484:心合わせて5
前回のざっくりあらすじ:フィリップの司令室を、イサクとアグネスが訪れた。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激な表現や描写が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、3月8日(日)となります。
雷石の照明で煌々と照らされた部屋に、ピンと張り詰めた空気が漂う。亡命を保留するよう言ったニースは、自分に向けられる厳しい視線を真っ向から受け止めた。
「亡命を望むほど、ミランさんが追い詰められているのは僕も分かります。保留にするというのは軽率な考えだと思われるかもしれませんが、ちゃんと理由があります」
ニースは、日中のミランとの話を伝えた。
天の導きを国や軍が抑えつけようとするのは、恐怖心があるからではないかと、ミランが考えている事。今回の戦争が終われば、より一層、待遇が悪化するのではないかと、ミランが危惧している事などだ。
その恐怖心を和らげる事で、歌の力を持つ者たちを取り巻く環境を変えたいと、ニースは話した。
「歌は怖くないんだって知ってもらえるように、音楽の歌を歌おうと僕たちは思ってます。他にも、出来る限り手を尽くすつもりです。カルマート軍のインベル中将は優しい人でしたし、ミランさんへの対応を変えてもらえないかも、話してみたいんです。だから、せめてこの戦争が終わるまでは、保留にしてもらえないかなって」
話を聞いたフィリップが、ふむと頷いた。
「恐怖心からというのは一理あるな。軍が天の導きを囲うのは、その大きな力を利用するためだが。それだけなら必要ないはずの、厳しい対応をとる場合もある。ニース殿は旅をしていたから知っていると思うが、各国には何かしらの形で歌い手を忌避する伝承もあるからね。その影響があるのだろう」
ニースが知る歌い手や天の導きを嫌う伝承は、砂漠の国モレンドで聞いたものと、アマービレ王国記ぐらいだ。
意外な話に、ニースは目を瞬かせた。
――そういえば、ウィクトスさんも僕の歌を怖がってた。あれって、共和国にもそういう言い伝えがあったからなのかな。
アニマート共和国では、レイチェルの養父ウィクトスが天の導きを怖がっていたが、特に何か伝承があるという話は聞いていない。ウィクトスがなぜ怯えていたのかは分からないままだが、フィリップの言う通りならば納得出来ると、ニースは思った。
「もしかして皇国にも、歌い手や天の導きを警戒するような言い伝えがあるんですか?」
「ああ。公主殿下がお生まれになった時に、そういった伝承は全て消されたらしいが。今の上層部にいるのは、殿下より年上の者たちだ。世代交代が終わるまで、国や軍の方針は変わらないだろう」
「ルイサ様の生まれた時からだと、四十年近く経ってますよね。そんなに時間が経っても、変わらないんですね」
眉根を寄せたニースに、イサクが声を挟んだ。
「人の心を変えるのは難しいものだよ。特に恐怖心や警戒心はね。聖カルデナの教えを広めるのに、これだけ時間がかかっているのもその理由の一つだ」
教会は長年、祈歌を秘儀として扱ってきた。祈手の存在を前面には出さず、人々の傷を癒し、衛生環境を整える事で長寿へと導き、少しずつ信用を得ていったのだ。
イサクは、言い聞かせるように言葉を継いだ。
「ミランが亡命を希望しても、どのみちこの戦いに彼の歌は必要だ。戦争が終わるまで、同盟軍の一員として戦場に立ってもらわなければならない。終戦まで保留にするのは構わないが、そう簡単にはいかないと思った方がいい」
天の導きである聖カルデナを崇める教会が国家を樹立し、世界七カ国に教えを広めるまでには、三千年の時が費やされている。終戦に持ち込めるまで、どれだけの時間がかかるかは不明瞭だが、ニースにもその困難さは想像出来た。
しかしニースは、引くわけにはいかないと、イサクたちに真剣な眼差しを向けた。
「それでも僕は、ちゃんと根本から正したいです。ミランさんが亡命しても、それは一時凌ぎにしかなりません。それに、苦しい思いをしてたのはミランさんだけじゃない。ルイサ様もレイチェルも、ポルテさんだって。みんなそれぞれ、苦しんでたんです」
ルイサはその立場や責任から、マルコムへの想いを断ち切らざるを得なかった。レイチェルは家族の愛情を受け取る事が出来ず、ポルテは愛したはずの皇帝に裏切られ、非道な扱いを受けた。
ルイサたちの顔を思い浮かべ、ニースは、ぐっと拳を握りしめた。
「僕は“調子外れ”だったから、優しい友人たちに出会うことが出来ました。でももし、違ったら。最初から歌の力を使えていたら。僕はきっと今頃、王国でみんなと同じような環境にいたんだと思います」
フィリップやイサクたちだけてなく、ベンたちもニースの話に耳を傾ける。皆の視線を感じながら、ニースは話を続けた。
「僕は幸運でした。支えてくれる人がたくさんいて、国王陛下とも、きちんと話を出来るようになった。でも、この幸運を僕だけのものになんて、したくないんです」
ニースは胸の内に込み上がる想いを、はっきりと口にした。
「どんなに難しくても、僕は今の悲しい世界を変えたい。僕たち歌い手が、同じ人間なんだって分かってもらって、対等に扱ってもらえるように。出来る限りのことをしたいんです」
ニースの話は、演説のように力のこもったものだった。静かに話を聞いていたアグネスが、ふっと笑みを浮かべた。
「ニース。そんなに必死にならなくても、私とイサク様はあなたの気持ちを否定しないわよ」
