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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第27章 海を越えて】
562/647

480:心合わせて1

前回のざっくりあらすじ:ユリウスたちは、ミランとポルテを保護した。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、痛ましい表現や描写が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、2月29日(土)となります。

 雪原の端で大破した古代兵器を、朝日が照らす。ルイサたちの命を奪った帝国の熱線兵器は、混成軍に打撃を与える事なく、返り討ちにあった。

 地下通路を移動出来るよう改造された巨大な砲台は、破壊された事で火石の熱量を外へ放出し、雪原に積もった雪の多くを溶かした。しかし市壁から離れていたため、遺体を回収していた混成軍部隊に影響はなかった。部隊は夜間のうちに、皇国兵の遺体を無事に回収し終えていた。


 そうして朝日の中、泥混じりとなった雪原にニースの歌声が響き、ヘロスの市壁が閃光と共に崩れた。混成軍は町へ突入し、撤退を始めていた帝国軍と交戦を始めた。

 だが、ヘロスの町には多くの民間人がいる。町に被害が出ないようにと、兵士たちは銃や剣を手に敵を追いかけた。


「エルネストさんは、どこでしょうか」


 一晩中、石歌を歌い続けていたニースは、解放歌を歌い手たちに任せ、フィリップやアンヘル、ベンたちと共に町へ入った。安全の確保された区画で車から降りたニースは、キョロキョロと辺りを見回した。

 ニースに続いて表へ出てきたアンヘルとフィリップが、戦闘音の響く町の奥へ目を向けた。


「ゲイル殿を無事に助け出しているなら、身を隠しているのかもしれない」

「早く合流出来るといいんですけど」

「そうだな。バードを連れているんだから、知らせに寄越してもいいはずだが……」


 ニースはアンヘルたちと共に、青い空を見上げた。そこへ、バードに案内されるようにしてマノロが駆けてきた。


「アンヘル!」

「マノロ、待ってたよ。ゲイル殿は?」

「エルネストがちゃんと確保したよ。暗示をかけられていたから、ユリウスが解放歌を聞かせた」


 焦りを滲ませて報告するマノロの話に、ニースは目を見開いた。


「ユリウスが来てるんですか⁉︎」

「レイチェルがいるかもしれないからって来たんだよ。ルポルも付いてる。でも、みんな無事だから」


 ニースにバードを渡しながら、マノロは安心させるように話した。ニースはバードを懐に入れ、怪我がないならと不安を飲み込んだ。


「それでレイチェルは?」

「いなかった。それでニース、まだ歌える?」

「はい。歌えますけど」

「なら、一緒に来て」


 ニースの腕を掴み、走り出そうとするマノロを、アンヘルは止めた。


「マノロ。大佐殿は疲労が溜まってる。何を歌わせる気なんだ? 他の歌い手ではダメなのか?」

「必要なのは祈歌だよ。ミランが怪我してるから」

「ミラン殿がここにいるのか⁉︎」

「帝国の天の導きと一緒にいたんだ。傷が深くて、ユリウスの歌じゃ間に合わない。だからニースじゃないと」


 思いがけない話に、アンヘルだけでなくフィリップやベンも唖然とした。その傍らで、ニースは表情を引き締めた。


「参謀長、僕なら歌えます。ここを離れる許可を」

「分かった。休めるような部屋を用意しておこう。ある程度治療が終わり次第、帝国の天の導きも一緒に連れてきてくれ」

「はい」


 アンヘルの話に、フィリップが声を挟んだ。


「ベンジャミン、ゲイル殿も運んでくれ。解毒剤を用意させておく」

「分かりました」


 ニースはベンたちと共に、マノロの案内で走り出す。向かったのは、市壁近くにある古井戸だった。


「ここから下に降りるけど、水が残ってる場所もあるんだ。落ちると凍えるから、気をつけて」


 マノロに続いて、ニースは慎重に縄を伝って降りていく。薄暗い水路には点々と青い光が点っており、サラサラと水の流れる音とユリウスの歌声が響いていた。

 水に落ちないよう気をつけながら走っていくと、やがて広間のような空間に出た。流れてきた砂礫が溜まって出来たのだろう。中洲のような場所に、周囲を警戒するルポルとジミーの姿があり、その後ろでユリウスが歌っていた。


