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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第27章 海を越えて】
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483:心合わせて4

前回のざっくりあらすじ:ニースは、歴史を繰り返してはいけないと、ミランに語った。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激な表現や描写が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、3月6日(金)となります。

 穏やかな夕日が、窓辺の氷柱に煌めく。帝国軍が使っていたそのままの司令室に暖炉はなく、代わりに設置されている火石の暖房機が部屋を暖めていた。

 部屋の壁や床には、拭いきれなかった血痕や弾痕が残っている。どこか陰気な雰囲気の漂う司令室では、フィリップとアンヘルがニースたちを待っていた。


「ニース殿、ご苦労だったね」

「疲れただろう。喉の調子はどうだ?」

「お疲れ様です。僕は大丈夫ですよ」


 部屋の空気にそぐわない、にこやかな笑みを浮かべたフィリップとアンヘルに、ニースは微笑みを返した。

 しかし、部屋にエルネストたちの姿はない。ニースは不安を感じて、アンヘルに問いかけた。


「エルネストさんたちもいるって聞いたんですけど……。もしかして、怪我でもしてるんですか?」

「いや、返り血を流しに行ってるだけだ。着替えたらこちらへ来る」

「返り血……」


 激しい戦いの様相を想像し、ニースは肩を震わせた。ベンの指示で、レミスが通路に出て扉を閉めると、フィリップはニースとユリウスにソファへ座るよう促した。

 幸いな事に、二人がけのソファに戦いの名残はなかった。フィリップ、アンヘルと向かい合い、ニースとユリウスは腰を下ろす。マノロとルポル、ジミーは壁側に立ち、ベンは二人の横に立った。


 腰を据えたフィリップは、エルネストたちを待ってる時間が惜しいと、先に報告するようベンに促した。ベンは、ミランが掴んだ帝国の情報を主に話していった。


「共和国の歌姫は、帝都にいるのか」


 一通り話を聞くと、フィリップは話を噛み砕くように腕を組んだ。ベンは、真剣な面持ちで言葉を継いだ。


「はい。我々がポルテ殿を手に入れた今、レイチェルさんが帝国唯一の天の導きですから……」

「帝都から動かそうとは思わないだろうな」


 フィリップは、ベンの言葉を奪うように話した。


「皇帝は我々同盟軍を分散させ、各国の天の導きをそれぞれ排除しようとしていた。逆に言えば、我々が集うことが脅威なのだろう。今回の件は、皇帝にとって大きな痛手のはずだ。この機を逃さずに、全軍で帝都に向かうべきだろうな」

「……そうですね」


 フィリップに頷きを返しながらも苦笑するベンに、アンヘルが語りかけた。


「マノロから、ミラン殿が裏切る心配はないと聞いたが、少尉殿から見てどうだ?」

「私もその心配はないと思います。ミラン殿は、聖皇国への亡命を望まれていますし」

「聖皇国へ亡命? それはまた、なぜ?」


 首を傾げるアンヘルとフィリップに、ベンはミランの話を伝えた。話を聞いたフィリップは、困惑した様子で深いため息を吐いた。


「聖皇国に、そんな動きがあったとは……」


 聖皇国と皇国は同盟関係にあるが、それは長年、聖皇国がモレンドと争っていたからだ。モレンドが実質、聖皇国の属国となった今、聖皇国が皇国との同盟を破棄してもおかしくないと、フィリップは考えていた。


