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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第27章 海を越えて】
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458:それぞれの夜1

前回のざっくりあらすじ:ニースは、天の導きは自分の子どもを持てないと、ミランから聞いた。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、暴力的表現や描写が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、1月16日(木)となります。

 煌々と明かりに照らされる無機質な通路に、黒い人影が通る。応接室を出たミランは、護衛も連れずに苛立たしげに歩いていた。


 ――なぜこうも上手くいかない。共和国の歌姫さえ無事に卒業していれば、人妻に声をかける必要もなかったんだ。それなのに……なぜ俺をあんな目で見る!


 ミランは悔しげに歯噛みし、茶会を思い返していた。


 ――何のためにこんな力を持って生まれた? ただの歌い手なら楽しく生きられるのに、天の導きだからって自由もなく、生きた証も残せない。そのくせ国や軍からは、義務だ責任だと押し付けられる。あいつらだって、扱いは同じはずなのに、何であいつらは平気な顔をしていられる!


 長い年月をかけ、胸の中に(おり)のように溜まった鬱憤が、ミランをかき乱す。ミランは瞳に暗い色を仄めかせ、顔を歪めた。


 ――このまま戦争なんかに行ってたまるか。何のために命をかける。国からようやく出られたんだ。楽しみの一つや二つなけりゃ、割りに合わない……!


