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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第27章 海を越えて】
561/647

479:弔戦5

前回のざっくりあらすじ:エルネストは、ゲイルを保護した。ユリウスたちは、ミランが研究所にいる事を知った。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、暴力的、痛ましい表現や描写が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、2月27日(木)となります。

 月明かりが雪原を照らし、遠くに見えるヘロスの市壁が、ぼんやりと夜闇に浮かぶ。エルネストたちが町へ侵入したにも関わらず、等間隔で発掘品の明かりが光る市壁は、不気味なほど静かだ。

 砦での騒ぎは、市壁から離れた混成軍の陣へは届かなかったが、混成軍にはココがいる。帝国の通信内容をココが司令官のフィリップに伝えると、混成軍の兵士たちは皇国兵の遺体を回収すべく、即座に動き出した。


 市壁の明かりは、その上部を照らすだけで、壁の真下にある遺体をくくり付けた柵は闇の中にある。月明かりに僅かに照らされるだけのその場所へ、混成軍の部隊が近付いていく様を、ニースは共和国軍の古代兵器の上から見守った。


「夜明けまでに間に合うでしょうか」


 暗闇でも見える特殊な双眼鏡を覗くニースの傍らには、フィリップとアンヘル、ベンもいる。巨大な砲台は平らな雪原で非常に目立つが、その屋根上は高さがあるため、部隊の動きを遠目に見るには打って付けだった。

 祈るような気持ちを込めて言ったニースに、アンヘルが双眼鏡を覗いたまま答えた。


「たとえ間に合わなくとも、攻撃出来る箇所が確保出来ればいい。そこに穴を開け、突入出来る」

「最低限ってことですか」

「もちろん、全て間に合えばそれが一番いいが」


 皇国兵の遺体は、市壁に近い場所に並べられている。そこへ遺体の回収に向かうのだ。夜のうちは狙いを定め難いが、朝になれば市壁を守る帝国兵から銃撃を受けるだろう。作業は、闇に紛れて終わらせなければならなかった。

