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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第27章 海を越えて】
563/647

481:心合わせて2

前回のざっくりあらすじ:ヘロスの町へ入ったニースたちは、傷付いたミランを助けに向かった。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、痛ましい表現や描写が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、3月2日(月)となります。

 白い雲が漂う空に、同盟軍の勝鬨が響く。町中での戦いは、半日とかからずに勝敗を決した。

 撤退する帝国軍に追い討ちをかけたものの、雪の降り積もった町での戦いだ。地の利もある敵を追い詰めるのは難しく、大して痛手を与える事は出来なかった。

 それでも、勝利には違いない。援軍に駆けつけた混成軍と聖皇国軍は嬉しげに声を上げ、皇国軍の生き残りたちは目に涙を浮かべ、仲間の無念に想いを馳せた。


 勝利の声は、ミランの治療を行う宿の一室にも届いた。祈歌を歌っていたニースは、ベッドにうつ伏せに横たわるミランの背を見つめ、ふぅと息を吐いた。


「傷はほとんど塞がりました。確認させてもらいますね」

「ああ」


 共に歌っていたユリウスが祈歌を止めると、ニースはミランの傷口に触れる。時折押して、奥深くにガラスが残っていないか確かめてみても、ミランは表情を変える事なく、同じベッドで眠るポルテの横顔を見つめていた。


「痛みはありませんか?」

「全くない。くすぐったいぐらいだな」

「良かった。もう大丈夫ですね」


 ニースが手を離すと、ミランは起き上がった。その横からマノロが、真新しいシャツをミランに差し出した。


「あなたが着ていた服は、もう使い物になりません。代わりにこちらを」

「そうだろうな。服はもう廃棄したのか?」

「はい。ですが、あなたの持ち物は取ってあります。そのまま返すわけにはいきませんが」


 ミランはシャツを着ると、身体の動きを確かめるように身を捻りながら、ぐるりと部屋を見回した。


 ミランがいるのは、市門近くにある庶民向けの小さな宿だ。本来なら何人もの客が相部屋となる客室はなかなかの広さで、ベッドも大きく椅子も数客ある。しかし、家具の質は良いとは言えず、装飾も少ない。

 ポルテとミランがいるベッドの傍らには、ニースとユリウス、マノロが。小さめの窓のそばにはジミー、火の入った暖炉の近くにはルポルがおり、部屋の扉両脇にベンとレミスが立っている。

 床と壁、天井には、粗野な客が付けたのだろう。刃傷が数カ所あり、年季は入っているものの簡単には壊れない頑丈な部屋なのだと、一目で分かった。


 ――ネズミ一匹、逃げられそうにないな。


 大人しくしている他ないと感じ、ミランは肩をすくめた。


「まあ、仕方ないな。俺の私物は財布ぐらいだが」

「銃は支給品なのでは?」

「まさか。俺は同盟軍を裏切ったが、信用はされてない。見張られてる立場だった。銃なんか持たせるわけないだろう」

「じゃあ、奪ったと?」

「軍人から奪うなんて、俺には出来そうもないって?」


 挑発するように笑うミランを、マノロはじっと見つめる。ベンが、ニースとユリウスに椅子へ座るよう促し、マノロの隣へ立った。


「ミラン殿。あなたはここへ来てから、帝国軍のために歌いましたか?」

「一度だけ、ゲイル司令に覚醒歌を歌ったが、それだけだ。ポルテの音風は白で、種もあったから、俺の石歌なんか必要なかった。俺がこの町でしてたのは、白になるための訓練と、実験に協力してたぐらいだ」

