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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第27章 海を越えて】
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482:心合わせて3

前回のざっくりあらすじ:ニースはミランから、聖皇国に亡命しないかと誘われた。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激な表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、3月4日(水)となります。

 簡素な宿の一室に、剣呑な空気が漂う。提案を全否定されたミランは、ニースを睨みつけた。


「やっちゃいけないだと? なぜそう言い切れる」

「だってそれじゃ何の解決にもなりません。同じことを繰り返すだけです」

「同じこと?」


 厳しい眼差しを変えないミランを、ニースは怯む事なく見つめ返した。


「ミランさんは、古代人が何のために覚醒歌を歌っていたか、聞きましたか?」

「いや、知らないが……」

「昔、歌の力を持たない人たちは奴隷だったんですよ」

「は?」


 驚くミランに、ニースは共和国でラチェットが読み解いた古代文字について話した。


「あの歌は、奴隷の理性を奪うために使われていた歌なんです。でも、奴隷の解放を願う人たちがいて、その人たちが解放歌を作りました」

「その話も、イルモ教授の研究成果なのか?」

「いいえ。これは、ラチェット教授が解放歌を見つけた時に分かったことです」

「ラチェット教授?」

「聖歌を作られた音楽家の先生です。ラチェット教授が解放歌を発見した時、奴隷解放を願う言葉も一緒に見つけました。わざわざ解放歌を隠して伝えるぐらい、当時は奴隷が一般的だったんですよ」

「なら、今はその時とは逆ってことか?」

「僕たちは奴隷じゃありませんけど。皇帝が指輪を使って僕たち歌い手を使おうとしてるなら、そういうことだと思います」


 ニースの話を聞いて、ミランは考え込むように腕を組んだ。黙っていたユリウスが、ぼそりと呟いた。


「古代文明は崩壊して、当時たくさんいた天の導きは消えた。でも、その時に奴隷にされていた記憶が、生き残った人たちの中にあって。それで三千年経った今も、歌い手は恐れられてる……?」


 考えをまとめるように話すユリウスの言葉に、ニースは頷いた。


「歌の力は便利だから、どんなに怖くても、歌を無くせなかったんだろうけど。数が減った歌い手や天の導きを、どうにかしようとは思ったんじゃないかな」

「だから繰り返すだけだって、ニースは言ったんだね。聖皇国なら、さすがに奴隷にしようなんて思わないだろうけど……。人の良心に縋るだけじゃ危険だ」

「うん。色んな人がいるはずだし、もしそういう世界になったら、時間が経つにつれて少しずつ歪んだりもすると思うんだ」


 ニースは言いながら、かつて見たココの夢を思い返した。


 ――天の導きは恨まれていたから、大崩壊の時に殺された。あんなことを、また繰り返しちゃいけない。誰かを犠牲にしても、平和は訪れない……。


 二人の話に、ミランが、はぁと深いため息を吐いた。


「そんなことがあったなら、皇帝が挙兵したのも分かるな。元々、目覚ましの歌は帝国にあった歌だ。皇帝は、歌の力で奴隷にされていた歴史を知ってたから、歴史の再来を危惧したのかもしれない。だが……だからって、このままでいいってのか、お前は」


