487:氷解の歌声3
前回のざっくりあらすじ:ニースとセラは、帝国の伝承や、皇帝の噂を知った。
*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*
同盟軍がヘロスの町を制圧した三日後。市壁の北側で、葬送式が行われた。同盟軍は、帝国の古代兵器の残骸そばに、簡易的な火葬場を作っていた。
深く大きく空いた穴を浅めに均し、等間隔に置いた火石の上に遺体を並べる。そうして、蓋をするように薪や藁で覆うのだ。
遺体の数が多いため、穴の広さはかなりのものだ。それでも一度では納まりきらず、火葬は三日かけて行われる予定だ。葬送式の準備のほとんどが、穴と薪の用意に費やされていた。
穴のそばには、聖皇国軍の手で小さな祭壇が作られている。その祭壇の前で、ニースは空に昇る煙を見上げ、弔いのための歌を歌う。
骨を残して焼くためには一定の温度を保つ必要があり、火石歌も様子を見て歌わなければならない。そこで、火石歌だけではなく、葬送に相応しい音楽の歌も、適宜挟んでニースは歌うのだ。
祭壇そばには、セラやユリウス、他の歌い手たちも控えている。ニースたちは交代で、休まず歌う予定だった。
ニースが歌う祭壇の正面には椅子が一列に並び、フィリップとアンヘル、憔悴しきったダンテやイサクたちが座っている。火葬に付される遺体の多くは皇国兵のものだが、他の同盟軍兵士のものもあるからだ。
その後ろでは生き残った兵士たちが整然と並び、それぞれの作法で死者を見送っていた。
各国の兵士たちは仲間の無念を思い、ニースの歌声に耳を傾ける。そんな葬送式の様子を、ルポルとマルコ、エリックは、市門近くから遠目に眺めていた。
「ルポル。ケイトさんのそばにいなくて良かったのか?」
葬送式に参加してはいないものの、死者のために黙祷を捧げたルポルは、エリックの問いに苦笑いを浮かべた。
「一緒に戦ってきた仲間を見送るんだ。部外者の俺がいたら、迷惑になるよ」
「でもさ、ダンテ様のそばにいるんだろ? 心配じゃないのかよ」
皇国兵の遺骨と共に国へ帰ることを了承したダンテは、抜け殻のようになっていた。未だ回復もしきっていないため、ケイトはダンテの傍らに付いているのだった。
気遣うエリックに、ルポルは頭を振った。
「気にはなるけど、心配にはならないよ。殿下が亡くなる前の晩に、ケイトさんは殿下と一緒にいたらしいから。ケイトさんから殿下の話を聞くことで、ダンテ様の心が楽になるなら、今はそれでいい」
切なげなルポルに、エリックは口を噤んだ。マルコが、馬鹿にするように鼻で笑った。
「好きな女に良い所見せようとしてるとか、笑えるな」
「悪いかよ」
「まだ告ってなかったよな? 格好付けてる間に、横から攫われるかもな」
「……そうだな」
言葉と裏腹にマルコが心配しているのだと感じ、ルポルは笑みを浮かべた。その笑みを見て、マルコが気持ち悪そうに顔を歪める。
そこへ、エルネストの声が響いた。
「お前ら、何サボってんだ。見回り行くぞ」
「はい、隊長」
ニースたちの警護には、ベンの小隊とジミーが付いている。人的被害の一切なかった王国軍は、葬送式の間、町の警邏を任されており、エルネストたちも加わっていた。
ルポルたちが町を歩くと、ヘロスの人々は皆一様に不安げな眼差しで見つめる。居心地の悪さを感じ、ルポルは小さくため息を吐いた。
「王国を占領された時と、逆になっちゃいましたね」
「今度は俺たちが侵略してる側だからな。怯えられて当然だ」
「侵略か……。俺たちは違うって、なかなか伝わらないものですね」
同盟軍は、帝国民の反発が起こらないよう、細心の注意を払っている。葬送式に先立ち、倒した帝国兵や巻き込まれた市民の亡骸も丁重に葬った。
ダンテや皇国兵たちは恨みを抱えているものの、フィリップやイサクが宥め、同盟軍全体で民衆の心を掴もうと動いているのだ。
しかしそれでも、市民から向けられる目は厳しいものだった。
