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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第27章 海を越えて】
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485:氷解の歌声1

前回のざっくりあらすじ:ニースは、ミランの亡命を保留にするよう頼んだ。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激な表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、3月10日(火)となります。

 窓辺から穏やかな日差しが差し込む部屋に、規則正しい寝息が響く。倒れ込むように眠ったニースは、コンコンと扉を叩く音に身動ぎ、ゆっくり目を開けた。


「ん……もう朝?」

『おはよう、ニース。もう昼よ』


 ココが枕元で囁いた言葉に、ニースは慌てて飛び起きた。


「えっ! もうお昼なの⁉︎」


 思わず叫んだニースの声は大きく、部屋の外まで届いたようだった。扉の向こう側から、くすくすと笑う声と共に、セラの声が響いた。


「ニース、起きた?」

「セラ、おはよう! ちょっと待ってて!」


 ニースが着替えを取り出そうと鞄をひっくり返すと、ユリウスの声が続いた。


「ニース。これから着替えるつもりなら、その着替えを持って出てきなよ。風呂に行こう」

「お風呂?」


 意外な話に、ニースは手を止め、扉の隙間から顔を出した。


「帝国にもお風呂があるの?」

「おはよう、ニース。帝国風呂は、熱めの蒸気を使ったものらしいよ。身体が温まるって、お祖父様から聞いたことがあるんだ」


 寝癖が付いたままのニースに、ユリウスは苦笑しながらも説明した。セラが少しでも整えようと、ニースの髪に手を伸ばした。


「ここの町は大きいから、そのお風呂があるんだって。疲れてるだろうから疲れを取っておいでって、アンヘルお義兄(にい)様が言ってくれたの」

「そうなんだ。分かった」


 ニースは手早く顔だけ洗い、バードとココを部屋に残して外へ出た。通路にはセラとユリウスの他に、エルネストとベン、ジミーがいたが、ルポルの姿はなかった。


「あれ? ルポルは?」

「ルポルお義兄さんは、先にアンヘルお義兄様とお風呂に入ってきたんだよ。今は、ケイトさんの所に行ってるよ」

「兄様とルポルが一緒に……?」


 珍しい組み合わせに、ニースは目を瞬かせた。ベンが歩きながら、肩をすくめた。


「昨日さ、ルポルの番号が四番だって話をしたろう?」

「うん。ファンクラブのだよね」

「そう。アンヘル殿は、六番目なんだよ」


 ニースは、何のためにルポルが風呂へ誘われたのか察し、苦笑した。


「フィリップさんが教えたんだね。それでルポルは、交換させられたの?」

「いや、断ったって。それで怖かったから、癒しをもらってくるって出かけていった」

「癒し……」


 ケイトの独特な口調を思い浮かべ、ニースは、なるほどと頷いた。エルネストが呆れた様子で小さく笑った。


「くだらないことのために、俺の部下を呼び出しやがって。アンヘルといい、司令といい。お前らの兄貴は、二人ともどうかしてるよ」


 理解出来ないと話すエルネストに、セラが唇を尖らせた。


「私はユリウスが羨ましいです。ニースの一番最初のファンは、私だったのに」


 不満げに呟いたセラに、ユリウスは笑った。


「オレはスポンサー特典だから。第一、それを言うならルポルの方が先なんじゃないの?」

「ルポルお義兄さんは、家族だから数えちゃダメなの」

「それならセラだって、ニースの家族になるんだから会員にならなくていいんじゃない?」

「か、家族……! でも、それとこれとは別の話なの!」


 茶化すユリウスに、セラは照れくさそうに顔を赤くする。楽しげに笑うユリウスを、ジミーが温かな目で見守った。


 そうして、わいわいと賑やかに話しながらニースたちが砦を出ると、頭上には青空が広がっていた。


「良い天気だね」

「うん。最近は雪の量も減ってきたね」


 風もなく、穏やかな日の光に照らされたヘロスの街並みを、ニースとセラは眺めながら歩いた。

 道や屋根には雪が積もっており、窓辺からは氷柱が吊り下がっているが、目に映る景色は色鮮やかだ。ヘロスでは、長い冬に彩りを加えるため、赤や黄など明るい色で家々を塗っていた。


 しかしニースたちは、のんびり景色を楽しむ気にはなれなかった。元は美しい街並みだったろう大通りは、そこかしこで石畳が剥がれ、建ち並ぶ家の窓ガラスが割れたりと無残な姿だからだ。