「公主殿下が亡くなられたというのに、聖皇国の天の導きが三人に増えるなど……」


 フィリップは危機感を滲ませ、拳を握りしめた。アンヘルも同じように、眉根を寄せていた。


「天の導きが一国に集中するのは、王国としても避けたい所ですね。対策を講じるべきか」


 不穏な会話をする二人に、ニースは慌てて声を上げた。


「あの、ミランさんは穏やかに暮らしたいだけなんです。聖皇国が一番、天の導きに優しいから、そこに行こうとしてるだけで」


 必死にミランを庇おうとするニースの姿に、フィリップは苦笑した。


「ニース殿も天の導きだからな。ミラン殿の境遇に、感じるものがあるのは理解出来る。だが実際、三人も集まってしまうと困るんだ」

「それなら、ミランさんが生きやすい環境を整える手伝いをしてあげてください」

「生きやすい環境か。それは皇帝に捨てられた歌姫もだな」

「はい。ポルテさんがどうしたいのかは、指輪を外してみないと分かりませんけど」


 アンヘルが、ふと思い出したように顔を上げた。


「指輪か。そういえば、マノロ。箱はニースに渡したのか?」

「渡したよ。バードたちが調べてるはずだけど?」


 皆の視線を受けて、ニースは上着の中を覗いた。するとココが、ひょっこりと顔を出した。


『全部解析するには、まだもうちょっと時間はかかるけど。あの指輪についてのデータはあったわ』

「じゃあ、外し方も分かりそう?」

『ええ。あなたたちが聖女の花の種と呼んでいる物に、ニースが解放歌を込めれば安全に外せるはずよ』

「僕の解放歌? 白い音風が必要ってこと?」

『白が必要なのはそうなんだけど、ただの白じゃダメなの。ニースじゃないと』

「どういうこと?」


 ココは、ニースの懐から、ぴょんとテーブルの上へ飛び移った。


『ニースの歌には真心があるから』

「真心?」

『ミランと話してた時、ニースは言ってたわよね。誰も傷付けたくない。悲しい歌じゃなく、楽しい歌を歌いたいって』

「言ったけど……」


 ココの唐突な話に、ニースは戸惑った。フィリップとアンヘルが不思議そうにニースを見つめる中、ココは穏やかに話を続けた。


『あの指輪やイヤリングは、脳に影響を与えてるの。それを断ち切るには、ただ歌うだけじゃダメなのよ。眠ってしまった心を呼び起こすように、()()()()()()()歌わなきゃいけないの』