 アンヘルの言葉に、フィリップが双眼鏡から目を離し、頷いた。


「一気に攻められないのはもどかしいが、回収に向かわせた部隊が攻撃を受けては元も子もないからな。死んだ仲間も大事だが、生きている仲間はそれ以上に大切だ」

「そうですね」

「ところで、もうこれは動かせるのか?」


 フィリップは言いながら、コンコンと古代兵器の屋根を叩いた。ニースは微笑み、頷きを返した。


「はい。歌の力は入れてあります。予備の歌石がないので、それぞれ一発ずつになりますが」

「穴を開けるのが壁の一部だけなら、二発も撃てれば充分だな」

「頑丈そうに見えますけど、ヘロスの市壁は普通の石壁です。一発で充分だと思いますよ。あまり撃ち込むと、町の方に被害が出ると思います」

「その辺りは様子を見ながら決めよう。準備が終わってるなら、少し休むといい。夜明けと共に攻撃を開始する」

「分かりました」


 ニースが立ち上がると、ベンが気遣うようにフィリップとアンヘルに語りかけた。


「兄上たちも戻られては? あまりここにいては、身体が冷えます。あとは見張りに任せればいいかと」

「そうだな。私たちが倒れては、それこそ困る」


 フィリップとアンヘルは軽く笑い合うと、ニースたちと共に下へ降りる。そのまま野営地へ向かおうとすると、不意に地鳴りが響いた。


「何だ?」

「地震か?」


 ゴゴゴという低い音が確かに聞こえるが、不思議と揺れは感じられない。足を止めたフィリップたちの後ろで、ニースは奇妙な感覚に気付いた。


 ――これって火石? 石音がだんだん大きくなって、まるで……。


 ニースは、はっとして雪原を振り返った。


「地震じゃない」

「ニース殿?」

「ココ、帝国の通信に動きは?」


 表情を固くしたフィリップたちを横目に、ニースはココのいる胸元に手を当てた。不安げなニースの問いに、ココは囁くような声で答えた。


『何もないわ。どうしたの?』

「共和国のデセオにあったのと同じような火石が、動いてる気がするんだ」

『石が動く?』


 ニースの上着から少しだけ顔を出し、ココは怪訝そうに目を細める。デセオと聞いて、ベンが顔をしかめた。


「デセオの火石ってことは、あのとんでもない熱を出す砲台がここにあるってことか?」

「たぶん」

「じゃあこの地鳴りは……」


 ベンが言い終える前に、フィリップがニースの肩を掴んだ。


「ニース殿、詳しい位置は分かるか?」

「はい。分かります」

「アンヘル殿」

「ええ。撃たれる前に潰さなくては……!」


 険しい表情でフィリップとアンヘルは頷き合い、ニースを引きずるようにして駆け戻る。ココは慌ててニースの懐へ引っ込み、ベンも三人を追いかけた。

 フィリップは古代兵器周辺にいる兵士たちに、発射準備を指示する。アンヘルは緊張した面持ちで、操作機を積んでいる装甲車へニースと駆け込んだ。


「大佐殿、火石の場所を教えてくれ」


 操作兵の元へニースを連れて行き、アンヘルは問いかけた。ニースは先ほどまで見ていた夜空を思い浮かべ、慎重に答えた。


「火石は地面の下を、カニスからウルペに向かってます。横に移動しながら、少しずつ地上に上がってきてるみたいです」


 カニスとウルペは空にある星の名前だ。幸運にもこの日の夜空に雲はなく、星が見えやすかったため、ニースは分かりやすい目印として伝えた。

 兵士は覗き窓から星の位置を確認し、言われた方角へと照準を合わせていく。アンヘルは焦りを滲ませ、続きを促した。


「どのあたりで地表に出そうだ?」

「このままだと真っ直ぐ行けば、ちょうどアロゴの下あたりです。距離は……あ、待って下さい」


 ニースは、ぞわりと背筋が冷たくなるのを感じ、言葉を継いだ。


「他にも……他にも、同じ大きさの火石が動いてます!」

「何⁉︎ 一台じゃ間に合わない! 連続で砲撃出来るよう、接続を急げ!」


 アンヘルから緊迫した指示が飛び、操作兵が慌てて立ち上がる。ニースが必死に火石の位置を探る中、何が起きてるのかを察し、ココが懐から顔を出した。


「ココ?」

『砲台の移動には遺跡を使ってるはずよ。この辺りは地盤も緩い場所が多いから、射出可能な位置は限られてるわ。通路は分かるし、細かな位置は予測出来るから、照準は私が設定する。ニースは方角と数だけ教えて』

「でも、ココがやるって言っても……」


 喧騒の中で囁いたココの言葉に、ニースは戸惑った。傍らで聞いていたベンが、横から声を挟んだ。


「それなら、俺がココを預かって照準器に座る。そうすれば、ニースは歌の補充に回れるだろう?」 

「いいの?」

「それしか方法がない。早く」


 ニースはココに、火石の大まかな位置を伝え、ベンに託す。ベンは戻ってきた操作兵の肩を叩いた。


「すまないが、照準は私に任せてほしい」

「少尉殿にですか?」

「ニース大佐から位置を聞いた。私も照準器ぐらいは使える。任せてほしい」


 兵士は戸惑った様子でアンヘルに目を向けたが、アンヘルは静かに頷きを返した。


「少尉殿に任せていい。君は他の操作に集中してくれ」

「分かりました」


 アンヘルの許可を得て、操作兵はベンに席を譲った。ベンの袖口から、ココが紐のような物を出して照準器に繋ぐ。程なくして、混成軍の古代兵器は次々に砲台を回していった。

 雪原の端で上がった雪煙が、冷たい夜風に押し流される。帝国の熱線兵器が姿を現した瞬間、暗い雪原に閃光が走った。



 ニースたちが聞いた低く唸るような地鳴りの音は、研究所地下にも響いた。ルポルとダナは走りながら、ケイトが話していた言葉を思い出していた。


「ダナさん、これって……!」

「うん。たぶんあの子が言ってた帝国の兵器だよ」

「何の話?」


 ユリウスが訝しげに問いかける。ルポルは足を止めずに、簡単に話した。


「皇国軍が壊滅した攻撃の時に地鳴りがあったって、ケイトさんが言ってたんだ」

「じゃあ、ミラン様たちは……」

「同じ攻撃を、ニースたちにしようとしてるのかもしれない」

「そんなのさせない!」


 一行はさらに速度を上げて懸命に走る。そうしてミランたちが向かったと思われる特殊区画へ入ると、不意に大きな揺れが襲った。


「……っ!」

「ユリウス様!」


 転びかけたユリウスを、ジミーが支える。壊れるはずのない遺跡の通路から、細かな塵が落ちた。想像も出来ないほど大きな負荷が遺跡にかけられたのを感じ、ユリウスは愕然とした。