 苦々しげに話すミランに、ニースはゆっくり頭を振った。


「ミランさんの心配は、もっともだと思います。この戦争が終わったら、僕たちに向けられる目は変わるかもしれない。今まで以上に窮屈になるかもしれません」

「それでもお前は、王国を離れない気か」

「はい。そういう約束ですし、それに……僕はまだ諦める気はないんです」

「どういう意味だ?」


 訝しげなミランから、ニースはベンやルポルたちに目を向けた。


「みんながいますから。僕の歌の力を見ても、怖がらないみんなが」


 微笑んだニースに、ベンたちは呆気に取られたものの、すぐに笑みを返した。


「ニースが歌いたい歌は、本当はこんなのじゃないって、俺たちは知ってるからね」

「そうそう。大体、ニースは俺の弟だ。怖がるなんて無理に決まってる」


 ベンとルポルに続いて、ジミーとレミスも声を上げた。


「私も怖くはありません。ニース様だけでなく、お嬢様のことも」

「私も自由意志でファンクラブに入らせて頂きました。ニース様だけでなく、セラ様たちの歌も美しいと思いますよ」


 口々に話すベンたちの言葉に、ユリウスが、ニッと笑みを浮かべた。


「そうだよ。オレたちの歌は、何も力のあるものだけじゃない。古代人がどうだったのかは知らないけど、今の歌は音楽で、歌い手じゃなくても歌える。音楽に恐怖なんて、湧くわけがない」


 固かった部屋の空気は、一気に柔らかくなった。ミランは一人、話について行けず、戸惑いがちに口を開いた。


「歌は音楽って言ってもな。そんなの、お前たちみたいな一部の人間の感覚だろうが」


 困惑するミランに、ニースは穏やかに話した。


「今はそうです。でもそれを広げていったら、少なくとも今より僕たちの待遇が悪くなるってことはないんじゃないでしょうか」

「楽観的すぎるな。第一、広げるなんて無理だろう」


 ニースは真剣に語ったが、ミランは鼻で笑った。ニースに加勢するように、ユリウスが胸を張った。


「そうでもないですよ。ニースはこれまで、色んな場所で歌ってきました。歌の輪は、どんどん広がっていますから」

「どれだけ一般人が受け入れても意味がない。首脳部や軍部が抑えつけてるんだからな」

「それなら尚更、今はチャンスです」

「チャンス?」

「各国軍は、ここに集まってるんです。ニースのファンクラブだって出来ました。もう種は撒いてあるんです。ニース個人じゃなく、歌い手全体への見方を変えてしまえばいいんですよ」


 堂々と話すユリウスに、ミランは眉根を寄せた。


「そんな簡単に出来たら苦労しないだろ」

「簡単だとはオレも思いません。ですが、歌は楽しいって気持ちが心の片隅に少しでもあれば、それだけで変わるはずです」


 ユリウスの熱のこもった眼差しに、ミランは口籠った。ニースは微笑みを浮かべ、想いを口にした。


「僕たち天の導きも歌い手も、ただの人間なんです。ちょっと不思議な力があって、ほんの少し見た目がみんなと違うだけで、他は同じです。だから、話せば分かるはずなんです」


 静かに語るニースを、ミランは冷めた目で見ていたが、ユリウスやベンたちは穏やかに見守っていた。ニースは皆の優しさを感じながら、話を続けた。


「歌の力があるかどうかなんて、小さな差です。人より勉強が出来たり、運動が得意だったり、料理が上手だったりする人はいくらでもいます。誰だって自分が持つ力を、誰かのために使って生きてる。だから、その人たちを怖いと思ったり、特別視したりしないのと同じように、歌い手に対する気持ちだって変えられると思うんです」


 ニースは心の奥底から湧き上がる気持ちのままに、言葉を継いだ。


「ミランさんが、ポルテさんと亡命するのは自由ですよ。でも、僕はみんなが好きです。戦争が終わったら、悲しい歌じゃなくて楽しい歌をみんなと歌いたい。今、僕が歌の力を使うのだって、誰かを傷付けるためじゃない。みんなの笑顔を守りたいからです。拒絶されたからやり返すなんて、僕はしたくありません。僕は誰も、傷付けたくない」


 心を込めて、ニースは、はっきりと本音を話した。ミランは呆れた様子で視線を逸らした。


「……そうかよ。なら、勝手にしたらいいさ」

「はい。そうさせてもらいます」


 にっこりと笑みを浮かべたニースに、ミランは舌打ちした。そこへ、コンコンと扉が叩かれた。


「遅くなってごめん。聞き取り、終わっちゃった?」


 レミスが開けた扉から、マノロが顔を出した。まるで話が終わるのを待ってたかのように戻ってきたマノロに、ベンが苦笑した。


「ええ。今、終わったところです」

「そっか。砦に部屋を用意したから、そっちに移れって。ジェラルドたちも帰ってきたから、一緒に報告しよう」

「分かりました」


 ベンが頷くと、ミランがポルテを立たせ、ニースたちは宿を出た。

 マノロは数名の兵士を連れてきており、ミランとポルテは移動の間、周囲をしっかりと固められた。物々しい警戒にミランは苦笑したが、一度軍を離れた身だ。文句を言う事もなく、ポルテと共に砦の一室へ入った。