「ルポル、ユリウス!」

「ニース……!」


 ニースが声を上げると、ルポルは表情を緩め、ユリウスは歌を止めた。


「ニース、良かった。無事で」

「ユリウスこそ無事で良かったよ。ルポル、ありがとう。守ってくれて」

「いいよ、このぐらい」


 ニースは二人に駆け寄ると、足元に横たえられているミランのそばへしゃがみ込んだ。


「怪我、酷そうだね」


 ミランは、地面に敷いた外套の上にうつ伏せに寝かされていた。その背には無数の刺し傷があり、ユリウスの歌が止まった事で、血が滲み出していた。

 ユリウスが頷き、傍らに置かれた布袋を指し示した。


「割れたガラスが刺さったんだ。全部抜いたけど傷が深くて、オレの祈歌じゃ治りきらない」

「分かった。傷は僕が治すよ。ユリウスは痛みを止めてもらえる?」

「もちろん」


 ニースとユリウスは、意識を失っているミランのために祈歌を歌い出す。ミランの背を光が覆うのを見て、ルポルが感嘆の息を漏らした。

 その傍らで、ベンがジミーに歩み寄った。


「ジミー殿、お疲れ様です。エルネストたちは?」

「ベンジャミン様、ご無事で何よりでした。エルネストたちは研究所に行っています」

「研究所?」

「聖女の花の種があったので」

「種が……」


 顔を歪めたベンに、ルポルが横から声を挟んだ。


「その場で壊そうと思ったんですが、ダメだって言われましてね」


 ルポルの視線の先には、歌うニースがいる。ルポルがニースの胸元を見ているのに気が付き、ベンはバードが止めたのだと察した。


「壊さずに手に入れる必要があるのか。我々も行った方が?」

「いえ。鬼神もいますし、任せていいかと。それより、こっちの二人をどうしたら?」


 ルポルは、ミランと共に横たえられている二人の人影に目を向けた。

 一人はゲイルだが、もう一人は髪の短い女性の天の導きだ。二人とも眠らされているが、手足を縛って拘束してあり、女性の口には布が巻かれていた。

 仕方ないとはいえ、女性の縛られた姿にベンは顔をしかめた。


「これは……歌わせないために?」

「そうです。指輪はないんですけど、この耳飾りが指輪と同じ石らしくて」

「イヤリングが?」


 ベンは、しげしげと女性の耳飾りを眺めた。


「確かに指輪と同じ石に見えるな」

「はい。それに、隊長の薬で眠らせる前は、パトリック会長と同じように人形みたいだったんですよ」

「だが彼女は、帝国の天の導きだろう?」

「そうなんですが……」


 首を傾げたベンに、ルポルは困ったように口籠った。それを見て、マノロが肩をすくめた。


「帝国の歌姫は、ポルテっていうんだ。皇帝のお気に入りって噂だったけど、こうなってる」

「恋人にこの石を?」

「痴情のもつれか、元から恋人じゃなかったか。その辺は分からないけどね」

「若き皇帝は、血も涙もないのか」

「兄貴を殺して皇帝の座を奪ったし、あの歌を平気で使うぐらいだよ。人間じゃなくても、ボクは驚かないね」


 ベンは顔をしかめ、はぁとため息を吐いた。


「敵とはいえ、我々は人間らしい扱いをすべきだな。……レミス。先に二人を運ぶぞ」

「分かりました」


 ベンに呼ばれたレミスは、ゲイルとポルテの元へ部下を連れて行く。レミスがポルテに触れようとすると、ミランが小さく呻いた。


「さ……るな」

「ミラン様、気が付かれましたか⁉︎」


 レミスは慌ててミランに振り向いた。ユリウスの歌で痛みはないようだが、ミランの傷はまだ塞がっていない。

 それでも意識を取り戻したミランは、レミスの裾に手を伸ばした。


「ポルテ、に……触るな」

「分かりました。こちらの女性には触れません」


 裾を掴もうとするミランの手を躱しながらも、レミスは安心させるように話した。ポルテから兵が離れるのを見て、ミランの表情が安堵したように僅かに和らぐ。

 二人のやり取りを見て、ベンとジミーが、ほっと息を漏らした。


「暗示はかかっていなさそうですね」

「そうですね。なぜここにいらっしゃったのかが謎ですが」


 ジミーは言いながら水筒を出し、ミランに歩み寄った。


「ミラン様。少しお水を飲まれますか?」

「……頼む」


 ジミーの手を借りて、ミランはゆっくり身を起こす。水を飲むミランに、ベンが穏やかに語りかけた。


「貴殿は連れ去られたと聞きました。これまで何があったか、お聞きしても?」


 水を飲み、一息ついたミランは、ベンに訝しげな目を向けた。


「連れ去られた? 軍がそう言ってたのか?」

「はい。ジエラの町を制圧した日に、敵兵が宿へ侵入。ミラン殿を連れ去ったと」


 ミランは考え込むように顎に手を当てていたが、自嘲するように笑った。


「そうか。外には言えないもんな」

「何か?」

「俺は連れ去られたんじゃない。自分で出て行ったんだよ」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべたミランに、ベンは眉根を寄せた。