 どうしようもない憤りを胸に抱え、ミランは歩く。コツコツと足音を響かせる足取りに、迷いはない。

 ニースたちより数日前に母艦へ着いていたミランは、すでに艦内の造りを熟知していた。


 やがて一つの部屋の前へたどり着くと、ミランは大きく息を吐いて怒りを押し込め、扉を叩いた。


「はぁい。どなたですかぁ?」


 中から響いたケイトの声に、ミランは僅かに表情を緩めた。


「ケイトちゃん。俺だよ」

「……え?」

「俺だよ。ミラン」


 ミランが穏やかに語りかけても、ケイトの返事はない。ミランは自嘲するかのように、苦い笑みを浮かべた。


「そんなに警戒しないでほしいな。今朝声をかけたのも、昨日みたいにお喋りしたかっただけなんだ」

「あの、でもあたしは……」


 ケイトの口調は、いつもと違い固いものだ。戸惑うようなケイトの声に、ミランは目を細めた。


「ニースとも、さっきお茶してきてさ」

「え?」

「会議が早めに終わったからね。それで、誤解は解けたんだよ」

「誤解、ですか……?」

「そう。俺は天の導きにしか興味がないって話をしてきてね。イサクたちに、君が何を言われたか分からないけど。俺は別に、君を取って食おうってわけじゃないんだ」

「……あたしは、特に何も言われてません」


 ケイトの言葉を聞いて、ミランは、ふっと笑みを浮かべた。


「それなら、少しでいいから話をさせてもらえないかな」

「でも……」

「部屋に入れてくれとは言わないよ。少し早いけど、食堂で一緒に夕食でもどう? 怖がらせたことを謝りたいんだ」


 ミランは片腕を壁に付き、じっと扉の向こうを見つめる。しばらくして、ケイトの声が静かに響いた。


「お部屋に入らないなら……」

「ああ、入らないよ。開けてくれる?」


 部屋の扉が静かに開く。ミランは微笑みを浮かべ、困ったような顔をしているケイトに、手を伸ばした。


「君って本当、優しいね」

「え? ……きゃっ!」


 ミランに、ドンと突き飛ばされ、ケイトは尻餅を付く。ミランは部屋へ踏み込むと、狭い部屋を一瞥した。


「赤髪の子はいないのか。あの子と楽しくやれたら良かったんだけどなぁ」

「ミラン様……騙したんですか⁉︎」

「騙してなんかいないさ。ニースとは本当にお茶を飲んだし、天の導きにしか興味がないのも嘘じゃない。でも、歌姫には振られてね」

「歌姫ってまさか……」

「ああ。君たちの公主殿下だよ」

「何て恐れ多いことを!」


 震えながらも睨み付けるケイトに、ミランはニィと口角を上げた。


「俺、すごく傷ついてるんだよね。慰めてくれない?」

「い、嫌です!」

「ニースの方がいい?」

「そういうわけじゃありません!」


 怯えて後退るケイトを、ミランは冷たい目で見据えた。


「嘘付くなよ。さっきの会議でも、みんなニース、ニースって……」


 ミランは言いながらケイトを追い詰め、その肩を掴んだ。


「同じ天の導きでも、扱いは歌の力で差が出るんだ。君も経験あるだろう?」

「は、離してください!」

「カルマートには俺がいるってのに。白が出てきた途端にこれだ。俺だって、音風を四つ使えるのにさ」


 ケイトは必死に抗ったがミランの力は強く、簡単に床へ押し倒された。恐怖で震えるケイトに、ミランは、ぼそりと呟いた。


「軍の奴らも冷たいよな。散々実験に付き合ってやったのに……」

「嫌っ! 誰か助けて!」


 ミランはどこか寂しげに言ったが、ケイトにとっては関係ない事だ。悲鳴を上げたケイトの目に、涙が滲む。

 そこへ唐突に、ルポルが飛び込んできた。


「何してる!」

「……っ!」


 突然部屋へ入ってきたルポルに、ミランは殴り飛ばされた。ルポルは呆然とするケイトを引き起こし、労わるように語りかけた。


「ケイトさんでしたよね。怪我は?」

「だ、大丈夫……」

「お前……ニースの護衛か」


 ニースたちが会議に行ってる間、ルポルは母艦内を把握しようと、マルコやエリックたちと艦内を見て回っていた。確認を終え、解散して部屋に一人戻ってきた所で、ルポルはケイトの悲鳴を聞きつけたのだ。

 口元に滲んだ血を拭い、立ち上がったミランを、ルポルは睨みつけた。


「正気ですか⁉︎ 嫌がってる人を押し倒すなんて! 天の導きだからって許されませんよ!」

「何だ、お前。王国は教会と敵対してたはずだが……天の導きを神聖視でもしてんのか?」


 ルポルの怒鳴り声にも、ミランは嘲るように笑うだけだった。ルポルはケイトを背に庇い、眉根を寄せた。


「何を言ってるのか、俺には分かりませんが。少なくともニースは、いつだって相手を思って動きます。あなたみたいに、誰かを傷つけたりしない」

「なるほど。歌の力だけじゃなく飼い慣らしやすいから、あいつは人気なわけだ」

「飼い慣らす?」

「とぼけるなよ。王国にとっても、天の導きは大事な道具だろう」


 鼻で笑うミランに、ルポルは怒りを滲ませ、叫んだ。


「ニースは道具なんかじゃない!」

「ああ。そういや王国には、発掘品があまりないんだったな。使おうにも、使いどころがないか」


 ミランは、くつくつと笑い、一歩踏み出す。身構えるルポルに、ミランは切なげな笑みを浮かべた。


「あいつがいい気でいられるのも、今だけなんだよ」

「あんた、何を言って……」

「俺もニースも、道化だってことだ。どうせいつか潰される。あいつは、いつまで持つかな」


 一方的に言い残すと、ミランは開いたままの扉から出て行った。ルポルは剣呑な目つきで、ミランの背を睨む。

 ふらりと体を揺らしたケイトが、ルポルの腕を掴んだ。


「ケイトさん?」

「ご、ごめんねぇ。また助けてもらっちゃってぇ」


 安心したのだろう。ケイトはいつもの、のんびりとした口調に戻っていた。鼻をすすりながら言ったケイトを支え、ルポルは椅子に座らせた。


「俺がたまたま戻ってきたから気付けましたけど。扉、開けちゃダメですよ」

「うん。そうだよねぇ」

「セラちゃんは出かけてるんですか?」

「歌い手のみんなに挨拶するって、ユリウス君と行ったのぉ」

「なら、大丈夫かな……」


 ルポルは、ほっと息を吐き、言葉を継いだ。


「セラちゃんが戻るまで、俺、部屋の前にいますから」

「そういえば、兵隊さんの名前って何だっけぇ?」

「ルポルです」

「そっかぁ。ルポルさん、ありがとうねぇ」

「いえ」


 涙を拭ったケイトから、ルポルは手を離す。しかしケイトは、ルポルの腕を離さなかった。


「あの、ケイトさん?」

「あのねぇ……外じゃなくて、ここで待っててくれないかなぁ?」

「え……」

「一人だと怖くてぇ。ダメかなぁ?」


 ケイトに上目遣いで見つめられ、ルポルはたじろいだ。


「だ、ダメというか……。俺も一応男なんですけど」

「でもミラン様と違って、ルポルさんは何もしないでしょぉ?」

「そ、それはそうですけど」

「気持ちが落ち着くまででいいからぁ。お話付き合ってぇ」

「話ですか?」

「そぉ。ルポルさん、王国の人でしょぉ? あたし、皇国のことしか知らないからぁ」


 力なく微笑んだケイトの手は、小さく震えていた。ルポルは仕方ないと、肩をすくめた。


「俺は王国人って言っても、田舎町の出身で。そんなに面白い話があるわけじゃないですけど」

「それでいいよぉ。座ってぇ?」

「分かりました。セラちゃんが戻るまでですからね」

「ありがとぉ」


 ルポルは安心させるように微笑み、向かいに腰を下ろす。ルポルと話すうちに、不安げだったケイトは少しずつ落ち着きを取り戻していった。



 一方その頃。応接室を出たダンテは、ルイサを支えるようにして部屋へ戻った。

 発掘品の電灯で照らされる室内は、寝室と居室が続き部屋になっているが、ニースの部屋より一回り広く豪奢なものだ。艦長のカラボスは、母艦で最も格調高い部屋を、公主夫妻に用意していた。


 しかし、居室の中央にあるはずの重厚感のあるソファは片隅に追いやられ、代わりに簡易ベッドが一台鎮座している。それはルイサに共寝を許されていない、ダンテの寝台だった。