「実験はドロモス博士のですね。訓練とは?」

「音風を増やす訓練だよ。結局、五つに増えただけで、白にはなれなかったが。文句あるか?」


 ベンの問いに、ミランは不思議そうにしながらも答えた。ベンは、歌の力を使って銃を奪ったのではないと分かり、内心ほっとしながら答えた。


「文句なんてありませんよ。あなたが歌ってないなら、殿下を死なせた責任も問えませんし」

「殿下を死なせた? ……まさか!」


 愕然とした様子で目を見開いたミランを、ベンは冷めた目で見つめた。


「公主殿下は、先日の戦いでお亡くなりになりました」

「あそこにいたってのか。だが、遺体はなかったはずだ」

「ご遺体は、すでに本国へ向かっています。それで、ミラン殿」


 ベンは、淡々とした声音で言葉を継いだ。


「軍を離れてから今日までのことを、教えてくれますか。なぜ裏切ったのかも含めて」

「詳しく話すと約束したからな。教えてやるよ。ここで話すのか?」

「ええ。よろしければ。……ニースたちはどうする?」


 振り向いたベンに、ニースはユリウスと顔を見合わせ、答えた。


「僕たちも聞いていいなら残るよ」

「色々気になることがあるからね」

「分かった。ミラン殿も、構いませんね」


 ベンに話を向けられ、ミランは頷きを返した。


「ああ。俺としては、ニースに言っておきたいこともあるからな」

「僕にですか?」

「お前は俺と同じ天の導きだ。知っといて損はないはずだ」

「天の導きが関係してるんですね。分かりました。教えてください」


 ニースが頷くと、ミランは軍を離れた経緯から話し始めた。


「俺を攫ったのは、カデラという名前の女スパイだ。色仕掛けで俺を釣るつもりだったらしいが、そんなことをしなくても、俺はあそこを離れたかった」


 カルマートでのミランの扱いは酷いものだった。アルモニア音楽院にいる間は、他の歌い手と同様に振る舞えたものの、卒業後のミランに自由はなかった。


「音楽院のガキ共まで、こんな戦場に連れ出してるんだ。俺たちを道具としか見てない軍も国も、俺はどうでもいい。だが、学長たちには感謝してるし、同情しかない。だから俺は、あの指輪が許せなかった」

「ジエラにも、指輪で操られた人がいたんですか」

「ああ。教会の祈手がな」


 ニースの問いに、ミランは、ぐっと拳を握りしめ、話を続けた。


「歌の力が強いからって、人間扱いされないのは腹が立つが。それでも歌い手は、俺たち天の導きと違って自由に生きられるはずだろう? それなのに帝国は指輪を使って、人形みたいに変えた。しかも外せば死ぬときてる。こんなものを、放置するわけにはいかなかった」