「てっきり牢に入れられるのかと思ったが。俺の部屋はここでいいのか?」


 ミランに与えられた部屋は、砦の塔の上階で、簡単に逃げ出せないような位置にある。しかし、部屋の作りはしっかりしており、置かれている家具も質の良いものだ。

 訝しげに問いかけたミランに、マノロは肩をすくめた。


「帝国の歌姫と二人で使うんですから。ここが一番良いんですよ。まあ監視は付けますし、軟禁みたいな形にはなりますが」

「ポルテと一緒でいいのか」

「あなたの指示しか聞かないなら、お世話もお任せした方がいいでしょうから。イサク様は後ほど来られますから、それまでごゆっくり」

「……ああ」


 数名の兵士を残し、マノロはニースたちを司令室へと案内していく。

 マノロは歩きながら、ニースに箱状の物体を手渡した。


「ニース、これ。さっき彼が言ってたやつ」

「ありがとうございます」


 ニースは受け取ると、バードとココがいる懐に物体を入れた。もそりと動いた二羽の動きに、ニースはくすぐったさを感じながら、マノロに問いかけた。


「ジェラルドさんたちが戻ったって言ってましたけど、研究所にいたんじゃないんですか?」

「それがさ、種がなかったらしいんだ」


 研究所の地下にあったはずの聖女の花の種は、エルネストや砂漠の護衛たちが向かった時には消えていた。

 ニースの隣を歩きながら、ユリウスが顔をしかめた。


「オレたちがミラン様たちを助けた時、敵が来たんだ。だからその場を離れるしかなかったけど……。きっとあいつらが、運び出したんだろうな」

「種は壊しちゃいけなかったんだよね?」

「そう。指輪の呪縛を解くのに、種を使うらしくて」


 ユリウスは、苦しげに唇を噛んだ。ニースたちの後ろを歩くジミーが、真剣な面持ちで声を挟んだ。


「マノロ殿。そうすると、ドロモス博士も捕らえられなかったのですね?」

「ええ、そうです。撤退する敵を追いかけたらしいんですけど、博士も種も奪えなかったそうです」

「そうでしたか。あの時、私がもっと早く動いていたら……」


 後悔を滲ませたジミーに、ルポルが気遣うように語りかけた。


「それを言うなら、俺もですよ。ジミー殿はユリウスを守ったんですから、気にする必要はないかと」

「それは当然のことです。お嬢様をお助けするまで、ユリウス様に傷一つ負わせるわけにはいきませんから」

「ユリウスを守るのも、レイチェルさんのためなんですね。ジミー殿がそこまで心酔するなんて、どんな女性なのか気になります」


 場を和ませるように言ったルポルに、ユリウスが、ふっと笑った。


「その言葉、ケイトさんに教えようか」

「えっ! 何でだよ!」

「嫌なら、よそ見はしない方がいいよ。レイが魅力的なのは分かるけどね」


 不敵な笑みを浮かべるユリウスに、ルポルは頬を引きつらせた。


「こんなんで嫉妬すんのかよ……ユリウスも大概だな」

「何か?」

「何でもない」


 ルポルは顔を青ざめて頭を振った。どこか楽しげに笑うユリウスの横顔に、ニースは笑みをこぼした。

 まだ()()()に忙しい兵士たちの間をすり抜け、一行は通路を歩く。ニースたちが肩の力を抜いて司令室へたどり着く頃には、窓の外は夕焼け色に染まっていた。

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