「家族や友人が死んでるんだ。そう簡単に許せるもんじゃねえだろ。大体、上はこの国を切り分ける気でいるんだからな。動機はどうあれ、結果的に侵略してるんだよ。俺たちは」
冷たく返すエルネストの言葉に、ルポルはどうにか出来ないかと考え込んだ。
「隊長も、ニースの話は聞いたんですよね」
「どの話だ?」
「歌は楽しいものだって広めて、歌い手は怖くないって伝える話です」
「それなら聞いた。それがどうした?」
「俺たち同盟軍も怖くないって伝える方法が、何かないかと思ったんですよ。ニースみたいに歌って和解出来たらいいのに」
葬送式の行われている北の空を眺めたルポルに、エルネストは笑った。
「そう思うなら、試してみたらどうだ」
「試す?」
「歌えるのはニースだけじゃないだろう。お前は歌えないのか?」
「まあ、ファンクラブの一員として、ユリウスに教わりましたけど。正直、人に聞かせるような出来ではありません」
苦笑したルポルをからかうように、マルコが声を上げた。
「隊長。副長は本当に下手なんですよ」
マルコは周囲に目を配りながらも、ルポルの歌がどれほど酷いか、面白おかしく話した。エルネストは、愉快げに声を漏らした。
「そうか。なら、マルコ。お前はどうなんだ」
「え……俺ですか?」
固まるマルコに、エルネストは、ニッと笑みを返した。
「お前だってファンクラブの会員なんだ。歌えるんだろう?」
マルコとエリックは、ユリウスに買収された関係で、なし崩し的にファンクラブに加入していた。ルポルと共に歌の指導を受けており、ニースの歌う音楽の歌は一通り歌えるのだった。
マルコは嫌な予感を感じたものの、上官に嘘をつくわけにはいかない。仕方なしに、マルコは正直に答えた。
「あ、ええと。一応は覚えましたけど」
「歌ってみろよ。何でもいいから」
「いや、でも……」
「ルポルを笑えるんだ。それなりに聞ける歌なんだろ」
エルネストは笑っているものの、目は本気だった。逃げられないと察し、マルコは引きつりながら頷いた。
「わ、分かりました。歌います」
「あそこの広場なんかちょうどいいんじゃないか」
エルネストが指し示した広場では、市民のために同盟軍から配給が行われている。町を去った帝国軍に、物資の多くが徴収されていたため、市民生活が困窮していたからだ。
多くの市民が集まる様に、マルコは愕然とした。
「隊長、鬼過ぎる……」
顔を青ざめたマルコに、エリックが励ますように語りかけた。
「マルコなら大丈夫だって。隊長に良い所見せてやってよ」
「お、おう……」
マルコは渋々ながら、広場の中央に立つ。誰も注意を向けはしないが、エルネストに促されてマルコは観念して歌い出した。
突然流れ出した歌に、人々は辺りを見回す。その歌声を聴いて、エルネストは、へぇと声を漏らした。
「あいつ、意外とやるじゃないか」
マルコの歌声は思いの外、美しいものだった。感心した様子で呟いたエルネストに、ルポルとエリックは頷いた。
「喧嘩しかしてないのに、何でか上手いんですよ」
「ニースと全然違うけど、あれはあれで味があるんですよね」
鼻の潰れた王国兵が一人で歌うのを見て、同盟軍の兵士たちは笑みを浮かべ、町の人々は唖然としていた。マルコは半ば自棄になりながら、堂々と歌った。
マルコが歌い終えると、エルネストたちはもちろんのこと、兵士たちも拍手を送った。まさか拍手を送られると思わずマルコが固まっていると、不思議そうにする市民の中から、一人の少女が、タタタと駆け寄ってきた。
「あの、兵隊さん。さっきのは何ですか?」
「え、俺?」
自分に話しかけられるとは思わず、マルコはたじろいだ。栗毛の少女は興味津々といった様子で、言葉を継いだ。
「すごく素敵だったので、何なのか知りたかったんです」
「あー、ええと。あれは歌だよ」
「うた? 歌って、歌い手が使う歌のことですか?」
「そうだよ。でも、これはただの音楽の歌で、俺は歌い手じゃない」
マルコは、歌い手でなくとも歌を歌える事。石歌と音楽の歌の違いについて簡単に話した。少女は真剣に話を聞き、じっとマルコを見つめた。