「つまり、裏切ったと?」

「ああ、そうだ。俺も縛るか?」


 レミスたちの手で運ばれて行くゲイルを見ながら、ミランは言った。ベンは、じっとミランを見つめ、ふっと笑みをこぼした。


「その必要はないかと」

「それはなぜだ?」

「あなたにとっての弱みが、ここにあるようですから」


 ベンの言葉に、ミランは真顔になった。


「弱みだと?」

「ええ。ご希望があればお伺いしますよ。ポルテ殿のことも含めて」


 微笑んだベンに、ミランは舌打ちした。


「お見通しってわけか」

「この町にいるのは、我々混成軍と聖皇国軍だけです。カルマートの者はいません。詳しい話をお教え頂ければ、ご協力も出来るかと」

「聖皇国軍ね……。イサクもいるのか?」

「いらっしゃっております。町へ入るのはこれからになりますが」


 ミランは深い息を吐き、ポルテに目を向けた。


「ポルテは俺の指示に従う。まずは拘束を解いてやってくれ」

「ミラン殿の指示にですか?」

「ああ。指輪の件は、あんたらも知ってるだろう? ポルテの場合は、そのイヤリングが指輪代わりなんだ。詳しい話は、あんたらの陣に行ってから話すよ」


 ベンは驚いたものの、気遣うように問いかけた。


「まだ傷は治りきってませんが、もう動くおつもりですか?」

「こんな寒い所にいたら、治るものも治らねえよ。祈歌を歌っててもらえるなら、俺もどうにか歩けるだろう」


 ミランは、歌い続けるニースとユリウスを見上げた。ニースは歌いながらユリウスと目を合わせ、頷きを返す。それを見て、マノロはアンヘルに知らせに行くべく駆け出した。

 マノロの背を見送ると、ジミーがポルテの拘束を解き、ルポルがミランの横に膝をついた。


「肩をお貸ししますよ」

「すまない。……ポルテ、起きろ」


 眠っていたはずのポルテが、ゆっくり目を開けた。ミランはルポルの手を借りて立ち上がると、ポルテに手を差し出した。


「散歩に行くぞ。俺の手を取れ」


 ポルテは無言のまま、ミランの手を掴んで立ち上がる。ミランの不思議な物言いに、ベンは首を傾げた。


「散歩……それが指示の暗号ですか?」

「あんたらが同じ言葉で言っても聞かないぞ。これは、俺の声に反応しているだけだからな」

「声に?」

「このイヤリングに、反応する声を指定してあるんだよ」

「それはまた、すごいですね」


 言葉とは裏腹に、ベンは顔を歪め、先導するように歩き出した。ミランの言う通り、ポルテはぼんやりとしながらもミランと同じ速度で歩いた。



 古井戸までやって来ると、ニースとユリウスは歌をやめた。地上へ出るためには、縄を伝って昇らなければならないからだ。

 ベンとユリウスが先に地上へ上がると、ジミーはミランに問いかけた。


「ポルテ様は、私が背負いましょう」

「いや、その必要はない」


 ミランはポルテの手に縄を握らせると、その耳元で囁いた。


「ポルテ、この縄を使って上まで昇るんだ。昇りきったら、俺が行くまで待っててくれ」


 ミランの指示を聞いて、ポルテは自力で縄を伝って昇る。相変わらずぼんやりとしたまま、言われた通りに動く様を見て、ニースは寒気を感じた。


「これを上るのは、女の人には辛いはずなのに。どうしてあんな無表情で……」


 ぼそりと呟いたニースに、ミランが静かに答えた。


「感情も感覚もないらしい」

「え?」

「今のポルテは疲れも感じず、痛みにも気付かない。だから平気で出来るんだよ」


 ミランは淡々と言ったが、その目は暗い色をしていた。ニースは何も言えずに、ぐっと拳を握りしめた。


 ポルテに続いて、ルポルがミランを背負い、地上へ出る。ニースも縄を掴んで上ると、再びミランのために祈歌を歌い始めた。

 そこへ、マノロが駆け戻ってきた。


「宿に部屋を用意したって。ついて来て」


 一行は、マノロの案内で歩き出す。戦闘音が遠くに響く町中に、ニースとユリウスの祈歌が響いていった。

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