480:心合わせて1
前回のざっくりあらすじ:ユリウスたちは、ミランとポルテを保護した。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、痛ましい表現や描写が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、2月29日(土)となります。
雪原の端で大破した古代兵器を、朝日が照らす。ルイサたちの命を奪った帝国の熱線兵器は、混成軍に打撃を与える事なく、返り討ちにあった。
地下通路を移動出来るよう改造された巨大な砲台は、破壊された事で火石の熱量を外へ放出し、雪原に積もった雪の多くを溶かした。しかし市壁から離れていたため、遺体を回収していた混成軍部隊に影響はなかった。部隊は夜間のうちに、皇国兵の遺体を無事に回収し終えていた。
そうして朝日の中、泥混じりとなった雪原にニースの歌声が響き、ヘロスの市壁が閃光と共に崩れた。混成軍は町へ突入し、撤退を始めていた帝国軍と交戦を始めた。
だが、ヘロスの町には多くの民間人がいる。町に被害が出ないようにと、兵士たちは銃や剣を手に敵を追いかけた。
「エルネストさんは、どこでしょうか」
一晩中、石歌を歌い続けていたニースは、解放歌を歌い手たちに任せ、フィリップやアンヘル、ベンたちと共に町へ入った。安全の確保された区画で車から降りたニースは、キョロキョロと辺りを見回した。
ニースに続いて表へ出てきたアンヘルとフィリップが、戦闘音の響く町の奥へ目を向けた。
「ゲイル殿を無事に助け出しているなら、身を隠しているのかもしれない」
「早く合流出来るといいんですけど」
「そうだな。バードを連れているんだから、知らせに寄越してもいいはずだが……」
ニースはアンヘルたちと共に、青い空を見上げた。そこへ、バードに案内されるようにしてマノロが駆けてきた。
「アンヘル!」
「マノロ、待ってたよ。ゲイル殿は?」
「エルネストがちゃんと確保したよ。暗示をかけられていたから、ユリウスが解放歌を聞かせた」
焦りを滲ませて報告するマノロの話に、ニースは目を見開いた。
「ユリウスが来てるんですか⁉︎」
「レイチェルがいるかもしれないからって来たんだよ。ルポルも付いてる。でも、みんな無事だから」
ニースにバードを渡しながら、マノロは安心させるように話した。ニースはバードを懐に入れ、怪我がないならと不安を飲み込んだ。
「それでレイチェルは?」
「いなかった。それでニース、まだ歌える?」
「はい。歌えますけど」
「なら、一緒に来て」
ニースの腕を掴み、走り出そうとするマノロを、アンヘルは止めた。
「マノロ。大佐殿は疲労が溜まってる。何を歌わせる気なんだ? 他の歌い手ではダメなのか?」
「必要なのは祈歌だよ。ミランが怪我してるから」
「ミラン殿がここにいるのか⁉︎」
「帝国の天の導きと一緒にいたんだ。傷が深くて、ユリウスの歌じゃ間に合わない。だからニースじゃないと」
思いがけない話に、アンヘルだけでなくフィリップやベンも唖然とした。その傍らで、ニースは表情を引き締めた。
「参謀長、僕なら歌えます。ここを離れる許可を」
「分かった。休めるような部屋を用意しておこう。ある程度治療が終わり次第、帝国の天の導きも一緒に連れてきてくれ」
「はい」
アンヘルの話に、フィリップが声を挟んだ。
「ベンジャミン、ゲイル殿も運んでくれ。解毒剤を用意させておく」
「分かりました」
ニースはベンたちと共に、マノロの案内で走り出す。向かったのは、市壁近くにある古井戸だった。
「ここから下に降りるけど、水が残ってる場所もあるんだ。落ちると凍えるから、気をつけて」
マノロに続いて、ニースは慎重に縄を伝って降りていく。薄暗い水路には点々と青い光が点っており、サラサラと水の流れる音とユリウスの歌声が響いていた。
水に落ちないよう気をつけながら走っていくと、やがて広間のような空間に出た。流れてきた砂礫が溜まって出来たのだろう。中洲のような場所に、周囲を警戒するルポルとジミーの姿があり、その後ろでユリウスが歌っていた。
「ルポル、ユリウス!」
「ニース……!」
ニースが声を上げると、ルポルは表情を緩め、ユリウスは歌を止めた。