「本当だ……。兵隊さんは、目も黒くないですね」
「まあな」
「同盟軍の方は、私たちの知らないことをいっぱい知ってるんですね」
考え込むように呟いた少女の言葉を聞いて、マルコは得意げに胸を張った。
「世界は広いからな。今、町の外で火葬してるのは知ってるか?」
「はい。聞きました」
「そこで、俺よりもっと上手い奴が歌ってる。気に入ったなら、行ったらいいよ」
マルコの返事を聞くと、少女は、パッと花開くような笑みを浮かべた。
「わあ! 私たちも行っていいんですね!」
「あ、ええと……」
「行ってもいいが、邪魔はするなよ。死者を送る儀式だからな」
戸惑うマルコの横から、エルネストが声を挟む。少女は、真剣な面持ちで頷いた。
「もちろんです! 兵隊さん、ありがとうございます!」
嬉しそうに駆けていく少女の背を見つめ、マルコは呆然とした。エリックが、呆れたようにため息を漏らした。
「マルコ。せっかく良いきっかけになりそうだったのに。何でニースの所になんか行かせたんだよ」
「しょうがないだろ! あんな小さな子に手を出せるか!」
「小さなって。セラさんと同じぐらいだと思うよ、あの子」
「え……そうなのか?」
固まるマルコに、ルポルは一人満足げに笑った。
「まあでも、歌がいい橋渡しになるのは分かった。マルコ、ありがとな」
「お、おう」
マルコは釈然としない様子で応えながら、少女の姿を探す。姉だろう、よく似た女性と去って行く少女を見て、マルコは失敗したと項垂れた。
一方、市壁の北側で、祭壇のそばに控えていたセラは、市門からヘロスの人々が少しずつ集まってくるのに気付いた。
「ユリウス。なんかみんなこっちに来るよ」
「本当だ。ニースの歌に気づいたのかな」
「でも、歌い手は嫌われてるんだよ。何かあったら……」
「これだけ兵士が集まってるんだ。変なことはしないと思うけど、気になるね」
市民が集まってきたのは、マルコの歌を聞いた少女が町の人々に話を伝えたからだが、セラたちはそれを知らない。
なぜ同盟軍の葬送式にヘロスの人々が来るのかと、二人は不安を感じながら、近づいて来る人集りを見つめた。
するとセラは、その中に知っている顔があるのに気付いた。
――ポリーナさんとユリヤさん⁉︎ どうしてここに……?
集まった人の中には、女風呂で会った帝国人の姉妹がいた。セラは、きゅっと手を握りしめ、ユリウスに囁いた。
「ユリウス。この前、サウナで会った子たちが、あそこにいる」
「ポルテさんと同郷かもしれないって子たち?」
「うん。私、ちょっと行って、何しに集まってるのか聞いてくるよ」
「それなら、ジミーさんと行って。何かあっても困るから」
ユリウスはジミーに目線で合図を送る。ジミーは心得たと頷き、セラと共に祭壇を離れた。
「セラ様、お供いたします」
「ありがとうございます。ダナさんもいれば良かったんですけど……」
「私では力不足と思われるかもしれませんが、必ずお守りいたしますので。ご安心ください」
「すみません、そういう意味じゃないんです。ジミーさん、頼りにしてますね」
ダナたち砂漠の護衛は、万が一の敵襲に備えて、町の南側で警戒に当たっている。セラは何も起こらない事を祈りながら、真っ直ぐにポリーナたちの元へ向かった。
ポリーナたちは、祭壇で歌うニースの黒に気付いたのだろう。驚いた様子で、兵士たちから離れた後方で立ち止まっていた。
それ以上近付こうとしない町の人々に、最初は警戒していた同盟軍兵士たちも、特に動く事はなかった。
静かな兵士たちの横を通り抜けセラが人々に歩み寄ると、避けるように、さっと人波が割れて道が出来た。
何事かと目を向けたポリーナとユリヤは、セラの姿を認めると気まずそうに身を固くした。
「こんにちは。ポリーナさん、ユリヤさん」
セラは、ジミーに少し離れているように頼み、朗らかに語りかけた。しかしポリーナは、相変わらず固い表情だ。その傍らで、ユリヤは、ふわりと微笑んだ。
「セラさん、でしたよね?」