 同盟軍は住民に配慮して町へ戦車を入れなかったため、その被害は比較的小さく済んだ。だが、住民にとっては苦痛に変わりないだろう。

 ニースは胸の痛みを感じながら、街行く人々を目で追った。


「今度は僕たちが、侵略する側になっちゃったんだね」


 後片付けに追われるヘロスの人々から向けられる視線は、冷たいものだ。ニースは、これまで救ってきた共和国や王国の様子を思い浮かべ、呟いた。

 セラが慰めるように、ニースの手を掴んだ。


「しょうがないよ。こうしないと、レイチェルを助けに行けないんだもん」

「うん。そうなんだけどね。この人たちは、何も悪くないから」

「ニース……」


 ごめんねと気持ちを込めて、ニースはセラの手を握り返す。手を繋いで歩く二人を、ユリウスたちが無言で見守る。

 そこへ背後から、呼び止める声が響いた。


「ニース、セラ! ちょいと待っとくれよ」

「カサンドラさん?」


 ニースが振り向くと、カサンドラだけでなくエドガーとダナ、ジェラルド、マノロも砦を出て歩いてきていた。どうしたのかと足を止めた二人の元へ、カサンドラは駆け寄った。


「間に合って良かったよ。……エルネスト。セラを一人で風呂に入れる気かい?」


 睨み付けるカサンドラに、エルネストはため息を吐いた。


「軍が押さえてんだ。問題ねえだろ」

「それは男風呂の話だろ? 女風呂は民間人も使ってるってさ」

「そうなのか?」


 カサンドラの横から、マノロが声を挟んだ。


「ついさっき聞いたから、確かだよ。女は数が少ないから、一般にも使わせてるって。帝国には女スパイもいるから、セラを一人にしない方がいいよ」

「そうか。悪かったな」


 マノロには素直に笑ったエルネストに、カサンドラは不服そうに顔を歪める。それを横目に見ながら、セラはダナに問いかけた。


「ダナさん。ガラナちゃんもお風呂に入るんですか?」

「いや。ガラナは入らないよ」

「じゃあ、その籠は?」


 ダナは、いつもガラナを入れている籠を背負っていた。首を傾げたセラに、ダナは、にっこり笑った。


「ガラナだよ。外の見張りを頼もうと思って」

「そうなんですね。ガラナちゃん、よろしくね」


 セラは籠越しにガラナに語りかける。ガラナは籠の蓋を少し押し上げて、舌をチロチロと出した。



 ヘロスの風呂屋は、赤く塗られた箱型の建屋だった。疲れを癒してきたのだろう、数人の同盟軍兵士と入れ替わるように、一行は中へ入る。

 男女別の入り口はロビーにあり、その片隅にダナはガラナの籠を置いた。


「エルネストも見張りに残るんでしょ? ガラナのこと、よろしくね」

「おうよ」


 エルネストを残し、ニースたちは男風呂へ。セラは、ダナ、カサンドラと共に女風呂へ向かった。


 セラたちが脱衣所へ入ると、数人いた女性たちが驚いた様子で動きを止めた。


「……なんか、びっくりされてますね」

「まあ、あたしたちは余所者だからね」


 明らかに歓迎されていない雰囲気にセラは戸惑い、ダナが肩をすくめた。カサンドラが女性たちの間へ堂々と割り込み、セラを手招いた。


「ほら。さっさと脱いで、入ってきな」

「カサンドラさんは、入らないんですか?」

「ガラナが見張ってはいるけど、脱衣所で何かあっても困るだろう? あたいは後で入りに来るから、今はダナと行ってきな」


 カサンドラに急かされて、セラは不安を感じながらも服を脱ぐ。部屋にいた女性たちは、慌ただしく身だしなみを整え、逃げるように去って行った。

 三人だけとなった脱衣所で、ダナも真っ白なローブを脱ぐ。セラとダナはタオルや石鹸を手に、浴場へ向かった。


「蒸し風呂だって聞いたんですけど、普通のシャワー室ですね」

「奥に扉があるから、その向こうじゃない? さっさと洗って行こうよ」


 二人は手早く身を清め、さらに奥の小部屋へ向かう。可愛らしい蔦模様の描かれた木製の扉を開けると、大量の湯気が中から出てきた。


「うわ、すごい!」

「早く入らないと」


 セラとダナは、慌てて中へ入り扉を閉めた。熱せられた床板の温度と、初めて吸い込んだ高温の蒸気に、二人は思わず息を止める。