 母艦の部屋数に限りがある中、各国要人が集まっているのだ。ダンテのために、もう一室を秘密裏に用意するなど出来るはずもなく、仲睦まじい夫婦を演じるために簡易ベッドが置かれていた。


 二人の関係性を示すその小さなベッドに、ダンテは僅かに顔を歪めたものの、ルイサを奥の寝室へ連れて行く。

 震えるルイサを豪奢なベッドへ座らせると、ダンテは床に膝をつき、ルイサの手を握った。


「横になって、少し休むといい」

「あなた……」

「大丈夫。誰もここへは通さないから。安心しておやすみ」


 じっとルイサの目を見つめ、ダンテは柔らかに話した。しかしルイサは目に涙を溜め、ゆっくり頭を振った。


「違う……違うのよ」

「ルイサ?」

(わたくし)は……あなたになんてことを」


 ルイサの瞳から、はらりと涙が溢れた。ダンテは胸が締め付けられる思いで、指先でその涙を拭った。


「噂のことか。それなら、気にしなくていい。私の心は君のものだ。君がそれを知っていてくれれば、他人がどう噂しようと、私には関係ないよ」


 ルイサを落ち着けようと、ダンテは優しい声音で言った。だがルイサは唇を噛んで俯き、嗚咽を漏らす。

 静かに泣くルイサの隣へ、ダンテは腰を下ろし、そっとその背を撫でた。


「自分を責めないでくれ。私は、彼を思う君でも良いと、何度も言ってるだろう?」

「あなた……」


 唇を震わせたルイサの肩を抱く手に、ダンテは力を込める。ルイサは鼻をすすると、自嘲するように笑った。


「私は卑怯者よ。あなたの優しさに甘えて、刺の檻に縛り付けてしまった」

「それでいいんだ。君のそばにいられることが、私の喜びだから」

「どうして……」

「もう君を一人で泣かせたくないんだ。せめてこうして、隣にいさせてほしい」


 ダンテの脳裏に、結婚前のルイサの姿が浮かぶ。長年護衛としてルイサに仕えてきたダンテは、マルコムへの想いに苦しむルイサを歯痒い思いで見てきた。

 そこへ、マルコムが向けてくる想いを断ち切るためにと、ルイサが偽装結婚を持ちかけたのだ。ルイサの事情を知る者で、身分的にも問題なく、信頼出来る相手がダンテだった。

 ダンテは全てを覚悟の上で、偽りの婚姻を結んでいた。


「君の夫となれて、私は幸せだよ。この場所を、他の誰でもない私に任せてくれて、良かったと思ってる」


 ダンテは心を込めてルイサに話した。しかしルイサは両手を固く握りしめ、頭を振った。


「私は、あなたにそんな想いを寄せてもらえるような人間じゃないわ」

「そんなことはない」

「だって私は……ミランさんの話を聞いて、安心したのよ」

「え?」


 思いがけない一言に、ダンテは固まった。ルイサは涙を流しながら、震える声で話した。


「天の導きの私が子を産めないなら。マルコムを諦めて良かったって思ったのよ。今度こそ、心から本当に」

「ルイサ……」

「酷いでしょう? あなたがこんなに私を思ってくれてるのに、私はマルコムのことしか考えていないのよ。あの人の幸せだけを、私はただ願ってる」


 ダンテは返す言葉を見つけられず、視線を逸らした。ルイサは涙を拭い、言葉を継いだ。


「ねえ、ダンテ……。この戦争が終わったら、あなたは自由になるといいわ」


 ぽつりと落とされたルイサの言葉に、ダンテは目を見開いた。愕然とするダンテに、ルイサは儚げな笑みを浮かべた。


「今すぐに自由にしてあげられたらいいのだけれど。あなたに不名誉な噂がまた立たないように、手を打たなければならないから」

「ルイサ、何を言って……」

「あなたはまだ若いから、やり直せるはずよ。あなたは、あなたの幸せを掴むの。あの人はきちんと幸せを掴んだし、私ももう一人でも大丈夫よ。だから、私と別れ……」


 ルイサが続けようとした言葉ごと、ダンテはその唇を奪った。ベッドに押し倒されたルイサの黒髪が、真っ白なシーツに流れる。

 呆然とするルイサを、ダンテは思いきり抱きしめた。


「頼むから、言わないでくれ」

「あなた……」

「私を見なくていい。受け入れなくてもいい。だからこれ以上、私を拒まないでくれ」


 懇願するダンテの肩は、小さく震えていた。ルイサは、ごめんなさいと何度も呟き、再び嗚咽を溢す。重ならない叫びと心が、ただ静かにシーツの海を濡らしていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 同じ店の導きでも、心に闇を持つ者とニースのように闇を持たない者の差が悪魔と天使の違いなんでしょうか。 何にせよ、闇を持つ者は白い天の導きにはなって欲しくはないですね。太古の導き達の世界を彷…
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