「ニース!」

「さすがにまずいな。俺たちは先に行くぞ!」


 エドガーがダナを抱え、焦れた様子で駆けて行く。ルポルも弾かれたように駆け出し、ユリウスはジミーの手を借りて、三人を必死に追った。


 ――攻撃を止めないと! ニース、死ぬな!


 ユリウスは皇国軍の惨状を直接見てはいないが、ルイサの遺体やダンテの負傷した姿を見ている。ニースやセラ、ベンたちが同じ目にあったらと、ユリウスは恐怖を感じながらひた走った。



 ヘロスの研究所地下に広がる古代遺跡の片隅には、広間のような空間があった。

 壁際に所狭しと機械が並ぶその部屋の中央には、ガラスで出来た大きな箱がある。小部屋と言って差し支えないほどのその大きな箱の中身は、台座に乗せられた双六角錘の巨大な水晶のような物だ。

 その台座には光沢のある綱が何本も繋がれ、その太い綱は遺跡のさらに奥へと枝分かれして伸びている。そんな部屋の壁際では、数名の研究員が椅子に座り、大小様々な機械に触れていた。


「一号機、間もなく所定位置に着きます」

「種からの移行も順調です」

「問題ないなら、そのまま続けろ。目標は混成軍のど真ん中だ」


 地鳴りのような音に混ざる研究員たちの声に、車椅子に乗った白衣の老人ドロモスが、満足げに答えた。しかしドロモスの視線は、ガラス箱の中で水晶のような物に歌うポルテに向けられたままだった。


「まだ余裕がありそうだな。ミラン、もう少し出力を上げさせろ」


 ガラスの箱の中には、ポルテだけでなくミランもいる。ミランがポルテの耳元で囁くと、水晶の表面に刻まれた紋様が七色に色を変えて、より強く煌めいた。


「やはり、ミランの指示の方が効率が良いようだな」


 ドロモスは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。しかしその直後、ドロモスたちを大きな揺れが不意に襲った。


「なっ……!」


 車椅子の車輪が一気に回り、ドロモスは壁に叩きつけられるようにして倒れ、床に打ち付けられる。それと同時に、大きなガラスの箱にヒビが入り、ガシャリと音を立てて割れた。


「ポルテ! ……っ!」


 ミランが咄嗟にポルテを抱きしめ、身を屈める。砕け散ったガラスがミランの背に降り注ぎ、ミランはポルテを抱いたまま崩れ落ちた。


「貴様ら、わしを早く起こさんか!」


 ドロモスは必死に顔を上げ、揺れに耐える研究員たちに怒声を浴びせる。しかしその叫び声は、部屋に響く大きな警報音に遮られた。


「一号機に異常発生!」

「混成軍から攻撃を受けたようです!」

「何⁉︎」


 倒れた車椅子にすがり付くようにして、上体を起こしたドロモスは、予想外の報告に目を見開いた。そこへ、バタバタと駆けてくる足音が響いた。


「いた!」

「あれか!」


 駆け込んで来た男女の姿は、どう見ても帝国兵のものではない。蹲るミランとポルテの元へ駆け寄る二人……エドガーとダナを見て、ドロモスは声を張り上げた。


「侵入者だ!」


 ドロモスの声に、研究員たちが慌てて銃を抜く。しかしそこへ、巨大な白蛇と王国軍の青年が飛び込んでいった。


「させるか!」


 白蛇はガラナで、王国兵はルポルだ。ガラナが太い尾でなぎ払い、ルポルも剣を抜いて切りかかっていく。研究員たちが死に物狂いで放った銃弾は狙いを外れ、壁際に並ぶ機械へ当たった。


