「事前に通報しておけば、こうはならなかったかもしれない。怖い目に合わせてすまなかった」
「ごめんね、セラちゃん」
「いえ……」
顔を上げると、マルコムは静かに話を続けた。
「それで俺たちは、すぐに警備隊に伝えたんだが……。みんな出払ってたんだよ」
警備兵の多くは、捜索や街道封鎖に出かけていた。捜索隊も皆、必死に町中を探し回っており、いなかった。そのため知らせを出すと、ごく少数の警備兵と共に、マルコムたちは取引場所へ向かったのだ。
「町の端にある、今は使われていない古い倉庫がその場所だった。二、三人ずつ数班に分かれて行くことになってな。俺たちは、三人だけでそこに向かったんだ」
マルコムの話に、ジーナとグスタフが付け足した。
「逃げられないように、兵隊さんたちと手分けして、裏道を通って忍び込もうとしたのよねー」
「ああ。そしたら運悪く……いや、ある意味運が良かったのかもしれないな。私たちの進む道に、怪しい男が現れたんだよ。それが、セラの父親だった」
ヘラルドはオークションに直接参加はせず、主催者にセラを売り渡していた。大金の入った革袋を持ち帰る所で、鉢合わせたのだ。
グスタフたちはヘラルドの顔を知らなかったが、明らかに怪しい出で立ちに、何らかの関係者だと気付いた。
「セラの親父さんは、私の顔を見て、なぜかひどく怯えた顔をしていたな」
「そりゃ、グスタフ、お前が山賊に見えたんだろうよ」
「うふふー。グスタフの筋肉、すごいもんねー」
大金を奪われると思ったのだろう。ヘラルドは顔を歪め、必死の形相でマルコムに殴りかかった。
「なんで俺が狙われたのか……。男に目をつけられても、俺は嬉しくないってのに」
おどけたように肩をすくめたマルコムに、ジーナが笑った。
「警備隊の人が言ってたけどー。マルコムが一番倒しやすそうだったからって、セラちゃんのお父さん言ってたらしいわよー」
グスタフが、なるほどと頷いた。
「最初から、女性のジーナを頭数に加えなかったのか。意外と紳士的だったんだな」
「いやグスタフ、それは……まあ、いいや。俺の名誉のためにも、そういうことにしておこう」
マルコムは苦笑すると、話を続けた。
「まあそれで、俺は殴られそうになったわけだが、どうにか避けたんだ」
ヘラルドは、金貨がぎっしり詰まった革袋で、マルコムを殴ろうとした。しかしマルコムは咄嗟に身を捻って避けた。
狙いが外れた革袋は、ヘラルドの手を離れ、勢いよく地面に叩きつけられた。その衝撃で袋の口が開き、大量の金貨が辺りに飛び散った。
「避けたのは良かったんだがな。俺は派手に転んだんだよ」
マルコムは、散らばった金貨に足を取られ、盛大に転んだ。ヘラルドは、倒れたマルコムの横に残る革袋を、すり抜け様に持ち去ろうとした。
しかしマルコムと同じく金貨に足を滑らせ、ヘラルドはマルコムの上、へ覆い被さるように倒れ込んできたのだ。
「その時にな、セラちゃんの父親の腕が、顔に当たったんだ。一歩間違えていたら、俺の綺麗な顔が台無しになるところだったよ」
「歯が折れたりしたら大変だもんねー。ほんと、マルコムって悪運が強いわー」
「はは。そうだな」
ジーナとマルコムは、はははと笑う。グスタフが、その後の話を継いだ。
「それで、倒れ込んだセラの父親を、私とジーナで取り押さえたというわけだ。その頃には、警備隊が倉庫に突入していたみたいだな」
警備兵の手で、セラを含めた複数の子どもや女性たちが保護された。倉庫にいた見張りは少なくなかったが、練達の兵士と交戦の末、蜘蛛の子を散らすように逃げ出したのだ。
しかし、その時すでに倉庫周辺を囲みつつあった警備隊本隊に阻まれ、その多くは捕らえる事が出来た。グスタフたちは、突入した警備兵と合流すると、ヘラルドをその場で引き渡し、セラを抱えて宿へ帰ってきていた。
「まあ、そういうわけだからな。そんなに大したことじゃない」
「なるほどね……」
詳しい話を聞いて、メグは頷いた。ニースは、そんな危ない中で三人が頑張っていた事を知り、無事で良かったと改めて思った。
セラが涙声で、肩を震わせ頭を下げた。
「本当にすみませんでした。怪我をさせてしまって……。助けてくれて、ありがとうございました」
メグは、にっこり微笑むと、セラの頭を撫でた。
「大丈夫よ、気にしないで。そんなくだらない事で怪我をしたマルコムが悪いのよ」
「お嬢、そりゃあんまりだ」
マルコムとメグの口喧嘩が始まり、強張ったセラの体が緩んだ。ニースはセラの手を、ぎゅっと握った。
「もう大丈夫だからね。ちゃんとぼくたちが守るから」
「うん。ありがとう、ニース」
ニースの温もりを感じ、セラは安心したように微笑んだ。調律を終えたラチェットが、滑らかに鍵盤を弾き、穏やかな旋律が店に響く。歪みの消えたピアノの音色が、セラを優しく包んだ。
■「歌詞」の会話について■
この物語はフィクションであり、本文中の会話は実在の言語の成り立ちとは関係ありません。
「歌詞」という単語がない世界で、ニースたちが新しい単語を作り上げたと、ご理解ください。
本来はニースたちの世界の言語で繰り広げられている会話であり、それを日本語翻訳した物語だと、思って頂ければ幸いです。