 ほのかな明かりに照らされた室内には女性が二人いたが、セラたちはそれ以上、一歩も動けなかった。


「あ、熱い!」

「これ無理だ! 一回出るよ!」


 二人は悲鳴のような声を上げて、慌てて外へ出る。ひやりとした空気にほっと息を吐いていると、ギィと扉が開かれた。


「あの……サウナは初めてですか?」


 そっと顔を出したのは、セラより少し小さい栗毛の少女だった。おずおずと問いかけた少女に、ダナは苦笑を返した。


「うん。あたしたち、外から来たから」

「……そう、ですか」


 ダナの言葉を聞いて、少女は困惑した様子で視線を彷徨わせた。すると、少女の後ろから顔のよく似た女性が出てきた。


「ユリヤ、大丈夫?」

「姉さん。大丈夫だけど……やっぱり違ったみたい」

「そう」


 ユリヤと呼ばれた少女は、姉だという女性に答えると、取り繕ったように笑みを浮かべた。


「あの、サウナに入るなら、水を拭いた方がいいですよ」

「水?」

「身体に残ってる、シャワーの水滴です。あと、熱いなら床にタオルを敷くといいです。ちょっと我慢してれば慣れますよ」


 ユリヤは、姉と共に水を浴びに行った。セラとダナは顔を見合わせ、言われた通りに身体を拭い、再び中へ入る。

 タオルの上に座り、じっとしていると、徐々に呼吸出来るようになっていった。


「さっきの、ユリヤちゃんでしたっけ。教えてもらえて助かりましたね」

「そうだね。エドたちは大丈夫かなぁ?」


 じんわりと身体に熱が溜まるのを感じながら、二人は朗らかに話した。するとユリヤたちが、また小部屋へ戻ってきた。


「あ、さっきはありがとう」

「い、いえ……」


 にっこり笑ったセラから、ユリヤは気まずそうに視線を逸らす。セラは、先ほどニースと話した事を思い返した。


 ――レイチェルを助けるために必要だから、ここへ来たけど。この人たちに、それは関係ない。結局私たちは、町の人たちにとっては侵略者なんだ。


 親切にしてもらえても、仲良くはなれないのだと感じ、セラは、しゅんと肩を落とした。しかし、ユリヤたちが部屋を出る事なく腰を下ろしたのを見て、セラは意を決して語りかけた。


「あの、私はセラっていいます。あなたの名前はユリヤさん、なんですよね?」

「え……。あ、はい。そうですけど……」


 ユリヤが困惑した様子で、もごもごと口籠ったのを見て、ダナがセラを小突いた。


「セラ。無理に話しかけちゃダメだよ」

「そうですね、ごめんなさい」


 ダナに窘められ、セラは俯いた。すると、ユリヤの姉がダナに問いかけた。


「あの、私はユリヤの姉でポリーナです。その……あなた方は、同盟軍の方なんですよね?」


 意外にもユリヤの姉が名乗ったので、ダナは驚きながら頷いた。


「そうだよ。あたしはダナ。同盟軍で傭兵をやってるんだ」

「ダナ様、ですか」


 ポリーナは、ちらりとセラを見て話を続けた。


「そちらの方の瞳は黒いですよね。ダナ様は、なぜ共におられるのですか?」

「なぜって……。ていうか、様とか付けなくていいよ?」


 ポリーナの問いに、ダナは首を傾げた。セラは、ポリーナたちが歌い手を避けたいのだと気付き、はっとして手を握りしめた。

 ユリヤが咎めるように、ポリーナの膝を突いた。


「姉さん。そんなこと言ったら、あの子が可哀想だよ」

「でも、黒は災いを呼ぶのよ。ダナ様に何かあったら……」

「そうだけど、ダナ様は敵だよ。皇帝陛下とは違う」


 皇帝と聞いて、ダナは表情を引き締めた。


「ねえ。黒が災いって何? あなたたちは、あたしと皇帝に何か繋がりがあると思ったの?」

「あ、ええと……」


 ダナの問いに、ユリヤが気まずそうに、もごもごと答えた。


「黒は凶事を呼び寄せる不吉な色だという、言い伝えがあるんです」

「ずいぶんな迷信だね。黒は歌い手の証だよ。このサウナにだって色んな石が使われてるけど、歌い手がいなかったら使えない。それなのに、そんな話を信じてるの?」

「それは……」


 険のあるダナの声に、ユリヤは口を噤む。先ほど水を浴びてきたばかりだというのに、ユリヤの額には汗が滲んでいた。

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