初めて名前を呼ばれ、セラは目を瞬かせた。
「ええと……そうです」
「私、さっき町で兵隊さんが歌うのを聞いたんです。それで、ここに来ればもっと歌を聞けるって教えてもらって。聞きにきちゃいました」
「歌を聞きに?」
にわかには信じがたい話をされ、セラは戸惑う。ユリヤは苦笑して、頷きを返した。
「色々聞いたんです。その兵隊さんに。歌にも種類があるとか、歌い手じゃなくても歌を歌えるとか」
マルコに歌のことを尋ねた少女は、ユリヤだった。ユリヤは、歌うニースを遠目に見ながら言葉を継いだ。
「歌って楽しいものなんですね。あの黒い男の人の歌も、すごく綺麗。聞きにきて良かったです。……ね? 姉さん」
ユリヤに話を振られ、ポリーナは、おずおずと口を開いた。
「この前お話させてもらってから、ユリヤと考えていました。本当に黒は不吉なのかを。あなたは災いをもたらすような人には見えませんでしたし、ダナ様の言うように、私たちがここで暮らせているのは歌の恩恵があるからです。それなのに避けていいのかと、考えていたんですよ」
「ポリーナさん……」
ポリーナは、ふぅと息を吐くと、セラを見つめ、ゆっくり頭を下げた。
「あの時は、失礼なことをたくさん言ってすみません。あなたを傷つけてしまいましたね」
「いえ、いいんです。知らないものや珍しいものを怖がることは、そんなにおかしいことじゃないですし」
「いいえ。私たちは目の前にいるあなたを見ようともしませんでした。もっとちゃんと、自分の目で見て考えるべきでした」
ポリーナは手を胸元で握りしめ、話を続けた。
「ダナ様の言うことが全て正しいとは思いませんし、皇帝陛下が戦いに勝ってくれることを、私たちは今も願っています。でも、あなたたち同盟軍がこの町をどうするのかも、しっかり見るつもりです」
ポリーナが心から話していると感じ、セラは微笑みを返した。
「はい。見ていてください。私たちは精霊の祝福なんてどうにも出来ませんけれど、出来る限りみなさんの暮らしが良くなるようにお手伝いしたいと思ってます。捕まってる大事な友達を助けたいからここに来ただけで、みなさんを攻撃したかったわけじゃありませんから」
ポリーナは、意外そうに目を瞬かせた。
「お友達が……? その方も歌い手なんですか?」
「そうです。あそこで歌ってるニースと同じ、天の導きの女の子です」
「そうでしたか……。陛下は、黒の女性を集めていたのですね」
ポリーナは眉根を寄せ、苦しげに呟いた。セラはその言葉を聞き逃さずに、静かに問いかけた。
「あの、ポリーナさんはもしかして、ポルテさんのことも知ってますか? ニースや私の友達と同じく真っ黒な姿で、帝国の天の導きなんですけど」
ポルテの名を聞いて、ポリーナは僅かに視線を彷徨わせ、頷いた。
「知ってます。私たちは、ポルテと同じ村の出身なんです。今はもう、村はなくなってしまいましたが」
「そうですか」
「ポルテと、もしまた会えたら。その時は、ちゃんと話してみたいです。私は彼女のことも、見ていませんでしたから」
周囲に目を光らせながら、黙って話を聞いていたジミーが、切なげに顔を歪める。セラは胸の痛みを感じながら、ただ小さく頷きを返した。
「……話せるといいですね」
「はい」
ニースの歌声に乗って空へ上がる煙を、セラたちは共に見上げる。冬の終わりを告げるような柔らかな風が、ぴゅうと吹き、悲しい煙が青空に溶け込んでいった。
この日を境に、駐留する同盟軍とヘロスの人々は心を通わせていく。雪に覆われていたラソプノ大陸北西部は、短い春の季節を迎えるのだった。
これにて、第27章終了となります。
このあと、幕間劇、人物紹介を挟みまして、第28章へと続きます。
ルイサを失った同盟軍は、一致団結して帝都へ向かいます。
ニースたちは、レイチェルを無事に奪還出来るのか。
引き続きよろしくお願い致します。
*更新スケジュールのお知らせ*
・3月14日(土)→朝に幕間劇、夜に人物紹介
・3月16日(月)→新章スタート
となります。