「ニース、良かった。無事で」
「ユリウスこそ無事で良かったよ。ルポル、ありがとう。守ってくれて」
「いいよ、このぐらい」
ニースは二人に駆け寄ると、足元に横たえられているミランのそばへしゃがみ込んだ。
「怪我、酷そうだね」
ミランは、地面に敷いた外套の上にうつ伏せに寝かされていた。その背には無数の刺し傷があり、ユリウスの歌が止まった事で、血が滲み出していた。
ユリウスが頷き、傍らに置かれた布袋を指し示した。
「割れたガラスが刺さったんだ。全部抜いたけど傷が深くて、オレの祈歌じゃ治りきらない」
「分かった。傷は僕が治すよ。ユリウスは痛みを止めてもらえる?」
「もちろん」
ニースとユリウスは、意識を失っているミランのために祈歌を歌い出す。ミランの背を光が覆うのを見て、ルポルが感嘆の息を漏らした。
その傍らで、ベンがジミーに歩み寄った。
「ジミー殿、お疲れ様です。エルネストたちは?」
「ベンジャミン様、ご無事で何よりでした。エルネストたちは研究所に行っています」
「研究所?」
「聖女の花の種があったので」
「種が……」
顔を歪めたベンに、ルポルが横から声を挟んだ。
「その場で壊そうと思ったんですが、ダメだって言われましてね」
ルポルの視線の先には、歌うニースがいる。ルポルがニースの胸元を見ているのに気が付き、ベンはバードが止めたのだと察した。
「壊さずに手に入れる必要があるのか。我々も行った方が?」
「いえ。鬼神もいますし、任せていいかと。それより、こっちの二人をどうしたら?」
ルポルは、ミランと共に横たえられている二人の人影に目を向けた。
一人はゲイルだが、もう一人は髪の短い女性の天の導きだ。二人とも眠らされているが、手足を縛って拘束してあり、女性の口には布が巻かれていた。
仕方ないとはいえ、女性の縛られた姿にベンは顔をしかめた。
「これは……歌わせないために?」
「そうです。指輪はないんですけど、この耳飾りが指輪と同じ石らしくて」
「イヤリングが?」
ベンは、しげしげと女性の耳飾りを眺めた。
「確かに指輪と同じ石に見えるな」
「はい。それに、隊長の薬で眠らせる前は、パトリック会長と同じように人形みたいだったんですよ」
「だが彼女は、帝国の天の導きだろう?」
「そうなんですが……」
首を傾げたベンに、ルポルは困ったように口籠った。それを見て、マノロが肩をすくめた。
「帝国の歌姫は、ポルテっていうんだ。皇帝のお気に入りって噂だったけど、こうなってる」
「恋人にこの石を?」
「痴情のもつれか、元から恋人じゃなかったか。その辺は分からないけどね」
「若き皇帝は、血も涙もないのか」
「兄貴を殺して皇帝の座を奪ったし、あの歌を平気で使うぐらいだよ。人間じゃなくても、ボクは驚かないね」
ベンは顔をしかめ、はぁとため息を吐いた。
「敵とはいえ、我々は人間らしい扱いをすべきだな。……レミス。先に二人を運ぶぞ」
「分かりました」
ベンに呼ばれたレミスは、ゲイルとポルテの元へ部下を連れて行く。レミスがポルテに触れようとすると、ミランが小さく呻いた。
「さ……るな」
「ミラン様、気が付かれましたか⁉︎」
レミスは慌ててミランに振り向いた。ユリウスの歌で痛みはないようだが、ミランの傷はまだ塞がっていない。
それでも意識を取り戻したミランは、レミスの裾に手を伸ばした。
「ポルテ、に……触るな」
「分かりました。こちらの女性には触れません」
裾を掴もうとするミランの手を躱しながらも、レミスは安心させるように話した。ポルテから兵が離れるのを見て、ミランの表情が安堵したように僅かに和らぐ。
二人のやり取りを見て、ベンとジミーが、ほっと息を漏らした。
「暗示はかかっていなさそうですね」
「そうですね。なぜここにいらっしゃったのかが謎ですが」
ジミーは言いながら水筒を出し、ミランに歩み寄った。
「ミラン様。少しお水を飲まれますか?」
「……頼む」
ジミーの手を借りて、ミランはゆっくり身を起こす。水を飲むミランに、ベンが穏やかに語りかけた。
「貴殿は連れ去られたと聞きました。これまで何があったか、お聞きしても?」
水を飲み、一息ついたミランは、ベンに訝しげな目を向けた。
「連れ去られた? 軍がそう言ってたのか?」