 ニースは、ココが何を言わんとしてるのかに気付いた。


 ――白い音風を使って、強制的に心を動かさないといけないんだ。正気を取り戻せるように、元のその人に戻れるように。一歩間違えたら、大変なことになる。


 かけられている責任の重さを感じ、ニースは、ぐっと拳を握りしめた。


「……それは重唱で作った白じゃ出来ないことだね」

『そうよ。だからニースじゃないと出来ないの』


 一人と一羽の会話を聞いて、ユリウスが苦しげに眉根を寄せた。


「あそこで種を奪い返せていたら、レイも自由に出来たのか」

『そうね。でも、今はこのままで良かったと思うわ』


 意外なココの言葉に、ユリウスは顔をしかめた。


「なんでそんな」

『だって、レイチェルが正気を取り戻したら、もっと酷い目にあうかもしれないのよ? 無理矢理歌わせるために』


 ユリウスは、はっとして口を噤んだ。ギリギリと歯噛みするユリウスの肩に、ベンが手を置いた。


「どちらにせよ、レイチェルさんを取り戻すためには帝都に行かなきゃならない。種もきっとそこにあるよ。やれることをやっていこう」

「うん……」


 ニースもユリウスに慰めの言葉をかけようとしたが、ふと表情を引き締めた。


「ココ」

『ええ。戻るわ』


 ニースはすぐにココを懐へ入れた。どうしたのかと皆が驚いていると、部屋の扉が叩かれた。


「司令、イサク様がお越しです」

「……お通ししろ」


 レミスの声に、フィリップは合点がいったと笑みを浮かべた。扉が開くと、イサクとアグネスの後ろに、エルネストとエドガーの姿もあった。

 ニースとユリウスは席を立ち、イサクとアグネスに譲る。するとアンヘルが立ち上がり、ニースに微笑んだ。


「大佐殿は、こちらへ」

「いいんですか?」

「私は別室で、エルネストたちから報告を受けてくる。ミラン殿の話は、大佐からした方がいいだろう」

「分かりました」


 頷いたニースに、ユリウスが囁きかけた。


「オレも行くね」

「うん。ゆっくり休んで」


 アンヘルたちと一緒に、ユリウスとジミーも去っていく。ベンとルポル、マノロは部屋に残り、壁際に控えた。

 再び扉が閉まると、フィリップはイサクに語りかけた。


「駆けつけて頂き、助かりました」

「いや。私たちに出来たのは、治療の手助けぐらいだ。ニースが古代兵器をうまく使ってくれて良かった」


 イサクに微笑みを向けられ、ニースは照れくささを感じた。フィリップは緊張の面持ちで、言葉を継いだ。


「イサク殿は、ダンテ様に会われましたか?」

「ああ。聖歌で治療を行なっている。衰弱しているが、命に別状はない。腕と足の怪我は深いが、時間をかければ治るだろう」

「そうですか」


 ほっと安堵の息を漏らしたフィリップに、イサクは切なげに顔を歪めた。


「体より、問題は心の方だ」

「公主殿下のことですね」

「彼は帝国への恨みがあまりに大きい。今回の戦いでも、痛む体を押して陣頭指揮を執っていた。大人しく治療に専念してもらわなければ、治るものも治らない」

「治療に専念ですか……。なかなか難しいところですね」


 考え込む二人に、アグネスが声を挟んだ。


「公主殿下のご遺体があれば、弔いを理由に一緒に国へ帰せたのでしょうけど。今から追いつくのは無理かしら?」

「そうですね。難しいかと思います。それに、出来れば今しばらくはここで養生して頂きたい」

「いくら制圧したといっても、ここは敵地だわ。なぜそう思うの?」


 首を傾げたアグネスに、フィリップは苦笑した。


「先にゲイル殿を移送しなければなりませんので」

「まあ……無事だったのね」

「ええ。あの時に軍を率いていたのは彼です。出来れば、ダンテ様とは距離を置かせておきたい」

「それは必要でしょうね。ゲイル司令に対しても、かなりお怒りだったから」


 三人の話を聞きながら、何か方法がないかと考えていたニースは、ふと思い出した事を口にした。


「そういえば、皇国の兵士もたくさん亡くなりましたけど、取り戻した遺体はどうするんですか?」

「あれだけの数だ。さすがにそのまま本国へは送れない。火葬して、遺骨と遺品のみを送ることになるだろう」

「それなら……葬送式をやって、その遺骨を運ぶ代表をダンテ様にお願いしては?」


 ニースの提案に、フィリップは、ふむと頷いた。


「命をかけて戦った仲間を祖国へ送り届けるためなら、ダンテ様も納得されるか」

「はい。火葬には数日かかると思いますから、その間にゲイルさんを送ってしまえばいいと思います」


 二人の話を聞いて、イサクとアグネスが微笑んだ。


「殿下のご遺体はここにはないが、弔いの儀を行うなら、ダンテ殿も気持ちの整理が付くかもしれない」

「良い案だと思うわ。よく考えたわね」

「前に、軍艦で歌ったんです。亡くなった兵士のために」


 ニースは両手を握りしめ、胸の痛みを誤魔化した。重い空気を変えるように、イサクが、ふぅと息を吐いた。


「ところで、先ほどアンヘル殿がミランのことを話していたようだが。ミランの行方を掴んだのかな?」

「ええ。行方というか、保護しました」

「保護?」

「はい。帝国の歌姫と共に」


 フィリップは、ミランとポルテの事を簡単に説明した。話を聞いたアグネスが、怒りを露わにして立ち上がった。


「意識を奪った上に、そんな実験をさせてたなんて! 女を何だと思ってるのよ!」


 アグネスのあまりの剣幕に、フィリップとイサクは固まった。ニースは慌てて、アグネスに語りかけた。


「アグネス先生、落ち着いてください」

「落ち着けるわけないでしょう! その子はどこにいるの⁉︎ 体は大丈夫なんでしょうね⁉︎」

「とりあえず、怪我はないです」

「心配しなきゃいけないのは怪我だけじゃないのよ!」


 アグネスは強く言い放つと、ニースの腕を、がっしりと掴んだ。


「ニース、案内しなさい!」

「ま、待ってください! まだ話さなきゃならないことがあって!」

「他にどんな大事な話があるっていうのよ!」

「ミランさんが、亡命したいって言ってるんです!」


 叫ぶように言ったニースの言葉に、アグネスは動きを止めた。


「亡命?」

「はい。もうカルマートに戻りたくないって。ポルテさんと一緒に、聖皇国に行きたいって」


 イサクが立ち上がり、アグネスの肩を掴んだ。


「アグネス。気持ちは分かるが、その話を聞いてから行こう」

「イサク様……。分かりました」


 怒りを湛えながらも、ソファに座ったアグネスを見て、ニースは、ほっとしながら話した。

 ニースが話し終えると、フィリップが声を挟んだ。


「ミラン殿が聖皇国を亡命先に選んだのは、貴国が歌い手による支配を目論んでいるという話があったからだとか。そのような話は初めて聞いたので、驚いていたところです」


 探るように話したフィリップに、イサクは真剣な面持ちで頭を振った。


「いや、それはごく一部の話だ。今の教会には、派閥があってね。一部には過激な思想のものもいる。帝国はそれを誇張し、開戦の正当性に繋げようとした。ミランが言ってるのは、それだけのことだよ」

「ですが、実際に天の導きが三人も貴国に集まれば、現実味を帯びることでしょう」


 射抜くように見つめるフィリップを、イサクは真顔で見つめ返した。


「この話はどこまで伝わってる?」

「今はまだ、我々ごく少数のみです」

「私を信じて見逃してほしい……と言っても、無理な話だろうか」

「ええ。それは無理です。イサク様を信じられないわけではありませんが、国の大事を私の一存で隠すことは出来ません」


 張り詰めた空気の中、ニースは静かに声を挟んだ。


「あの、それなんですけど。とりあえず今は保留にしておくことは出来ませんか?」

「保留とは?」


 フィリップとイサクの訝しげな視線が、ニースに突き刺さる。すっかり暗くなった窓の外で、月明かりに照らされた氷柱がぽとりと落ちた。

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