「貴様ら、何をしてる! きちんと狙わんか!」


 バンという音と共に壊れていく機械を見て、ドロモスが憤怒の叫びを上げる。だが、戦いに不慣れな研究員たちが、周囲を気にする余裕など持てるはずもない。

 ルポルたちが部屋を制圧していく間に、再び大きな揺れが地下を襲う。そんな中で、エドガーとダナはミランとポルテを抱き起こした。


「指輪はないみたいだが、傷が深いな」

「こっちも指輪はないよ。怪我はしてないみたいだけど、様子がおかしい」

「そっちは帝国の歌姫だろう。どうなってるんだ?」

「そんなことより先に手当てをしないと」


 エドガーはミランを背負い、ダナはポルテに肩を貸して立ち上がる。そこへ、ジミーとユリウスが遅れて駆けてきた。


「あれは!」

「聖女の花の種!」


 ユリウスとジミーは、共和国のデセオの町で、聖女の花の種を見ている。割れたガラスに囲まれた双六角錘の水晶のような物がそれだと気付き、目を見開いた。

 ルポルは、これが聖女の花の種かと、巨大な水晶を睨みつけた。


「なら、ここで破壊しておくべきだな」


 唸るように言いながら、ルポルは種に近付き、剣を振りかざす。するとユリウスの腕の中から、バードがひょっこり顔を出した。


『それ壊しちゃダメ!』

「バード?」


 唐突な制止の声に、ルポルは動きを止めた。バードの姿を見て、ドロモスが顔を真っ赤にして叫んだ。


「バード、貴様!」

『あ、博士だ! ジミー、博士を捕まえて!』

「な、何だと⁉︎」


 バードの言葉に、ドロモスは焦りを滲ませて後退る。ジミーはドロモスへ足を向けかけたが、不意にユリウスに飛びかかった。


「うわっ!」


 驚くユリウスの目の前で、パンと音を立てて床が弾ける。それを合図にしたように、横から銃弾が連続して撃ち込まれた。


「手加減はいらないわ! 全員仕留めなさい!」


 部屋の奥側の通路から、肩に怪我を負った帝国軍の女が、兵士を引き連れて来ていた。

 ジミーはそのまま、元来た通路までユリウスを抱えて走り、その後ろから、盾を構えたエドガーに庇われるようにして、ダナとルポルたちも慌てて部屋を出る。

 帝国兵の追撃が来るかと、ユリウスたちは緊張を滲ませたが、そこへまた大きな揺れが襲った。


「まただ!」

「これ以上は無理だ。一度引くぞ!」


 ユリウスたちは、傷付いたミランとポルテを抱えて、揺れる通路を走り去る。大きな揺れはその後も断続的にしばらく続き、帝国兵は一行を追えなかった。


 突然の銃撃に固まっていたドロモスは、帝国兵を引き連れて入ってきた女……カデラを見て眉根を寄せた。


「ずいぶん遅いと思ったら、怪我をしたのか」

「ええ。王国の影にやられてね」

「美人が台無しだな。捕虜も奪われたのか?」

「勝手に煉獄砲(プルガトリウム)を動かした上に、壊したあなたに言われたくないわね」


 カデラは肩を庇いながら、苦々しげに話す。ドロモスは兵士の手を借りて車椅子に座り直し、大きく息を吐いた。


「あれは、わしのせいではないわ」

「ミランとポルテのことは?」

「それはお主とて無関係ではなかろう」

「私のせいにしないでほしいわね。種を守れたのは誰のおかげだと?」


 カデラに睨みつけられ、ドロモスは舌打ちした。


「礼は言わんぞ」

「そんなの聞きたくもないわ。それよりさっさと撤退の準備をしてちょうだい。イレクスが迎えに来るわよ」

「司令は死んだか」

「どうせこれじゃ、反撃のしようがないでしょう。のんびりしていると、置いてくわよ」


 カデラは冷たく言い放つと、ドロモスに背を向け、兵士に指示を出す。ドロモスは恨みがましくその背を睨むと、車椅子を反転させた。

 兵士を数名引き連れ、ドロモスは部屋を去る。所々崩れた研究所の通路に、カラカラと乾いた車輪の音だけが響いた。

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