「じゃあ、指輪からみんなを解放するために、誘いに乗ったんですね」

「良く言えばそうなるな。だが、俺はただ、何もかもぶち壊したかっただけだ。皇帝を殺すことが出来れば、こんなふざけた戦いも終わるだろうしな」


 ミランの目的は、指輪を外す方法を探り出した上で、帝国を内側から崩す事だった。ミランは、ふっと笑みを浮かべ、マノロに語りかけた。


「俺が持ってた中に、箱みたいな発掘品があったろう?」

「線の入った箱ですね。開け方を調べている最中です」

「あれは開けられない。頼むから、壊さないでくれよ」


 二人の話を聞いて、ニースの懐でバードとココが身動いだ。ニースは、二羽が知る何かなのだと気が付き、声を挟んだ。


「マノロさん。その箱、僕にも見せてもらえませんか?」

「ニースに?」

「その、僕はほら。イルモ先生から色々聞いてますし」

「あー、なるほどね。分かった」


 ニースの濁した言い方に、マノロは察して立ち上がった。


「少尉。箱の調査を止めてくるから、少し頼んでもいい?」

「分かりました。聞き取りは進めておきますね」

「うん。よろしくね」 


 箱の調査を止めるために、マノロは部屋を出て行く。その背を横目で見ながら、ミランが感心したように、へぇと声を漏らした。


「イルモって、遺跡研究で有名な奴か?」

「はい。音楽院で教えてるんですよ」

「音楽院ね……」


 ミランは切なげに呟いた。パタリと扉が閉まると、ユリウスが窺うように問いかけた。


「ミラン様。それであなたは、帝都にも行かれたんですか?」

「いや。ジエラを出た後、すぐこっちに連れてこられた。皇帝と会う機会はなかったよ」

「そうですか……」


 ユリウスは苦しげに視線を落とす。ミランは、小さくため息を吐いた。


「帝都には行かなかったが、共和国の歌姫がどこにいるかは分かる」


 ユリウスは、はっとして顔を上げた。ミランは、表情を引き締めて話を続けた。


「音風を増やす訓練は、帝都と通信しながらやったんだ。その時、エクシプナっていう研究所の所長と一緒にいるのを見たよ」

「エクシプナ……!」

「それで、レイの様子は⁉︎」


 今にも飛びかかりそうなニースとユリウスに、ミランはゆっくり頭を振った。


「ポルテと同じだ。このイヤリングを付けてる」

「そんな……」

「あいつ!」


 ポルテの耳飾りを指したミランの言葉に、ニースは愕然とし、ユリウスは壁を殴りつけた。窓際に立っていたジミーが一歩踏み出し、低い声を挟んだ。


「ミラン様。指輪を外す方法を探すと仰ってましたが。それがあれば、そのイヤリングも外せるのですよね? それは見つかったのですか?」

「まだ分からないが、そのヒントがあの箱にあるはずだ。あの箱には、博士の研究データが入ってるからな」

「その箱次第というわけですね」


 二人の話を聞いて、ユリウスは壁を殴る手を止めた。ルポルが黙ってユリウスに歩み寄り、傷付いた手に包帯を巻いていく。

 ニースは、ユリウスを気遣いながらも、ミランに問いかけた。


「あの人が、レイチェルとポルテさんに耳飾りを付けたんですね。でも、ミランさんは指輪もしていないのは、どうしてですか」

「それは博士の実験に協力する必要があったからだ」

「さっきも言ってましたよね、実験って。それって何のですか?」

「お前には、前に話しただろう。力の遺伝の研究だ。俺の実験協力は、ポルテとの子作りってわけだ」


 軽く言われた言葉に、ニースは固まった。


「えっ……」

「このイヤリングや指輪を付けてると、感情や感覚を感じられなくなる。そうすると、男は使い物にならなくなるだろう? だから俺には、これを付けられなかったし、ポルテの世話を出来るように声の登録もされた」


 ミランが何をしていたのかが分かり、ニースたちの間に、何とも気まずい空気が漂った。ミランは苦笑し、話を続けた。


「博士の実験はそれだけじゃない。今回、あいつらは皇国兵の遺体を壁にしてたが、あの中には歌い手はいなかったはずだ。それは気付いたか?」


 ミランの話に、ニースたちは顔を見合わせる。ベンが困惑した様子で答えた。


「遺体の検分はまだしていないので、何とも言えません。歌い手の遺体は放置されているということですか?」

「いや、真っ先に回収されたよ。それで魂片(アニムス)に変えられた」

「歌い手をアニムスに?」

「それも博士の実験の一つだった。公主の遺体があれば、博士は大喜びでアニムスに変えただろうよ」


 嫌悪感を誤魔化すように、ミランは笑った。ベンは、忌々しげに顔を歪めた。


「アニムスを使って、博士は何をする気なんです?」

「博士の研究目的は、歌い手を増やす方法を見つけることだ。何でも古代人は、アニムスから取り出せる物質を使って、天の導きを作ってたらしい。博士は、それの再現をしようとしてる」