「え?」
「この世にある全ての者に、平等な生を。聖カルデナが願った世界が、あなたの願いそのものなのよ」
アグネスの言葉に、イサクも微笑みを浮かべた。
「そう。まさに聖女の願いそのものだ。歌い手と只人との垣根を取り払い、平和な世を作る。そのために我々は努力を続けてきた。だが、歌を音楽として広め、特別なことではないと伝えるというのは考えたこともなかった。試さない理由はないだろう」
「イサクさん……」
力強い味方が増えたと、ニースは胸が熱くなるのを感じた。フィリップが朗らかに、ニースに語りかけた。
「私も協力は惜しまない。環境を変えることで、ミラン殿やポルテ殿が、我が国を亡命先に選んでくれるかもしれないからね」
フィリップは、意味ありげに笑った。すると、壁際で控えていたベンが声を挟んだ。
「ニース。司令はこんなことを言ってるけれど、ニースのファンクラブ会員だから。安心して」
「え⁉︎ フィリップさんも⁉︎」
唖然とするニースに、フィリップは苦笑した。
「いや、私は弟が作った組織に興味があっただけで……」
「何言ってるんですか。なぜ自分の会員番号が五番なのかって、散々文句を言ってたのに」
「ベンジャミン!」
ベンはフィリップの言葉を遮り、からかうように暴露した。恥ずかしさを誤魔化すように声を荒げたフィリップを見て、アグネスが、ふふふと声を漏らした。
「少尉。司令より若い会員番号は誰が持ってるの?」
「一番は私です。二番はユリウスで、三番がセラさん。四番目はここにいるルポルですね」
ベンが明かすと、フィリップはギラリと瞳を光らせた。
「ルポル殿。後で話があるのだが」
「嫌ですよ」
即答したルポルに、フィリップは目を見開いた。
「何⁉︎ 私はまだ何も言ってないぞ」
ルポルは、はぁとため息を吐き、冷めた目でフィリップを見つめた。
「番号を交換しようって仰るおつもりでしょう? ユリウスはスポンサーですし、セラちゃんは婚約者だから、そんな提案は出来ないんでしょうけれど。俺だって、ニースの兄ですから。司令にお譲りする気はありません」
「私は、歌の力を持たないニース殿のために、証明書まで出したというのに……!」
悔しげに呻いたフィリップに、ニースは戸惑いがちに声をかけた。
「あの、フィリップさんがそんなに僕の歌を気に入ってくれてたなんて、嬉しいです」
「あ、ああ。いくらベンジャミンの頼みといっても、気に入らなければ証明書にサインはしないよ」
「そうだったんですね。てっきり、メグを好きになったからだと思ってました」
ニースが微笑むと、フィリップは気まずそうに視線を逸らし、咳払いした。
「それよりも、ミラン殿の件だ。亡命は終戦まで保留。カルマート軍には、ニース殿から話をしてもらう。戦いの合間に出来る限り音楽の歌を歌って……これは王国の時と同じ感じで構わないのか?」
「はい。構いませんよ」
露骨に話を変えたフィリップに、ニースは穏やかに答えた。ベンたちが笑いを堪えるのを無視し、フィリップは淡々と話を続けた。
「イサク殿。私は、全軍をもって帝都を目指すべきだと思っています。別行動をやめるよう、本部に掛け合うつもりでいますが、貴殿のお考えは?」
「私もそう思う。アグネス、君も同意見だね?」
「ええ。教皇聖下の代理人として、賛同させてもらうわ」
アグネスの返事を聞いて、フィリップは満足げに笑った。
「それは心強い。同盟発起人である教皇聖下の代理人からの意見なら、確実に通るでしょう」
「全軍で移動となれば、音楽の歌も広めやすいでしょうから。カルマート軍が合流すれば、音楽院の学生たちもいるわ。ニースだけでなく、彼らにも思う存分歌ってもらいましょう」
アグネスの言葉に、イサクが頷いた。
「手始めに、歌は葬送式からになるだろうが。詳しい話は明日でいいだろうか。とりあえず今夜は、ミランの様子を見に行かせてもらいたい。保留となっても不安のないよう、話をしなければ」
「ええ、もちろん構いません。同盟本部への連絡は、私からやっておきましょう」
「すまないね。助かるよ」
二人の会話を聞いて、アグネスがすぐに立ち上がった。
「ポルテさんのことも、しっかり見せてもらうわ。ニース、今度こそ案内してもらうわよ」
「はい。フィリップさん、行ってきますね」
「ああ。お二人を頼む」
ミランの元へ行くべく、ニースはイサクと共に立ち上がる。扉を開くとふわりと風が入り込み、固まっていた部屋の空気が、一気に動き始めた。
イサクとミランの話し合いの結果、亡命は終戦まで保留となるものの、ミランの身柄はひとまず聖皇国軍で預かる事となった。カルマート国軍にはニースが話をつけると聞いて、ミランは「話しても無駄だ」と言ったものの、ニースは諦める気などなかった。
アグネスはポルテの体を確認したが、異常は見当たらず、妊娠もしていなかった。しかしアグネスは、同意なく無体を働くなと、同年代のミランをこっぴどく叱り付けた。
アグネスの怒りは激しく、夜遅くまで説教は続き、ニースやイサクの仲介の末、ミランは渋々ながらも謝った。この日以降、アグネスはミランに歌の指導を行いながら、ポルテの介助に付き添う事となった。
全てを終えて与えられた部屋へ入ったニースは、バードとココを放すと、戦いで汚れた服を着替える余裕もなく、ベッドに倒れ込んだ。
泥のように眠るニースの体に、二羽が協力して毛布をかける。カーテンが開けられたままの窓辺から、優しい月明かりが、ニースの横顔を照らしていた。