「はい。ジエラの町を制圧した日に、敵兵が宿へ侵入。ミラン殿を連れ去ったと」
ミランは考え込むように顎に手を当てていたが、自嘲するように笑った。
「そうか。外には言えないもんな」
「何か?」
「俺は連れ去られたんじゃない。自分で出て行ったんだよ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべたミランに、ベンは眉根を寄せた。
「つまり、裏切ったと?」
「ああ、そうだ。俺も縛るか?」
レミスたちの手で運ばれて行くゲイルを見ながら、ミランは言った。ベンは、じっとミランを見つめ、ふっと笑みをこぼした。
「その必要はないかと」
「それはなぜだ?」
「あなたにとっての弱みが、ここにあるようですから」
ベンの言葉に、ミランは真顔になった。
「弱みだと?」
「ええ。ご希望があればお伺いしますよ。ポルテ殿のことも含めて」
微笑んだベンに、ミランは舌打ちした。
「お見通しってわけか」
「この町にいるのは、我々混成軍と聖皇国軍だけです。カルマートの者はいません。詳しい話をお教え頂ければ、ご協力も出来るかと」
「聖皇国軍ね……。イサクもいるのか?」
「いらっしゃっております。町へ入るのはこれからになりますが」
ミランは深い息を吐き、ポルテに目を向けた。
「ポルテは俺の指示に従う。まずは拘束を解いてやってくれ」
「ミラン殿の指示にですか?」
「ああ。指輪の件は、あんたらも知ってるだろう? ポルテの場合は、そのイヤリングが指輪代わりなんだ。詳しい話は、あんたらの陣に行ってから話すよ」
ベンは驚いたものの、気遣うように問いかけた。
「まだ傷は治りきってませんが、もう動くおつもりですか?」
「こんな寒い所にいたら、治るものも治らねえよ。祈歌を歌っててもらえるなら、俺もどうにか歩けるだろう」
ミランは、歌い続けるニースとユリウスを見上げた。ニースは歌いながらユリウスと目を合わせ、頷きを返す。それを見て、マノロはアンヘルに知らせに行くべく駆け出した。
マノロの背を見送ると、ジミーがポルテの拘束を解き、ルポルがミランの横に膝をついた。
「肩をお貸ししますよ」
「すまない。……ポルテ、起きろ」
眠っていたはずのポルテが、ゆっくり目を開けた。ミランはルポルの手を借りて立ち上がると、ポルテに手を差し出した。
「散歩に行くぞ。俺の手を取れ」
ポルテは無言のまま、ミランの手を掴んで立ち上がる。ミランの不思議な物言いに、ベンは首を傾げた。
「散歩……それが指示の暗号ですか?」
「あんたらが同じ言葉で言っても聞かないぞ。これは、俺の声に反応しているだけだからな」
「声に?」
「このイヤリングに、反応する声を指定してあるんだよ」
「それはまた、すごいですね」
言葉とは裏腹に、ベンは顔を歪め、先導するように歩き出した。ミランの言う通り、ポルテはぼんやりとしながらもミランと同じ速度で歩いた。
古井戸までやって来ると、ニースとユリウスは歌をやめた。地上へ出るためには、縄を伝って昇らなければならないからだ。
ベンとユリウスが先に地上へ上がると、ジミーはミランに問いかけた。
「ポルテ様は、私が背負いましょう」
「いや、その必要はない」
ミランはポルテの手に縄を握らせると、その耳元で囁いた。
「ポルテ、この縄を使って上まで昇るんだ。昇りきったら、俺が行くまで待っててくれ」
ミランの指示を聞いて、ポルテは自力で縄を伝って昇る。相変わらずぼんやりとしたまま、言われた通りに動く様を見て、ニースは寒気を感じた。
「これを上るのは、女の人には辛いはずなのに。どうしてあんな無表情で……」
ぼそりと呟いたニースに、ミランが静かに答えた。
「感情も感覚もないらしい」
「え?」
「今のポルテは疲れも感じず、痛みにも気付かない。だから平気で出来るんだよ」
ミランは淡々と言ったが、その目は暗い色をしていた。ニースは何も言えずに、ぐっと拳を握りしめた。
ポルテに続いて、ルポルがミランを背負い、地上へ出る。ニースも縄を掴んで上ると、再びミランのために祈歌を歌い始めた。
そこへ、マノロが駆け戻ってきた。
「宿に部屋を用意したって。ついて来て」
一行は、マノロの案内で歩き出す。戦闘音が遠くに響く町中に、ニースとユリウスの祈歌が響いていった。