 ドロモスは、音叉の形成方法や歌の力の遺伝について、あらゆる方法で試していた。そこに遺体まで使っているのだと知り、部屋の空気は一気に重くなった。


「皇帝の目的は、世界を制することだ。博士は、歌い手や天の導きを好きなように作ろうとしてる。武力に繋がるから、皇帝には都合が良いんだ」

「だから博士を引き込み、その研究に協力しているということですか」

「ああ。そういうことだ。俺が手に入れた帝国の情報は、大体こんなもんだな」


 ベンは深いため息を吐くと、じっとミランを見つめた。


「分かりました。それでミラン殿は、これからどうしたいですか」

「ポルテを自由にする方法を探す。その上で、俺とポルテを逃してほしい」

「カルマートに帰る気はないと?」

「ないね。出来れば、早いうちにイサクと会わせてほしい」

「聖皇国に亡命するつもりなんですね」

「上手くいくかは分からないがな」


 ミランは肩をすくめると、ジミーやルポル、レミスの顔を見回した。


「少尉。ここにいるのは、ニースのファンクラブの人間か?」


 唐突な問いかけに、ベンは怪訝な眼差しを返した。


「ファンクラブ? まあ、そうですが……」

「なら、ニースにとって不利な動きは、こいつらはしないな?」


 確かめるように尋ねるミランに、ベンは訝しみながらも真剣に頷いた。


「ええ。私たちは誰一人、ニースを害することはありません」

「なら言うが。ニース、お前も聖皇国に行かないか?」


 思いがけない誘いに、ニースは目を瞬かせた。


「何でですか?」

「イサクは否定していたが、聖皇国は歌い手による支配を考えてる。あの国に行けば、俺たちは自由に動ける」

「歌い手による支配って……」

「皇帝が動き出したのは、聖皇国が世界中に勢力を伸ばしたからだ。覚醒歌なんてものもあるんだ。歌い手が本気を出せば、人間を好きなように操れるのは分かるだろう?」


 真顔で話すミランに、ニースはどう答えたらと迷った。ベンやルポルたちが固唾を飲んで見守る中、ミランは静かに話を続けた。


「昔からどこの国も、俺たちを道具として扱おうとしてきた。それは、心の奥底で歌の力を恐れているからだと、俺は思ってる」

「恐れ、ですか」

「普通はない力だからな。柵で囲い、手綱を付けて思い通りに動かせなきゃ、怖くて堪らないだろう。そしてこの戦争で、歌の力の凄さは世界中に伝わったはずだ。俺たち歌い手に対する恐怖心はこれからもっと強くなるだろうし、抑圧ももっとされるだろうよ」


 ニースたちにとって、ミランの話は筋が通っていると感じられるものだった。歌の力で多くの古代兵器を使用し、怪我人を祈歌で治し、人の生死を動かしているのだ。戦後、歌い手の扱いが変わるかもしれないと、ニースは初めて感じた。


「だから、聖皇国に逃げた方がいいって言うんですか?」

「ああ。皇帝は自我を奪う方法を示した。皇帝を倒したって、この指輪やイヤリングの技術を手にした奴らが、俺たちを放っておくとお前は思えるか?」

「それは……」

「聖人だ何だと言われるのは気持ち悪いが、歌い手を尊重してくれるのは聖皇国しかない。これまで散々好きに使われてきたんだ。今度は俺たちが、歌の力を持たない奴らを好きにしたって構わないだろう」


 ニースは目を伏せ、話を噛み締める。一気に話したミランは、考え込むニースからユリウスへ目を向けた。


「なあ、あんたもそう思わないか。共和国の歌姫を取り戻したとして、そのまま共和国に渡せるか?」

「オレは……」

「何なら、一緒に来たらいいんだ。今いる天の導きが全員聖皇国に行けば、誰も手出し出来ない」


 ユリウスは、ぐっと拳を握りしめた。ニースは深い息を吐き、顔を上げた。


「僕は……僕はそれはダメだと思います」

「ニース?」


 パチパチと、暖炉の炎が弾けた。ユリウスやベンたちが驚く中、ニースは真っ直ぐに答えた。


「そんなの、間違ってます。どんなに苦しくたってやっちゃいけない」


 はっきり言ったニースの言葉に、ミランが顔をしかめる。ゆらゆらと揺れる炎が、ニースの真剣な横顔を照らしていた。

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